第3話 発端・変化・回想
第3話 「発端・変化・回想」
体が一際大きく跳ねて目が覚める。バスの中だった。車体が跳ねた弾みで耳に挿していたイヤホンが外れ、周りの連中の少し気だるげな声が耳に入る。ふと前を見ると、小坂が椅子の隙間からこちらを眺めてニヤニヤしていた。
「………なんだよ。」
「いや、別に?湊って案外可愛らしい顔して寝るんやなーって。」
「別に寝顔に可愛いもクソもねーだろ、どうせ無表情なんだし……」
何となくバツが悪くなって頬を掻く。普段人前で眠るなどという醜態を晒すことが無いから尚のこと恥ずかしかった。そんな俺をよそに小坂は言葉を紡ぐ。
「いやほら、あんた起きてる時は割としかめ面というか微妙に機嫌悪そうな顔してるからさ?寝てると険が取れて童顔が目立つというか?」
「あーやめなさい小坂君。恥ずかしくて死んでしまう。」
素直に降参宣言をする。ふと何故こちらを見ていたのか気になって口を開いた。
「てかなんでこっち見てんのさ。酔うぞ?」
「そりゃ私が教えたからだね!ちなみに私は松野に聞いた!」
反対側からひょっこりと顔を出した荻野が朗らかに言い放つ。なんでさ。松野寝てただろ、と思って横を見ると目を瞑ったまま松野が笑いを堪えていた。
「おいコラ松野。」
「寝てるお前が悪い。レア物は周りに広めるべきと判断した。」
「合宿中覚えとけよお前……」
そう、バスは隣の市の合宿所へ向かっている。季節は夏。陸上部の生徒が最もキツいと感じる(らしい)合宿が、今日から三日間あるのだ。伝聞形になっているのはこれが初めての参加だからだ。長距離ブロックはただの地獄、俺の所属する短距離ブロックはまだマシ、という話だが。
「ねぼすけ湊に残念なお知らせだよ。あと20分しないうちに合宿所に着くってさ。目を覚ましとかないと動けないぞー?」
小坂が楽しそうに言う。起きたタイミングとしてはまずまずだった訳か、ナイス揺れ。
「つっても、着いてしばらくは部屋待機だろ?大丈夫さ多分。」
「さてさて、どうかなぁ。フラグになってないといいね?」
結論として、小坂の言った通りになった。到着時刻の関係で部屋に荷物を置いて練習場に直行するハメになったのだ。慣れないドリルをしながら天を仰いで俺は呟いた。
「ツイてねぇなおい……」
「独り言言ってる場合か湊。はよ行けはよ。」
後ろから東につつかれた。ぽけっとしてたらどうも足が遅くなってたらしい。集中集中。
「腿をしっかり上げて!地面からしっかり反動貰って!リズムよく!!」
他校の女先生のキビキビした声が響きわたる。怖いなあの人。目をつけられたら死ねる。手が抜けない。
一通りドリルをこなした後、目算70mくらいのショートダッシュに練習が移る。
元々運動をしてこなかった俺の脚はなかなか上手くついてこないもので、周りの生徒と比べても明らかに下位に位置していた。純粋に体力が足りてない。
俺の後ろにいる同じ学校の奴とかいな………いた。
出雲だ。色の白い、大人しい奴。
あんまり話した事無かったな、そう言えば。後で話しかけてみよう。
そんな感じで黙々と練習を続けていたら、いつの間にか練習が終わっていた。
風呂はお世辞にも広いとは言えなかったが、友人と入るというあまり経験のない事にみんなテンションが上がっていた。
東がみんなに水をかけ周り、みんなしてギャーギャー騒いでいたら他校のおっかないオッサン先生に怒鳴られた。
その後は葬式みたいな顔してみんなして風呂を上がった。部屋に入ってみんなして大爆笑してた気がする。
飯は吐くほど多かった。元々あんまり食うほうではない上に練習の疲れから食欲のなかった俺は出された飯を食いきれず、食べたりなさそうにしていた幼馴染の中尾にアシストしてもらった。肉ばかり残していたものだから中尾は大喜びしていた。
少し時間を置いて、マッサージの時間があり、先輩の激痛マッサージを耐え抜いて、設けられた学習時間を寝て過ごしていたら1日目はあっという間に終わっていた。先輩達はトランプに興じていたが、俺にそんな余裕はなかった。体力がないってなかなかやばい。
こうして、俺の中学一年の夏、初めての合宿が幕を開けた。
この後に待ち受ける不運と悲劇を、全く予期しないままに。
「オッスオッス、今日も暇だからかけてみたよー。」
「あぁ、小坂か。今日はレポートないから、多少込み入った話でも出来るぞ。オールオッケーって奴だ。」
昨日に引き続き、今日も小坂と電話をしている。多分、お互いに話していない期間が長くなり過ぎて話す話題が尽きないというか、なんというか。電話の先から聞こえるかつての想い人の声がなんとなく嬉しい。
「ほほう、それはいいことを聞いた。んじゃ恋バナと洒落こもうよ、湊。」
「別に構わないけど、俺浮いた話無いぞ。お前適当に惚気けてろよ、確か彼氏いるだろ?」
「流石にここまで長くなると惚気話のしようが無いよ、というかちょっと今色々とアレだから……………」
「あらそうかい?……んじゃ昔話とかか?」
「あ、ちょっと気になるかも!菅野ちゃんの話とか!」
「話す事あんまりないってかお前菅野と仲良かったの俺知ってんぞ。色々聞いてたってのも知ってんぞお前。パスだパス、第一期間が空いてなさすぎて話すのなんかアレだから他だ他!」
そもそも終わり方が終わり方だからまだ人に話す気になれねぇよ、という言葉をすんでのところで飲み込んだ。あの件は俺に非が多大にあるし、そもそもそんな事を小坂が知る必要も無いのだから。
「えー、贅沢だなぁ湊は。んじゃあ中学?私相手に?」
「うあーーー。お前的には?」
「んーーー。恥ずかしいけどアリっちゃアリかな!」
「んじゃ覚悟決めて話そうか、まずはどこから行くよ?」
「あ、じゃあ聞きたいことがずっとあってさ。その………いつから、好きだったのかなー、なんて……」
いきなり飛んできた爆弾に心臓が暴れ狂う。もっとウォーミングアップとかなかったのかコイツ。と言うか。
「照れるくらいなら口にするなよこっちまで恥ずかしいだろバカ」
「う、うっさいなー!照れてない!」
「あーさいですかさいですか、ちょっとドキッとして損したぜオイ。」
「ちょっと今の詳しく聞かせてもらえるかな秀一君?」
「あー聞こえないですね、知らない知らない。」
「えー。そんな「一目惚れ、だったんだと思うぜ、今思うと。」へっ?」
一度口を開いてしまったら案外スラスラと出てくるもので、荒れ狂う心臓をそのままに俺は言葉を紡いだ。
「だから。好きになった時期の話。初めてお前を見た時の衝撃、未だに覚えてるし。他のことなんてもうほとんど覚えてないのに。」
「えっちょっと湊???待って待って???」
「空いてた隣の席にどんな奴が来るのかと思ってたら偉く可愛い子来るし。なんか笑顔も可愛いし。惚れますよそ「わーーー!!!待って待って!!!!恥ずかしい!!!恥ずかしいから!!!」なんだよお前の希望だろ、恥ずかしいのはこっちだっつーの全く、柄でもねぇよこんなの……」
流石に我に返って恥ずかしくなる。いやホント、柄じゃないよ全く。深夜テンションって怖い。
「だからってそんなストレートに言う奴があるかーーー!!!!」
そんな叫び声にまた一つ思い出す。ぽつぽつと、固まった絵の具に水を垂らすように。忘れていたはずの懐かしい感情と記憶が解れ始める。
「まぁ皮剥いたらすーぐ背中ひっぱたくおっかない奴だったから暫くは気付いても無かったけどなー。」
「おっかないって何さおっかないって。酷いなー、もう。」
他愛のない、けれどかけがえがなかったと失いかけて気付かされた会話は、まだまだ続く。
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