Day Dream

@k2hiro

第1話 湊 秀一

「おいこら!起きろ湊!授業中だぞ!」


「あ……え……」


あたりを見回す。ある者はニヤつきながら、またある者は呆れたようにこちらを見ている。どうやら、昼飯後の睡魔に負けて寝ていたらしい。


「す、すみませんでした……」


ひとまず大人しく謝る。少し困ったようにこちらを見るのは、数学の教師、佐川だ。同時に、俺が所属している陸上部の顧問でもある。普段は優しいといえば優しいが、部活の時は割と容赦がない。しまった。これはメニュー増やされるかな。


「あい、おはよう。目覚ましがてら、ほれ。この問題、前で解け。」


「う………はい……」


反抗してもなんの意味もないので、大人しく前に出て方程式を解いていく。勉強が苦手な訳では無いので、何ら問題もなくすらすらと。


「はい、解けました。」


「ん、よし……どれどれ……?」


言いながら席に戻る。宝くじなんかは当たらないけれど、席替えのくじはよく当たるみたいで、俺は中学2年になって三回目の窓際の一番後ろの席だった。黒板まで出ていくと地味に遠い。


「おい。」


「………はい?」


はて。何か間違えただろうか。問題番号は間違っていないし、ケアレスミスもしてないように見えるが……。


「これは次の内容だ。3ページ前のだから、ほれ、もっかい解き直せ。」


な。

非難を目に込めながら隣の席の男を睨む。隣の席の吉一馬が、こちらをニヤニヤと見つめ返す。野郎、ハメやがったな。吉一馬はバスケ部の人間である。糸目のっぽで、割とよくこういった類のイタズラをやらかすものだから、いつもは気をつけるのだが……うむ。俺も寝ぼけていたらしい。物の見事に嵌められた。

結局、大人しく解き直してその問題は正解、残りの授業時間も何事もなく終わっていった。


「おい一馬」


「お??なんや???」


野郎。わかってんのにしらばっくれてやがるな。ガツンと一言言いたいが、俺は何故かコイツに頭が上がらない。口喧嘩では勝てないし、物理的な喧嘩も出来ればこいつとは遠慮したい。こう、なんというかいい友達でいたいとでも言うか。いや、口には出さないけど。絶対。


「テメェ次宿題見せてやらねぇからな……」


なので、結局そんな捨て台詞を吐く他にない。何分、俺が握っている弱みといえばその程度のものだからだ。


「おまっ……俺が悪かった。頼む。見せてくれ。」


「分かればよろしい。以後、気をつけるように。」


そう言って席を掃除のために席を立つと、後ろの方で「ふっふっふ、ちょろいな」なんて声がした気がした。無視無視。


掃除を担当している二階トイレに着くと、既に矢上と湯川が掃除をしていた。こいつらはいわゆるオタクで、所詮有名所のゲームしかしていない俺には話が難しい。難しいんだが、話が上手いのでついつい聴き込んでしまう。今日の話題は絶対領域?とかいうやつらしい。


「だから!!絶対領域はスカートとニーハイが至高って言ってるだろ!?」


「おいおい、馬鹿なことを言うんじゃないよ、矢上。ホットパンツとニーハイに決まってるじゃないか。」


というか、絶対領域ってなんだよ。ロクでもない話だとは思うが、この時間を分からない会話を聞き続けて終わらせたくない俺は、仕方なく、非常に不本意ながら口を挟むことにした。不本意だとも。


「なぁ、絶対領域って何?」


「絶対領域ってのはこう……短めのスカートとかホットパンツとニーソックスの間に見える太ももの部分だよ。」


なんとも男子というかなんというか。こんな下ネタよりの話をしているのは珍しいな。まぁでも、この話題は楽しめそうだ。


「あぁ、なるほど。それでホットパンツとスカートで割れてるわけね。」


「おう、そゆこと。ちなみに湊はどっちがいいんだ?」


「んー……パンツが見える希望があるって点ではスカートだけど、ホットパンツによって形どられるヒップラインも捨て難い……俺には決められないよ」


正直に白状すると、ホットパンツの方がいい。ヒップラインは言わずもがな、座った時にパンツが見える可能性だってあるからな。だけど、ここでどちらかについてしまうと話が終わるのでお茶を濁すことにした。


「なんだよ、それ……俺たちだって決められてるわけじゃないってのに……」


「あれ、そうなのか?てっきり二人共確固たる信念を持って議論してんのかと思ったよ。」


「いや、そんなことは無いんだ。僕達も湊と同じ意見なんだけど、こう……議論のネタにするからには対立意見が欲しかったからね。」


なんだ、そういうことか。確かに、いつもよりは議論に熱が入っていなかったというか、お互いの主張に力がないというか、そんな気はしていた。結局、俺がどっちつかずを取ったことで議論が終わり、そのまま絶対領域がどれだけいいか、という事を聞かされ続ける事になってしまった。女の子特有の滑らかさとか、そういうのに惹かれるのはわかるけど、流石にスカートの中に頭突っ込んで頬擦りしたいってのは……いや。ないない。思ってないよ、俺は。言い出したのは湯川だし。

ちなみに湯川は現代ちょっと珍しい一人称僕系男子だったりする。ヒョロガリ眼鏡で、いかにも優等生って感じ。反面矢上はオタクの割に言葉が荒いというか、多分初対面じゃオタクだってわからないようなナリをしている。ガタイはいいし、背も高いし、地味にイケメンなナイスガイだ。

議論が熱くなってたところに国語の恭子先生が来て、(湯川がちょうど「スカートの中に頭が入れてみたいよね」なんてニヤニヤしながら言ってるタイミングだった。哀れ湯川。)ものすごく冷たい目で掃除の終わりを告げたので、俺たち3人はトボトボと教室に戻った。畜生。佐川のホームルームはいつも通り気が抜けた感じで終わってた。今日も変わらない1日だった。


