邂逅

 それは土曜日の昼。


 部の存亡をかけた試合に見事勝ち、部の存続を認められた明星コンキスタ部。

 今日も今日とで激戦熱戦のコンキスタを戦い抜くため、特訓に明け暮れていた。


「ほらほらぁ、スピード落ちてるよぉ」


 覇星彩夢はじょうあやめの技、スピード・スターに磨きをかけるためにとにかく走る雨野馳六華あめのちりっかとそれに付き合う雪咲月華ゆきざきげっか


 十戯城との試合でもわかったことだが、雨野馳の課題は試合中に何分と高速で走り続ける体力と持久力。

 前回の試合では火事場のど根性的なもので走り切ったが、しかし倒れてしまった。

 これから全日本、世界を目指すのなら、そんなことではいけない。

 故に走って走って走りまくって、体力と持久力を付けなければならなかった。


「ほらほらぁ、ダッシュ、ダッシュ」


 体力と持久力はすでに持ち合わせている雪咲は、雨野馳がへばった頃に声を掛ける役。

 スピード・スターも身に着けているために、速度と攻撃力の両方を兼ね備えている彼女には、まだ余裕が感じられた。


「抜かさせてあげようかぁ、六華」

「ま、まだ、まだ……」


 能力を使って加速しても意味はない。

 持久力を鍛えたいのならば、設定した距離をなるたけ能力を使わずに走り切らなければ。


 そう思って、雨野馳はずっと能力を使わず走っていた。

 もっとも、能力は常時発動型でオンオフはないのだが。


「はい、頑張れ六・華。負けるな六・華。進め、進め、六・華」


 ここまで約一二キロ。

 目標設定は二〇キロだが、あと八キロが辛く厳しかった。

 雪咲の余裕が、自分から余裕を奪っているのをヒシヒシと感じる。

 それでも、諦めることだけはしたくなかった。


 あんな熱烈な口説き文句を、まだ受けたばかりだったから。


「おぉおぉ頑張れ頑張れぇ、愛する彼が待ってるぞぉ」

「っ?! だ、だから! あのときのあれはそんなんじゃないってば!」

「えぇぇ、まだ拒否る? もぉ素直に認めちまえよぉ。楽になれよぉ」


 ちょっとウザい。

 雪咲は本来このようなキャラではないはずなのだが、雨野馳相手だと人格が変わったかのようである。

 まぁそれだけ気を許してくれているのだとすれば、別段気持ち悪いものではないのだが。

 しかしこの執拗さは勘弁願いたい。


「ねぇ」

「ちょっと、しつこくすると怒るよ月華!」

「……いや、そうじゃなくて、前」

「?」


 見ると、前からランニングしてくる巨体がいる。

 その大きな背丈と伝わってくる威圧感は、間違いなく彼女だった。


 黎明の『不動』、神門千鶴かみかどちづる


 向こうも雨野馳に気付いたのか、やや速度を上げて走って来る。

 そしてまさかの全力で腕を鋼鉄の固さと重さに変え、鈍重な攻撃を振り回してきた。

 しかし雨野馳にそれを真正面から抜かれて躱され、あれ? と自分の中での違和感を感じて止まる。


「おかしいな……前の間合い計り間違えた……メンタルやられるわぁ」

「千鶴?! いきなり何を……!」

「六華ってそんなツッコミキャラだったっけ……まぁ、いいけどさ」


 そんなことより、と神門は雨野馳の脚を見る。


 前回はとても細く、蹴った脚の方が折れてしまいそうなほどか弱かった。

 今も充分細いが、だがしかし筋肉がついた。


 脚は腕の三~四倍の筋力があるというが、雨野馳は全体的に細いために両脚の細さは常人の腕よりも細かった。

 しかし今は若干の筋肉が付き、常人の腕くらいには太くなっている。

 それだけ、パワーアップは果たしたということか。


 さらに言えば速度も上がった。

 それが明確に上がった能力である。

 

 以前躱せなかった間合いでも、ギリギリ躱せるようになっている。

 本人はその差に気付いていないようだが、若干とはいえ確実なスピードアップを果たしていた。


「速くなったじゃん、六華」

「試すにしても、怖過ぎよ……千鶴」

「ってか躱されるとか、メンタルやられそうだな……ってか少しやられた」

「神門さんはここまでランニングして来たの?」

「そだよ。キャプテンがおまえは体力が足りないから走り込んどけってうるさくてさ……メンタルやられそうなんだよね」


(どんだけメンタル弱い設定なのかしら、この人……)


 そのまま三人でランニングすることになり、目標としていた二〇キロまで到達する。

 バテバテな雨野馳に対して神門と雪咲はまだ余裕で、近くの公園の運動器具で体を動かし始めた。


「ってかあれからさぁ」

 

 座って休憩している雨野馳に、神門が話しかける。

 背の高い鉄棒で懸垂をする神門だが、身長が元々二メートルを超えているために脚を曲げなければ地面に足が着いてしまうために脚を曲げながらやっている。故に負担は倍近くかかっていた。

 女子なので言及は避けるが、二〇八センチの体についた体重もそれなりのものであるわけで。


「明星ってどれくらい部員来た?」

「私と月華……晴渡はれわたりくんと……七人ね。元々先輩方が四人いるから、フルメンバーでも一人足りない感じね」

「そっか……うちは結局七八人くらい来て……かなり辞めたから、わかんない。確かに言えるのは、二人」

「そ、そんなにやめたの? まだ六月入ったばかりよ?」

「コンキスタの練習とか辛いじゃん? だからメンタルがやられちゃうんだよ、すぐ。カッコいいとかそんな簡単な理由で始めようとした人は、特にさ」

「そっか、そうよね……」


「千鶴は、なんでコンキスタを始めたの?」

「えぇ? なんでって……誘われたからだよ、キャプテンに。体でかいし、能力もコンキスタ向けって言われて……まぁ、そのあとは成り行きでやってる感じかな」

「そうなんだ……」


(千鶴も、無理矢理コンキスタに引き込まれた部類かな……)


「六華は?」

「私も、その……友達に誘われて」

「俺と共に戦ってくれ! 世界の果てまで! って言われたんだって」

「言われてない!」

「愛の告白じゃあん」


 雪咲がまたからかって来たのに、神門が乗る。

 この二人気が合うのか、その後も雪咲が演じて神門が乗ると言うリズムで、雨野馳をからかってきた。タイプが似ているのかもしれない。


 そんな二人のからかいを止めるべく――ではないのだが、またも公園に言葉で攻められている方と攻めている方がやって来る。

 

 青い髪を一本に結び、額には必勝の文字が書かれたハチマキ――そんなものを本当にしている人を初めて見た――。

 ショートのデニムパンツを履いているのだが、その上は短い着物のようで、青の生地に白の模様と、背中に大きく“誠”の文字が刻まれている。

 そんな彼女が、涙目になって友達だろう無表情ガールの言葉攻めに耐えながらランニングしていた。


「うぅぅ……もう、せつのことは放っておいてほしいというかなんというか……」

「何を言っとる。わっちが見とらんと、おまえはすぐ道に迷ってしまうではないか。ただでさえ方向音痴のおまえが、今はフラフラと気持ちまで迷っているのだ。自暴自棄になられても困る。このまえの試合ももう少しおまえがちゃんとすれば――」

「も、もう許してくだされ……拙とてあれは反省しているにござる……副部長にもたっぷり絞られた故……」

「ここで許したら、おまえのためにならん。わっちが口を酸っぱくして言うのを耳に胼胝たこができるくらいよく聞きなんし」


 そうして、あれやこれやと彼女が犯したのだろう間違いを細かく辿って彼女を責める。

 二人の会話だけを聞くとまるでタイムスリップしたかのようであったが、しかし二人の格好は現代を交えていた。

 まぁ、泣きそうになっている方が羽織っているのは、明らかに歴史的に見て有名なあの隊の羽織りを模したものであろうが。


「大体おまえは――っと、おや」


 言葉で攻めていた方が、雨野馳達に気付いた。

 停止すると、肩で息をする涙目の肩を抱き、二人を指差す。


「見なんし。『不動』の神門千鶴に『白銀』の雨野馳六華殿じゃ。あれがおまえのだぞ。このままで、あの二人に勝てると思うのか?」


 カタカナが言いにくいのか、やや噛み口調で言う彼女。

 その指差された方に本当に『不動』と『白銀』を見た涙目は、驚愕の後に丸まり、そして一人酷く落ち込んでしまった。


 それを遠目に見て、神門は首傾げに雨野馳に問う。


「ねぇ。あれってうちら指差してんの? 何、遠巻きに絡まれてる?」

「いやそんなつもりはないと思うけど……千鶴が凄いから、感動してるとか、じゃない?」

「片方はそんな感じじゃないけどねぇ……ってかうちらそんなに有名? まぁ今月の月刊誌見た人に、『不動』とか呼ばれてるけどさぁ……まだ六月でしょ? そんな凄いとか凄くないとか、わかるもんなのかねぇ」

「実際に千鶴は凄いじゃないの」

「そういう変なプレッシャーとかやめて欲しいわ、メンタルやられそうで。ってかあの子も確か雑誌載ってたな……」

「え、あの強気っぽい人?」

「じゃなくて、あの弱気な新選組。六華、雑誌読まない系? まぁうちもキャプテンに読まされたんだけど」


 新選組の格好をしている割にオドオドしていて、なんだかとても内気そうに見える。

 自分で言うのもなんだが、同じタイプだと雨野馳は感じた。

 

