脱出ゲームは思いやり
達見ゆう
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「くそっ!あと少しなのにっ!」
男は必死にドアを叩いていた。ビジネスホテルにあるような典型的なスチールドアだ。男の腰の辺りには横25センチ、縦5センチの穴がある。いわゆる新聞受けだ。
ドアの外には女がいて、どうするべきかと戸惑っていた。叩く音が止んだ時に新聞受けの穴にようやく気付き、しゃがんで内部の様子を見ようとしたその時。どこからか大音量のアナウンスが聞こえてきた。
「あと三十分しかありません!」
「なんてこった。あと三十分でゲームオーバーなのか!おい、ミサ、外から何か開ける手掛かりないのか!」
ミサと呼ばれた女は扉を調べながら答える。
「とにかく、こちら側から扉を調べるわ。だからダイスケは闇雲に叩くのはやめてよ。ルール違反で失格になったら賞金がパーになるわ。」
そう、ここは脱出ゲーム「クラッシュ」の会場。男女一組で密室に入り、部屋から制限時間内に脱出できたら賞金がもらえるものだ。
ただし、クラッシュという名前のイベントではあるが、ドアを物理的に破壊すると失格になるというルールだ。
二人は部屋の仕掛けや暗号を解き明かし、ようやく開いてミサが出た瞬間、ドアが突然閉じてしまい、再びロックがかかってしまったのだ。
「あー、ちくしょう。あと三十分で本当に開くのか?暗号はともかく、解除に使ったアイテムは使い捨てだったから手順の再現はできないぞ。」
「文句言う前に考えなさいよ。時間切れになったら失格だけではなく、恐ろしい罰ゲームが待ち受けてるのよ。」
「うう、そうだった。あれはさすがに避けたい。どうすればいいんだ。」
ミサはため息をついた。恐ろしい罰ゲーム、それは部屋に悪臭が立ち込めるというものだった。命には別状ないとはいえ、スカンクのガスの三倍の濃度を部屋いっぱいにくらうなんてごめんだ。
ドアの穴から部屋を覗いてみるが、別段手掛かりはない。先ほどまでいた仕掛けだらけの窓のない密室。いや、厳密にはドアの穴があるから密室ではないか。ダイスケはドアのそばから離れ、おろおろとした顔でせわしなく動いているのが見える。
手や指は入るから、周辺に落ちている金属棒や針金などのアイテムを拾って手渡すか、せめて不安を和らげるために手を握ってあげるべきか。
…待てよ、自分は外にいるから彼を置いていって一人でゴールできるのではないか。そんな考えがよぎる。
このままだと、臭いガスが部屋に充満する。そうするとドアの穴からもガスが抜けるのは明らかだからダイスケほどではなくても、自分も相当の被害を受けるだろう。
時間はあと10分を切った。迷う時間も仕掛けを解く時間ももはや無い。
よし!置いていこう!
ダイスケにはあとで謝ればなんとかなるだろう。いや、賞金を獲得しても見捨てたことを罵倒するかもしれない。それなら別れるまでだ。なあに、賞金はちょこっと渡して手切れ金にすりゃあいい。クックック。
すっかりダークサイドに堕ちたミサは周りを見渡した。すると「ゴール」と表示されたドアがあったので開けた。
そこはさきほどまでダイスケといた部屋にそっくりだった。ガチャリとロックがかかる音。そして再びアナウンスが聞こえた。
「はい、失格です。」
えっ?!
「正しい解除で出れば二人でゴールとなります。」
正しい解除ですって?
「部屋の中にはプラス、外にはマイナスの電流が微弱ですが流れておりまして、一人が外へ出た後ドアの穴から手を通して中の人と手を繋ぐなり触れば電流が繋がってドアロックが正式に解除となるのです。」
なんと。
「相手を少しでも思いやって手を差しのべるなり、なんでもいいからアイテムを手渡していれば電流が繋がって開いたのですが…ここに一人でいるということは中の人を見捨ててきたということですね。」
だから、外には金属モノばかり落ちていたのか。そして、確かにダイスケを見捨ててきた。
「ちょ、ちょっと待って。彼は自分はいいから先に行けと言ったのよ⁉️」
とっさの出任せを言うが、アナウンスは動じず続く。
「いえ、部屋の中には不正を防ぐためにマイクが仕掛けてあります。そんな会話は一切ありませんでした。」
しまった、ウソがバレたか。
「そういう訳であなたも罰ゲームを受けてもらいます。先ほどの部屋はドアポストから外の空気を吸うと言う救済措置がありますが、この部屋は完全な密室です。さらにウソをついたので、ガスの濃度は倍になります。」
え?…って言うことは。
アナウンスが終わると、シュウウという音が響き始めた。
私はどんどん濃くなる悪臭の中、イベントのクラッシュという名前はカップルの仲をクラッシュする方だったのか、悪臭によって精神がクラッシュする方だったのかぼんやりと考えていた。
脱出ゲームは思いやり 達見ゆう @tatsumi-12
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