終幕、そして新たなる戦乱の兆し
リチャードとアンジェリーナが、一際高い建物の屋根に上がる。手近な建造物でこれだけは倒壊を免れたらしい。
フライアが白光を帯びる。対してゴスペルは蒼穹の光。互いに星のような眩さ。
詠唱は同時。姉妹機であるが故に持たされた、人と天使とが共に歩む為の力。
これなるは二機のエインフェリアル・インターフェースのみが為せる魔導の極致。
彼と彼女とが力を合わせて編み上げた、唯一無二の魔なる法。
「
これが、この二機を一機として完全に同調させることで具現する
故にこれは、後にゴスペルとフライアが、人類最高の権力の象徴とまで称されることとなる、その始まりの物語。
破壊と再生。その二つを司る、古代魔法を凌駕せし新生魔法。
狙いは機神。その頭部に位置した角。あのアンテナが星座の御印を外部から受信し、機体に適用しているのなら、次元の向こう側までも照準する霊障の眼ならば。
リチャードの眼は、その正体を仔細に見て取った。
暴けぬものはひとつとてなく。例外なく詳細を読み取る、神如き眼。
だが、その片方は先の戦闘で既に限界に達している。
「……っ、左眼が、見えない!」
「大丈夫。心配しないで。私があなたの眼になる」
そっと手を添えられ、狙いを補正される。
「左に一・二ミリ、コンマ五下げ……ジャスト」
「――悪いな。お前には世話になりっぱなしだ」
「あら、殊勝なこと。ならお礼を請求してもいいかしら」
「ああ、何がいい? 手製のトマトスープなら自信があるけど」
「生憎、しばらく赤い色は見たくないわ。そうね、デート一回なんてどう」
「天使様のエスコートか? お前、人並み外れてわがままだからなぁ。付き合ってやれるのなんて俺くらいなもんだ」
「自意識過剰よ。全く、私を好きならちゃんと態度に現しなさい」
「……お前な。そういうの、解ってるんならもっとヴェールに包んでくれよ」
「色んな女性を口説いてるの見逃してあげてるんだから、感謝してほしいくらいだわ」
「他の女性に冷たくしたら、お前怒るじゃねえか……紳士じゃないって」
「それは、まあ、時と場合によりけりなのだけど」
「そうかい。ならさっさと終わらせよう。マギーもエヴァンジェリンも、これ以上こんな地獄を見ていたくないだろうしな」
「そうね。同感よ」
地上に星が生まれる。どこまでも果てしなく光り輝くその姿が、荒廃した瓦礫のなかにあって誇り高く、人々に斯く在れと指し示す。
この魔法は単純な攻撃魔法の域に納まらない。過大な範囲規模を有しておきながらも、射程内において術者の意志によって破壊すべき対象のみを攻撃するという性能を持つ。
そして更に有する再生能力。これは対象における時間の逆行にまで手を届かせ、あらゆる不死性を〈それが生まれる前〉にまで回帰させて無効とする。
これにより、あの復元能力を突破しつつ、星座の御印との繋がりを引き千切る。
「聞き届けろ――お前に訪れる〈死の福音〉を!」
二人の口からあの叙事詩が紡がれる。同時、ゴスペルの外部フレームが展開。
「呼び覚まされた血潮はやがて凍てつく火を放ち、戦乱の先を駆けよと唱えた。
死を告げる天使は地に墜ち、その羽根を自らの血で染め上げ、人に飼い慣らされた。
戦士は曇り空の下、怒れる眼に戦の灯火を映して行進する」
〈始まりの一族〉アインファウスト。その血を受け継ぐ者のみが、その勇気を光に変える力を持つ。
「親愛なる我らが聖父よ。どうか迷える子らに征くべき道を指し示し、醒めぬ迷いより解き放ち給え。我は救済の導き手。福音を告げる代行者。善なる悪を世に敷く者」
そしてその勇気こそが、人に与えられた力の極みなれば。
「旅路が問う。汝らいずこより来たりて何処へ向かうなりや。
善悪の彼岸より訪れる物語が、いつか我に追い付くまでと。
星が紡ぐ光を頼りに、我は悠久の旅路を往く者なりや。
これは贖罪の道。裏切りの代償。咎を濯ぐ救済の旅。
やがて全ての魂が救われ聖父の御許に召されん事を。
詠唱に伴い、ゴスペルと互い違いにフライアの引き金が弾かれる。この叙事詩を紡ぐにあたり、これこそが本来の姿。
「なればここに神韻を告げ、汝の終焉を執行する。
死に往く者に安息を。生ける者に祝福を」
互いの空いた手を繋ぎ、声を合わせて。偉大なる蒼の聖印と、熾天使の光翼を背に。
「――トリガー:オフ。救いをこの手に。迷いし心に安らぎの火は灯り、
〈慈悲深き者よ、今永遠の死を与える――〉」
白亜の極光が二挺の銃口から迸る。
機神を貫いて戦艦をも撃ち抜き、極光は伸びやかな軌跡を夜空に描き出す。
曇天にまで届かせた光が、やがて夜明けを示す太陽を覗かせた。
機神が頽れ、自重に従い膝をつく。港湾区上空に浮かんでいた戦艦は動力に不調を来し、着水して沈黙。ブレイダブリクを焼き焦がす炎でさえ、その残光から舞い落ちる粒子によって掻き消えて。何もかもが、たった一撃で終わりを迎えていく。
静寂に包まれた街のなかで、力を使い果たしたリチャードをアンジェリーナが支える。
魔導器からの光が収束するにあわせ、ゴスペルと完全に同調していた彼も意識を失ったのだ。
あれから二週間。街の復興は魔導によって培われた医療と建造技術も手伝って見る間に進み、全てとは言えないまでも生活に支障が出ないほどになった頃。
意識を取り戻して復調したリチャードは、皇宮に招聘されて足を運んだ。
玉座の間、並び立つ議員や軍上層部の錚々たる顔ぶれの先に、マーガレットが待つ。傅くと。
「リチャード・カルヴァン。其の方の今度の英雄的行動により、このユーフォリアの首都ブレイダブリクは無事復興への道を歩む事が出来ています。その事を評価し、あなたに正式な魔導技工士の資格があると考え、これを贈呈致します」
「身に余る光栄。謹んでお受け致します。陛下」
立ち上がると、マーガレットが勲章を胸に飾る。その際、彼にだけ聞こえる声。
「ふふ。おめでとうございます、兄さま」
「……ありがとう、マギー。でも、どうして。資格は課程を修了しないと」
「暫定的なものです。理由はこれから解ります」
そう微笑して、元居た場所まで戻ると。
「国家認定を受けた魔導技工士は、国からの正式な依頼を受けて行動する事が可能である。よって、国境を跨いでの任務遂行もこれを認めることとする。
リチャード・カルヴァン。其の方に最初の依頼を言い渡します。
海を渡り、オーガスタ・キンバリーへ入国し、事件の真相を調査して下さい。
これによって必要とされる援助は惜しみません。今回の事件、あれ程の規模を誇る戦略兵器を簡単に運用出来るとは思えません。
従い、中央大陸の王家、アインファウスト家にもその旨お伝えするように」
「……陛下」
「あなたも自分の生まれと向き合う時が来た、という事です。この任務はあなたが請け負うべきもの。良いですね?」
何かが動き出している。運命の歯車が回る気配を感じて、リチャードは力強く頷いた。
熾天使たちの聖造物 デン助 @dennsuke
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