秋野菜・百鬼夜行 ~逆襲のハロウィン~

伊藤マサユキ

第1話 秋野菜

 収穫が終わり山積みになっているサツマイモの上、俺は優雅に日光浴をしている。

 同僚・・の野菜達も活気付き、気候も心地良く、夏から秋にかけるこの時期が一年を通して一番好きだ。日差しがあたるところであればぽかぽかしているので、気持ちがいい。


「おーい、さっつん!」


 畑の脇の小道を、短い手足を一生懸命振りながら、黒い塊がこちらに向かってくる。

 米茄子べいなすのなす兵衛べえだ。


「遅いぞ、このボケナス!」

「ごめんよ、さっつん。開口一番に微妙に茄子にかけて怒らないでよ。でもジャックもまだ来てないじゃん」

「ジャックなあ……アイツが一番やる気満々なのにな」


 なす兵衛は肩で息をしながら、汗を拭っている。

 俺はサツマイモの山から飛び降り、なす兵衛の前に立つ。


 目の前の小太りなフォルムのなす兵衛、そして同じく丸いフォルムをした大カブのジャックを待っていた。

 俺達――秋野菜組合の野菜の妖精は、きたる秋のイベントであるハロウィンに向け、知名度アップの戦略を考えるため、俺が普段居座っている畑に集合する予定である。


「それにしてもなす兵衛、お前また太ったんじゃないか?」

「毎回同じこと言わないでよ、さっつん。僕は米茄子だからこれが標準体型だって言ってるじゃないか」


 なす兵衛は俺のことを『さっつん』と呼ぶ。

 野菜の妖精は、皆適当に自分の名前を決めるのだが、俺は面倒だったのでそのまま『サツマイモ』と名乗った。

 同僚達がそれでは味気ないと言い、『さっつん』という愛称で呼ぶようになったのだが、自分自身としてもその呼び名は割と気に入ってる。


「にしても、ジャックが遅れるとはなあ」

「だね。今回のハロウィンはジャックが一番気合入ってたのにね」

「おお~~~い、みんな~~~!」


 なす兵衛と小道で話をしていると、道の先から間延びした声が聞こえてきた。


「お、来た来た」

「おせーぞ、ジャック」

「ごめ~~ん、寝坊した~~~!」


 はあはあと息を切らしたような丸みを帯びた白い奴がこちらに走ってくる。

 大カブのジャックだ。


「お前が集まろうって言ったのに、遅れてんなよ」

「ごめんって~~~、いや、でも、やる気は満々だから! 期待して!」

「まあまあ、さっつんもカリカリしないでよ。どうせ暇じゃん、僕達」

「まあ、そうだな」


 駆け寄ってきたジャックが息を整えながら喋る。

 そんな感じで会話を始める俺達の横を、ここの畑を管理している農家のおじさんが通り過ぎていった。


「あ、斉藤さんだ」

「斉藤さん、こんちわっす」

「こんにちは~~」


 斉藤さんに会釈をする三人だったが、声をかけられた当人からは反応がない。

 人間は、野菜の妖精の姿も声も認識できない。勿論俺達もそんなことは知っているのだが、農家の方は俺達にとってとても大事――例えるならば、不動産屋に対しての大家のような存在なので、挨拶は欠かさない。


「さて、ハロウィンの話をするか」

「しようしよう! 今年は気合入ってるよ~~!」


 本題に移ろうとするが、やる気満々と豪語していたジャックが元気よく声を返してくる。間延びした声とは裏腹に、その目はメラメラと燃えており、る気満々、という感じだ。


「気合入ってるね、ジャック」

「当たり前だよ~~! 今年こそはあのカボチャ野郎のお株を奪う所存だよ! カブだけにね!」

「気合入ってるのはいいけど、なんか案あるのか?」


 ジャックは今年のハロウィンにやたらと気合が入っている。

 元々、俺達野菜の妖精は、毎年収穫の季節に合わせてお祭りごとをするのだが、その企画は毎度地味なものだ。夏野菜の妖精達もイベントを計画していたが、大してやる気がなかった彼らは結果的に企画が決まらず、人間のお祭りの裏で酒を飲んで騒ぎまわってたという体たらくだ。


 それに対して、秋野菜組合には多少の緊張感がある。

 ここ数年、この日本でも知名度が上がってきたハロウィンのせいだ。


 秋の収穫祭という名目があるものの、結果として仮想大会となっている。それはそれでいいのだが、俺達が焦っているのは、ハロウィンのイベントの顔がカボチャ・・・・になっていることだ。


「もちろんだよ~~! 今年こそは……あのカボチャ野郎の……カボチャ野郎の…………うおおおおおお、ボチャぁぁぁぁぁ!! ぶっ殺してやる!! あのクソカボチャ!!」

「ジャ、ジャック! どうどう!」


 急に取り乱したジャックをなす兵衛がなだめにかかる。ジャックはカボチャの妖精――ボチャに因縁がある。


 ジャックは以前の赴任地――ヨーロッパの方にいた時、カブの知名度を上げるべく秋の収穫祭の時期に合わせた知名度アップ運動をしていた。

 ハロウィンの代名詞とも言える、カボチャの飾り――ジャック・オー・ランタンだが、これはその際にジャックがカブをくり抜いたランタンを魔よけの飾りとして普及させようとしていたのが元だ。意外と芸の細かいジャックは、自分の名前を元にした伝承まで作って普及活動に走り回っていた。


「俺が……俺がよう……地味な活動を続けて、ようやく文化として定着しようとしていた所によう……あのカボチャ野郎が出張ってきやがって……」

「何回するんだよ、その話」


 ジャックが言うように、ジャックの地道な活動は実を結び、収穫祭の季節のイベントとなっていた。しかし、その文化がアメリカに移っていく際、当時アメリカに赴任していたカボチャの妖精――ボチャが、カボチャをくり抜いた飾りを作るように暗躍し、今日こんにちではハロウィンの飾りはカボチャ、というように根付いているのだ。


 すっかり意気消沈し、赴任先が日本に変更となったジャックは、数百年もの年月ふさぎこんでいた。毎度同じ話をするジャックには少し辟易しているが、気持ちは分かる。


「まあまあ。まだカブで飾り作ってる地域もあるし」

「ごく一部の地域だよおおおお!! カブはごく一部だよおおおお!! 『ハロウィンと言えばカブ』ってなる予定だったんだよおおおお!!」

「カブの飾り、なんか見た目怖いしな」

「のおおおおおおおおお!! ――うっ……」


 絶叫するジャックの後頭部をなす兵衛がしばき、ようやく大人しくなった。


「しかしボチャの野郎も、最近調子に乗ってるからな。俺達の知名度も問題だ」

「ハロウィンの話に戻ろうよ。今年は何しようかね。ジャック、何か案があるって言ってたよね?」

「――はっ! あるある! 聞いてくれよ~~~!」


 正気を取り戻したジャックが、短い手を上に上げ、ぴょんぴょんと跳ねている。


「何だ何だ?」

「それはね……」


 我に妙案あり、というような顔でニヤリと笑うジャックの後ろを、斉藤さんのトラクターが通り過ぎていく。

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