知らない街で見かけた空き地での奇妙な寸劇

かたち

知らない街で見かけた空き地での奇妙な寸劇

私の悪癖とも言える習慣。知らない駅で降りて、知らない街をいつも通り歩いていたら不思議な情景に出会った。

今時そうは見かけない某青だぬきロボットアニメに登場するような空き地に二人の男女、どちらともに中学入ったばかりのあどけなさ、彼らは空き地の中央にただ置かれている一つの扉を境に立って何やら寸劇を行なっている。何か不思議な情景はないかと考えて普段歩き回る私にはうってつけの情景。私は二人の寸劇の邪魔にならないように空き地に入り空き地周りを覆う家壁にもたれる。寸劇を行う二人の友達とも言える男女グループは空き地の中央に横たわる寂れた土管から二人の様子を滑稽そうに眺めながら、自分たちの空間に侵入してきたおとぼけた風体の私を奇妙そうに見つめた。

「鍵さえ、鍵さえ開けてくれれば、僕は今すぐ君をニューヨークに連れていってあげる」

通りから左側に位置するまんまる眼鏡を掛けた男の子は先ほどからニューヨーク、ニューヨークと叫びながら開けたところで何の意味もない扉をどしどし叩き、ノブを回している。何やらその扉が開ければ願いが叶うご様子ではあるが、一体何が何であるのか土管の友人たちの様子を伺うまでもない。何故扉を開けたらニューヨークに連れていくと述べる眼鏡くんであろうか。某青だぬきロボットアニメに似た空き地、何の意味もないただ空き地に空虚に置かれるピンク色にペンキで塗られた扉(年代物であるようでペンキは所々禿げているし穴開いている箇所あり)、黄色い長袖に短パン。そこから導き出される答え。恐らくあのアニメに登場する超高性能の扉と思い込んでいるというのが一番だろう。

「ニューヨークに行きたいんじゃないの。お風呂の話をしていたのよ。それに扉に鍵なんて掛かってないわ。何度言えばわかるのよ」

鼻をツンと高飛車に振った女の子は赤いセーターに紺色の長いスカート。まったく迷惑そうに振る舞うがそれならばこの寸劇から離れば済むわけで、私は二人の男女の関係性、この場の意味について深く考察をしたい気持ちが湧き上がってきた。

二人の友人達は意地の悪い笑顔を浮かべ眼鏡くんを眺めている。

「僕は鍵さえ開けてくれれば良いんだ。鍵さえ開けてくれればっ!」

「うるさいっ!」

堪忍袋の緒が切れたのかなんと驚いたことに高飛車ちゃんは古びれた扉を奥、眼鏡くんのいる方へ大きく強く開けた。もちろん眼鏡くんは扉に負けて飛んでいく。友人たちの歓声は大きく響く。

「何度やれば気がすむの。この扉に鍵なんかなくて、当たり前のように開く。あなたはニューヨークにはいけない。そんな服まで用意しちゃって。夢は叶わないわよ。気づいてね」

哀れみの表情を浮かべて述べる高飛車ちゃんは扉の向こうへと帰っていく。行為こそ厳しい高飛車ちゃんであるのだがわざわざこのような下手な寸劇に付き合っているのだからやさしい性格なのであろう。眼鏡くんが羨ましい。

それなのによほどニューヨークに行きたいのか、現実を知っても眼鏡くんはゆったりどっそり立ち上がり再び扉の前に行き扉を叩き始めた。先ほどとまったく変わらない様子で。

友達は大笑い。高飛車ちゃんは呆れ顔。眼鏡くんは再び真剣にドア叩く。

その後何度も同じことが繰り返された。眼鏡くんがドアを叩き続ければ高飛車ちゃんがドアで眼鏡くんを飛ばし。眼鏡くんがドアを叩き続ければ高飛車ちゃんがドアで眼鏡くんを飛ばし。余りに何度も繰り返し続けてようやく眼鏡くんは

「分かっていたんだ。このドアでニューヨークに行けるわけなんてないって。幾らピンク色のドアに黄色いシャツに短パン履いても僕には青ダヌキがいないんだから。

それでも、それでも、せざるをえないじゃないか、だって、だって…」

と地面に項垂れた。

「まぁ謝るしかないのよ。叶わないぶっ飛んだ夢、あなたの現実。何かを受け入れて明日胸を張って生きるって男らしいと私は思うわよ。本当よ」

眼鏡くんを慰める高飛車少女は茶目っ気たっぷりらしくぼろぼろピンク扉の中央、眼鏡くんの腰あたりに位置するパカパカ開く穴から項垂れた眼鏡くんを見つめている。しかしあの穴を見ているとピザを食いたくなるなぁ。ちょうど良い長さだろ、三十センチ。いやもうちょっと短いぐらいか、うん。

