第4話 作戦終了
百両以上の戦車戦など、まず現在では起こりえないだろう。そう、俺たちの世界では。
しかし、実際目の前で起きているのは、まさにそれだった。それも、航空機などのからめ手なしのぶつかり合いだ。さぞや、迫力があることだろう。
しかし、俺に楽しんでいる余裕はなかった。
『四十五号車、被弾し大破。戦線を離脱します!!』
『敵に新型。IS-2です!! 一度待避します!!』
『別動隊A班ポイントD通過。異常なし』
などなど、絶え間なくバカスカ通信が送られてくる。それを処理するのに、俺は完全にオーバーフローを起こしていた。
「細かいことは私が対応します。あなたは、作戦に集中してください」
俺の肩にポンと手を乗せ、タマが小さく笑みを浮かべ、すさまじい速度で交信を開始した。やるな……。
俺は出来た余裕をフルに使って、書き込みだらけになったマップに目を落とす。これまでの更新記録で、敵戦車の乗員はほとんどゴブリン。数は多いが頭がやや残念なので、ほとんど損失なしでここまで来ている。数に任せて押し切ろうと思っていたが、先ほどの交信で重戦車の存在が確認された。IS-2といえば、当時最強だったティーガーを叩きのめすために生み出された、「強ければそれでいい」という実用性度外視の極悪戦車である。コイツの相手は、レオパルト2にやってもらおう。
「二号車、二時の方向、距離二千七百にIS-2がいるはずだが見えるか?」
次々に飛び込んで来る情報を元に、大体の見当をつける。ここからでも狙えるはずだ。
『ああ、見える。あのやたら砲身が長くてバカデカいやつだな』
聞き慣れたバルボアの短い返答があった
「撃てるか?」
なにせ、現用だ。レオパルト2の主砲なら、この距離でも造作もないはずだ。
『ああ、問題ない。すでに照準は合わせてある』
昔はほとんど命中が期待出来なかった行進間射撃……つまり、走りながらの射撃だが、今の戦車は射撃システムによって砲が制御され、完璧とは言わないがかなりの確率で命中が期待出来る。一瞬辺りは閃光に支配され、腹に響く重低音と共にレオパルト2が雄叫びを上げた。この衝撃破だけでぶっ壊れそうな、我が豆戦車CV33がちょっと愛おしい。
『IS-2撃破を確認。引き続きこのペースで侵攻』
バルボアの冷静な声が聞こえ、陽動部隊はど派手に暴れ続ける。そう、目立ってなんぼなのだ。
こちらもそこそこ損耗しているが、相手の損耗の方が遙かに大きい。脳足りんのゴブリンが操るのでは、せっかくの名戦車T34も宝の持ち腐れである。
こうして、俺たちは盗賊の本拠地と思しきエリアに来た。そこは、なんだか軍隊の駐屯地のようだったが……。
「ん?」
中から、ワラワラと変な髪飾りをしたゴブリンどもが現れた……うぉ!?
「攻撃魔法!!」
俺は無線に声を叩き付けていた。瞬間、辺り一面爆音が轟いた。
「ったく、ゴブリンシャーマンとはな!!」
以前、M4シャーマンに乗ったゴブリンシャーマンという、ろくでなしを相手にしたこともあった気がするが、脳足りんなゴブリンの中では例外的に優秀で魔法も使える難敵だ。
先ほどの一撃でティーガーとレオパルト2は問題なかったが、パンターとⅣ号に少々損害が出た。ワラワラと出てくるゴブリンシャーマンの数は、見る間にどんどん増えていく。突っこむしかない。
「全車突撃。踏みつぶせ!!」
CVもレオパルト2の影から飛び出た、俺は機関銃を乱射し始める。しかし、悲しいかな速度が出ない。周りにどんどん抜かされ置いていかれてしまった。
「あーあ……」
取りあえず機関銃は撃ちつつも、俺は思わず口にしてしまった。
「だってCVだもの。」
……いや、タマ。何気にそのノリで愛車をディスるなよ。
「なんとかならんかねぇ……」
今頃、恐らく最も速いレオパルト2が接敵している頃だろう。これでは。終わる頃に到着だ。
「私の主義に反するのですが、今回だけ特別に何とかしましょう……『飛行』!!」
タマが叫んだ瞬間、CVが凄まじい勢いで空に舞い上がった。
おいおいおい!!
「む、無茶するなぁ!!」
空に上がった戦車は、そのまま山なりの軌道を描いて飛び、熱い戦いを繰り広げている戦車隊とゴブリンシャーマンどもの頭上を飛び越え、……その隊列の真後ろの基地内に着陸した。
「し、死ぬかと……」
「CVが軽いから出来ることです。はい、攻撃!!」
タマに急かされ、俺は息を整える間もなく湧いてくるゴブリンシャーマンどもに機関銃を乱射した。まさかの背面攻撃? は予測していなかったようで、慌てふためく様子がよく分かった。そりゃそうだ。俺だって想定外だ。クソッタレ!!
