実力の差

 『白銀』 

 雨野馳六華あめのちりっか

 『不動』

 神門千鶴かみかどちづる

 『神童』

 沖田蒼おきたあおい

 『女帝クイーン

 前寅後狼まえとらうしろ


 七人中四人が遭遇、邂逅を果たした頃、前寅の付き添いをしていた井鼠永介いねずみえいすけは女帝を探していた。

 経緯としては、途中女帝が喉が渇いたと言ったので自販機を探しに向かい、飲み物を買って戻ったところに彼女がおらず、探し回っているという具合である。


 自由気ままで待つのも待たされるのも嫌いな彼女を放置しておいたのも悪いことだったのだが、しかしあのときはそんなことに気が回らなかった。

 何せ全身から捕食者のオーラ全開で睨まれ、買ってこいと静かに腹の底に響く声音で言われたからである。かなり怖かった。


 しかし今の状況も悪い。

 彼女は待つのが大嫌いだ。暇潰しと称して、誰かに絡んでいなければいいが――


 そこまで思ったところに、井鼠のまえに一人の青年がランニングしてくる。

 井鼠は青年を呼び止め、若干涙目になりながら自分よりも背の低い相手に泣きついた。


「すんません! 人探してんですけど……コンキスタの『女帝』見ませんでした?!」


 ▽ ▽ ▽ 


「どうした。緊張でもしているのか? する必要はない。すぐさまその緊張を解くがいい」


 上から。

 とにかく上から物を言う。


 彼女が『女帝』だということは知っているが、まさかその名の通りだとは思わなかった。

 『女帝』の威圧感は凄まじく、雪咲月華ゆきざきげっかや沖田についている友達は明らかに苦しそうである。

 無理もない。彼女から発せられるプレッシャーには、誰だろうと崩した態度を崩さない神門ですら若干の緊張感を抱いていた。

 そのとき呟いた、「メンタルやられそう」というのは真意かわからないが。


「く、くく、『女帝クイーン』……! どうしよう斉ちゃん……本物だよぉ……」


 沖田に至ってはもうビビりまくって斉ちゃんと呼ばれた友達の後ろに隠れている始末。

 というか今までの喋り方は何かしらの設定だったのか、素に戻っている。

 まぁ神門ですらビビる圧力に、彼女が勝てるとも思えないが。


 ちなみに雨野馳六華と言えば――ビビッて言葉を発することすらできなかった。


 前寅はそんな彼女達の緊張を察してはいるものの、無理矢理それを解けと言う。

 そんな無理難題を突き付けられてもしょうがないと思っている全員だが、彼女は待たされるのが嫌いだった。


「“月詠”」

 

 それは彼女の能力なのか。

 彼女の背から無数に伸びた線が孔雀の羽のように広がり、その目玉となる部分から剣が現れた。

 その数は軽く、百を超えている。そしてその刀身の切っ先はすべて、雨野馳達に向いていた。


「“下弦・三日月”」


 彼女の言葉を合図に、百を超える剣が一斉に襲い掛かって来る。

 突然の攻撃にとっさに反応できたのは神門だけで、他は行動が半歩遅れてしまった。


「“超重圧加工メタルコート”」


 『不動』の異名を取った神門の能力、ヘビーメタル。

 体を超重量の鋼鉄に変えるその力で全身を硬化させ、無数の剣をその体で受ける。

 体だけでなく服までもが能力の範囲内で、彼女にぶつかった剣はすべて彼女を傷付けることができずに砕け散った。


 雪咲はそんな神門の背後にすかさず入り込み、盾にして防ぐ。


「ちょっと借りるわ」

「いいけど……怪我しても知らないから」


(ってかいきなり撃つとか……確かに『女帝クイーン』だわ。自分勝手でホント付いてくのが怖い感じ……メンタルやられる暇もないわ……)


(まぁあっちもあっちで驚きだけど)


