第4話 ハッピーハロウィン

 渋谷の駅から少し離れた、やや小さめな店構えのバーで俺達は酒を飲んでいた。


 ハロウィンの行進も、出発地点の公園に戻ることで終了となり、せっかくの都会を楽しもうと、なす兵衛とジャックの二人を連れてうろうろ歩いていたところ、婦警の格好をした店員さんに招かれて俺達は店を訪れたのだ。


「いやー、何だかよく分からない騒ぎだったけど、楽しかったね」

「くそ~~~、なんで誰もカブを受け取ってくれないんだ!!」

「うるさいぞ、ジャック。まあ今年のイベントは成功ってことでいいのかな」

「成功だよ! 同じアホなら踊らにゃ、ってやつだよ!」


 もう深夜にも近い時間、手狭な店だというのに、店内は熱の冷めないような仮装をした若い人間たちでわいわいと騒がしい。都会にあまり馴染めない俺達は、店の奥のテーブル席でちびちびと飲んでいる。通常サイズになったマッシュは、テーブルの上に置いている。


「まあ、乾杯だ!」

「乾杯! お疲れ様!」

「くそ~~~、乾杯!」


 ハロウィンの夜も終わろうとしている。

 正直、何が成功なのか全く分からなかったが、少しでも野菜の宣伝になればいいだろう、ということにした。


「しかし、ジャック。お前これでよかったのか? これじゃ、ただ騒いだだけだぞ」

「いやダメだろ~~~、今頃はカボチャの飾りが全部カブに変わってる予定だったのに~~~!」

「それは無理でしょ……」


 わーわーと騒がしいジャックは置いておいて、なす兵衛ともう一度グラスを合わせる。

 しかしジャックが言うでもないが、これでいいのだろうかという思いもある。野菜の妖精とは言え、俺達は妖精パワーで豊作に少し貢献するくらいの存在だ。


 時代が変わって昔とは違い、収穫への人々のありがたみも減っていることを危惧し、何かイベント事をしようとなったのが事の発端なのだが、何かの貢献ができているとも思えない。


「これでいいのか……?」

「ん、さっつん。どうかした?」

「お待たせしましたーー! お兄さん達のコスプレ、ちょーイカしてますね! お揃いっすよ!」


 考えていたことをぽろっと口にしてしまったなと思った所で、店員から声をかけられた。見ると、ジョッキのビールを手に持った、巨大な大根のような格好に扮した店員が立っている。


