3
あれから、数日が経過した。
いつも通り朝の七時頃に起床した俺は、粘つく眠気を冷たい水で洗い落とし、制服に着替える。
「…………」
その途中で、自然と視線が机に向かう。
置かれたPCのキーボードの隣には、ボクサーが着用するヘッドギアのような機械があった。
あれは、VRマシンと呼ばれる代物だ。
説明すると長くなるため簡単に言うと、あの機械を頭に被ることで仮想空間に赴くことができる。俺はそれを利用して、自宅から戦地に向かっていたわけだ。
今はもう瞬き続けていた電源ランプは色を消し、完全に熱を持っていない状態にあった。
「新しいVRゲームでも買おうかな……」
ぽつり、と。何気なく俺は一人で呟いた。
だが、そこに感情は全く乗っていなかった。
「はぁ〜……」
重苦しい気持ちを、口から吐き出す。
もうこれで何回目のため息だろう。
「――お兄ちゃん!」
突然、勢いよく扉が開いた。
「わッ!? な、何だよ香織!」
「何だよ、じゃないよ! ほら早く!」
ぐいっ、と腕を引かれ、俺は強引に部屋の外へ連れ出された。
前を歩くこいつは、妹の篠崎香織しのざきかおりだ。俺と同じ栗色の髪を揺らしながら、リビングに向かっていく。……今年から中学生になったのだから、ズンズンと端なく大股で歩くのはやめて欲しい。
「ほら!」
着くや否や、ビシッとテレビを指差した。
渋々従って見てみると、どうやらニュース番組がやっているようだった。……えーと、なになに? 『eスポーツクラブ帝才、アジア団体タイトル獲得』……?
「凄いじゃん! ついにアジアの頂点だって!」
「ふーん」
「……何でそんな興味なさそうなの? 元メンバーでしょ?」
「元、だからな。今はもう赤の他人だよ」
「うわー、最低」
妹から浴びせられる怪訝な視線を回避しながら、俺は画面を見つめ続けた。
映像は試合のハイライトに切り替わり、ラインハルトやスズが戦う姿が映し出されていた。……俺も、もしあの場にいたのなら……いや、いたとしても選手席で応援していただけだろう。
「おっ、興味津々に見つめちゃって……どうどう? 復帰する気になった?」
「別に」
「何よもう! 急いで連れてきた意味ないじゃん! ねー、お願いお兄ちゃん復帰してよー! それでまたスーパースター目指してよー!」
そ、そんな泣きながら縋り付かなくても……。
香織のやつ、そんなに俺の戦う姿を好んでくれていたのか!
「そんで億万長者になって恩恵に浸らせてよ!」
「絶対復帰しない」
「ケチ! バカ! アホ!」
子供か。
「つーか、もう時間ないぞ。早く飯食べないと」
「うわホントだ! もー、お兄ちゃんのせい!」
「人のせいにすんな。……んじゃ俺、このチョコクロワッサン食べるから」
「あっダメ! それあたしのー!」
結局揉め合い、走って登校する羽目になった。
▽
いつものように勉強し、いつものように友人たちとふざけ合い、いつものように帰路につく。
……でも、いつもとは違う心情があった。
満たされない。そう何かが足りていないのだ。
今までの俺だったら、学校帰りはこんな腑抜けた様子じゃなかった。これから起こることにワクワクしながらも、気合いを入れ直していたはずだ。
……あれ? 何でワクワクしていたんだっけ。
「ただいま」
「お帰り、お兄ちゃん!」
考え事をしながら帰宅すると、最初に待っていたのは妹の笑顔だった。
……分かる。俺にはこいつの心情が手に取るように分かるぞ。
「お風呂にする? ご飯にする? それとも……」
「復帰しないぞ」
「ケチ! バカ! アホ!」
もっと罵倒にバリエーションはないのか。
「ねー、何でそんな頑なにBBをやらないの?」
「んー……なんかやる気がなくなっちゃったんだよ。やりたくないってわけじゃないけど……やろうとも思わない」
「じゃあどうすればやりたいと思うの?」
「さあ。とりあえず今のままじゃやらないだろうな。これで違うゲームを買ってそっちにハマったりなんてことがあったら一生やらないかも」
「ええっダメ! 絶対ダメ!」
そうは言われても、本当にやる気が出ない。
……考えてみれば、二年以上BBの世界にいたんだよな。ネットゲームだからというのもあるけど、随分長いこと続けてきたものだなぁ。
うん、頃合いだ。俺はただの傍観者と化そう。気を取り直して別のゲームでも、
『――みなさんのお陰で勝てました!』
そんな時だ。テレビから聞き覚えのある声が耳に届いたのは。
見ると、そこには帝才の新メンバーが取材を受けている姿が映し出されていた。前から注目を浴びていたし、今回も大活躍だったそうだし、そりゃあ持ち上げられるだろうな。
