碧空に沈む
平方和
碧空に沈む
すっきり呑み込めなくて、頭に引掛かった単語があった。咀嚼するのにタイムラグがあった。いつもなら目的地に着くと、文章の途中であろうときっぱりと本を閉じ、ドアへと急ぐ。だが今日読んでいた本には、余程強く興味を惹かれたのだろうか。ここまでの数十分間さえ何処かへ消し跳んでいた。
それでも駅名は、どこかで耳に入っていたのだ。しかしアナウンスされた音声と、下りるべき駅の名との照合が間に合わなかった。ドアは閉じられた。車輪を転がすモーターの始動を、微細な震動から意識していた。窓からの風景と駅名は、その頃になって漸く意識の中で一致しようとしていた。
ぼくは立ち上がらなかった。下りるべき駅はゆっくりと加速して、下手へと退場して行った。昼近い街の風景が次第に眼前に拡がりつつあった。座席が暖かかったからだ、などと自分に言い訳をしていた。
次の駅で降りればいい事と軽く捉えていた。クライアントとのアポイントメントの時間にはまだ余裕がある。だが列車が駅に滑り込む時、このホームの様子がうっすらと記憶に浮かんだ。記憶に添う様に、反対側の扉が開いた。禄でもない時にだけ勘が冴える。そうだった、この駅は両側にホームのある構造だった。ひと駅戻るだけの為に、一旦ホームを降り通路を経過して、逆のホームへ昇らなければならない。
日差しの溢れるホームへ再び上がると、喉が乾いてしまった。ホームの時計は十一時過ぎを指していた。鞄のベルトにぶら下げてある腕時計を見ると、平然と七時三十分などと表示していた。冬の日に、数日出歩かないと時計は途端に蓄電圧が不足する。それでも時間だけは忘れない筈だった。
四時間も気を失っていたとは、余程低電圧だったのだろう。ぼくは駅の時計を見乍ら、腕時計のボタンをまさぐった。時間、分と合わせると表示は年月日に移った。十二月、二十九日、と来て曜日までは合っていた。だからデータを変えずにボタンを押し続け、表示を進めた。
戻りの列車はまだ来そうも無かった。自動販売機で缶珈琲を入手した。プルタブをねじ切り、口に運んだ。ホームの窓から望める駅からの風景に目を遣った。そう、この高架の下を行き、その先の交差点を直進するとやがて道は緩い上りになるのだ。窓で区切られた眺望は、坂から向こうを青空に没していた。
二度と近づかないと決めて、意識から消してしまった駅だった。たまさかこの路線に乗り合わせてもここを経過する時には、本から顔を上げず、駅名のアナウンスさえ耳に止めなかった。ぼくの意識の中だけで勝手に、準急のダイヤをでっち上げていたのだ。
その機能がひと駅早く起動してしまったとすれば、それはこの時々居眠りする、とぼけた古い腕時計の影響だったのだろうか。ぼくは無遠慮に視線を落としていた。高架の駅だったから、道行く人々の視線には捉えられないという安心感があった。
学生時代の長い期間をここで過ごした。けれどここを去って五年、今更ぼくを見咎める知り合いなど、考えてみればそうそういない筈だった。せいぜいがあの道の先にある酒屋の、オバサンくらいだろうか。
例えばこの駅の高架下にあるスーパーマーケットへ三日と措かず出掛けて来たとはいえ、沢山あるレジのどのオネエサンがぼくを覚えていただろうか。それよりは週一回必ずジンジャーエールを買いに行ったあの酒屋の方が、顔馴染みらしい会話があったかも知れない。スーパーマーケットから受け取り日毎溜まる一円玉を、揃えてここで出し財布の嵩を減らすのも、いつか習慣となった事だった。
けれど結局ここでの暮しには、良い記憶が残っていない。それは彼女だって同じだったろう。街に拒まれる気がしていた、と言う言葉にはぼくも同感だった。ぼくがここを去って、この街はやはり彼女を拒んだという結果を残したのだろうか。
屋敷町ではなかった。ファミリーの町でもなかった。小さな部屋を持つマンションやアパートばかりが、幹線道路を挟む表皮の部分に密集していた。大きな公園とマラソンで有名な大学があって、学生に好まれる街だった。だからだろうか、女性タレントが隠れ住んだ。このタレントはやがて自殺し、スキャンダルとなったものだ。
