第2話 暗雲


第2話 「暗雲」


5限の終わり。宿題を忘れた俺は英語科の村田に呼び出されて職員室に来ていた。


「いくらテストが良くても、提出物とか小テストはもちんとしないといい評定はあげんよ?」


開口一番コレである。いや申し訳のないことで。反省はしてないけど。


「つっても失くしたもんはどうしようもないじゃないスか………」


「これで二回連続よ?もっと自己管理したら?」


「ハイスミマセン……」


物の見事に論破された。実際の所、失くしたわけではなくただ単に終わってないだけである。正直面倒なので怒られて少し期限を延ばしてやろうと思っていた次第。


「明日には出すんで、新しいプリント貰えますか?」


「ダメです。今回は期限を守ってもらいます。今からやってね。」


「えっ先生俺部活あるんですが……」


「佐川先生!湊くん借りまーす!」


「んぉ?あぁ、はい、みっちりしごいてやって下さい」


コーヒーを入れに来ていた佐川がニヤニヤしながら答える。佐川畜生め。あの顔は今日の練習はお遊び(と称して野球部と合同でサッカーをするのである。齢34にして俺達よりも動ける顧問2人が大はしゃぎする、我々陸上部長距離ブロックの癒しの時間だ。)にするつもりだな。くそう。





結局、ゼロから始めた課題は16:30から始めて17:30には終わった。どうやら最初の数問だけが難しく、あとは簡単な問題の詰め合わせだったようで、こんな事なら寝る時間を少し縮めてやっておけば良かったな、などと考えながら部室棟へ向かった。


教室棟を出て、部室棟前の渡り廊下に入った瞬間目に入った光景に、頭と言わず、全身をハンマーでぶん殴られた様な気がして血の気が引いた。


サッカーに興じる他の連中から離れた場所で、いつも強気で明るい小坂と、朗らかな荻野が泣いていた。


「……なんかあったか」


ふらつくように二人のそばに寄り、声を絞り出してから、自分の声がひどく震えていることに気がついた。

2人は俺に気づいていなかったらしく、体をびくりと震わせた。目が赤い。


「なにか、あったんか」


「……少し、ね」


困ったような笑顔で小坂が答えた。荻野は相変わらず泣いている。俺は荷物をその場に置き、タオルを引っ張り出しながら小坂の隣に腰を下ろした。拳三つ分くらいの距離。遠くもなく、近くもなく、話しやすいそれなりの距離。


「良ければ、教えてくれ。」


小坂は迷っている様だった。何度も口を開こうとしては閉じ、開こうとしては閉じている。何となく懸念している事に心当たりがあったので先手を打った。


「別に今からお前に何を聞こうと、他の連中には言わないし、態度も変えないよ。」


小坂は少し驚いたような顔をして、それから薄く微笑んだ。


「じゃあ、聞いて貰おうかな。」


短距離の女子からサボりだと糾弾された事。信頼していた先輩からも同じように言われた事。怪我が長引いて、もしかするともう走れなくなるかもしれない事。それすらも、信じてもらえなかった事。

ぽつり、ぽつりと話し始めた彼女の言葉を纏めると、つまりはこういうことらしい。

俺はというと、話しながらまた泣き始めた小坂にタオルを渡して、静かに頷く事しか出来なかった。聞いているだけで、頭が真っ白になる様な気がした。酷い頭痛がして、ほんの少し涙が溢れた。改善する為の手段を何一つ思いつかない自分の無力が酷く恨めしかった。


話し終え小坂は静かに、しかし幾分スッキリした表情で笑って言った。


「ありがとね、湊。こんな面白くもない話、聞いてくれて。だいぶ楽になった。」


「でも、小坂、俺は」


「んーん。聞いてもらえるだけでホントに違うんよ。ありがとね。」


笑顔が眩しかった。

何もしていないのにありがとうと心から言ってくれるその笑顔が、酷く。


気付けば俺は、泣きながら言葉を絞り出していた。


「俺はっ……俺はお前らが必死で治そうとしとること知っとるけなっ。怪我で走れんのがどんだけ辛いかは分からんけど、お前らが必死なの、俺、知ってるからっ。」


笑われた。盛大に。荻野にすら笑われた。お前いつ泣き止んだんだ。


「もう、なんでお前が泣くんよ。」


「うるせぇよ……知らねぇよ……」


「ほい、タオル。………ありがとう、湊。」

















酷く曇った日曜日の昼下がり。


「で、吉さんよ?」


土曜の課外授業の後アポを取られ、いつもは睡眠に回す日曜日を泣く泣く手放して吉の家に出向いた俺は、腕を組みながら目の前の男に問いかけた。


「今日はなにやらかす気?」


吉は、彼の鞄何やら15センチほどのステンレスのパイプとライター、ロケット花火を取り出していた。なんでそんなものが入ってるんだ、と思うかもしれないがこいつの鞄の中はいつもこんな感じである。なんなら制服のポケットの中にアーミーナイフとライターが仕込んである危険人物なのである、此奴は。