「蒼、やっちまいなんし」


 斉ちゃんこと斉藤紫乃さいとうしのが近くにあった木の上に飛び乗って剣を回避している中で、フラフラと剣の雨をまえにしても動かない沖田。

 だがその剣が今まさに自身を貫こうというところまで迫って来たところで、動き出した。


 体を反らして自分に一番近く迫っていた剣を躱し、さらに身を捻ってその柄を握り締める。

 すると白銀色の西洋剣だったそれが黒い刀身の日本刀へと変化し、沖田の刀として振られ始めた。


 肩で風を切り、刀で斬り裂いて襲い来る剣を叩き落す。

 今さっきまでのビクビクしていた彼女とは同一人物と思えないほど、凄まじい速度で剣を振るい『女帝クイーン』に肉薄していく。


 鋭い剣閃で目の前の剣の群れを一斉に薙ぎ払うと肉薄し、ついに剣の雨を突破。『女帝クイーン』の背後を取った。

 

 そして刀で斬り付けようとして――捕まった。

 『女帝クイーン』から伸びた線が背後の沖田の四肢を縛り上げ、さらに地面と伸びて杭で打ちつけたかのように動きを止める。


 沖田を捕まえたことを感覚的に感じ取った『女帝クイーン』は、まだひたすらに剣の射出を続けた。

 目の前にまだ、動く対象がいるからだ。


(見る、見る、見る……! 見て、躱す……!)


 ただひたすらに、攻撃を躱すことに集中する。

 神門のように防御するのでもなく、沖田のように攻撃するのでもない。

 ただひたすらに攻撃を躱し続け、『女帝クイーン』の攻撃が終わるのを待とうとしていた。


 だがまるで、終わる気配がない。

 百を超える射出口から無数に繰り出される剣の雨は、一過性の集中豪雨ではなく緩やかに長く続く時雨。

 止むことはまだまだ先――それどころか、永劫に降り続けるとすら思わせるほど、その雨を降らせている『女帝クイーン』は平然としていた。

 

 晴渡省吾はれわたりしょうごの能力のように使えば使うほど疲弊するものではなく、時間制限がありそうにも見えない。

 ただ剣を創造し、射出するだけの能力だと思っていたが、沖田を縛り付けたのといい万能に近いものらしい。それがなんのデメリットもなしで繰り出せるのならば、これ以上の脅威はないだろう。

 こんなものがコンキスタに出てくれば、それこそ手が付けられない怪物である。


「それだけか?」


 不意に『女帝クイーン』が口を開く。

 つまらなさそうに今にもあくびをしそうな表情で雨野馳を睨みながら、それでも剣の射出をやめなかった。


「『不動』の防御力に『神童』の突破力。二人の力はそこそこわかった。だが貴様は何もないのか。ただ少し動けるから皆にもてはやされた、ただの道化か。私がはるばるここまで来て、力を見に来たと言うのだぞ。その力の片鱗くらい見せても、構わんだろう」


 頑なに能力を使ってこない雨野馳を見て、出し惜しんでいると思ったらしい。

 能力性能の差に怖じ気づき、攻撃のために突っ込むのも防御に徹するのも怖いのがわかっていない様子である。

 彼女は自分の力が強大な代物だと、理解できていないのだろうか。

 雨野馳がそんな疑問を抱くほど、『女帝クイーン』はこの状況に不満そうであった。


「どうした。『白銀』の力はその程度なのか。出し惜しむならば出し切れ。私を前に遠慮はいらぬ。むしろ遠慮することで、貴様の寿命が五年と縮むのだということを、自覚させなければならないようだな」


「“下弦・半月”」


 『女帝クイーン』から伸びる線が枝分かれ、倍になった。

 二百――いや三百を超える目玉から剣が現れ、射出される。


 雨野馳はそこまで来て、もう内心諦めた。


 『女帝クイーン』は力を見に来たというが、それは彼女自身の趣味趣向。

 こちらの都合など関係はなく、ただ単に雑誌に載った選りすぐられた選手の一人として、その実力を見に来ただけだ。

 

 こちらはそんなことなど頼んでいないし、頼もうとも思わない。

 すべては彼女の都合であって、こちらはただ巻き込まれているだけなのだから。


 なんとかして攻撃をやめてもらえれば、それでいい。

 厭きるのでもいいし、厭きれるのでもいいし、とにかく攻撃をやめてさえくれれば、もうなんでもよかった。


 だがしかし、そう考えていたのはここまでのこと。

 次の台詞で、雨野馳六華は引けなくなってしまった。


「こんなものなのか……『白銀』。貴様も大した理由なく、また誰からも必要とされず、単にできるだけの人間か。過去の栄光ももはやない明星に現れた奇跡の光も……結局はまやかしなのだな」


