第4話 弟子の好物のアップルパイ
さて、とミズガルーズ国家防衛軍に所属しているヤク・ノーチェは、自宅の台所である準備をしていた。台には、薄力粉やバター、砂糖などが用意されている。これから作る、とあるお菓子のための前準備といったところだ。
彼は先日、世界を巡り国々の平和を監視するという、重大な任を請け負った。その任務は長期に
「……私も、甘くなってしまったものだな」
そんな誰にも聞かれない愚痴をこぼし、作業に入る。
まずはパイ生地作り。今回もそうだが、作るパイ生地は即席のもの。バターを重ねて練りこむものではない、フィユタージュ・ラピッドと呼ばれるものだ。バター200gを冷蔵庫から取り出してすぐの状態で、ダイス状にカットする。そして再び冷蔵庫の中に入れ、保存させておく。これは生地を作る際に、バターが溶けないようにするためだ。この時に冷水130ccと塩2gを混ぜたものを作っておき、同じく冷蔵庫で冷やしておく。
フィユタージュ・ラピッドはもとよりパイ生地すべてに言えることだが、焼く前のパイ生地は、練られた生地とバターが、交互に折り重なった状態となっている。そこに熱が入ることでバターが溶けだし、その空間に空気の層が出来上がる。この空気の層が、所謂パイ生地のサクサク感の正体だ。焼く前にバターが溶けてしまっていては、その層が作られるための空間がなくなってしまう。
ちなみにこのフィユタージュ・ラピッドは、水分が多いクリームや果物と合わせても食感が失われにくい。なので、お菓子に作る以外にも惣菜パイとして使われることも多い。
ボウルに薄力粉120gと強力粉120gをふるい入れる。そこに冷やしておいたバターを入れ、混ぜ合わせていく。ここで注意しなければならないのが、生地を捏ねすぎないこと。さらに手で合わせようとすると、体温がバターに移り溶けだしてしまうため、スケッパーで切るように混ぜ合わせることを推奨する。
粉類が、バターをまぶしたような具合になったら、よく冷やされた冷水を入れる。少しずつではなく一気に入れて、ざっくり混ぜ合わすことがポイント。
そしたら台に置き、ひとまとめにする。この際バターが塊の状態で残っていても構わない。ラップで生地をくるんだら冷蔵庫で30分~1時間以上、生地を寝かせる。
十分に寝かせた生地を伸ばして、折りたたむ作業をしていく。台に打ち粉用の強力粉をまぶし、生地を置く。生地自体にも強力粉を薄くまぶしたら、麺棒で伸ばしていく。最初生地を押しつぶし約1cm程の厚みにしたら、長方形に伸ばす。
生地を三等分に折り込んでいく。奥側から手前に、手前の生地を奥に折ったら裏返す。そして90度生地を回転させて長方形に伸ばし、再びラップでくるんで1時間以上寝かす。
冷やされた生地を取り出し、先程と同じように伸ばす。押しつぶしては伸ばし、三つ折りにしたら裏返し、生地を90度回転させる。そして再び伸ばして三つ折りにしていく。三つ折りを2回したところで、冷蔵庫に入れ1時間以上冷やす。この工程をあともう1セット行う。簡単な覚え方として、三つ折り2回の計6回。2回三つ折りにしたら冷蔵庫で1時間を3セットと考えると、混乱がなくなるはず。
前準備はここまで。とにかく生地をしっかり寝かせたいと、ヤクはアップルパイを作る際は前日に生地を作っておくのだ。
そして翌日。
寝かせていた生地を、タルト型より少し大きめに伸ばす。薄くバターを塗っておいたタルト型に生地をあわせ、焼く前に再び1時間以上冷やす。生地をタルト型にカットしたときに出てきた、余った生地も捨てずに再び伸ばしておくこと。
リンゴのフィリングを作ってしまおう。
リンゴは3個ほど使用する。皮をむいて、3~4mm程にスライス。温めた鍋にバターを50g入れ溶かしたら、スライスしたリンゴとレモン汁を大さじ1入れ煮詰めていく。火は強火で。しばらく煮詰めて水分が飛び、リンゴがきつね色になってきたら、グラニュー糖50gを2回に分けて入れ、カラメル色になるまで煮詰める。最後にシナモンを適量振り入れたら火を止めて、しっかりと冷ましておく。
冷蔵庫から取り出した生地にフォークで穴をあけ、その上に、冷ましておいたキャラメリゼしたリンゴのフィリングを敷き詰める。その上に、格子状に飾り付けるるために取っておいた、余りの生地をカットして被せるように生地を置く。縁が剥がれないように、卵白をのり代わりとして薄く塗っておくとよい。そして最後に艶出し用として溶いた卵を、生地全体に刷毛で薄く塗る。
オーブンは200度に予熱しておき、35分ほど焼く。表面に焼き色がついてきたら、焼きすぎ防止にアルミホイルを被せ、さらに10分追加。心配なら、時々様子を見ても良い。
焼きあがったアップルパイから漂う甘い香りが、台所を優しく抱きしめる。このままケーキクーラーで冷まして完成だ。
その日の夜、キラキラした目でアップルパイに齧り付く弟子を見る。相変わらずいまだ幼さが抜けない面があるが、それでも彼が幸せそうなら構わないか。そう一人思った師匠である。
舞台裏のお料理事情 黒乃 @2kurono5
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