十代の終わりには、誰もが抱く親許を離れたいという欲求。地方都市の学生は都会の学校を選ぶ事を、その目的に利用する。かくて住まいを探す春に、この街を選ぶ連中がいて、この街の人口はまた流動する。彼女もそんなひとりだった。
ここが東京での暮しの始まりだった、と彼女は言った。この街ですれ違う多くの若者が同じだったろう。住いを決め、起居を始める。その時、この都会にアンカーを沈めたのだ。そこから積み重ねて行く日常。それこそが都会の人間となる地歩だった。
けれどこの場所に、そんな広範な嗜好を満たす様なものがあったのだろうか。ぼくにしてみれば、学生生活に必要な鉄道路線を辿り、家賃の相場の折り合う場所にたどり着いただけのことだった。高架の駅を出て、交差する道を辿り坂を下り、この街を見い出した。
ドアを閉じれば誰もが独りになる街だった。隣の部屋から輪郭の暈けたテレビの音がしていた。何を見ているのかを知ろうとして、チャンネルをザッピングしてみた事があった。それが判れば隣の住人の性格の一部でも伺えるかと思ったのだ。だが暈けた輪郭に合致する番組は見つからなかった。
そんな淋しさを訴えると彼女は乾いた声で笑った。冗談と取り違えられる事ではない筈だった。ここは独りで暮らせるひとだけが住み着ける街なのか、と思った。自分を弱いとも思った。
掌の缶は、内容物が減る程に冷えた。車内で読んでいた本の噛み砕けなかった言葉が甦った。深い意味のある単語ではなかった。スラップスティックな描写について行けなかっただけのことなのだ。簡単な筈の言葉に、マスクが掛かっていたらしい。そこまで判っても、その意識の紗を取り除けなかった。
若葉の頃に公園で彼女と会った。駅からも、スーパーマーケットの側からも、大学の脇からも入り込める大きな公園だ。ぼくら地域の住民は、あらゆる方向からここを横切り、自分なりの生活の通路として認識していた。
彼女は部屋から大学へ行く近道をここに持っていた。ぼくはアルバイト先から部屋へ戻る為に北端を横切るだけの通行者だった。だから彼女とは、一カ所だけルートの交差する場所がある。それを知って、この公園で待ち合わせをした。
いつもの様にそつのない笑顔で、彼女は挨拶をした。譲り合ってベンチに座った。屋外で過ごすのも快適な、シーズンが始まっていた。植え込みに小さな花の揺れる一角を見つけ、彼女はトートバッグから小さなカメラを出した。軽いシャッター音を響かせてスナップショットを写した。
脇で見ていたぼくに気づいて、これが好きなんでしょ、と彼女は言った。トートバッグから今度はジンジャーエールの缶が出てきた。季節を先取りした様に暑い程の日で、喉の乾きも覚えていたからそれが嬉しくて、結果としてつい雄弁になった。
話題が流れるうちに、イラストレーターになりたくてね、と柄にもなく夢を語った。部屋には様々な画材で描いた絵が無造作に積み重ねてある。当時は時折、思い着いては絵筆を握った。地元の高校ではデザイン科だった。だが上京して入った大学は経済学部だった。
描きたい色彩や構図は、明確にひとつの方向を示していた。けれどそれは商業的なイラストとして、不特定多数の嗜好に合うものではなかった。一度見せてくださいね、と彼女は言った。ぼくは曖昧に頷くしかなかった。
ぼくの中では既に、自分と夢との距離感を把握出来る段階になっていた。だから進路についても堅実な方向を模索し始めていた。仮にイラストの仕事を軌道に乗せるとしたら、この画風に合う企画を持つ会社にコンタクトを取らなければならない。そんな風に事を運んで行ける様な人脈に繋がらなければならない。ぼくの方も制作のスケジュール管理を厳密にしなければならなくなるだろう。それを制御できる誰かを身近に置けるだろうか。
まるで月に行く程難しい夢なんだ、とぼくは言った。距離は正確に計れても、実際にあそこまで飛んで行くロケットなんてもうないだろ。
夕暮れは早く、仕事場は直ぐに陰ってしまう。僅かに光量が落ちただけで、視野に捉えられる情報量がまるで落ちる。あらゆる物の固有の色彩さえも、寒さによって発色が鈍るのだろうか。
