タローくんは死にたがり

西園ヒソカ

タローくんは死にたい


「ボクのことは、タローって呼んで!」


 高1の春、隣の席になった女の子は開口一番にそう言った。ボクという一人称もタローという名前も、どちらも一般的には男性のものだが、なぜだか違和感はなかった。「うん、わかった」そう言うと、タローくんはとてもいい笑顔をした。それを見たら、理由なんてどうでも良くなった。

 これがタローくんと私の出会いだ。


 タローくんは学校中の注目の的だった。なぜなら、一人称は「ボク」、呼称は「タローくん」なのに、話し方も仕草も制服も女の子のものだったからだ。目を惹く容姿であるということも起因しているみたいだったが、そんなことどうでもいいくらい私はタローくんに夢中だった。タローくんはなんでも知っている。タローくんはなんでも許してくれる。神様みたいな人だった。みんな、タローくんのことが大好きだった。


 高3の冬、私立の大学への進学が決定した私と、最難関の国公立を志望しているタローくんの間にさまざまな差が生まれた。タローくんの受験を邪魔するのは嫌だったので、私はそれらをすべて受け入れることにした。結果、タローくんは合格した。うちの高校から難関大学に行く生徒が生まれるなんて初めてのことだったから、みんなタローくんのことをもっともっと尊敬した。私はまたひとつタローくんのことがすきになった。


 春休み、タローくんが私の家に来た。そこでタローくんは、私にだけとびっきりの秘密を話してくれた。


「ボクね、前世の記憶があるんだ」


 びっくりしたけれど、タローくんなら有り得る話だった。


「前世のことは全部覚えてる。ボクは男性として生まれて、男性として育った。だからかな、今の性別に違和感があるんだ。嫌じゃないけど、本当のボクは前世のボクだから、」

「……だからタローくんはタローくんなの?」

「そう。前世のボクはね、普通の子どもだった。勉強も運動も、何もかも。だからあだ名は“太郎”だった。前はそれが嫌だったのにね。今ではタローが懐かしくて嬉しいんだ」

「全部覚えてるって、ほんとに全部?」

「うん。最初から最期まで」

「すごい! じゃあ、自分が死んじゃうときの記憶もあるんだ、それってなんだか、」


 ――怖いね。

 そう言おうと思った。でも、そのときのタローくんの顔は、今まで見た中で一番嬉しそうな顔をしていた。だから、言えなかった。言わなかった。


「そう! そうなんだ。実はね、死ぬって凄いことなんだよ。人間は死ぬために生きているってよく言うけど、それは本当だよ。死ぬっていうのは、この世で一番楽しいことだ。死んだことのない、――違うか。死んだ記憶がないなんてことは凄くもったいないことなんだよ。死ぬのはね、全然苦しくない、全然怖くない、何よりも気持ちいいんだ! セックスなんかする必要ない。あんなのただただキモチワルくてキタナイだけだよ。死ぬことには適わない。馬鹿げてる! セックスなんかする必要ない。死ねばいいんだ、本当に気持ちよくなりたなら!」


 私はタローくんのことがすきだった。タローくんはなんでも知ってて、なんでも許してくれるから。


「死ぬ瞬間ってね、くるしい、いや正確にはくるしくないんだけど、そのくるしさは本当のくるしさではなくて、死はすべてから解放してくれて、だからくるしくないんだ、くるしいって思った次の瞬間には、もうすべてがどうでもよくなって、悩みなんかなくなって、自分の体は落ちていくんだけど、自分のなかの自分は高く高く昇っていくんだ、その瞬間がね、いいんだよ、最高に気持ちいいんだよ、」

「……死ぬのって、そんなにいいことなの?」

「そうだよ。だからボクは死にたい。今すぐ死んでやりたいって、産まれてからこの18年間ずっと思い続けてた! でもね、死んでからは何もないんだ。真っ暗の中を1人で彷徨うしかない。最高の思いをするにはね、大きな代償がついてくるものなんだ。でもボクは考えた。だれかと一緒に死ねば、きっとおんなじところに行けるって! それなら寂しくないって!」

 


 ――死ぬのは怖くない。タローくんのそのことばが心によく響いていた。



「だから、ねえ、良かったらボクと一緒に死んでみない?」



 私は、タローくんのことがだいすきだ。

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