 何が、というと何がだろうか。

 特に何が引っかかったというわけでもなく、気に障ったわけでもない。


 ただ一つ自分が彼女にわずかながらにでも憤り、それは違うと反論しようと思ったのならば、それは自分がまやかしと呼ばれたことにだろう。


――一緒に行こうぜ、全国! 全世界! んでもって世界一! おまえがいる俺達なら、絶対にいける! なぁ雨野馳! 俺と……俺と一緒に勝とうぜ!


 そう言ってくれた友がいる。

 自分をコンキスタの世界に誘ってくれた友が、あんなにも強く印象に残る勧誘をしてくれた友がいる。

 彼にとって自分は友であり、共に戦う勇士である。

 そして、共に世界を目指そうと誓い合った戦友である。


 うぬぼれていると思われても構わない。

 だがもしも、彼にとって自分が希望の一筋である流星ならば、まやかしであってはならない。


 彼は願った。願ってくれた。

 誰にも必要とされなかった、誰にも求められなかったこの雨野馳六華という人間に、共に目指そうと言ってくれた。

 彼の願いがそれならば、自分はそれを叶えられる奇跡の流星でありたい。


 勝利を目指す奇跡の流星、明星スターダスト。

 その中で彼にとっての奇跡の流星が自分ならば、奇跡でも何でも起こしたいと思う。


 なんで彼に対してそんなことを思っているのか、なんでそんなことを感じているのかは自分でも知らないところだが、しかしそんなことは問題ではない。


 彼の願いに応えたい。

 それが自分の願いならば、叶えるために努力する。

 それが彼にとっての明星の力。


「もういいか」


 『女帝クイーン』は攻撃をやめた。

 彼女から伸びる線が折り畳まれ、少しずつ彼女の中へと収束されていく。

 

 ここまでやって何もしてこないならば、見る価値はないだろう。

 彼女の中で、雨野馳六華の評価は雑誌の過大広告よりもずっと意気地のない人間というもので終わりそうだった。


 が、その評価を改める。

 

 前傾姿勢から低く態勢を落とし、クラウチングスタートの形で雨野馳が構えていた。


 標的である『女帝クイーン』を睨む眼光が、蒼白に輝き差し込んだとき、その標的が先ほどよりもさらに線の数と領域を倍にして広げ始める。

 そして五百を超える剣の切っ先が雨野馳の方を向いたとき、二人は同時に動き出した。


 五百の射出口から剣が走る。

 雨野馳はそれに対して、直進する。


 しかし雨野馳は剣との距離が縮まると停止し、強く踏みしめて後方に跳躍。

 公園の端まで飛ぶとさらにその端に立つ鉄柵を蹴飛ばし、再び『女帝クイーン』へと肉薄した。


 すでに第二第三の射出が繰り出され、雨野馳に襲い掛かっている。

 それを雨野馳は躱す。躱す。ひたすら躱す。

 しかしそれは今の今までの攻撃が止むことを待つ回避ではなく、攻撃を止めるための回避。

 回避しながら、常に前進を、肉薄を続ける。


 剣を躱し――いや抜かしていく。

 一度に二本三本どころではない。二〇、三〇の数を抜いていく雨野馳の速度は、スリップストリームによって凄まじい速度での加速を果たしていた。


「速っ!」

「?!」


(加速の能力か。しかし、この雨の中をそう容易く切り抜けるは、数から計算して——)


 『女帝クイーン』前寅は一瞬考えてしまった。

 それは一時的にでも上の空になっていたということで、攻撃にほんのわずかながら隙が生まれると言うことである。


 そして最悪なのは、自分が今サラッとした計算が甘かったこと。

 雨野馳の能力の詳細を知らないために正確な加速度を計算できず、雨野馳がまさか自身の目で追いきれない速度にまで加速してくると思っておらず、そして一瞬その計算をするために時間を要してしまったことで隙を生み、雨野馳が自分の目の前まで肉薄してきたことを理解できなかったことである。


