vs 十戯城グラディエーターズ Ⅵ
得点は、九八:六三。
現在明星の大幅リード。
十戯城は三つの陣地征服に失敗し、倒された六人中四人が脱落し、すでにベンチメンバーをも出し切っていた。
この事態に、
自分達も決して多いとは言えない人数ではあるが、しかしここまで追い込まれるとは思っていなかった。
思えば序盤からまったくもって、追い詰められていないではないか。
地味だが、しかし一方的な展開が続いていたことに今気付いた。
「こりゃあ……あかんなぁ……」
正直ここまで自分達が負けるとは、思ってもいなかった。
「り、リーダー……」
「どうします……?」
後輩は指示を仰いでくるが、しかし気持ちではもう半ば諦めているのだろうことは察しが付く。
一昨年のまだ自身が一年生の頃の自分がこの状況だったら、真っ先に敗北を考えるだろうから。
「リーダー!」
しかし、諦めるわけにはいかない。
自身が今三年生で部長であると言うこともそうだが、しかしこの状況で諦めるわけにはいかないだろう。
何せ今、次の部長となる存在が、諦めていないのだから。
「俺はあの野郎を潰す! なんとしても潰す! 作戦をくれ、リーダー! 俺が……俺がこのチームを勝たせてみせる! 舐められたまま終われるかよ!」
(……そういや、うちらが舐められたからやったっけ、この試合の理由)
「せやな」
(諦められるわけ、なかったか)
戦場ヶ原が胸を膨らませ、声を張る。
今までにないくらいの大声で、その声は周囲の観客席にも届き、全員の腹の底に響き渡った。
「いいかおまえら! 俺と卓須で敵の二つの頭を叩く! おまえらは狼狩りや! あの動かないボスを倒して、得点奪え!」
未だ勝利を諦めていない部長に、十戯城は奮い立たされる。
自分達の方が格上であるというプライドが蘇生され、再度刺激されて、全員勢いを復活させてフィールドに戻った。
「卓須……雨野馳六華は任せる。叩き潰せ」
「うっす!」
明星もまた、ベンチからフィールドへ。
その顔は決意新たに、そして負けられないという覚悟を表していた。
この試合に負ければ、部の廃部が決まっているということを。
全員の気合が表面上に現れ、凄まじい闘気を発する。
その熱気は観客席に伝わり、万雷の歓声に変わってフィールドを包んでいた。
「部長も酷いよなぁ、俺達に隠してるだなんて」
「……ホントね」
「俺達をもっと信用してくれってんだ」
「……そうね」
二人はこの試合中最も凄まじい気迫を放つ十戯城と対峙し、再び覚悟を決める。
前半の陽動作戦ですでにボロボロの晴渡と、前半戦から走り続けてもう体力残り少ない雨野馳。
さらに熾烈なものとなる戦いは、もう残り十分。
最後の力を振り絞り、二人はその戦場に赴く。
そこには正直、部の存続という危機に対する思いは微塵も湧いていなくて、二人にとってはただ負けたくないという感情が働くばかりであった。
「おいてめぇ」
卓須が雨野馳に声を掛けて来た。
晴渡が間に入ろうとするが、雨野馳がそれを制す。
「雨野馳って言ったな……てめぇのことぁ覚えとくぜ」
「正直、この試合もう俺達の負けだ。それは認めてやるぜ、死ぬほど悔しいけどよ……だがてめぇとの勝負は別だ。来いよ雨野馳。この試合、てめぇとの勝負だけは勝ってやる!」
卓須の言いたいことを、晴渡は理解した。
コンキスタの世界において――いや勝負の世界において、時に試合全体での勝利よりも、個人での勝利が重要だったりする。
それはチームのためではなく、その個人のためだ。
その勝利がその個人に自信を与え、プライドを厚くし、次の戦いへの闘志を研ぐ。
その闘志が自身に力を与え、そして次の試合の勝利への原動力となる。
