うるさい声

『S.O.S、S.O.S。私です。私が必要です。あなたはあなたでなければなりません。緊急事態です。今すぐ私を示しましょう。そうでなければあなたは直ぐに生命を失います。失います』

うるさい。私は自宅二階自室の窓から雲をみていた。青い空。空気の摩擦で、悪い存在に消されなかった雲は海から山をいくつか越えて盆地に属する私の上空にその姿を見せる。

本当にうるさいのだ。別に私は雲をみなければ首を吊って死ぬような性癖を携えているわけでないし、みなければならない使命も現在携えていない。それでも私はぼーとベットにお腹を出して寝転び窓を通して空が目に映っている。ぼけーとした空。

なんの意味がなくとも、そのような時間が自分にあることで私は満足する。とっても大切。それなのに先ほどから私の頭には雑音が響いている。邪魔。私は立ち上がり一つモノを声に出したいと考えたんだけれども、この声の主など存在せず私の頭の中で響いているだけだ。

私は叫ぶ。スプリングの入ったベットを叩く。この気持ち、暴力をふるいたい気持ち、相手の顔をぶん殴りたい気持ち。反発の感情、一体どこに持っていけばいい?

私は相手など存在しない反抗的態度に浸かることがむなしくなりベットに倒れる。スプリング効果で私は少々跳ねる。

『S.O.S、S.O.S。私です。私が必要です。あなたはあなたでなければなりません。緊急事態です。今すぐ私を示しましょう。そうでなければあなたは直ぐに生命を失います。失います』

また聞こえた。此れで何千回目。何億回目かもしれない。嫌な気持ち。でも嫌だと呟くには私は余りに弱過ぎる。

この言葉に負けてしまう。大嫌いなのに、私はただぼーとしておきたいだけなのに声は毎日、毎時間、毎秒私を攻め立てる。こうでなければならないと話し出す。

「死ね」

私は声に出して私の感情をうるさい存在に示したけれど、今私がいる空間に響いた声は私ぐらいしか聞いていない。誰かに聞かれたとしても変わらない。父も母も弟も皆同じような声に苛まれているのだろうか。

「なぜ、なぜ」

私は死にたくなった。生きていくことは本当に難しい。どうして私は私なのに、私の頭の中では私であること、なにかにとっての私であることを請求されなければならない。嫌いだ。そのような言葉、死ね。

『S.O.S、S.O.S。私です。私が必要です。あなたはあなたでなければなりません。緊急事態です。今すぐ私を示しましょう。そうでなければあなたは直ぐに生命を失います。失います』

本当に何もかも関係ないのだ。私は嫌になるけれど、死にたくなるけれど、殺したくなるけれど、この声は何をしようともいつでも私に唱えられる。だから、だから、だから私は私にならなければならないのだ。嫌だけど。

「死にたい死にたい死にたい」

この言葉は私の独り言。なんの意味も持たない未来に伝わらない戯言。しかし呟かなければ私は生存を認めることは出来ないだろう。たった一つの肉体を携える私はその肉体と精神と知性と思想を認めて存在している。なにか一つ、私の一つもこぼすことなく生きていかなければならない。

『S.O.S、S.O.S。私です。私が必要です。あなたはあなたでなければなりません。緊急事態です。今すぐ私を示しましょう。そうでなければあなたは直ぐに生命を失います。失います』

あぁ、本当にいや。あなた、あなたの言葉さえなければ私は幸せに生きていけたのに。

『S.O.S、S.O.S。私です。私が必要です。あなたはあなたでなければなりません。緊急事態です。今すぐ私を示しましょう。そうでなければあなたは直ぐに生命を失います。失います』

認めなければならないのだろう。

『S.O.S、S.O.S。私です。私が必要です。あなたはあなたでなければなりません。緊急事態です。今すぐ私を示しましょう。そうでなければあなたは直ぐに生命を失います。失います』

生きなければならない。

生きなければならない。

生きていかなければならない。

『S.O.S、S.O.S。私です。私が必要です。あなたはあなたでなければなりません。緊急事態です。今すぐ私を示しましょう。そうでなければあなたは直ぐに生命を失います。失います』

さよなら、私。私は私になるから私は私を携えていても私は私に傾注できなくなるから私とともに生きられない。私は好きだった。私が好きだった。

だからさよならを言うよ。挨拶がなければ良い世界は送れないからね。私のせめてもの気持ちだよ。

「さよなら、わたし」

『S.O.S、S.O.S。私です。私が必要です。あなたはあなたでなければなりません。緊急事態です。今すぐ私を示しましょう。そうでなければあなたは直ぐに生命を失います。失います』

わかっているよ、死ね。私はベットから立ち上がり本と黄ばんだティッシュとスナック菓子の袋と水蒸気が中にべたつくペットボトルとその他様々なものにまみれた床を越えて部屋の外に出た。私の部屋には誰もいない。空は先ほど変わらず青い空に白い雲が漂っていた。







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かたち小説素描 かたち @katachikatachi123

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