『祈り』
痛みを半分にする。
それが俺のリンクスだ。
傷や病に伏せっている人に触れて痛みを和らげる。
半分の痛みを俺のモノにする。それは誇らしく素晴らしい能力だと思っていた。
「違う」
そう目の前の男が言った。白崎夏樹と名乗った男の目は、とても真っ直ぐで見つめられたら目をそらしてしまうぐらい、真っ直ぐな男だった。
「それは違う」
また否定をされた。
「人の痛みを半分にすることの何が違う? 誰だって痛くない方がいいに決まってる」
俺は怒るな、と心に蓋をしながら出来るだけ冷静に白崎に言う。
「間違いじゃない。このリンクスは本物の奇跡で幸福なんだよ」
先ほど重篤の老人から半分請け負った痛みに耐えながら俺は負けじと白崎を見た。
「リンクスは、ただの呪いだ」
芯の底から怒りが込み上げてくる。呪いではない祝福だ。与えられた使命で人を助けれるのだから、それで世界が回るのであれば、それが正解なんだ。
「呪いも願いも全て祈りでできている」
そんな問答に口を出す輩がいた。とても冷静な声音は安心させるようで不安にさせる気味の悪い横やりだ。
「雅」
白崎は、突然現れた男に視線を向けて名らしきものを呟いて、また俺を見た。
その顔を先ほどと打って変わり焦っているように見える。
「祈りだよ、夏樹。彼はずっと祈っているんだ。少しでも人間が幸せになりますように、と願っているんだ」
なんとなく理解をしてくれる人物が現れて俺は、少しだけほっとした。今のままでは白崎の気迫に押されて壊されていたかもしれない。
雅と呼ばれた男は、薄っすらした笑みを浮かべて足を地につけた。
地? そこでやっとこの男もリンクスであると気づいた。飛んでいられるリンクスなのだろうか。
言葉を無くした俺に雅は一瞥をくれてから白崎を見た。白崎も何か言いたげな顔をしていたが喉を少し鳴らしただけでそれ以上のことはなかった。
「君の能力はネコから聞いているから言わなくていいよ、大丈夫。君の思想も君の在り方も考え 方も僕は大丈夫、だと思うよ。それを貫ける勇気もありそうだし普通なら、ね。普通なら放っておくのがいいと僕は思う。僕はね」
饒舌に紡がれる肯定に俺は安心した。同時に「僕は」というのが引っかかる。
「アンタは?」
「あ、名乗るの遅れてごめんね。さっき夏樹が雅と言っていただろう? それでいいかと思ったんだけども僕はね天満屋敷雅という。魔法使いさ」
名前に突っ込むよりもリンクスが魔法使い? そんな万能と言われそうなリンクスなんてないはずだ。
夕闇の中に取り残された子供だけに渡される祝福が曖昧模糊で抽象的なはずではない。
「――こいつはリンクスじゃないからな」
黙っていた白崎が俺に言う。意味が分からないという顔をしていたからだろう。
リンクスでなければなんだと言うのだ。本物の魔法使い? ままごとや絵本に出てくるような魔法使いがこの世の中にいるのだろうか。
いやこの祝福があるのだから、もっと万能な存在がいてもおかしくない。しかしこの場面で出てくるのはなぜだ。
「君のリンクスは父親にあるらしいね」
ひくり、と胸が疼く。
「なんでも大病で痛みが酷く死ぬ時まで麻酔も効かず、それはそれは見てられない終わりだったと調べがついた」
演劇をやっているような口調で天満屋敷は言った。
「……親父のことでリンクスになったわけじゃない」
「そうだろうね」
天満屋敷は、俺と白崎の間に入りさながら三角形の形で落ち着き、白崎より俺に用があるようだ。
「俺のリンクスが悪いってのか」
「いいや否定はしない。さっきも言っただろう。君の思考思想在り方を否定しない。だけどね、 君の行動や言動、能力が人を次のステージへ繋げるかと問われると僕は困るね。なぜなら君のリンクスは一時的な処置であって根本的な解決に至らない能力だからね」
その通りだ。俺のリンクスは『痛みを半分貰う』というもの。身体でも精神でも痛みであれば半分貰うことができる。それは俺にとっても辛いことではあるが、辛い云々は俺は決めることだ。そこはいい。
「解決にって言ったが病人は少なくとも壮絶な痛みで死ぬことはない、心を病んでいる人なら自殺を少し遅らせることができる。これのどこが困ってしまうことなんだよ!」