「こうなったら、徹底的に破壊しまくるぞ!!」
「了解!!」
それからは嬉し楽しい破壊タイムだ。頑丈そうな建物は避けたが、宿舎のような柔い建物に体当たりしては無限軌道で押しつぶし、時々出てくる警備兵は機関銃で黙らせ、施設内をやたらと走り回る。建物のガラスを割って回るなんて、思春期以来だな。おい。
すると、正面で戦闘に興じていたゴブリンシャーマンの一団も、段々後方が放っておけなくなり、連携が乱れたところで戦車の機関銃の餌食になっていく。そう、戦車の武器は戦車砲だけではない。歩兵と肉薄した状況なら、機関銃の方が使い勝手がいい。
そうして開いた穴を突いて、次々と戦車がなだれ込んでくる。そして、榴弾による破壊作業が開始された。俺の作業は、生き残りのゴブリンシャーマンの掃討だ。
逃げ惑う三体が、ヤケクソ気味に小さな火球を放って来た。CVの装甲板に当たった瞬間に小爆発を起こすが特に問題なし。お返しとばかりに、カタカタと機関銃をお見舞いしてやると、それでケリはついた。
「よし、次だ!!」
こうして、並み居るゴブリンどもを蹴散らし盗賊の本距離を粉々に吹き飛ばした頃、航空隊が上空に戻ってきた。
『うほぉ、派手にやったわねぇ』
無線から鈴木の声。
「まぁな、そっちの首尾はどうだ?」
撤収準備をしながら、俺は無線に問いかけた。
『ああもう、これが大した事なくてさ。あえて、ミサイルは使わないでバルカンだけでどれだけ倒せるかってやっちゃったわよ。ああ、本間はガス欠で先に戻っているよ』
まあ、楽しそうで何よりだ。
「じゃあ、また街で会おう」
『あいよ~』
軽くジェット音を残し、鈴木は飛んでいった。
俺たち戦車隊は再び隊形を整えると、少年の村へと向かっていった。依頼書にサインを貰わねばならない。それに、まだ日はある。日没までには初心者の街に戻れるはずだ。
少々損失は出たが、それでも大軍であることに変わりはない。俺たちのCV33を先頭に草原を埋め尽くす戦車の群れは、さぞかし異常な光景だろう。
程なく村に到着すると、俺は肩掛け式の無線機と依頼書を挟んだバインダーを片手に、CVのハッチから飛び降りた。
「おう、少年。終わったぜ」
駆けよってきた少年にバインダーを差し出し、サインを貰う。これで、依頼は完了だ。
「指揮官より各隊。現時点をもって依頼完了。各々気を付けて帰投されたし」
『了解した。いい戦いだった。また会おう!!』
リーダーの声が無線から聞こえ、大量の戦車が動き始めた。地鳴りしながら動くその様は、大スペクタクルである。
そして、レオパルト2とCV33だけが残された。特に用事があるわけではない。俺は少年の頭をワシャワシャっとした。
「よし、少年。いつでも依頼待っているぜ。今度は、ちゃんとした依頼料を持って来いよ」
俺は返事も聞かず、CVに飛び乗った。今回の依頼、大赤字……かと思えばそうではない。盗賊の本拠地を襲った時に回収したお宝で、チーム「漢」と分けても大幅なプラス収支なのである。この程度の目論見がなければ、この仕事は受けていない。ズルいと言うなよ。これはビジネスなんだ。
「よし、帰るぞ」
CVとレオパルト2は、初心者の街に向かって街道をひた走って行くのだった。
初心者の街に到着したのは、夕刻迫る時間だった。今日は土曜日で明日は日曜日。一度戻ってもいいのだが、やる事もないので、こういうときはこちらの宿屋に一泊する事が多い。CVとレオパルト2をいつもの預り屋に預け、俺たちはこれまたいつもの喫茶店へ。
指定席となっている窓際の席には、一足先に戻っていた航空隊の面々がいた。
「おう、お疲れさん」
まあ、この辺りは特記する事もない。下らん日常会話だ。しかし、元気いいなぁ。こいつらは。
「えっ、戦車で空飛んだって!?」
鈴木がタマにツッコミを入れている。まあ、当たり前だ。戦車は空を飛ぶ兵器ではない。
「アレはイレギュラーな手段でして……」
そりゃそうだ。年中飛ばれちゃかなわん。
「いいねぇ、そういうぶっ飛んでるの好きよ。今度見せて!!」
『ダメ!!』
タマと俺の声がハモった。
軽いといっても三トンちょっとの鉄の塊だ。生きた心地がしない。
「なによ、ケチ!!」
ケチじゃねぇ。バーロー!!
そんなこんなで夜も更けて、バルボアとアイリーンはそれぞれの宿へ、タマは徹夜で整備するらしく預け屋へ、本間は自宅へ戻り……残るは俺と鈴木になった。
「なんだ、急に静かになって。電池切れか?」
いつもやたら元気な鈴木が、急に静かになりそっと俺と手など繋いだりする。
「馬鹿者。いい加減私の性格くらい、分かっているだろうに……」
そう、コイツは人前だと脳みそ空っぽのハイテンション女だが、本性はこういう性格である。これを知っているのは、そうはいないだろう。
「さて、宿行くか。土曜の夜だけど、どっか空いているだろう
「そうだね。行こう!!」
鈴木がとびきりの笑みを浮かべた。
これもまあ、一応デートってことで。
24時間眠らない初心者の街は、いかなる時でも何かしらの店は開いている。
そんな店を突きながら歩く事しばし、俺たちは値段も手頃な宿に収まった。
「あー、しんどかった。あんな史上希に見る大戦車戦の依頼なんて、もう来ないだろうからな」
あんなのばかりじゃ、逆に困るぞ。
俺はそのままベッドに倒れ込んだ。疲労感が全身を包む。
「はいはい、靴脱いでちゃんと寝てね」
……へいへい。
俺は言われた通り、ちゃんとベッドに横になった。しかし、神経が立っているせいか、すぐに眠れる感じではない。
「あれま、寝そびれた?」
遅れてベッドに潜り込んできた鈴木が、そう言って小さく笑った。
「まぁな。こんな日もあるさ」
俺は鈴木をそっと抱き寄せた。
ここは異世界初心者の街。24時間営業である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます