第4話 転機-ⅰ
第4話 「転機-ⅰ」
合宿はつつがなく、それこそ平和に進んだ。途中何度もふくらはぎをつったり、体が付いてこなくなって無様なフォームを晒したりしたが、平和に。終わると、思っていたのだが――
「湊、出雲。ちょっと長距離ブロックでやる駅伝の練習、頭数が足りないから入ってくれないか。お前ら体力ないし、丁度いいだろ。短距離の先生には話通しとくから。」
そんな言葉を二日目の朝、佐川先生にかけられた。
「えーっと……それって今日以降の練習長距離でやれって事、ですか?」
駅伝の練習がいつ行われるのか知らなかった俺は、こともあろうにそんな不用意な言葉を吐いてしまった。
「ほーーう?湊、なかなかやる気あるな?俺は駅伝の練習、としか言ってないんだがな?まぁやる気があるなら仕方ないよな、良し今日の練習は長距離に混ざってやるように!出雲はどうする?」
「あ……えっと、僕は……駅伝だけ、でお願いします……」
ほんの少し申し訳なさそうにこちらを見ながら出雲はそう言った。
「あい、了解。それではあと二日、何か掴んで帰れるように頑張るんだぞ2人とも。」
機嫌良さ気な佐川の声を背に、俺は長距離ブロックの集合場所に少しワクワクしながら向かった。
事前に聞いていた、『長距離ブロックの練習は文字通りの地獄』、という言葉をすっかり忘れて。
「畜生、覚えてろよ佐川………」
文字通りの地獄だった。ウォーミングアップの時点で5キロを超えるジョグ、200mとレストジョグ50mを交互に繰り返すインターバル走を40本、1kmを4分30秒でキープし続けるペース走を7km、クールダウンで3km。アホか。マジでアホか。少なくともつい三ヶ月前までのんべんだらりと過ごしていた人間がやるメニューじゃねぇ。思っていたより心肺機能は強いのか、吐くことは無かったが練習中に六回ほど足をつって倒れ込んだ。人に頼らず元に戻す方法が身につきつつある辺り、なんとなく物悲しい。
「みーなーと?それ佐川先生に聞かれたら大事だからね?口は慎んでよ?」
「うわ小坂!?」
倒れ込んでいた俺の視界に不意に面白がっているような小坂の顔が現れる。ちょっと近い。柔らかそうな唇とか、なんかちょっとせくすぃーな口元のホクロとか、頬を伝う汗がいつもよりも目についてドギマギして転がるように立ち上がった。
「……なんだよ。無様に転がってる俺をつつきに来たか?」
小坂はうちの長距離ブロック女子の中でもトップクラスに早い、所謂期待のホープだ。練習中も涼しい顔でメニューをこなしているのがやたら目に付いた。
「やだなー、そんな事せんよ?……まぁ立ち上がらなかったら引きずっていってあげようかなー、とは思ったけどね、マゾぼうや君?」
「るせぇドS!?大体その渾名はやめろと何度も!?」
「……ふーん?」
「……なにさその目は?」
「いや、練習中へばりまくってた割には元気やなぁって、ね?」
「なっ………」
見てやがったのかコイツ。そう思うと顔から火が出るような気がした。あんな無様を、こいつに?
「……忘れろ………」
「え?」
「忘れろあんな無様!?!?だいたいなんで見てんだよ畜生!?!?」
「そんなに無様やった?むしろ今日から長距離始めた割には食らいついてるなー、根性あるなーって思ったよ、私?」
「はぁ………
予想外の返答に変な力の入り方をしたらしい俺の左のふくらはぎが乳酸に耐え切れずにつった。コケた。あの野郎笑ってやがる。足を抱え込んで戻した。起き上がろうとすると目の前に小坂の手があった。
「……金を借りた覚えはないが」
「ばーか。手、掴んで。起こしちゃる。」
なんとなく気恥ずかしかったが、断るのもアレなので大人しく手を掴むと、事もあろうに小坂は引き上げた手をそのまま肩に回した。
「いやなにやってんの小坂さん!?」
柔らかい。女子特有の甘い匂いが鼻をくすぐる。何で汗くさくないのコイツ。顔近い。睫毛長い。柔らかい。頭が非常に混乱した。
「いやほら、また足つってもアレやし、私まだ余裕あるから食堂まで一緒に行こ?」
「えぇ……いやでもほらボク男の子……」
「いーのいーの。実際湊だいぶ限界やろ?見ればわかるんよ?」
実際限界だったし、逆らう気力もなかったので仕方なく食堂まで付き添ってもらった。食い終わって部屋に戻る時、なんとなく小坂の後ろ姿に違和感があったのだが一体何なのか、その時の俺にはついぞ分からなかった。部屋に戻ると食堂までの一連の流れを見ていた
野郎共に冷やかされた。
Day Dream @k2hiro
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