運命

 明星スターダストと十戯城グラディエーターズの練習試合。

 

 片方は部の存続のため、片方は面子のために戦ったこの試合は、明星が見事勝利を治めて部の存続を約束された。

 

 それから一週間後のこと。

 コンキスタ専門月刊誌、月刊コンキスタ五月号の見出しを飾ったのは、今年注目の七人の新人女子高校生コンキスタプレイヤーに関する特集であった。


 彼女達は七人で当千七騎一世代とうせんしちきいちせだいと呼ばれ――


 東京屈指の強豪、黎明カンピオーネ。

 『不動』。神門千鶴かみかどちづる

 

 東北最強、嶺球ヴァルキリー。

 『戦乙女ヴァルキュリア』。春原斬はるばらきり


 神奈川の女子高、姫神プリンセス。

 『戦姫いくさひめ』。白雪しらゆきクロナ。


 未来の異能警察育成機関、刀剣百花新選組とうけんひゃっかしんせんぐみ

 『神童』。沖田蒼おきたあおい


 琵琶湖の上に存在する水上校、湖大アルゴナウテス。

 『船長キャプテン』。アルケデリック・アポロン。


 高校最強、世界屈指の実力、干支ゾディアック・レジェンズ。

 『女帝クイーン』。****。


 そして最後の一人は、無名の女子高より――


雨野馳あめのち雨野馳あめのち


「おまえ、月刊誌に載ってたぜ」

「……え、嘘でしょ?」


 明星スターダスト、雨野馳六華りっか

 異名、『白銀』。


 コンキスタ界では無名となってしまった明星高校に、再び陽の目を見せたいわばスター的存在となってしまった雨野馳は、それ以来ずっと注目を浴びることとなってしまった。


 中学時代に不登校だった雨野馳にとっては耐えられない苦行。

 人からの熱い眼差しを絶えず受け続けることに耐え切れず、また不登校になりそうだった。

 だが今回は、友達と言う心の支えもあったためにそれは逃れたが。


「おまえ、実は超人見知りなのな……」

「あなたが人懐っこいのよ……」

 

 昼休み、珍しく一緒に食事することとなった雨野馳と同じコンキスタ部メンバー。

 普段から賑わいを見せる食堂が、このときばかりは雨野馳に注目が集まってまたすごい賑やかであった。


 雨野馳六華。晴渡省吾はれわたりしょうご雪咲月華ゆきざきげっかの三人で食事するも、雨野馳は食事が喉を通らず困り果てていた。

 周囲の人間から視線を向けられると、中学時代のトラウマを思い出してしまう。


――あの人だよ、例の雨女

――確かに雨降らしそう……

――きっと能力は雨降らせる奴だぜ?

――うわぁ、うざってぇ


 雨女。

 どこからかわからないが、立った噂。

 毎日毎日、後ろ指を指されて言われ続けた。

 それに耐えかねて、学校に行けなくなった。


 辛い日々が、また――


「六華、顔色が悪いわ? 大丈夫?」

 

 雪咲が少し顔色を窺って来る。

 雨野馳の額に手を当てて、熱を測り始めた。


「……熱はない、みたいね。でもちょっと休んだ方がいいかもしれないわ。保健室行く?」

「だ、大丈夫よ……何も、ないわ」

「……ちょい、雨野馳」

「え……?」


 晴渡が雨野馳の腕を引き、周囲から告白か彼氏面かなどと茶化されながら食堂を出ていく。


 雪咲が二人が手を付けなかった昼食を平らげて追いかけてくるよりも早く、二人は体育館の二階席に着いていた。

 昼休みにわざわざ来ることなどない、絶好の人避けスポットである。


「ホラ、どっちがいい?」


 体育館の側に常駐されている自販機から、リンゴジュースとポカリスエットを買って来た。

 雨野馳がリンゴジュースを選ぶと、晴渡はポカリスエットの蓋を勢いよく開けて半分近くを一気に飲み干した。


「人ごみとか苦手か」

「……昔ちょっと、いやなことがあったのよ。単なる噂で注目されて、コソコソコソコソ、わざと私に聞かせてるくらいの声で、ずっと……だから、あぁいうのは苦手だわ」

「そっか……」


 残り半分を、晴渡はまた勢いよく飲み干す。

 そしてペットボトルを潰しながら、だけどよと続けた。


「俺達は勝ったんだ。んでもっておまえは、雑誌に載るくらいすごい選手って世間に認められた。無理かもしんねぇけどさ、もう少し喜んだっていいんだぜ?」


「おまえの昔は知らねぇけどさ。でも今のおまえは、コンキスタプレイヤーとして認められたんだぜ! 俺は嬉しい! 俺が誘った奴が、俺らのエースが認められてよ! あの日おまえを誘ったのに、運命感じてしょうがねぇよ!」

