【プロローグ】
1
「……か、解雇……ですか?」
日本国内ではトップレベルと呼び声の高いeスポーツクラブ『帝才』。その本社に呼び出されたクラブメンバーである俺こと篠崎伊織しのざきいおりは、責任者の言葉に目を丸くさせるしかなかった。
「そうだ。近日、新たな秀才がグループに加わることになったことは聞いているだろう?」
特徴的な丸メガネを持ち上げ、スーツ姿の責任者は言葉を続ける。
「君たちの努力のお陰で、帝才は名門と呼ばれるほどに成長した。世界にもその名前は少しずつ広まっていることだろう。ありがたいことにね」
だからこそ、と責任者は言って、
「注目をされ始めたいまだからこそ、勝負に出たい。才能あるプレイヤーたちでチームを構成し、価値を高めなければならない。これは国のためにもなるんだ。……分かってくれるね?」
「……な、なるほど。でも、なぜ解雇なんですか? 今まで代表メンバーとして活動していましたし、補欠として使っていただいても!」
俺が焦っているのには、理由がある。
解雇。そうなれば今後一切、帝才メンバーとして試合に出ることができなくなる。……だけじゃ済まない。今までBB(【バーチャル・バトルフィールド】の略称)で使用してきたアカウントをクラブに譲渡しなければならないからだ。
……当然だ。プロゲーマーとして活動してきた実力をそのままで一般のプレイヤーたちと戦うわけにはいかない。他にも、公に広まってはいけない大切な情報などを抱えているためだ。ちなみに渡したアカウントは二度と返還されることはない。今まで積み重ねてきた努力は、もう二度と……。
責任者ならそのことを理解していない、なんてことはあり得ない。何か理由があるんだろうか。
「あー……そうだね。これは個人的な問題なんだが、人件費とか色々とね」
「で、でも……こう言っては申し訳ないですが、自分より実績のないプレイヤーはまだここにたくさんいるのでは……」
「あ、ああ……うん。そうなんだが……」
「――もう回りくどい言い方はやめません?」
その嘲笑うかのような声は、背後からだった。
振り返ると、開け放たれた扉の側には一人少年が立っていた。歳は俺と同じ十六くらいか。
濃い緑色の髪に、凛々しい顔立ち。またメガネをかけており、なんだか真面目そうな印象だ。
「えーっと……こっちでは篠崎君、だよね? 初めまして、僕は神崎徹かんざきとおる。『ラインハルト』って言えば分かるかな?」
その名前……プレイヤー名には聞き覚えがある。
「ああ、もちろん。数々の国内大会で優勝を果たしてきた逸材さんだよな。今度からうちのクラブチームに入ることになったとか。……こちらこそ、よろしく」
俺は握手を交わそうと、手を伸ばした。
「もう『うち』のじゃないだろう?」
握手を無視して、部屋の中へ歩き出すラインハルトこと神崎。
やがて奥の壁際まで向かうと、体重を預けこちらに向き直った。
「さて、話を戻そうか篠崎君。……君は代表メンバーだからといってあまり芳しい結果を出していないじゃないか。だから抜けて欲しいんだよ」
「か、神崎君。それは!」
「いえ、言わせてもらいますよ。ここにずっといられるのも迷惑ですしね」
責任者の言葉を制止する神崎。
……だが、俺にも言わせて欲しいことがある。
「芳しい結果を出していない。ああ、その通りだよ。……けど、それは試合に出してもらう機会が少ないからだ。俺はまだ本戦で一度も負けたことがないんだけどな」
「はっ、そこを疑問に思わなかったのかい? 何で試合に出させてもらえなかったんだろうな!」
「……それは、他のみんなだけで、どうにかなる展開が多く続いているから……」
「ぷっ、くく……なぁ、本当は気づいているんじゃないのか? 関係者陣営は『君を試合に出したくない』ってことをさ」
「……ッ!」
どくん、と心臓が跳ね上がる。
唇を動かせない俺に変わって、神崎は言う。
「まぁそうだろうね。君の戦い方には『品』がない。そんなんじゃ対戦相手だけじゃなく観客からの反感も買うに決まっている! スポンサーだって離れていくだろう! ただ勝てば良いってものじゃない。プロは結果がすべてじゃないんだよ!」
俺は、何も言えなかった。
神崎の言う通りだったからだ。そういった出来事は実際、帝才のメンバーになってから身に覚えがある。
「ですよね?」
神崎から満面の笑みを受けた責任者は、はは、と掠れた笑い声を発した後、
「……その、通りだ」
やがて、こくり、と頷いた。
「……そうですか。分かりました」
その一言で、俺の決心はついた。
今、神崎に同意した彼こそ、俺をプロの世界に導いてくれた方だったのだ。『君の戦う姿に目を奪われた!』と出会った時に言われたことを今でも覚えている。その人にそのことを否定されてしまっては、もう……。
「今日中にアカウントデータを送信しますので」
俺はそう言い、責任者に頭を下げた。
「……今までお世話になりました」
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