電子ペットは滅びない

太刀川るい

第1話

お昼ご飯だというのに、娘はやってこなかった。

「あの子はまたあれに夢中なのかい?」と妻に聞くと、妻は「ええ、そうよ。あの子があれに夢中じゃない時があるかしら?」と答えた。

「たしかにそうだね」と私は納得した。「でもご飯の時間は守らないと。呼んでくるよ」

階段の上に向かって声をかけると、はーいと言う可愛らしい声が返ってきた。

「もう来るよ。家族が揃った昼飯なんて休日ぐらいだから。こういう時間は大切にしないと」私は椅子に腰掛ける。

やがて階段を降りる音がする。娘が姿を表した。

「ねぇ、パパ。ファーちゃんも一緒にご飯食べてもいい?」

そう言って娘は手に抱えた「ファーちゃん」を私に指しだした。

「そんな事言っても、ファーちゃんはご飯を食べられないだろう?」

「パパの言うとおりよ、ファーちゃんのご飯は電気なんだから。ほら、ご飯を食べている間は、そこにおいておきなさい。汚しちゃうわよ」

妻の言葉に反応して、人形はそのプラスティック製の瞼(まぶた)をパチパチとさせながら

「ボクタベラレナイー」と言った。

「ほらファーちゃんもそう言ってるじゃない」

娘は渋々ファーちゃんを手近な椅子に置くと、食卓についた。

「オイシソー」と人形が言った。

食事が済むと、食器の片付けもそうそう、娘はファーちゃんを抱き上げると、二階の子供部屋へと駆け上がった。


「やれやれ。私達よりあの人形が良いみたいだね」食後のコーヒーを飲みながら私は言う。

「そうね。でもあれを買ってから手がかからなくなったのは助かってるわ。何しろ文字のお稽古からお昼寝の時の見守りまでやってくれるんだから」と妻は微笑んだ。

「値段は随分としたが、意味はあったということかな。しかし昔に比べて凄い値段になったものだ」

「人件費でしょう? 会話システムの開発やら、とにかくあの小さな人形一つには凄い労力がかかっているものなのよ」妻はプログラマと言う仕事柄か、こういったハイテク機器には強い。私と対照的だ。

「そんな物かねぇ」

「子供が成長するまでの製品保証がついていることを考えると妥当な値段よ」妻はそう言うとコーヒーカップに口をつけた。

「知らない間に随分とハイテクノロジーな代物になったものだ。私が子供の頃に流行った電子ペットはもうちょっと気軽に買えた気がするが、なんて言ったっけな……あのファー……ファーなんとか、とにかくそれを友達が持ってたよ」

「あったわね。私も持っていたわ。確かあれ電源がないんじゃなかったかしら?」

「そうだったかな、よく覚えていないよ」

「そうよ、生き物だから電源は無いんだって。だから夜中でも何かの拍子に騒ぎ出してうるさかったんだから」妻はくすくすと笑う。

「随分と不便な機能だね」

「でも、ペットに電源があって、ついたり消えたりする方が不自然じゃない?」

「確かに。しかし、最初は電気で動くペットなんてイロモノだと思ってたんだがなぁ。よくまあここまで普及したものだ」

「ペットなんて飼える余裕のある家が少なくなったもの。ほら……隣の家知ってるでしょう? 本物の犬は贅沢品よ。食費もかかるし、何より糞の片付けが大変。躾の手間も大変だし、よっぽど物好きか、思い入れがないとダメね。ちゃんと管理できない人は悪いけれど飼い主の資格が無いわね」

そういう妻の口調はどこか刺々しい。

隣家の犬はしばしば我が家の庭に侵入しては妻の不評をかっていた。何度か苦情を言ったこともあるのだが、今に至るまで改められたことはない。

「それに犬は喋らないから。電子ペットは喋るし……かなり利口よ」

「そんなに利口なのかい?」

「一度話してみたら? きっと驚くと思う。口調を除けば人間がしゃべっているみたい。人工知能の専門家を買い集めて開発チームを作っていると言うだけあるわね」

そうか、と返して私は人形と会話する自分を思い描いた。あの人形とどのような会話をすれば良いだろうか? 仕事の相談をあの小さな人形としている自分を思い浮かべて私は笑う。そんなものを聞いた所で何に鳴る。そうだ、一度娘の近況でも聞いてみよう。親としてそれは把握しておきたいものだ。

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