「運命って……そんな大袈裟な」

「大袈裟なもんかよ!」

 

 晴渡は二階席の手摺の上に乗る。

 雨野馳が肝を冷やすその目の前で、晴渡は他に誰もいない体育館に響き渡る声で言った。


「これは運命だって! おまえがコンキスタに出会って、んでもって世間に認められるプレイヤーだってことが証明された! なんだったら次は日本一! その次は世界一取るだけだぜ! だってそうだろ! こんなにもお膳立てされてるんだぜ! これが運命じゃなきゃなんなんだよ!」


「雨野馳六華はこの高校生活で、俺達と一緒に世界を取る人間だ! 俺は今確信したぜ!」


 こんなにも力強く、信じていると言われたのは初めてだった。

 それはとてつもなく気恥ずかしく、人けのない体育館で言われるのもイヤだといつもならば思っていた。


 しかし今は、嫌ではなかった。

 むしろ少し嬉しいくらいだ。

 彼の中で最高の強さを持って、信じていると言われて、嬉しくないはずがなかった。


 彼は自分がコンキスタに会ったのは運命だという。

 だがそれならば、その運命を引き合わせてくれたのは他でもなく、彼である。


 最初は、自分にもできそうだと思ってやってみた。

 そうしたら敵を倒したときの爽快感が少し嬉しくて、つい入部してしまった。


 練習は思っていた以上にハードで、これからもその過酷さは増す一方と見られる。

 だがその過程で凄い人に出会って、さらにその凄い人の親戚である友達もできた。


 そして今、同じ勝利を目指す仲間達と共にいる。

 

 確かにこれだけの恵まれた環境がお膳立てされていて、何が不幸だろうか。

 神という存在は、雨野馳六華をコンキスタの世界に引き込もうとしているではないか。


 神に対しては何も思わないし感じない。

 しかし神はいつだって理不尽で、無慈悲な傍観者だと思っている。


 その神が、なんの気まぐれか用意したこの環境。

 確かに運命と呼ばず、なんと呼ぶのかは知らなかった。


「雨野馳!」


 手摺から滑り落ちて、雨野馳の目の前へ。

 そのときとの晴渡との距離は、文字通り紙一重の距離であった。


 危ないことを目の前でされたからか、それとも晴渡が近いからか、雨野馳の鼓動は普段よりもいっそう大きな音を叩く。


「一緒に行こうぜ、全国! 全世界! んでもって世界一! おまえがいる俺達なら、絶対にいける! なぁ雨野馳! 俺と……俺と一緒に勝とうぜ!」


(そういえば部室に連れ出された日、誘われるまえに霧ヶ峰きりがみね先輩が来て中途半端だったっけ……)


 あの日ももし、霧ヶ峰佳子かこが途中来なかったら。

 もしも部長の鏡根望かがみねのぞみに、半ば強引に引き込まれてなければ。

 この熱いある勧誘を受けることができたのだろうか。

 

 だがしかし、今でも別段遅くはない。

 こんなに熱く人に呼びかけられたのは、求められたのは、初めてである。


 知らなかった。人に認められ、必要とされることがこんなにも気持ちのいいものだったなんて。


「晴渡くん、何を言ってるの?」


「もう、一緒じゃないの」


 ちょっといたずらな言い方で応える雨野馳。


 頬をほんの少しだけ赤らめて言う姿に、晴渡は思わず硬直してしまった。

 それは無論、可愛すぎるが故に。

 その硬直を振り払うかのように一歩後退すると、照れ隠しで笑みを返しながら手を差し出した。


「んじゃま、改めてよろしくな。雨野馳」

「……フフッ」


 別の要因で笑った様子の雨野馳に、晴渡は首を傾げる。

 

