自己犠牲
ネコ エレクトゥス
第1話
地球滅亡の日は迫っていた。人類は宇宙に望みをつなぎ、総力を尽くして宇宙船を建造し地球からの脱出を試みることとなった。しかし問題は山積していた。いったい何隻の宇宙船が建造可能なのか。そこにはどれだけの人間が乗れるのか。健康で出産可能な若い男女が優先されるべきだろう。しかし専門知識にたけた科学者や技術者は当然乗り込まなければならない。船内での生活維持のために医者や法律の専門家も重要になってくる。そして語り継がれるべき人類の知恵を身に着けた人たち、音楽家や宗教家といった人たちも中に含まれるべきなのかもしれない。そして生活のためには人間だけではなく食料や人工的な自然といったものも備えなければならない。といってそれらすべてを持ち込めるわけではないので多くのものが候補から脱落するだろう。しかしそれ程の備えをしても本当に人類は約束の地に辿り着けるのだろうか。
そしていよいよ脱出の日はやって来た。だが驚くべきことにそれまで脱出計画の中心を担ってきたアメリカ人が宇宙船に乗り込まないことを告げる旨の合衆国大統領声明が発表された。
「より多くの国々の人たちが宇宙船に乗り込めるよう我々アメリカ人はこの脱出計画より身を引くことをここに表明する。思い返してみれば我々アメリカの歴史は世界中の人々の平和と生活の安定のために全てを捧げてきたのだった。その先人から伝えられた精神を我々は受け継ぎ、貫きたいと思う。願わくは船団が約束の地に辿り着き、その時に我々のことを少しでも思い出していただけたら幸いである。では乗員の諸君に輝かしい未来が訪れるように。」
この声明には世界中から最大限の賛辞が寄せられた。特にアメリカと対立関係にあった国々からの反応は大きかった。
「アメリカ人の人類愛がこれ程までに深いものだと今になってやっと気づかされた。」
「そうとも知らずにアメリカに反発していた我々をぜひ許してほしい。」
「このアメリカ人の自己犠牲に最大の敬意を払い、もし我々が新たな地に辿り着いた時にはその地を『アメリカ』と名付けることをここに誓う。」
「あなたたちアメリカ人の魂は間違いなく天に昇るだろう。」
出発者たちに涙の枯れぬ者はいなかった。そして全人類挙げての『星条旗よ永遠に』の大合唱の中宇宙船団は旅立って行った。
大統領「行ってしまったか。しかし我々には関係のない話だ。どうせ我々は牛肉が食べれなければ生きていけない。」
補佐官「しかもあそこまで可能性の低いことに全てを捧げる程我々は馬鹿ではないですからね。」
大統領「そんなことよりフットボールの中継はまだ始まらないのか?」
おまけ:『地球外知的生命体からのメッセージ』
ある日それは本当にやって来た。科学者たちは持っている全ての知恵を動員してその解読に取り組んだ。しかし解読は容易ではなかった。というのもそのメッセージが「空白」であったから。これはもしかすると地球に対する最後通告なのか。全人類がざわめきだった。
その頃宇宙のどこかで地球外知的生命体たちは、彼等の時間で『4分33秒』の間「音楽」を楽しんでいた。
自己犠牲 ネコ エレクトゥス @katsumikun
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