第13話 嵐が過ぎ去った後
うにゅ、お布団の柔らかい感触が目を覚ますための邪魔をする。
「うぅーん、モフモフ大好きー」
腕に抱く柔らかい毛並みが甘いクリームのように食欲を掻き立てると、忘れていた空腹が次第に蘇ってくる。
「わぁー白いクリームだぁ」
薄く目を開けたその先に見えるのは白くて柔らかいもの、それが何かも分からないまま口を開きカプリと齧り付く。
「みやぁー!!」
「ほえ?」
腕の中でバタバタと動く白い物体、だけどがっちりホールドしているので抜け出す事が出来ない。
「クリス、どうしたの!?」
騒ぎを聞きつけ部屋の中に慌てて駆け込んできたのは、私の大好きな旦那様。
「ふぃるしゃま?」
白い物体に噛り付きなから眠気まなこの私が、今の状況を徐々に理解していき、みるみる顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。
えっ、何、何でフィル様がここにいるの?
腕の中で尚も暴れるものを目にし、初めてそれが我が家のペット、シロだという事に気づく。
よく見れば可愛く尖った耳が私の涎で汚れているのが分かる。
(もしかして私、シロを食べようとしてた? というか今どうゆう状況?)
確か義兄の罠にハマり地下に閉じ込められていたはずだ。そして目の前に現れたシロの背中にのって……
「
「みゃぁー」
あれは夢だったの? こんな小さな子猫が巨大な虎になって大空を駆けていた。でも目の前にいるのは何時もと変わらない姿の白いモフモフ。
「なんだい白銀って?」
「あっ、いえ何でもないです」
そっか、フィル様はご存知ないんだ。分からない事はまだあるが、あとで義母様にでも尋ねれば教えてくれるだろう。
そんな事より今重要なのはあれからどうなったのかだが。
「クリス、君に話しておかなければならない事があるんだ」
ベットの端に座り、フィル様が真面目な顔で話しかけてくる。
「父と義兄の事ですよね」
「うん」
何となくだけど状況は分かっている、シロが助けに来てくれた時、父の暮らすお屋敷に騎士団が押し寄せていた事から、今まで行ってきた不正な取引や悪行が国にバレた事が伺える。恐らくリゼット義姉様が裏で手配してくださったんだろう、まさか私が囚われているとは知らずに。
そう思うと私も危なかったんだと改めてシロに感謝したい。
「結果から先に言うとね、クリスのお父さんと義兄さん、それと商会で働いている数人を騎士団が拘束したんだ。罪状は色々あるけど一番重いのが国家転覆罪、この意味がわかるね」
国家転覆罪、つまりは国を揺るがす何らかの脅威を犯したという事。例えば反乱に企んだり、内乱を誘発させたり、大量の武器を持ち込んだり。
国が崩壊につながると感じたものは国家転覆罪とされ、例外なく死刑が言い渡されている。そして罪はその親族まで広がり、良くて国外追放、悪くて永久投獄と言ったところだろうか。
まぁ、普通に考えれば分かるよね、国に謀反を起こすような人物は近くには置いておけない。例え未成人の青年少女であっても。
「私はどうなるんでしょうか?」
「クリスはお父さんと暮らした事はないだろ? それについ最近まで存在すらしらなかったんだ、同じ血を引いていると言っても半分だけなんだ。その辺りの事も国は考慮してくれるよ。騎士団から聴取の為に呼び出される事はあるだろうけどね。」
そうか、それじゃお母さんもきっと大丈夫だろう。
「それじゃリゼット義姉様は大丈夫なんですか?」
「リゼットの事は何の問題もないよ、元々彼女は侯爵家が送り込んだスパイのようなものだし」
「ス、スパイ!?」
何ですかそれ、そんな危ない事を侯爵様が指示されたんですか!?