 入部からまだ一ヶ月と半分程度。

 つまりコンキスタを初めてそれくらい。

 その間やった試合で、前寅後狼に触れられた選手などいない。


 『戦姫』白雪しらゆきクロナ。

 『戦乙女ヴァルキュリア春原斬はるばらきり


 後に七人の中に数えられるこの二人も、そして今『神童』ですらも触れられなかった相手に、雨野馳は今、渾身の回し蹴りを叩き込んだのである。


 装甲を脚にまとっていなかったために雨野馳の脚にも痛みが走る。

 しかしそれよりもずっと痛いのは、その攻撃をとっさにガードした前寅の両腕だった。

 

 自転車が坂道をノーブレーキで下って来たなんて生易しいものじゃない。

 リニアモーターカーが全速力で突っ込んできたかのような衝撃が襲い掛かり、前寅の両腕にヒビを入れたのである。


 拘束がとけた沖田は、蹴り飛ばされた前寅が吹き飛んでくるのを躱し、難を逃れる。

 前寅が射出したすべての剣と彼女から伸びる線がすべて掻き消えた。


「お、お見事でござる雨野馳殿!」

「速っ……ってか途中消えなかった?」

「見えなかったわね」


 この瞬間、呑気な主戦力二人よりも、側にいた雪咲と斉藤の方が雨野馳に対して脅威を感じていた。

 

 雨野馳の速度が不可視の領域にまで達するということは、その瞬間攻撃に関しても防御に関しても反応ができないということ。

 本人は蹴られるまでその存在に気付けず、蹴られてやっと気付く。


 前寅のように圧倒的な能力ではないが、しかしこれ以上ない速度の領域を繰り出せるというのは、充分な脅威と言えた。


 沖田は攻撃を止められ、神門は動くことを止められた。

 そんな前寅に一撃を与えられた雨野馳は、もしかして前寅の万能的な能力に対して、唯一有効な能力なのではないだろうか。


 そんなことを彷彿とさせた雨野馳だが、装甲なしの蹴りで自らも脚を痛め、座り込んでいる。

 そして蹴られた方の前寅は両腕の骨に確実にヒビが入っているにも関わらず、平然として腹筋の力だけで跳ね起き、その両腕を組み直した。


「この程度……いや、これだけか。正直想像以上だ」


 初めて彼女が感嘆を述べた。

 

 だが彼女がまだ全力を出していないことは、その場の全員がわかっている。

 これは単なる力試し。彼女が本気になる理由はなく、むしろここから彼女の本気に叩き潰されることを覚悟しなければならない状況である。


 が、あくまで彼女が今回したいのは、力試しであった。


「力量はわかった。貴様らならば、全日本くらいには出てくるだろう。期待して待つ」

「あぁいた!」


 全速力でダッシュしてくる男。井鼠が前寅を見つけて走って来る。


「もう姉さん! ジュース買ってるときくらい待ってくださいよ! 探したじゃないですか!」

「貴様が八分も待たせるのが悪い。それに、本来の探し物にはもう会えた。帰るぞ」

「え、えぇ! いや、でも……!」

「何を躊躇うことがある。早くしろ、また私を待たせる気か」

「す、すんません! すぐ行きます!」

「あぁそうだ」


 前寅が向き直り、初めて自ら腕を解く。

 そして自らが発せられるありとあらゆるプレッシャーを押さえ込み、ここに来て初めて笑みを見せた。


「我が名は干支高! 前寅後狼! 全日本で待っているぞ。一切の遠慮も躊躇もなく、この私に挑むがいい。真の勝者、侵略者を決めよう!」


 突風のように現れ、嵐のように去っていく。

 『女帝クイーン』前寅後狼の力試しは、こうして自分勝手に終了した。


 そのことを察した雨野馳から気力が抜け、後ろに倒れそうになる。

 そこに背後から駆け寄って来た彼が、しっかりとその肩を受け止めた。


「大丈夫か、雨野馳」

「……晴渡くん……」

「今のって『女帝クイーン』だよな……ってかこの惨状……何があった?」

「ただの力試しよ。そう、ただの……ね」

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