2
俺は一人、ベンチから呆然と湖を眺めていた。
公園であるこの場所は、やはり休日の正午過ぎだからか人通りが多く、笑い声が周囲から絶えない。だが、今の俺の耳には何も届かなかった。
あまりにも唐突に色々なものを失い、気に留められる余裕がなかったのだ。
「……ずいぶんと間抜けな顔ね」
背後からの声に、反射的に振り返る。
そこに立っていたのは、俺と同い年くらいの少女だった。
腰あたりまである艶やかな漆黒の髪に、美しい顔立ち。出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるという完璧なプロポーションを持った彼女は、ゆっくりと俺の隣に腰を下ろした。
横目で辺りを見渡すと、デレデレと鼻の下を伸ばす男性陣、加えて同性にも関わらず見惚れている女性の姿もあった。それほどに魅力的なのだ。
「君、クビになったそうじゃない。お気の毒」
そう言い、冷ややかな瞳をこちらに向けてくる。
少女の名は芙蓉涼風ふようすずか。またの名を――
「相変わらず冷たいな。スズ」
スズ、それはBBでの芙蓉涼風の名前だ。
彼女もまた帝才のメンバーの一人。つまり、プロゲーマーなのだ。見た目に似つかず。
「悪いけど、今は優しく接して欲しいんだ」
「充分優しく接しているじゃない。マヌケ面」
優しく?
「相変わらず性格も悪いな。スズ」
「お互い様よ。ポンコツ」
「それはもうただの悪口じゃないですかね……」
本当、見て呉れは良いのに中身が残念だ。
けど他のメンバーにはここまで酷くない。なぜか俺にだけ当たりが強いのだ。……恐らく練習試合で俺に勝ったことがないのがきっかけだろう。腹癒せで悪い態度を取っているわけだ。
さてさて、次はどんな汚い言葉が飛び出してくるんだ?
「……ねえ、イオリ」
だが、俺のプレイヤーネーム兼名前を口にしたスズの顔は、寂しげだった。
そのまま彼女は、きゅっ、と俺の服袖を掴んで、
「……本当にやめるの?」
俯きがちに、そう尋ねてくる。
今まで見たことがない態度に思わず疑問の声を出してしまいそうになるが、なんとか堪える。
「あ、ああ本当だよ。今日から普通の高校生だ」
「イオリ、ずっと言ってたじゃない。BBのスーパースターになるんだって。そして大金持ちになって一生遊んで暮らすんだって」
「はは。今考えると欲望まみれだな」
今考えると、小っ恥ずかしい宣言をしたものだ。
でも、世界中で熱狂的な人気を誇るそのeスポーツは数々の大会の賞金が膨大であり、豊かな暮らしを送るためにプロゲーマーを目指す者も多い。
「ま、でもまあまあ稼がせてもらったし、元々帝才の厳しさにはウンザリしてたしな。ゲームをやめて悔いは……ないよ」
「本当に?」
「…………ないよ」
「……そう」
スズは短く答えると、立ち上がった。
「それじゃ」
こちらに背を向け、この場から離れていく。
気のせいか、その背中は少し悲しげに見えた。
「俺も帰るか……」
不思議と重い腰を動かし、席を離れる。
……それにしても、悔いがないと答えようとした時、どうして少し躊躇ってしまったのだろう。俺にとってBBは、帝才は、プロゲーマーとしての地位は、金儲け。そう、それだけの目的だったはずなのに。
俺って、そんなにお金好きだったっけ……。
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