『ラインハルト選手、どうです? 帝才に入ってみた感想は』
『いやあ感激ですね。素晴らしいプレイヤーがたくさんいますし、負けられないという気持ちで日々鍛錬を重ねています』
「……あれ、こんな人いたっけ?」
不思議そうに、香織がスラスラと質問に答えているラインハルトを指差す。
俺は画面を見つめながら、頷いて答えた。
「ああ、最近入ったんだ。今までずっとプロ転向を期待されていた実力者でな」
「うんうん」
「俺を引退に導いた男でもある」
「ワラ人形取ってくるね」
「うん。いつそんな物騒なモン作ったんだ?」
お兄ちゃん、少し怖くなってきちゃったよ。
『ラインハルト選手、まだBBを初めて一年も満たないと聞きますが、プロ転向はまだ早すぎたりとか考えなかったのでしょうか?』
『いえいえ、むしろ遅いと考えていましたね。実はもっと早く帝才メンバーになりたかったんです。でも、まだ待って欲しいと言われ続けて』
『ふむ。それはなぜでしょう? ラインハルト選手の実力を見れば、すぐにでもメンバーに取り入れたいと考えられますが』
『実力云々じゃなく、ただ僕の入れるスペースがなかったそうなんです。そこらへんは経営側の問題なので詳しくは言えませんが……』
『もしかして代表メンバーの、あの方、がアジア団体トーナメントに出場されていなかったのは、それが関係していたりするのですか?』
どくん、と胸の中で何かが蠢いた。
……『あの方』。それはもちろん、俺のことだろう。ある意味、有名人だし。
『あはは、まぁそうだったり……するんでしょうか? どちらにせよあの人はメンバーの足を引っ張っているところがありましたし、日本の恥になり得る存在でした。自分で言うのもアレですが、代表メンバーが僕に変更されて良かったです』
『はは、そうかもしれないですね』
「ンだと天狗野郎! クソ記者!」
「やめてお兄ちゃん! テレビに罪はないよ!」
思わず放り投げようとした行動を、後ろから抱きついてきた香織に止められる。……でも公の場でバカにされたりしたら、さすがに怒るよね?
――ピロンっ、と。
そんな時だった。映像の真下にあった『みなさんの呟き』と呼ばれる吹き出しが更新されたのは。
今俺たちが見ているニュース番組は、携帯端末のアプリを使用することで実際に感想を述べることができる。だが、あまりに度が過ぎる内容だと運営が映像に載せてくれないとか。
『イオリ、ザマァ(笑)』
だから、あんな内容が視界に映っているのは可笑しい。
つまりだ。つまりそこから考えられるのは、視聴者が俺の不幸を嘲笑っている、そして運営はそれを載せられる内容だと理解した、ということだ。
その後もコメントは更新され続けたが、俺に同情をしてくれる内容など一つもなかった。
「ふ……」
気づけば、
「ふふふ……ふふふふふふふふふふふふふふふ」
俺は不敵な笑い声をこぼしていた。
その異様な光景に顔を真っ青にさせた妹を置いて、俺はリビングの外に向かう。
「お、お兄ちゃんどこ行くの?」
心配そうな声。
俺はニヤついた顔をそのままで、こう答えた。
「買いに行くんだよ」
「な、何を……まさかワラ人形の素材?」
「別にあいつらを呪うわけじゃない。……ただ、後悔させてやろうと思ってさ」
「?」
内容が理解できなかったのか、首を傾げる香織。
だから俺は、結論を告げた。
「これから新しいBBを買いに行くんだよ。あれだけ好き放題に言われて黙ってられないだろ?」
「! お……おおッ!」
「前みたいに目指してやろうじゃないか。スーパースターを……いや違うな。俺にとっては視聴者も日本も敵だ。つまり俺が目指すべきものは……」
俺は首を横に振った後、力強く言った。
「ダークヒーロー!」
「恥ずかし」
何でそこで冷めるんだ!
「まぁ、あたしはお兄ちゃんが億万長者になってくれればそれで良いよ。それで、ダークヒーローだっけ? 具体的に何をするの?」
「そ、そうだな。まずは日本の恥とも呼ばれた俺の戦闘スタイルでトップランカー共を狩って国内の頂点に立つ。そんであとは世界で結果を出して億万長者だ。散々バカにしたヤツらを見返して、今度はこっちが嘲笑ってやる……日本中をコケにしながら良い気分で引退してやる!」
「クズいなぁ」
「クズで結構! さぁ伝説の始まりだ!」
俺は高らかに笑いながら、リビングを出ていった。
【バーチャル・バトルフィールド】〜ゼロから始めるVRMMOプロゲーマへの成り上がり〜 taka @taka_tori
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