さて。部活が始まる。


うちの学校の校庭は広い。200mのトラック一つとその外に400mトラックの曲線~直線部分をかけるだけのスペースと幅跳び用の砂場と70m程の直線コース5レーンに加えて野球場が一つ(ただしフェンスはない。ホームランボールがこっちのトラックに入ってくる。)、それにソフトテニスのコートが3つ(ソフトテニスと言ったが俺にはよく分からない。とりあえずテニスコートが3面ある)、窮屈さを感じさせずに同居している。なんでも、元々は高校だったものを乗っ取って中学にしたらしく(とはいえ二年後には中高一貫化が完成するのだが)、市の中でも辺鄙な位置にある為土地だけはある、と言った風情だ。都市部から離れているだけあって景色だけはいいのがちょっとムカつく。練習後の夕焼けとか見るとわざわざ受験して入って良かったなーなんていう感傷を抱いてしまう。腹立たしい。

教室棟から出て、体育館の横を通り過ぎ、校庭端のプレハブ小屋じみた部室棟へ向かう。途中で困り顔の部長の広川先輩に出くわした。

「すまん、湊」


「………鍵スか」


「察しが良くて助かる。悪いな。女子連中が荒れてるから」


「急ぎで、ですね。全く自分で動けばいいのにって感じッスね。」


「全くだよ。ほら、荷物は持ってってやるから頼むな。」


「はーい。」


鞄を広川先輩に渡して踵を返す。広川先輩は短距離を専門にしていて、背も高く、学業優秀、おまけに顔まで良いのだがどうも女子に強く出られない所がある。大抵陸上部のアクの強い女子連中にわがまま放題言われて困った顔をしながら駆け回っている、そんな人だ。

教室棟の廊下を人を避けながら走り抜け、階段を一段飛ばしで駆け上がり、少し息を整えて職員室のドアを開けると、目の前に佐川がいた。ツイテナイ。


「おっと、すまん……湊か。鍵だな?」


「ソウデス」


「ほれ、持ってけ。メニューは広川と本田に伝えてある。お前はメニュー終わったあとに追加で200インターバル5本、33秒以内な。」


「………鬼め………」


「なにか言ったかね湊くん。ほら、早く持って行ってやりなさい、いつも通りならそろそろ広川が胃痛で半泣きになり始める頃だぞ。」


言われて慌てて一礼してから職員室を後にした。


結果として広川先輩の胃は無事だった。今日はギリギリ女子連中の機嫌を損ねずに済んだらしい。取ってきた鍵を投げて渡すのも品がないので、小坂と中原先輩に手渡しした。中原先輩は短距離の先輩で、小坂は長距離の同輩だ。ついでに言うと小学校からの友人でもある。結構可愛い。性格はちょっとキツイ。からかった日には背中をバシバシやられる。楽しいけど、痛い。


2年の部室に入ると木原が荒れていた。無駄にひょろ長い体を揺らしながらペース走は嫌だ、と宣っている。それを見ながら同じく長距離の田辺、皆川、短距離の中尾、東が笑っていた。名賀は困ったような顔をしながら着替えている。松野は我関せず、と言った顔でパンを齧っていた。2年生ともなると慣れたもので、特に気にせずに着替える。長袖の部活ジャージに半ズボンと春前に買い換えたにも関わらず既に少し穴の開きそうな雰囲気のランニングシューズに履き替える。おそらく今日はスパイクは使わないだろうと見越して、スパイクのピンはそのままにしておいた。

グラウンドに出て、短距離長距離混ざってグラウンドを5周する。まだ本格的な暑くはなっていないけれど、そろそろ暑くなりそうだな、などと松野と話しつつ体操を終え、流しに入る。80%も出さなくていいのに松野にニヤニヤしながら抜かされた為についムキになって競ってしまった。ペース走、苦手なんだけどな。


流しを終えると短距離は専門競技の練習、長距離はペース走に入る。俺は一応長距離なのでトラックでペース走だ。今日は4kmをkm当たり4分で2本らしい。先輩含めてこの部活の連中はペースメイクが下手なのでブロック長の河本先輩からストップウォッチを貰った。ニヤニヤしながらこれでサボれる、と宣う河本先輩を背にきっちりペースを守りながら1本引っ張って走った。2本目は少し力を抜きたかったから田辺にストップウォッチを投げて一番後ろで走ることにした。

一番後ろで走っているといろんなものが目に入る。

名賀の綺麗な背面跳びだったり、中尾の迫力のあるハードルだったり。少し靴紐が解けたんで、止まって結び直してぼーっといると、足を壊してウォーキングをしている荻野と小坂にサボんな、と叱られた。


「いいんだよ、どうせこの後俺だけメニュー続くし。」


「どうせ授業で何かやらかしたんやろ、あんた?」


「よくおわかりですこと、小坂さん」


「まぁそれなりの付き合いだしね。」


「2人とも仲いいね。早くくっつきなよ。」


「馬鹿言ってんじゃねぇ荻野。誰がこんなおっかないのと……」

言い切る前に小坂にはたかれたんでゲラゲラ笑いながら逃げるように皆に合流した。


200mのインターバルを始める頃には佐川が来てたもんだから、しこたま怒鳴られながら走った。33秒以内だったらいいんだろ、とばかりにピッタリ刻んで走っていたらちょっと癪に障ったらしい。最後の1本だけ広川先輩が遊びに来たので2人でレースした。短距離選手はやはり早かった。夕暮れのグラウンドに27、28、29と秒数を数える小坂の声がやけに響いていた。

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