「しかし僕には裸踊りなんて…。風呂でも踊ったことないのに…」

眼鏡くんも高飛車ちゃんも土管の上に男女グループのドンとも言うべき風格の男の子を眺める。ドンの横のキツネっぽい男の子は本当に良いものを見るようににっこり微笑みながら

「残り三十分しかありません!」

と叫んだのは彼ではないがキツネくんの胸元に抱える電子時計のタイマー(時間はどんどん減っている)は三十分を切った。何処からか聞こえた余りにタイミングの良い声はお惚け様相でキツネくんの横にいる女の子は笑いを押し隠そうと必死に声を殺している。

「おい、もう諦めるか? 今太郎がやってることより楽勝でしょ、裸踊りなんて。まぁでも、今諦めれば靴下ぐらいは許してやんよ」

太郎が本名らしき眼鏡くんは詳細は知らないがニューヨークに行くというホラでも吹いてえらいことになっているご様子。しかし幾らお勉強代とはいえうら若き中学生が裸踊りなんて一生の傷に残る案件だろう。私の趣味ではないが一つ此処は大人として仲裁してあげよう。私は彼らの元へ近づいていく。先ほどから不遜に佇んでいたおっさんが近づいてきたため、土管にもたれていたガンを飛ばした時代外れの学生服を見に纏う男の子が私を止める。

「おっさん、なんですか。見てればさっきから俺らのほうガン見して、キモいですよ。僕たち楽しく遊んでいるんで」

「しかし裸踊りなんて酷いじゃないか」

「裸じゃありません。靴下は履かせます」

土管の上に座るドンはムッとした顔を浮かべて反論、にもなっていないが。

「君たちがどのような約束をしたか知らんが一大人として君たちの行為を止める義務が私には…」

「めんどくせっ。おい洋二、康介。それに太郎も。場所移そうぜ。変な虫なんか相手してらんないし」

「話を聞きなさい」

私はドンの肩を掴む。ドンは冷ややかに立ち止まり、呟く。

「おっさん。喧嘩売ってるんですか」

そうして気がつけば夜。私は土管の中で気絶していたようだ。身体中が軋む。

「これは酷い」

私は夜風冷たい土管の外に出るとボロボロピンク扉は木っ端微塵に破壊されていた。

「ラーメンでも食べよう。こんな寒い夜風じゃ」

喧嘩なんてしたことないから別に大の大人でありながら中学生らしき少年たちに負けたところで気にしない。しかし私はあの後太郎、眼鏡くんがどうなったのかだけ気になった。嫌な目にあってなければ良いが。私は空き地を出てその街から自宅へと戻ろうと歩き始めた。しかしポケットの財布がない。ラーメンはお預けだ。交番にでもいって電話するか。あと窃盗被害もね。大人を舐めてもらっては困るのだ。



もちろん何の証拠もなくお金も帰って来ず痛い目をあったこの前の街に懲りずまたわたしはあの空き地周辺を歩く。たとえ如何であろうとも一つお話を聞いておきたかったのだ。

「あっ」

「どうも」

てきとうにぶらんぶらん歩いていると部活帰りらしい背中にラケットを背負った高飛車少女に出会いわたしがノックアウトされてから一体なにが起きたのか教えてもらう。

高慢少女によると眼鏡くんは翌日あの時の面々が通う市内中学校内グラウンドにて靴下を履いた裸踊りを見事踊りきったらしい。此れは男の約束だから破れないと高慢少女の制止を振り切っての演技は学校中様々な意味で大騒ぎだったらしい。

「ニューヨーク、行くんですって」

停学処分を下された眼鏡くんはお見舞いにいった眼鏡くんの自室にて以前とは違う男の顔を浮かべて決意を述べたそうだ。今はお金もなくて、弱くよろけた僕に直ぐにニューヨークには行けないけれど、高校生になったら僕なりにバイトしてお金貯めてニューヨークに行く。とにかく行くと。

「そりゃあ良かった」

私は何故か胸がすかっとする感触を覚えた。あの眼鏡くんは何か新しい一歩を進めたらしい。たとえ如何であろうとも一人の人間の大切な瞬間に立ち会えたようで私は幸せな気分になった。

「では彼とお幸せに」

「彼氏じゃありません!」

顔を真っ赤にして腕をぶんぶん振り回す高慢少女に微笑ましいものを感じながら本当にこの街の縁をやり終えて去る。もう此処は少しだけ縁のある街。もうこの街は私には遠い。私はてきとうにぶらりと降りた駅から電車に乗り自宅に帰る。私は空きに空いた夕方漂う普通電車の座席に座りこの街のいたって普通の町並みを眺めながら思う。もうこの街を歩くことはないだろう。それでも私はこの街を通過するときに思い出すはずだ。眼鏡くんが一つ大人に近づくに必要だったあの奇妙な寸劇を。

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