第11話 お誘い
7月の中旬、暑さと蝉の五月蠅さが日に日に増していく中、いつも通り通学路をいつも通りに歩いていた。こんな暑い中、いつも通りをいつも通りとして行えることがとてもすごいことなんじゃないかと思てしまう。その中にいつもとは様子が違う人を見つけた。
「おはよう。青葉さん。ため息なんて珍しいね」
「おはよう。橘君。なんだか暑くて参っちゃって」
笑顔で答えながら青葉夏菜は手で顔を仰ぐ仕草をする。顔が赤い。
「そういえば、ため息つくと幸せが逃げるって話聞いたことあるんだけど」
「それ前に私が言ったやつじゃん」
むっとした表情でこっちを見る。
俺はそれに挑発的な笑顔で応える。
「ちゃんと吸い込むよほら」
そう言って深呼吸を始めるがすぐに顔をしかめ、すぐに弁明する。
「なんだか空気がむわっとしてて」
日光を受けたアスファルトはとても熱く、遠くを見ると蜃気楼が立っていた。
「夏は苦手?」
「んー、苦手じゃないけど得意ってわけでもないかな。ただ、ここまで暑いと勘弁してほしいーって思っちゃうけど」
確かに今日はとても暑い。今年に入って一番暑い日になりそうだと天気予報でも言っていたし、最近は熱中症への注意喚起も様々なところで見かけるようになってきた。いろんなところで夏を感じるから余計に暑く感じてしまう。
「青葉さんって名前がすごい夏っぽいよね」
「それみんなに言われるけど夏が好きとかは全然関係ないよ。この名前は好きだけど」
「俺もいい名前だと思う。涼しそうで」
そうでしょっ。と得意げな顔で答える姿が夏だなと改めて感じさせる。
「最近はもう夏!って感じでほんと雨降らなくなったよね。橘君は雨好き?」
「どっちかって言うと好きかな」
「じゃあ、あんまり降らなくなって寂しい?」
「…いや、寂しくはないかな?」
そうあんまり寂しくはない。だってあれ以来雨は降っていないから。
「それに今年の夏は少し好きになれそうだし」
「えぇーほんと?私もこんな暑いの好きになってみたいな」
「いや、暑いのが好きなわけじゃないよ」
「え、そうなの?」
「そうだよ」
「じゃあなんで?」
「なんとなくかな?」
本当にただなんとなく。
「へんなの」
彼女の微笑む姿を見て自然と俺も微笑んでしまいそうになる。そんな自分に恥ずかしさを感じる自分もいたりして、らしくないなと思いつつもそれが心地いいと思ってしまう。本当にらしくない。
最近、青葉夏菜と話す機会が多くなったし教室まで2人で歩くこともたまにある。それでも誰にも何も噂されないのは青葉夏菜が誰にでもああいう風に接しているからなんだろうな。と思うと青葉夏菜の人当たりの良さをさ確認する。
輝いて見えるものは遠くから眺める分にはいいかもしれないけど、近づけば近づくほど自分の影が濃くなっていって人としての差を見せつけられてるみたいだ。勝手に思ってるだけだっていうのは分かってるけど、人間そう思わずにはいられないよな。
「世知辛い」
「ん?何か言ったか?」
ただの独り言にも反応して言葉をかけてきてくれる優しい親友。村田優斗。
「何も」
「なんだよ。せっかく青葉嬢と仲良く登校してきたってのにテンション低いな」
「だからだよ」
「だったら俺と変われよなー」
「…」
「おい、シカトするなよ」
「…」
「おい」
「…ごめん、なんの話だっけ」
「はぁ、まぁいいけど」
「ため息つくと幸せが逃げてくらしいぞ」
「お前にそんなこと言われるとは思わなかった」
「別に信じてるわけじゃないけどな。ほら、吐いた分は吸わないと」
「信じてないんじゃないのかよ」
そう言いながらも優斗は思いっきりよく吐いた分の息以上に吸い込み思いっきり咽た。
申し訳ないなと思いつつも少し笑ってしまう。
「人を笑いものにしてんじゃねーよ」
「いや、そんなに吸い込む必要なかっただろ」
「はぁ、誰のせいでこんな」
「あ、幸せが...」
「分かった分かった。それはもういいよ」
珍しく俺がウザがられてしまった。いつもなら俺が優斗をウザがるところなのに。
まぁ、たまにはこんな日もあるかと感じるくらいで自分のちょっとした変化に気づけるほど素直にはなれなかった。
この天候のせいか教員生徒ともにどこかやる気がない。ただこなされる退屈な授業に一段落ついた頃、お昼を告げるチャイムが鳴るとようやくみんな活力を取り戻した。
俺は昼休みになるなり弁当を取り出した。
早く食べて寝て午後の授業のために英気を養いたい。
「そろそろ夏休みだけどどうする?」
優斗が当たり前のように俺の目の前に座る。
こいつも今日は弁当のようだ。
「どうするって?」
「夏休みといえば祭り、海、プール、キャンプとかイベント盛りだくさんじゃん」
「特に何もないな」
「寂しい男だな」
「そんなお前はどうなんだよ」
「特に何もないけど?」
「悲しい男だな」
夏休みの間にすることといっても特に何もない。課題やって、適当にしたいことして、妹と弟を祭りに連れて行く。これが毎年の恒例になっている。自分でも全然青春っぽくないなと思いつつも惰性で毎日を過ごしてしまう。
「青葉さん誘ってみようぜ」
「何に」
「祭りに」
「正気か?」
「最近仲良くなってきたしイケる。ちょっと誘ってくる」
親指を立ててドヤ顔をきめて颯爽と席を立って行った。
「さすがに女子たちと行く約束してると思うけど」
俺の言葉は届いていないようだった。
優斗は青葉夏菜がいる女子グループへ行き話しかけている。今までのあいつなら青葉夏菜のことを遠くから眺めるだけであまり関りを持ったりしなかったのだが、今回は熱心に誘っているようだった。しかし、どうやらダメだったようで優斗が肩を落としながら戻ってくる。
「だから言っただろ」
「2日間のどちらかでもって誘ったんだけどどっちもダメだった」
この町の祭り2日間開催される。日によって催し物や出店の内容も変わったりするので祭りに参加する人は結構多い。
「それにしてもよく誘ったな。普段のお前ならこういうこと誘ったりしなさそうなのに」
「んー、確かに。でも最近絡んでみて青葉さん案外普通の女の子だなと思ったら普通に誘えた」
「そんなもんか」
たまにこいつのこういうところが羨ましく思う。一度知ってしまえば物怖じせずにいけるところ。
人間ないものねだるもんだ。
俺がこいつのことを羨ましく思っていることがなんとなく癪なので、こいつも俺のことをどこか羨ましく思っていたらいいなと思う。
こうして来る夏休みについてあれこれ話しているうちに授業開始5分前の予鈴が鳴った。
結局、俺は午睡できずに午後の授業を迎えることになった。
何とか迫りくる睡魔を我慢し午後の授業を耐え抜いた俺は、清々しい開放感に溢れていた。
不思議なことに授業中は眠くて仕方なかったのに終わった途端に眠気がなくなる。
帰り支度を終えたところでスマホが振動する。内容を確認すると同時に優斗が話しかけてくる。
「一緒に帰ろうぜ。もうこのまま2人で祭り行くか?」
「まだ言ってるのかよ。あいにく、もう一緒に行く相手は決まった」
なんだよと愚痴る優斗を横目に俺はスマホをそっとポケットにしまった。
熱中症には気をつけないとな。
恋心メイズ つか @tukatukatuka22
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