「だから『遅らせる』だけなのさ。幼子が痛いを体験して成長するように人間は痛いを感じてステージを上る。上がりきるかは別として君の能力は『人生の試練』を潰しかねない万能とは言えない代物だ。そうだな、夏樹が言うところの『大きなお世話』という言葉に当てはまるだろうね」
天満屋敷は腕を組み、うんうんと頷き肯定しているようで突き放してきた。
「チャンスはあるんだ!」
「君の能力の発生原因は父親が『病死』して、その様を見ていた母親が『命を自らたった』ことによるものだ」
「……」
「残された君は色々考えたんだろうね。あんなに苦しみぬいた父親の姿と世話していた母親が心を擦り減らしていく様を。だから望んだんだろう?」
そこで天満屋敷は難しい問題を解くような顔をした。
「『ぼくが少しでも代わってあげられたら』二人とも死なずにすんだんじゃないか、と」
親戚たちが両親を、特に母親に対して無責任だ何だと言っていたのを俺は覚えている。そう、あの葬式、夕暮れ時の真っ赤な色の中、白と黒のコントラストで飾られた夕闇に俺は……。
「俺は悪くない、この能力も!」
心という部分からあふれてくる。この気持ちに間違いはない。助けた人たちへの後悔もない。そのあとの道筋を彼や彼女らが辿りついた場所がどこであれ俺は祝福する。
「……それが呪いなんだよ。お前は呪いを振りまいているだけだ」
白崎が絞り出す声音で言う。
「お前がやりたいことは分かる。でもそれは呪いだ。俺のも呪いだ。リンクスは呪いなんだ。お前が痛みを取り除いて生きることに希望をもった人間もいただろう、だけどな、そこで大きな痛みを受けなかった奴は……」
「また同じ痛みを受けた時、耐えられない、かい?」
言葉を必死に唱えていた白崎の最後を天満屋敷が引き継いで言う。
「僕はね、君の在り方を否定しない。けどね。人の成長を妨げる君が『これこそが祝福』と宣うことが相容れない。人が人であるには成長が必要であり苦難は成長の足がかりで達成こそ人たらん証明なんだ。ところで夏樹、なんで彼に『命令』しなかったんだい? それをせず説得させるなんて無理な話だよ、これは」
「……」
「だとしても!」
白崎を見た天満屋敷は困った声音だ。それに応えない白崎は苦虫を潰した何とも言えない顔をしていた。俺は叫ぶしかない。
「一回だけでも最大な痛みを感じて、俺が半分貰う、また同じ災難が起こったとして心構えができるだろうが!」
「でも君はいないよね?」
縋るモノを見つけた人間は永遠にそれを頼るよ? と事もなげに言い小さくため息をついた。
「さあ、夕闇の時間が迫っているよ夏樹。一言でいいのさ「もう誰の痛みを受け取るな」この言葉で彼は二度と人から痛みを貰うギフトを使えない」
「……勝手に話してんじゃねえよ、雅」
白崎は俺を見た。俺は白崎のリンクスを知っている。永続的な命令を下せる能力だ。
そうか俺は局に目をつけられていたんだろう。「なぜ」という言葉は出ない。俺のリンクスは祝福だからだ。局は能力を異端視し呪いと断罪するからだ。
「まだ、祝福だとお前は思うか」
「そうだ、俺のリンクスは祝福だ。痛みを半分でも乗り越える人間は強くいられる」
「……そうか。でもそれであの子は母親を殺したんだ」
「……そういう結末になっただけだ」
「わかった」
短い問答だった。日が傾き色が橙に変わっていく世界は、俺に問いかけているようで「本当にそれが正解だったのか」と。
「俺にできることは、これしかないんだ」
分かっていることだ。俺のリンクスの限界など。最初から分かっていた。そして白崎という人間が俺とコンタクトをとった意味も。
天満屋敷は黙っている。おそらく白崎の友人なんだろう。本当に魔法使いだと言うなら話に割り込まないし白崎を『説得』しない。
その言葉を紡いだ白崎の顔を俺はきっと一生忘れられない。だってそれは――
『生きろ、だがリンクスのことは忘れ、二度と使わない』
母が死ぬ前に「お前だけでも生き抜いて」と言った時の顔と似ていた。
掌編『夕闇の季節』 朶骸なくす @sagamisayrow
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