「スパイと言っても表向きは嫁いだ形になるからね、それにもしバレたとしても侯爵令嬢に手を出したとしたらそれだけで罪は免れない。彼女は全てを理解した上で自ら名乗り出てくれたんだよ」
「そうだったんですか」
何も知らなかった、貴族の人たちって美味しいご飯を食べて、暖かいお布団で寝ているだけだと思っていた、でもフィル様もリゼット義姉様も皆んな国の為に頑張ってくれていたんだ。
「後で正式に国から発表されるだろうから先に言うけど、ロズワード商会は全て解体、それに手を貸していた者達も順次捕らえられて行く事になるだろうね。
そしてクリスの義姉のアナスタジアは、父親達が何をしていたのかを分かった上で国に報告していないからね、罪は免れないと思うよ」
私と違い義姉は父側となってしまう、今更知りませんでしたでは通用しないと言う事なんだろう。
「それじゃ義姉が嫁いだサルビア家はどうなるんですか?」
「心配ないよ、サルビア家は今回の一連に関わっていないし、二人の間にはまだ子供も生まれていないからね。ほとぼりが冷めたら新しい恋人でも探すんじゃないかな?」
よかった、義姉に巻き込まれてお家取り潰しなんてなったら、身内の者として申し訳が立たない。
「今話せるのはこんなところかな、後は取り調べが進まないと何ともいえないからね」
これからしばらく国内は騒がしくなるだろう、父達の罪が国家転覆と国が決めたのなら、かなり多くの者が捕らわれ裁かれる事になる。だけど私はどうなのだろうか、いくら父と関わりがなかったとは言え、血を引いている上に怪盗として国を騒がせたのだ。
フィル様は大丈夫だと言ってくれたけど、最終的に決めるのは王様だし、それに義兄に怪盗の正体が私だという事を知られてしまっている。捕らわれの身となった彼らは私を庇う道理はないのだ。
ならばいっその事伯爵家を出て自首した方がいいのではないか、どんな理由であれ私がした事は犯罪なのだから。
「クリス、変な事を考えていないよね?」
「えっ?」
「もしクリスが僕と別れて遠くへ行こうとするなら、僕は全力で引き止めるよ。例え法に触れようともね」
まるで私の考えを見透かしたように話してくる。でも本当にそれで良いのだろうか、これじゃただフィル様に甘えているわけではないんだろか。
私は結局答えが出せないまま月日が流れていった。
「奥様、リゼット様がお越しです」
「ありがとうフィオナ、お部屋にお通しして」
今日は予てより約束していたお義姉とのお茶会、そして一連の事件の報告をしてくれる約束になっている。
あれから私とお母さんは騎士団の聴取を受けたのだけど、特に罪らしい罪状は受ける事なく、相変わらずの平穏な日々を暮らしている。
「久しぶりクリス、三ヶ月ぶりかしら?」
「ご無沙汰しておりますお義姉様、もうそんなになるんですね」
事件の日以来お義姉様とは会っていない。何でも国への報告や事後処理で忙しい日々をお過ごしなんだとか。
それも当然だろう、今回の事件解決はお義姉様の活躍なくしてなかったとさえ言われているのだ。
「私は独り身になったんだから、もうお義姉様じゃないわよ」
「そう言えばそうですね。うーん、でもやっぱりお義姉様の方がしっくりとくるんですが」
リゼット義姉様は義兄が捕らわれた事で侯爵家から正式に離婚が伝えられた。現在お義姉様は独り身になっているが、数多くの男性からアプローチされていると噂で聞いている。
「ふふ、もうクリスの好きな呼び方でいいわよ」
「はい、それじゃ今まで通りお義姉様と呼ばせてもらいますね」
軽い会話をしながら最近の状況を一通り報告し合い、お茶を一口飲んだ所でお義姉様が急に真剣な眼差しで話しかけられる。
「それじゃあれからどうなったかを説明するわね」
お義姉様の話しでは父と義兄、それと商会で働いていた数人の死罪が決定したようだ。
「彼らは隣国の闇商人と武器の密輸を繰り返していたのよ、そのせいで前の戦争が長引き、多くの兵や民が苦しむ結果になったの」
父達は平和な隣国で武器を買いあさり、それを敵国に高値で売りさばいていたという。
元々あった商会の輸送ルートを使い隣国から敵国に直接売りつけていたせいで、国は把握するまで時間がかかってしまったそうだ。
だけど戦争が我が国の勝利で終わった事によって、不審な武器の流れが見つかった。隣国と我が国は同盟関係にあるので、戦争中の敵に武器が流れる事は通常考えられない。
またそれらを管理していた者達も、戦争が負けると決まれば財産を担いで逃げ出したと言う事なのでずっと分からないままだったそうだ。
