第3話 作戦開始
「おいおい、マジかよ……」
一週間後の週末、いつもの手順で初心者の街に入り、さっそく斡旋所に出向いたところ、指名依頼があった事と関連資料がファイリングされた分厚いクリアホルダを渡されたのだが……。
いつもの喫茶店で資料を見ていくうちに、俺の顔色が明らかに青から白に変わっていくのが分かった……。
「どうかされましたが?」
タマがニコニコ笑顔で問いかけてきたが、俺が黙って資料を見せると、その笑顔を凍り付かせて固まってしまった。つまり、そういう内容だったのである。
簡単に説明すると、敵も重装甲戦闘車両を持っている。T34/85というWWⅡの傑作洗車と呼ばれた逸品だ。さすがに時代遅れも甚だしく、サシで勝負したらレオパルト2の圧勝だろうが、これが百五十両以上確認されているのである。数で押されたらさすがに厳しい。
「どうした、便秘か?」
程なく現れたのは、俺の頼もしいカミさんである鈴木だ。ああ、結婚を機に三木姓になっているが、分かりにくいのであえて鈴木と呼ぶ事にしている。
「便秘じゃねぇよ。これ見てみろ……」
ファイルされた情報を見ていくうちに、鈴木の目はのほほんとしたモノから、自衛隊員のそれに変わっていった。
「これは戦争になるわよ……この(航空戦力保持の可能性あり)っていうのも気になるし、今回はまともな支援は出来ないわね」
「ああ、ストライクイーグルを空戦仕様でセットアップしてくれ、これは本間が来たら言うが、ハリアーも空戦仕様でセットアップしてもらうつもりだ。制空権を確保しないことには、何も出来ねぇからな」
制空権とは、作戦上空を完全に味方が掌握しているかどうかの事。航空兵力によって戦況は左右されるといっていい。ここを押さえないと、地上は身動きが取れなくなってしまう。
「分かった、知り合いの戦闘機乗りにも声をかけてみるよ。地上の編成は任せた」
任されてもなぁ……。
「話しは聞かせて貰ったぞ」
喫茶店のカウンター席から、チーム『漢』のリーダーがやってきた。
「相手がT34と聞いたら黙っておられん。この前の借りもあるしな。こちらの総兵力は、ティーガー四両、ティーガーⅡが二両、パンター七五両、Ⅳ号超砲身がピタリ百両だ。遅れを取る事は無かろう」
……んな、バカデカいパーティーだったんかい!!
マジで、ちょっと小さめの国一つの防衛を担える兵力です。はい。
「あ、ああ、十分だが、誰が仕切るんだ。そんな大所帯?」
「漢」の目は真っ直ぐ俺を見ていた。おいこら!!
「今回の依頼はお前の物だ。お前が仕切るのが筋だろう」
うぐっ、そこを突かれると……。
「決まりだな。作戦を考えよう……」
こうして、異世界にきて初めての大規模作戦は開始されたのだった。
作戦の前線基地となったのは、依頼主である少年の村近くにある草原だった。
いきなり百両を越える戦車の来訪に、盗賊の手を逃れた村人たちは当然のごとくビビりまくっていたが、理由を知っている少年だけは村に挨拶に向かった俺に頭を下げた。
「本当に来て頂けるとは……」
慌てた様子で少年の両親と思しき男女がすっ飛んできた。
「あ、あの、まさかとは思いますが、この子の依頼で?」
「ああ、そうだ。依頼を受けた以上は、しっかり仕事はやるから安心してくれ」
俺の言葉に、男性が恐る恐る聞いてきた。
「この子には、本当に子供の小遣い程度しか渡していません。とても、冒険者に依頼できるような金額は……」
「そうだなぁ、銅貨三枚って聞いた時は、逆に清々しさを覚えたな」
小さく笑みを浮かべてやると、両親は顔面蒼白になり、何度も申し訳ありませんと頭を下げた。ちなみに、冒険者への依頼は大体金貨三枚からというのが相場だ。
依頼の金額は、その冒険者に対する評価のバロメーター。銅貨三枚なんて言ったら、叩き殺されても文句は言えないだろう。
「大体の事情は聞いている。最初から、多くは望んでいないさ。物好きな冒険者がいたって不思議じゃないだろう?」
俺はそう言い残して、村の外に向かっていった。大型テントの設営はすでに終わりに差し掛かり、炊事班がいい匂いを立て始めていた。
「あの……」
なにか手伝うかと大きく伸びをした時だった、後ろから声をかけられ、俺はビビって思わず仰け反ってしまった。
「生き残りの村民全員でサポート致します。出来る事は、遠慮なく申しつけて下さい!!」
全部で六十名はいるだろうか。これだけいれば、不足している歩兵戦力に……。
「危険だけど、やってみるかい?」
俺はダメ元で声をかけてみたのだった。
相変わらずCVの俺たちの後ろには、泣く子も黙る強力な戦車群が続いていた、レオパルト2、ティーガー、ティーガーⅡ、パンター、Ⅳ号……なんでこんな事に。
同じ編成のもう一隊があり、正面から敵アジトに向かっているはずだ。これは、陽動部隊。正面から抜くように見せかけて、左右に分割した別働隊がアジトを叩く本命である。
定石通りだが、こちらを放っておくわけにはいかず、少なからず戦力を割かなければいかないわけで、結果として戦力分散効果がある。
『こちら、ポイント……』
指揮通信車となっているCVには、各地点に散った村人たちからの連絡が飛び込んで来る。そう、本当に引き受けてくれたのである。このお陰で、戦車隊の安全度が一気に跳ね上がった事は言うまでもない。
『四十キロ先で機影四確認。戦闘攻撃機と推定。本間とインターセプトに向かう!!』
鈴木の声が聞こえ、機影こそ見えないが遠雷のような爆音は聞こえた。しかし、戦闘機まで持っている盗賊団ねぇ。どれだけ稼いでいるんだか……。
『ポイントAの戦車十両が動き始めました』
『ポイントBの……』
(以下略)
よし、食いついた。合計100両近いT34がこちらに向かって移動を始めたようである。
CVはレオパルト2の後ろに隠れるようにして、横一列に並ぶ隊形で草原を突き進む。そして、砲撃戦が始まった。
こうして、後に「フラットレー村の嵐」と呼ばれる戦いの幕が、切って落とされたのである。
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