 神門のように強さをまとっているタイプではなく、強さを内包しているタイプ。

 実戦経験の浅い雨野馳は、まだ戦ったことのない相手だ。

 今まで神門に十戯城の卓須昴たくすすばると、強さを出してくるタイプばかり相手だったために、雨野馳は彼女の強さを正確に計れずにいた。


 実際初見では、隣にいる強気そうな子の方が実力は上に見える。

 まぁ、涙目でいる人間が強く見えるとすれば、それはそれでひねくれているとも言えそうではあるが。


「ホラ、挑発の一つでもしてこいっての」

「え、えぇ?!」


 なんだか可哀想である。

 告白うんぬんでいじられていた自分など、まだ遊ばれているから大丈夫と思うほどに。


 実際自分がもしあの立場だったとしたら……自分にだったらともかく、神門に対抗するのはとてつもなく怖い。

 身長二メートルを超える神門を怒らせれば、どうなるか想像するだけで足腰から力が抜けるだろう。


 現に背を押された彼女は二人にというよりは、主に雨野馳に対して言い放つ格好で口火を切って来た。

 口火を切ると大それた表現をしたが、かなりの小声だ。


「あ、あぅ……ふ、『不動』の神門しゃんに『白銀』の雨野馳さん……」


(ちょっと噛んだ……)


「せ、拙は……拙は刀剣つるぎ高校コンキスタ部、刀剣百花新選組とうけんひゃっかしんせんぐみの、お、おお、沖田蒼おきたあおいと申す者……じ、尋常に、尋常に……」


「あ……握手してくだされ!」


(そう来たかぁ……)


「んぁ、握手? いいけど、なんかヒーローみたいな扱いで、メンタルやられるわ」


(なんで?!)


「あ、いや……すみませぬ、ぷ、ぷらいべぇとにお邪魔して……」

「べつにいいけど……『神童』がそんな腰引けてて大丈夫なわけ?」

「しょ、しょぉですよね……す、すみま、せん!」

「べつにいいけど……あぁ、メンタルやられそう」

「す、しゅみま、しぇん!」

「べつにいいって……メンタルやられ――」

「千鶴、それ以上言わないで。なんかエンドレスになる気がしてきた」


 この二人はおそらく水と油である。

 仲が悪くなる気配はないが、根本的に性質が合わない。

 メンタルがやられると言う言葉を鵜吞みにしてしまう彼女――沖田は間違いなく神門といると平謝りを続けるに違いなかった。


 だが『神童』。

 そう聞くと心当たりは確かにある。


 雑誌の愛読者である晴渡省吾しょうごに散々話を聞かされていた。

 自分――『白銀』雨野馳六華を含めた七人が、何やら中二病めいた名前で統合され呼ばれているということを。

 そしてその中に一人、唯一無二の天才、『神童』と呼ばれている人がいた。


 刀剣高校コンキスタ部一年、沖田蒼。

 コンキスタをやるために生まれたとすら呼ばれるその身体及び異能力は、まさに『神童』と呼ばれていた。


 雑誌では能力は書かれていなかったが、しかし雑誌も真実が書かれているとは限らない。ただの憶測で書かれていることが多い。

 現に神門の能力は本人が言うのと同じ物が書かれていたが、雨野馳に関しては覇星と同じ能力か似た系統と、バッサリとしか書かれていなかった。

 故に書いてあったとしても、沖田の能力が正確に記されているわけではないのだが。


 ここは一応、ライバルとして知っておくべきだったか。


刀剣つるぎってここから結構遠いけれど、走って来たの?」


 雪咲が聞く。

 雪咲相手でも緊張している様子の沖田が言葉を詰まらせると、友達であろう彼女が代わりに応える。


「駅四つ分など、異能を手に入れればもう遠くないと思うが……まぁ、走って来たな。わっちとそいつにとっては、どうという距離ではない」

「そんな、能力の内容を明かすようなことを言っていいの? せっかく雑誌でも、不明ってなってるのに」

「構わん。別に能力の性能だけが強さではない。特にそいつの場合はそれが言える。まぁ能力だけで強者とされている者も、いなくはないが」

「ほぉ? それは一体誰のことだ?」


 何気ない、ただ会話に入るために言っただけの一言。

 しかしその場にいた誰もが、神門すらも一瞬ではあるが戦慄させられた。


 地につきそうなほどの長い黒髪を揺らし、闊歩するのは『女帝クイーン』。

 高校最強干支高校の一年にして、『白銀』、『不動』、『神童』に次ぐ世代の一人。


 前寅後狼まえとらうしろ


「よい、不敬を許す。全員表を上げたまま、我と戯れるがよい」


(もしかして、時代錯誤してるの私……?)


 そう、思えるくらいの余裕しかない、雨野馳だった。

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