手許に置いたプリントアウトの、印刷状態を確認したいというのに、仕事は遅滞を来した。文字を形成する小さな黒点をルーペで覗くと、そのドットのひとつ一つに色が滲んでいる様な気もしてしまう。
灯りが必要な程暗い事に、気付くのが遅かった。おずおずと立ち上がって、スタンドライトのスイッチを押した。手暗がりにすっかり弱くなったと自覚するしかない。小さなモノクロ写真には柔らかな布のドレイプが写っていた。
彼女が涙を流したのは早春のキャンパスでの事だった。視線を追うと、遠い一隅にあるスカーフが目に入った。おそらくは傍らの誰かがひとときそこに置く為に、手すりに緩く結んであった。朝から吹いていた風が、その裾をなびかせた。
その動きが、故郷に残して来た犬の振る、尾の動きに見えたという。親を疎ましく思ってはいたが、長く飼った雑種の中型犬だけは離れ難かったのだ。機嫌の良い時に見せる尾の動きの、細部に至るまでが似ていると言い、微笑んでいた彼女は、やがて思わず涙を流した。
前年に出逢った頃には、顔を見覚え・見覚えた事を意志表示するなどという付き合いの深め方などしたくないそぶりだった。目が合えば、その度ごとに初めて出逢ったかの様に、そつない笑顔を返す様にしていた。
けれど向かい合って食事などする様になると、話題はいきなり抽象的になった。どんな風に生きて行けばいいか、考えた事ありますか。そーゆー話は、酒でも呑んで気分がゆったりした時にしようよ、ぼくは話題の転換に就いて行けなかった。
周囲に気を配らずに歩む様な彼女の話題の展開は、ぼくには鉄骨だけの建築の梁を歩む様に感じられた。踏み外すとそれきり、埋め様のない誤解に落ち込みそうな時があった。
あの頃、君に感じていたあの危うさは、何だったのだだろうか。周囲の誰かの誤解に落ち込んだとしても、脇で見ているぼくが彼女を見限る事など無かった筈なのに。
ホームへ出ると、日陰には居られない。暖を求めて日溜まりを選ぶと、脚は屋根の途切れる先頭方向へと辿って行き、しかも前方の線路寄りの末端に立ってしまう。午後の早い時間、今日も快晴だった。
頭上遥かな上空から端を発して、目先のあたりまで伸びる細い筋雲がある。視野に捉えられる空間ではあたかも、まっすぐに墜ちて来たかの様だ。まさかおそらく高度は変わらないのだろう。遠い風景ほど縮小されて見える原理を、垂直方向だけに援用して解釈出来ると思う。
視野の低い場所には昼の月が薄い姿を浮かべていた。飛行機雲はその傍まで伸びていた。惜しい事に軌道は僅かに右に逸れていた。到達は出来なかったらしい。
そんな話は月へ行くよりも難しいと、軽口を叩いてしまった軽薄さを今になって悔やんでいる。ぼくは彼女のアパートの二階通路にいた。隣の一軒家が接近していて通路は涼しい日陰になっていた。
その数日彼女は電話に出なかった。だからぼくはアルバイトの休日に、出掛けて行った。日差しのきつい午後だった。路面の照り返しで汗まみれになっていた。日陰のない路地ばかりが続いて、漸く辿り着いた場所だった。
張りのある靴音を響かせて外階段を上った。並びの部屋のドアはどれも閉ざされ、辺りは静かだった。彼女の部屋のチャイムを鳴らした。軽い金属音は確かに響いた筈だった。けれど何のレスポンスも無かった。
三度試みて、ぼくは諦めた。通路の屋根と隣家の軒の隙間から空を仰いだ。太陽がフレームアウトしていると、空は無垢の碧だった。
カメラマンになりたい、と彼女は言っていたのだ。あの頃にはまだ、女性カメラマンは珍しかった。デザイン関係の知識があるぼくは、近い世界に踏み込まれる事を、どこかで実は鬱陶しく思ったのだ。
それで前回の休日に会い、酒などを呑んだ後では、少し出過ぎた口を利いてしまったのだ。オマエには難しいよ、そんなの月へ行くよりも無理だね、などと。親しくなる事が、そんな暴言を許す事と同義である筈は無かった。そんな事も理解出来ていない程のガキだったぼくが、エラソーな口を利いたものだ。
彼女は畳の上でテニスボールを弄んでいた。右手と左手の間でボールを転がしていた。早い間隔で反復する左右の動作は、やがてその両手の間であやす犬の頭でもあるかの様に見えて来た。