そんな時一人の貴族が国内において不明瞭な金の流れに気づき、それを追いかけたら父の商会にたどり着いたんだと言う。だけど証拠も確証もなく、ただ手をこまねいて見ているだけしか出来なかった現状を、お義姉様が内側に潜り込む事によって開明させたという事らしい。
「今回の一件で6つの商会と二つの貴族のお家が取り潰しになったわ」
「貴族もですか?」
「えぇ、武器の密輸には関わっていなかったけど、不正を見逃し甘い汁を吸っていたそうよ。まぁ、取り潰しになった二家はそれほど大した力もないし、国への影響も全くないわ」
「そうですか」
取り潰しになった二家は名前を聞いても心辺りがなかったので、私の知らない人達なんだと思う。
「次にアナスタジアだけど、正式にサルビア家から離縁を突きつけられ、国外追放を言い渡されたわ。ほぼ無一文で放り出される事になるから、この先は辛い人生がまっているんじゃないかしら」
国外追放だと二度とこの国に戻る事は出来ないので、他国に頼る人がいなければ食べるものに困るだろう。今まで真面目に働いた事もないだろうから、最悪身売りで生計をたてなければならない。果たして死罪とどちらが彼女の幸せに繋がるのか。
「そして最後にあなた達の処遇だけれど、まずクリスのお母さんには何のお咎めはないわ。元々無関係なんだから当然ね」
わかっていた事だが、改めて言ってもらうと安心出来る。
「ただ、クリスに関してはそうはいかない。自分でも分かっているでしょ?」
「はい、覚悟は出来ております。お母さんが無事と聞けただけで十分です」
「ふふ、勘違いしないでね、別に罪に問おうって言ってるわけじゃないのよ。寧ろ国から感謝状が贈られるぐらいなんだから」
「……へ?」
なんで感謝状? 思いつくのはあの金庫の件だけど
「でも私は盗みをしていたんですよ? 義兄達は捕まった時に私の事を話してなかったんですか?」
「もちろん騒いでいたわよ、怪盗の正体がクリスだって」
「だったらなんで……」
「クリスは私が雇った女スパイって事になってるのよ」
「……はいぃーー!?」
怪盗の次は女スパイですか? 一体どういう誤魔化し方をしたんですか!?
「クリスが怪盗をしていた事は上層部に伝えてあるわ、それを知った上でも今回のお咎めはなしよ。それだけ貴方がした行為は国が評価しているの」
「それって金庫の事ですよね? そんなに重要な書類が入っていたんですか?」
「えぇ、私はずっと証拠探しをしていたのだけど、全然手がかりがつかめなくてね。クリスにあれを見つけてもらうまで一年以上も掛かっちゃったわよ。まぁそのお掛けで金庫の暗証番号だけは手に入れる事が出来たんだけどね」
「そうだったんですか」
「後日陛下から勲章と報奨金が贈られるそうよ。良かったわね」
勲章? それって国の為になんらかの功績を残した者に贈られるものよね?
「あのー、それって辞退する事は出来ないんですか?」
「えっ、何言ってるのよ。勲章をもらえるのって大変名誉なことなのよ」
「それは知っていますが、罪を見逃してもらえるだけで私は十分なんです。それに授与式みたいなのがあるんですよね? それじゃ目立ってしまいますので寧ろ邪魔です」
「ふ、ふふふ、クリスらしいわね。いいわ一度陛下に聞いておくわ。他に聞きたい事はあるかしら?」
「いいえ、助かりました。」
後日、国から正式に今回の一連の事件が発表された。
表彰される者と裁かれる者に別れたが、その中に私の姿はなかった。
勲章は辞退したし、報奨金は今回の被害者に分配してもらえるようお願いした。
そして……
「おかあしゃま、この絵本に出てくるかいとうってなに?」
「それは昔王都を騒がせた一人の女の子の事よ」
「おとうしゃま、わたち将来かいとうになりたい」
「ん〜、それは困ったな。リリスには危ない事をやって欲しくないからね」
「そうよ、それにもうこの国には怪盗は必要ないの。この平和な国にはもっと大事なお仕事がいっぱいあるのよ、リリスは沢山勉強してお父様のお手伝いをしなきゃね」
「あい、おとうしゃまのお手伝いしゅる」
もしまた国内が荒れ、人々が苦しむような事があれば再び女の怪盗が現れるかもしれない、だがこの平和が続く限りその心配もないだろう。
あの日以来、月夜に浮かぶ仮面の怪盗を見た者は誰もいないと言う。
その正体は隣国のお姫様だとか、国が雇ったスパイだとか、何処にでもいる普通の伯爵夫人だとか色んな噂が囁かれたが、その正体は未だ分からないままだという。
―― Fin ――
伯爵夫人の(内緒の)お仕事 みるくてぃー @levn20002000
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