「湊ォー、お前、花火好きか?」


その危険人物がゴソゴソやりながらにやけ顔でこちらを見つめて問う。


「いや嫌いじゃねぇけど花火は夜やるもんだろ。何だってこんな真っ昼間に取り出してんだよ。」


そしてなんだそのパイプは。チャンバラやるには短いだろそれ。


「まぁ見てろ。」


そう言うと、吉は近くの使われていない駐車場まで俺を誘うと、そのフェンスの前に立ち、火をつけたロケット花火をパイプの中に差し込んで腕を伸ばした。やや間が空いて、ロケット花火は真っ直ぐ飛んで……爆発した。つまりアレはカタパルトだった訳だ。


「あっつ!!!」


「いやそりゃ花火持ちゃそうなんだろあほか???」


「まぁでもこれでロケハ(ロケット花火の略)を地面に埋めずに撃てるぞ。ほら湊も1本。」


奴は俺の返事を聞かずに火のついたカタパルト入りのロケハを俺に押し付けた。やや熱い。俺は仰角45度に腕を伸ばし、ロケハを射出した。シュッ、という小気味いい音を立てて飛び出していったロケハは駐車場の真ん中あたりの上空で弾けた。


「これは……なかなか」


「楽しいだろ?」


「楽しいけども……なんに使うんよ??」


「これを和樹の家に撃ち込んで呼び出そうと思います。」


絶句した。が、止めなかった。

ちなみにこの日、和樹はおらず、親もいなかったようで撃ち込んだものの反応はなかった。俺はヒヤヒヤしながら見ていたが、吉は終始悪い笑みを浮かべていた。ご近所にロケット花火の音が鳴り響き、俺と吉は慌てて和樹の家を後にした。


怪しまれない程度の早足で移動しつつ、俺は吉に零した。


「後々通報とかされても知らねーぞ俺は……」


「されるかよ、何言ってんだ」


苦笑いしながら吉は言った。結局その日は近くのファミレスに入り、ゲームをしてから家に帰った。苦笑いする吉の表情が微妙に頭にこびりついていた。













「大学がこんなに辛いなんて思わなかったよ、ホント」


深夜22時。大学の寮の一室で俺は電話片手にレポートを書いていた。


「そっちはどーなんだよ坂。専門だっけ?」


電話の相手は小坂である。誕生日に意を決してLINEを送って以来、彼女との親交がようやく復活した。色々な事はあったが、回り回って落ち着いた、というところだろうか。


「んー、そんなにきつくはないかな?普通に楽しいよ。」


「いや、大学が楽しくねぇとは言わねぇけどさ。吉いなかったら辞めてるぜ、コレ。」


「相変わらず仲いいんやねぇ。」


電話越しにも小坂が微笑んだのがわかる。相変わらず声から表情を想像しやすい。


「まぁな。中学の頃はこんなに長くつるむとは思ってなかったけどなー。そういう意味ではお前もだけどな、転校生さん?」


「なっつ。いつの話よそれ?」


「小五だから……八年前になんのかな?」


彼女とのファーストコンタクトは忘れっぽい俺でもよく覚えていた。忘れもしない、小五の四月。少しおっかない顔の担任が始業式に連れてきたその転校生は、あろう事か空いていた俺の隣の席に座る事となった。幼いながらに綺麗な子だ、と思ったのも、恥ずかしくて自己紹介で噛みまくったことも、よく覚えている。


「あんたともそんなに長くなったんやねぇ……」


「まぁ話してねぇ期間もあったけどな!」


夜は、更けていく。2人で今まで話せなかったことや話したかったこと、懐かしい思い出が湯水のように溢れ、電話を切るに切られず、最終的に翌日の授業には寝ずに出るハメになった。

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