その場で彼女がどう反論したか、イイ気のぼくは覚えてもいない。それどころかその後、どうやって自分の部屋へ帰ったのかさえ、記憶が怪しい。
あの日、屋根と屋根の隙間から見た紺碧の色だけが記憶に残っている。夏が終わるまで、とうとう彼女に会えなかった。そんな淋しさを味わって過ごし、秋にはぼくがあの街を去った。
月に行き着けなかった飛行機の跡は、時間を経るに従って張りが緩んだ。フリーハンドのパステルの線の様に味のある弛みを帯び、やがて輪郭がぶれ始めた。都心行きの特急はまだ到着しない。
クライアントとの確認作業が終わった。これでもうこの思い出に繋がる路線に足を踏み入れる事もなくなる。そう思うと逆に、あの街を見ておきたいという欲求が募って来た。たったひと駅なのだ。歩くにも遠くはない。
好奇心なのかノスタルジーなのか、結局ぼくは欲求に正直に従った。幹線道路を真っ直ぐ行けばいい。クライアントの社屋を出るとぼくは歩き出した。
初めて歩く道だった。けれど街の様相は不思議に似ていた。整然とした区画割りのおかげなのか、幹線道路と日差しの作る図形が、記憶している街と相似形だった。この道はあの道に通じている、とぼくは確信していた。
全く不安を感じないままに進むと、道は見知った寺の脇へ通じた。そこで左折し、あとは寺の塀沿いに坂道を下れば良かった。冬の早い夕暮れは既に始まっていた。太陽は坂道の正面に降下しようとしていた。けれどその陽光は思いの外強かった。この木枯らしの中でさえ、正面から受ける光線は顔面に熱い程だった。
足を停めて街路を見回したのは、この裏道に本屋があるのではないか、と思ったからだ。この店とこの店の間に小径がある筈だった。目印とした店に間違いは無かった。もうひとつの店もある。けれどその間に小径が無かった。
この奥にあった本屋とはどんなものだったか、その辺りの記憶が曖昧だ。追求しようとすると、脳内の不安定なエリアに踏み込んでしまう。
この街を離れてからの歳月に、幾度もここを歩く夢を見た。あの店はそんな夢で見たのだ。それが実際の土地勘に割り込んでしまっている。明らかなノイズだった。正確な筈の記憶にさえ、あやふやな部分が出来てしまう程のインターバルというものが、歳月にはあるらしい。
考え込み乍ら、手は無意識に電話機を耳に運んでいた。いつかこの街角に立ち止まって彼女に電話をした。あの時のぼくが今のぼくにオーバーラップしていた。顔を見覚えて・挨拶を交わして、それだけでは満たされなくなった時、ぼくは思い切って彼女に電話をしたのだ。
この場所だった。彼女の友人から貰ったメモ用紙にある番号を押して、電話機を耳に当て、ぼくは呼出音を数えていた。突然の電話がどう思われるか、不安ではあった。けれどどうしてもそれを乗り越えたかった。悲しみさえ感じる程にぼくは彼女を求めていたのだ。
言葉に掛け渡した細い鉄骨を踏み外し、虚空に陥ってしまったのはぼくの方だった。月へ行くより難しい事などと言う暴言。今や月へなど容易く行けるのだ。あらゆる事はそれより余程容易な筈じゃないか。同じ場所で重なり合う発色の鈍い五年前のぼくに、その事を伝えてやりたかった。
質感をうまく表現した布の商品写真は、クライアントが採用し、ぼくに支給して呉れたものだった。今日までその撮影者の名前は判らなかった。今日、最終確認を終えて、その後の雑談の中で、ぼくは意外な名前を聞いたのだ。
あの早春の日、風に翻るスカーフを捉えた同じ視線を、彼女は温存し今回の仕事に使ったのだ。それは見事なセンスだった。
寺沿いの道は下り終えると線路をくぐる。さらに直進するとその先は今度は緩やかな上りになる。夕暮れはまもなく落ちようとしていた。背後の街路は既に蔭の中だった。そこまでの距離に、この熱い程の日差しを惜しんで、寝ぼけた腕時計を向けた。日差しを受けられる角度を保って、押さえ乍ら歩んだ。 (了)
碧空に沈む 平方和 @Horas21presents
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