「大根……」

「大根だね……」

「そっす、大根っす! お兄さん達も野菜なんすね! なんか嬉しいっす!」


 若い男の店員だ。

 大根の脇から出ている手に持ったビールを、テーブルの上に置いていく。


「何で、大根なの……?」

「え? だって、俺大根チョー好きっすから! お兄さん達もそうなんでしょ? サツマイモに茄子にカブですよね! ははは、何すかそのまん丸の茄子!」

「いや、米茄子だから……」

「べーなす? そういうのもあるんすね! チョーイケてるっす!」

「あ、ありがと……」


 楽しげに笑う大根の店員がなす兵衛の背中をばんばんと叩く。

 苦笑いを返すなす兵衛も、少し嬉しそうだ。


「カブ……カブは好きかい……?」

「カブっすか? カブもチョー好きっすよ! 漬物にしても味噌汁にブチ込んでもウマいっすよね!」

「き、君っ! あ、ありがと~~~~!」

「わわわ、急に何すか! どういたしましてっす!」


 がたっと大げさな音を立てて立ち上がり、カブが好きだと言う青年の手を握るジャックがその手をぶんぶんと振り回すようにお礼を言っている。


「お礼にこのランタンを上げるよ~~~~!」

「あ、いや、それはいらないっす。なんかキモいんで遠慮しとくっす」

「そ、そうかあ……」

「それじゃ、楽しんでくださいね! ハッピーハロウィーーン!」


 ジャックが押し付けようとするカブのランタンをするっと回避すると、店員は笑いながら戻っていった。

 店員の勢いに引き気味だった俺達だが、何となく温かい気持ちになった。


「大根好きだってな……」

「そうだね……」

「――そのとおぉーーーりっ!」

「な、何っ!?」


 しんみりとした感じで話す俺となす兵衛の会話を遮るように、カウンターに座ってたおじさんが急に叫んだ。


「な、なんだアンタ。って、あれ? 斉藤さん……?」


 急に一人で叫び出したおじさんにビクッとなる俺達だったが、見ると見知った顔だった。俺達の地元の農家の斉藤さんだ。


「ああ、斉藤だ。そしてまたの名を、『野菜の神』と言う!」

「へ?」

「斉藤さんが野菜の神様?」


 こちらの方に歩いてくる斉藤さんは、自分のことを『野菜の神様』だと言う。


「ど、どういうことなんだ? ……なんです?」

「君達が渋谷に行くって言うからな! 上司の私としてはついて行かないわけにはいかないだろう!」

「い、いやいや。斉藤さんは農家じゃないですか」

「農家『』野菜の神様だ! はははっ、驚いただろう! 生涯現役だ!」

「いや、驚いたっていうか……俺達のこと見えてなかったじゃないですか……」

「あれは、見えてないフリ・・だ! はははっ!」

「え~~~、じゃあ本当に斉藤さんが野菜の神様なの~~~?」


 急に現れた斉藤さんは快活に話すが、急な展開に俺達は完全についていけていない。しかし、斉藤さんも俺達のことを見知っている様子である。


「オホン! 君達を影ながら見ていたが、ありゃ単にはしゃいでいるだけだろう! それを悪いとは言わないが、こんな所でクダを巻いている場合じゃないぞ! 何しろ、君達は今回は大事なことを学んでいるのだからな!」

「大事なこと……?」

「そうだ、大事なことだ。君達は知名度アップのために色々と考えていたようだが、そうじゃない。大事なことはが教えてくれただろう!」


 そう言って、斉藤さんは親指を立て、店の奥を指し示す。


「彼……? あの店員さんですか?」

「そのとおぉーーーりっ! 野菜人気は大事だが、それより大事なことがある! ……皆まで言わなくても、もう分かるな?」


 斉藤さんの言葉に、俺達は顔を見合わせる。


「美味しい野菜を待ってくれている人のために……」

「美味しい野菜を作ること……」

「そういうことだぜ~~~!」


 斉藤さんはうんうんと頷く。その首の連動するようにマッシュもぴょんぴょんと跳ねている。


「もう分かっただろう!」

「はい!」


「これからも美味しい野菜を作るぞーー!!」

「「「おおおーーーー!!」」」


「土を、耕すぞーー!!」

「「「おおおーーーー!!」」」


「来年は収穫量40パーセントアップだーー!!」

「「「おおおーーーー!! お、おおおー?」」」


 斉藤さんの呼びかける声と掲げる拳に応じるように、俺達も拳を上げる。


「何すか何すか、楽しそうっすね! ビール追加、お待ちっす!」


 やんややんやと騒いでいると、さっきの店員が追加のビールを持ってくる。

 斉藤さんの収穫量アップの目標は俺達妖精パワーで何とかしろということだろう。それが少し気にかかったが、今夜は収穫祭。今年の豊作を素直に祝おうじゃないか。


 その後も、まだ渋谷に残っていた野菜の妖精達が店になだれこんできたりしたが、楽しい夜を過ごした。


 初めての都会でのハロウィンを味わった俺達。

 収穫祭のイメージとは違ったが、これもこれだと思う。


 そうして俺は心に決める。

 来年も、美味しい野菜を沢山作ろう、と。

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秋野菜・百鬼夜行 ~逆襲のハロウィン~ 伊藤マサユキ @masayuki110

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