 雨野馳は違うのと笑って言うと、差し出された手を強く握り締めた。


「あなたとは、こうして何度もよろしくって握手する気がしたの。これも、運命かしら」

「っ……?!」


 晴渡はとっさに鼻を押さえ、背を向ける。

 雨野馳は理解できなかったが、晴渡としては大惨事に至りかねない危機的状況だったのだ。


 何せ生まれて初めて女の子を女の子として見てしまって、鼻血が出そうな勢いだったのだから。


「どうしたの?」

「いや、なんかゴミがな……いや、なんでもないなんでもない」


 昼休み終了五分前のチャイムが鳴る。

 それと同時に雪咲が走って来て、購買部で買ったのだろうフルーツサンドを頬張りながら握手を交わしている二人をジッと見つめて一言――


「あぁ……付き合うの? 二人」

「「違うっ!!!」」

「えぇぇ? いいんじゃない? 別に部内恋愛禁止じゃないでしょうに」

「だ、だからこれはだな!」

「あぁ秘密にして欲しい感じ? 大丈夫、私口は堅いよぉ、ホントだよぉ」

「だから違うのよ、月華!」

「ってかもうユーたち付き合っちゃえよ、煩わしい」

「「どういうこと?!」」


 その後も雪咲の口撃が続き、授業にギリギリ間に合ったものの今まで以上に授業に集中できない二人だった。


▽ ▽ ▽


 二日後、場所は東京のとある駅前。


 キャリーバッグの上に座る彼は、風船ガムを膨らましながらケータイをいじっていた。

 指先を高速で動かして、ゲームとLINEのやり取りを繰り返す彼。


 そんな彼を後ろから蹴飛ばすのは、長い黒髪を揺らすサングラスの彼女。

 彼は蹴られたことに文句を言おうとしたが、それが待ち人の彼女だとわかると破裂したガムを取りながら割れてしまったケータイを見て項垂れた。


「ハハハ、待ってました、姉さん……」

「フン……私を待つ光栄を噛み締めていたか? 永介えいすけ

「そりゃあもう……」


 姉さんと呼ばれる彼女だが、決して永介と呼ばれた彼と血縁にあるわけではない。

 かといって恋人と言う関係でもなく、二人はただ使う者と使われる者という関係だった。


「それで? 『白銀』がここにいるのか?」

「い、いや……ここにはいないっすよ。バス乗らないと、おぉ?!」


 彼女の蹴りが、床を砕く勢いで繰り出される。

 寸止めされたために砕くことはなかったが、しかしその勢いは当たった場合を想起させた。

 永介は本気で震えて、怯えたじろぐ。


「私に無駄足を踏ませる気か……? いい度胸をしているな、貴様……腰の骨砕いてやろうか」

「待って待って! 姉さん待って! 俺、『白銀』の電話番号とか知りませんし! それにホラ、今日は学校にいますって! ね、ね!」


 怒りを身に治め、彼女はサングラスを外す。

 その眼光で見つめられた永介は、完全に硬直してしまった。


 黒い前髪の下で光る、金色の双眸。

 それはまるで肉食獣のそれで、食物連鎖の頂点に立つ捕食者のそれであった。

 それはなんの能力でもなく、ただ単に彼女が持ち合わせている個性である。


「いなければ、貴様の腰の骨を砕くぞ。覚悟はいいな、永介」

「は、はい……」

「よし、なら乗るぞ。何番だ? 調べてあるんだろうな」

「は、はい! 四番です!」


 悠々と駅内を闊歩する女と、彼女に対して挙動不審な男、永介。

 彼らの姿を見たコンキスタファンが、彼女を差してヒソヒソと話す。


「あれ、干支の『女帝クイーン』じゃね?」

「マジで? なんでこんなところに……」

「ってかあれ誰、彼氏……?」


 という単語を聞いて、『女帝クイーン』は周囲を睨み一掃する。

 彼女を噂したファンの全員の寒気を誘い、ツイッターやインスタグラムで拡散しようとしていたファンの指を固めてすぐさま記事を消させる動作に持っていった。


「聞こえているか、永介。おまえ如きが私の恋人だと思われてるぞ? 光栄に思うがいい」

「は、はい……ありがとうございます……」

「嬉しくないのか」

「い、いえ! 嬉しいです! 前寅まえとらさんの彼氏だなんて言われて……!」

「……そうか、よかったな」


 高校コンキスタ界最強、干支高校の干支ゾディアック・レジェンズ。

 今年入部した四六人中、この三週間程度で残ったのはわずか九人。

 その中でレギュラーメンバー入りを言い渡されたのはわずか、二人。


 『女帝クイーン』の付き添いをしている井鼠いねずみ永介。

 そして当千七騎一世代にも選ばれ、その中でも最強と言われる。故に『女帝クイーン


 前寅後狼うしろ


 日本代表コンキスタプレイヤーの一人にして『女皇エンプレス』の異名を持つ明星OG、前寅めいの一人娘。

 そしてこの先、『白銀』雨野馳六華最強の難敵として立ちはだかる運命を背負った、強敵手にして好敵手であった。

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