つまり個人の勝利が、巡り巡ってチームのためになることもあるということである。
彼女もまた、去年の十戯城黄金世代の一人。
勝利への法則を、理解していると言うことだ。
自分の勝利が今後の十戯城の勝利になると信じて、自分よりも雨野馳の方が格上だと知りながら、あくまでその格上という条件を今のことろはとして噛み砕いて受け入れ、成長しようとしているその姿勢。
一人の先輩として、見習わなければならないとさえ思った。
例え敗北するとしても、次のチームの勝利を信じて常に勝利を目指す。
その姿勢は、決してくだらなくなんかない。
それを知っている晴渡は無論、雨野馳も決して見下さなかった。
雨野馳は決してコンキスタに詳しくないし、戦士としてはまだ不十分な存在。
今後のことを考えて勝利を選ぶという卓須の姿勢を理解し切れていないし、むしろただ勝利に貪欲だと見ていても仕方ない。
彼女がこの心境を理解するのに、まだまだ時間がいると思われた。
しかし雨野馳は完全には理解せず、しかし卓須の思いだけを理解して、雨野馳は深く頷いたのである。
卓須の思いをすべて受け止めて、静かに、そして強く頷く。
「わかりました……あなたの全力に、私も全力で迎え撃ちます」
卓須は最初、また苛立ったかのような顔つきになった。
しかしすぐにその口角を曲げて笑うと、右手を突き出して立てた親指を下に突き出して見せる。
雨野馳はその意味を理解していたが、同時に卓須の心境も理解していた。
敵に対して、完全に心を許すことは今現状できはしない。
試合としての敗北を受け入れている卓須の、最後の抵抗のようなものであった。
「ビクつけよバァカ。てめぇ倒されんだぞ、状況理解しやがれよ、ったく……次は負けねぇからな、雨野馳」
「はい、次も勝ちます。卓須先輩」
(……ハッ、うぜぇったらねぇな)
ほんの少しだけ満足したかのように、卓須はスタンバイしに行く。
晴渡は少し安堵したのと同時、そのときの雨野馳を見て見惚れてしまった。
気持ちが弱く、エースと呼ばれることに抵抗を感じる様子の雨野馳。
しかし今、まさにエースと呼べるほどに凛として、凛々しい姿を見せていた雨野馳に対して、晴渡は少し胸の高鳴りを覚えたのだ。
「……晴渡くん?」
「っ、あ……」
気付けば、もう試合再開直前。
そして雨野馳が自分に対して瞳の中を覗き込むようにして近付いて来ていた。
思わず、硬直してしまう。
「どうしたの? そろそろ始まるわよ」
「ぉ、おぉよ! やろうぜ雨野馳! “
「大丈夫なの? その、腕が……」
ボロボロの晴渡の右腕。それを案じて訊ねる。
しかし晴渡はその手でグッと親指を立て、大丈夫と示して見せた。
実際、むしろ痛々しく見えるくらいなのだが。
「あの人は、おまえに全力でぶつかるんだ。だったら俺らも全力でぶつからなきゃ、失礼ってもんだろうがよ。心配すんなって――」
「――俺はおまえが立ってる限り、ぜってぇ倒れねぇからさ!」
「……そう」
(こういうとき、なんて返すべきかしら……)
中学時代、不登校だった雨野馳に信じられるという経験はあまりなく、このように強い言葉をかけてもらったこともない。
故にわからなかった。
こんなにも心強い言葉を掛けられたとき、どう返していいのか。
故に結局何も返せず、晴渡が、やべっ! スベッた! と思っても何も言えなかった。
で、結局返したのは返事ではなく、試合再開のブザーが鳴って――
「い、行くんでしょ?」
――だった。
試合再開から、両者の熱気は会場を包んだ。
「勝負だ雨野馳ぃ!」
「行くぜ、雨野馳!」
「えぇ!」
雨野馳と卓須の速度の領域で争う勝負は白熱。
次第に人の目では追えなくなり、高速の嵐がワーウルフの群れを掃討していく。
その結果ついに大円中央で眠っていたワーウルフのボスが目覚め、凄まじい遠吠えをした。
それを見た両チームの司令塔から、凄まじい量の指示が飛ぶ。
「
「
「
「
霧ヶ峰
身長三メートルを優に超す化け物が暴れる大円内で、凄まじい攻防が繰り広げられた。
盛り上がった大地の上を、電光をまとう黒い青年が駆け抜けてボスに突撃。
電光を受けて苦しむボスの急所を、月神の正確無比な銃撃が襲う。
しかしバッドコンビが追撃しようとしているボルトと月神を打ち払い、ボルトを追いかけていた剣崎
しかしボスとはただでかいだけの標的ではない。
その強さは、一撃で倒せる他の雑魚とは違うのだ。
爪先でボルトと剣崎を薙ぎ払い、尾を振り回して他の四人をも吹き飛ばす。
さらに咆哮と共に吐き出した破壊光線で、何度も遠距離砲撃をしていた晴渡を狙う。
光線はフィールドの外にはいかないものの、しかし凄まじい迫力に観客は騒然となるばかり。
さらに手傷を負ったことで、凶暴化したボスは大円内を走り回る。
周りに味方のワーウルフがいることなど全く無視で、視認した大円内のプレイヤーに向かって襲い掛かった。
ボスは大円内しかいれないため、陣地に入ってしまえば襲われることはない。
しかし陣地に逃げることなど許さず、ボスはプレイヤーを見つけては突進してその爪先で切り裂いていく。
その切っ先は鋭く、地面を盛り上げて作った日暮
こんなボス、相手を牽制しながら倒すのはとても無理だと思われたその矢先、高速の戦いをしていた雨野馳と卓須が、調度ボスの前を通過した。
そして次の瞬間、一瞬だけお互いがお互いのことを見逃し、たった一撃だけボスの鼻先に蹴りを叩き込んだのである。
超速の蹴りを叩き込まれたボスは吹き飛ばされ、宙で回転。
鼻先が折れるものの、なんとか堪えて着地する。
そして未だ戦う二人をその目で捉え、鼻先をやられた仕返しに襲い掛かったその直後、雨野馳の跳び膝蹴りが卓須のガードを躱して直撃。
蹴り飛ばされた卓須がボスの眉間にぶつかり、そのまま両者大円からドーム状に伸びる結界まで吹き飛ばされた。
一瞬、全体が静まり返る。
そしてフィールドに倒れたボスが光の粒子となって焼失し、その姿が完全に消えたとき、再び巻き起こった歓声が、ボスがずっと眠っていた大円の中央でヘタリと座り込む雨野馳に降りかかった。
その歓声を最後に、雨野馳は気を失った。
実際三分弱、卓須に張り合うために高速で走り続けていた負担が一気に回って来たのだろう。
体への負担は重く、起きたのは試合が終わった直後で、一同が最後の礼儀として礼をしていたときだった。
「あ、六華、起きたの?」
「
全身に激痛が駆け巡る。
走った反動でここまで体が痛んだことは今までになく、無理をした結果なのだと受け止めるしかなかった。
本来数秒、持って数十秒の力を三分弱も使ったのだ。当然の負荷であった。
それに気付き、雪咲は体を起こそうとする雨野馳に手を貸して起こす。
落ち着かせるために水を飲ませ、雨野馳のブーツを脱がせ始めた。
「このままだと、気持ち悪いでしょ? 変えてあげる」
「あぁ、ありがとう……って、試合は?! どうなったの!?」
「珍しい。六華も興奮するのね」
「おぉ雨野馳! 起きたか!」
晴渡が、なんだかとても元気である。
雪咲と違って、晴渡はわかりやすかった。
結果もう聞くこともなく、雨野馳は結果を知った。
「勝てたのね……」
「おぉ! 勝ったぜ!」
得点一〇三:八五。
明星の勝ちだった。
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