第5話 湿度ゼロパーセント

 それから数日が経ったある晴れた日、僕は公園に渚がひとりでいるのを見かけた。鬱陶しいほど日光が熱を帯びた、平凡な午後だった。

 渚は時折瞬きをしながら、丸裸になった大木を見つめていた。やがて、僕の存在に気づき、「あっ、拓斗じゃん」と努めて高い声を出した。

 その時僕は、不必要な懐かしさを抱いてしまった。新品の靴を手にした時、ああこの匂いだ、と納得する動作に近い。


 「こんなとこで何してんの?」

  第一声を間違えた。

 「何って、ただ感傷に浸ってただけ」

  それは、僕の台詞だろ。

 「ふうん、渚にしては……珍しいね」

  本当はそんなことが言いたいんじゃない。


 先日の件を渚に話すべきかどうか、迷いが生じる。話せば、終わる。あらゆるしがらみも、時の残酷さも、すべてを終わらせられる。けれど、僕の喉は塞がったままだ。降り注ぐ日光は、相変わらず鬱陶しい。


 僕の中では、渚との関係が分からなくなっていた。僕は本当にこの人のことが好きだったのか、それさえも疑わしくなった。15年もの間育ててきた願望は、一瞬にして絶対零度にまで冷え込んでしまった。今となってはもう、何もかもが遅い。


「どうしたの? さっきから難しい顔して」


 渚の表情、その筋肉の動きが、僕を不安にさせる。どうして君は……。

 消されたい。粉々にされたい。

 そんな被虐嗜好が頭を掠める。僕はどうやら、もうそこまで来てしまったらしい。


 突如として僕に降りかかった災いは、あざみの葉の、その先端にできた棘のようにとしていた。加えて、無抵抗な僕を痛めつけるのだから、余計に質が悪い。


 たとえそうであっても、僕は渚に伝えなければならない。そうでもしないと、この15年間が初めから存在しなかったことになるのだから。


「なあ、渚。話しておきたいことがあるんだけど……」


 僕が話し終えると、渚は伏し目がちになって、黙ってしまった。

 思い出した。僕は、渚のことが好きだったんだ。


 

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太陽系第三惑星 文部 蘭 @Dr-human

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