第5話 0と1と異世界と……

 異世界でもこっちでも、大なり小なり事件は起きるものだ。

「……」

 俺は黙ってキーボードを叩き、マウスでカチカチやり続ける。サーバラックに備え付けのそれは、お世辞にも使いやすいとは言えない。ちなみに、普段は必要ないディスプレイとキーボード、マウスは、複数台のサーバで一組を共有するのが普通だ。

 本当にこの新人野郎には「サーブスレイヤー」の称号を与えたい。……我が呪われし左手に0を、我が聖なる右腕に1を。全てのデータよ、今ここに混沌の海に帰せよ。サーブ・スレイブ!! ってか。すまん、疲れているんだ。

「よし!!」

 バックアップツールが起動し、混沌の海を漂っていた0と1の配列が、再び秩序正しく並び始める。コーヒーでも飲みたいが、ここは飲食禁止だ。当たり前だが……。

「しかし、寒いな……」

 季節は晩秋といった所か、日が落ちると急激に寒くなる。そうなると、この巨大冷蔵庫ことサーバルームは「シベリア」と呼ばれるようになる。ウォッカでも飲んでやるか。

 ちなみに、いても役に立たないサーブスレイヤーは先に帰した。また、他のサーバをぶっ壊されても困るしな。

「あー、こりゃ終電無理だわ……」

 現在時刻二十三時三十二分。復旧見込みは明けて午前二時二十三分(推定)だ。普通はタクる所だろうが、俺はおあつらえ向きの場所を知っている。そう「あっちの世界」だ。まさにネカフェ感覚である。文句は認めない。

「さてと、ゲームでもやるか……」

 サーバ室備え付けのノーパソ。その俺のアカウントには、謎のアプリが大量に入っている。まっ、暇つぶしが必要なのだ。

 結局、復旧作業が終わったのは午前三時だった。


「さてとっと……」

 初心者の街に入った俺は、だいぶ人の姿もまばらになった往来を歩き、適当に宿を取ってから預け屋に。いつものパターンだが……。

「タマ……」

 見慣れたCV33に見慣れないものが付いていた。

「あっ、おはようございます」

「おはよう……じゃなくて、なんでTOWなんて付いているんだ?」

 一瞬、疲労から来る幻視かとも思ったが、いや、間違いなくそこにはTOWミサイル発射機が付いていた。世代としてはやや古く、だいぶベテランではあるが改良が重ねられている対戦車ミサイルである。歩兵一人でも運用出来る事にはなっているが、ちとデカいのが難点で、戦闘ヘリや車両に搭載して使われる場合が多い。

「いえ、安く売っていたもので……」

 ……いや、牛肉の特売みたいに言われてもな。

「まあ、付けちまったもんはしょうがねぇな。しかし、CVに対戦車ミサイルとはイタリアもビックリだぜ」

 WWⅡ初期の豆戦車に対戦車ミサイル。なんかこう……まあ、いいや。

「そういや、お前っていつ寝ているんだ? いつ来てもいるけど……」

 ずっと疑問だった事を率直にぶつけてみた。

「ちゃんと寝ていますよ。2時間周期くらいですが。不眠症なもので……」

 ふ、不眠症の猫!?

「そ、そりゃ難儀だな。戦車を弄るのはその辺にして、たまにはサシ飲みでもしようぜ」

 疲れすぎると逆に寝られなくなる。俺はタマを誘ってみた。

「はい、行きましょう。あとで、レオパルトとCVにスティンガー付けておきますね。これも特売で……」

「……好きにして」

 スティンガーとは、歩兵が一人で運用出来る対空ミサイルだ。戦闘ヘリなどにも積まれていたりする。なにかこう、どんどん魔改造されていくような……。

「よし、行くか」

 俺はタマを引き連れ、手近の居酒屋に入った。元気な声に出迎えられ、席に案内されるとと同時にファーストドリンク。考えるのも面倒なので、二人ともビールだ。このくらいなら、あまり強くない俺でも飲める

「はぁ。それにしても疲れた……」

 運ばれてきたジョッキをチビチビやりながら、俺はため息をついた。

「なにかあったのですか?」

 タマが心配そうに聞いてきた。

「いや、こっちの話しだ。気にするな」

 タマ相手に仕事の話しをしても詮ない話しだ。思わず、出ちまった一言ってやつだな。

「そうですか……モフモフします?」

 思わず、ビールを吹きそうになった。

 くっ、猫好きには抗いがたい誘惑。い、いかん!!

「ダ、ダイジョウブダ。モンダイナイ」

「ダメですね……。すいませーん。料理包んで下さーい!!」

 タマがでっかい声で叫ぶと、威勢のいい返事が返ってきた。そして、タマがM2重機関銃のような勢いで料理を注文していく。

「こ、こら待て。なに考えてる!!」

 さすがに焦る!!

「我慢は禁物です。私は所詮猫ですから、宿飲みしても怒られません!!」

 いや、俺だってタマにどうしようとは思わんが、さすがになんかこう!!

「行きますよ~」

「ちょっとまてぇ!!」

 さすがに、あのクソ重いTOW発射機を、一人で付けただけの事はある。

 凄まじい力でタマは俺を引きずり、そのまま宿まで直行と相成ったのだった。

 ん、モフモフ? まあ、ちょっとだけな。別にいいだろ!!


「バカデカいな。今さらだが……」

 目の前にあるのは、わがパーティーの新兵器C-5M大型輸送機である。これを購入したのは、もちろんちゃんと理由がある。この連休、受けた依頼がここからかなり北方にある地域なのだ。

 最初は輸送を職業としている連中に頼もうと考えたのだが、これが高いこと高いこと……。特に、CVはともかくレオパルト2が積めて遠距離飛べる輸送機となると、かなり限られてしまう。

 そこで、中古機を見ていたら、たまたま出物のこいつを見つけたというわけだ。一回「尻餅事故」を起こして修復歴があるというだけで、最新のM型が恐ろしく安かったのだ。

 コイツを転がす……じゃないな、飛ばすのはコックピットさえあれば何でも飛ばすと豪語する鈴木を初めとした、我がパーティーの飛行チームだ。つまり、今回は航空支援なしということになる。

「さて、準備完了だな」

 広大な腹の中にCVとレオパルト2を収め、離陸体勢を整えたC-5Mは、鈴木の手によって滑走路に向かっていた。

 初心者の街の滑走路はいつも混んでいると聞く。それを裏付けるように、すでに駐機場で1時間近く待たされていた。

「はいよ、お待たせ。行くよ!!」

 コックピットには五名分の席があり、当然それぞれの役目があるのだが……全く分からん。陸上部隊代表として、ただ座っているだけだ。

 それでも、滑走路くらいは分かる。アレだな。操縦席の横にあるちっこい銀色のハンドルで、車輪の向きをコントロールするんだな。あのデカい操縦桿でやるんだと思っていた。バカにされるから言わないけどな。

 鈴木の細指が無骨なスラストレバーにかかり、それを精一杯手前に引き寄せた。エンジン音が急激に跳ね上がり、C-5はその巨体を一気に加速させた。それなりの重量物を積んでる上に燃料満載だが、急速に速度は上がっていく。

「V-1」

 副操縦士席に座る佐藤の声に合わせ、鈴木が気持ち操縦桿を引き始めた。

「VR」

 巨体がふわりと宙に浮かぶ。

「V-2」

鈴木がさらに操縦桿を引き、それなりの角度で機体が上昇していく。こうして、遙か北方への長旅は始まったのだった。

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仕事時々ファンタジー 長編版 2 NEO @NEO

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