大切なあなたに、言えなかった言葉を

穂乃華 総持

 もう一度、会えたら・・・

 自分の書いたものが面白くない。

 文字の羅列が言葉になって、言葉の羅列が文に。文の羅列が文章になっているだけ。

 まったく面白く感じない。


 もともと一人遊びが好きだった。

 本を読むこと。空を見ること。目当てもなく、走ること。

 幼稚園をサボって行く、午前中の公園は楽園だった。

 ほんとうは幼稚園のために作った、母のお弁当。それ持って、お気に入りの本を持って。青い空が大きく見える所まで、駆けて行った。

 本に夢中になって、滑り台すべって、ブランコやって、意味もなく草のなかを走って。

 一人で食べる、お弁当。

 母のお弁当は、いろんなものが入ってた。

 今ならわかる、心配だったんだと。

 週に二日くらいしか、幼稚園行かなかったから。

 みんなと同じことをするのが嫌いだった。話すのが嫌いだった。先生の言うことを聞いて、いい子でいるのが嫌いだった。

 だから、母は毎朝、笑顔で言って興味を持たそうとしてたっけ。

 今日のお弁当はハンバーグだよ。〇〇ちゃんはもう行ったよ。今日はバスで行こうか。

 公園よりも近いのに。停留所、一つだったのに。手を繋いでバスに乗って、流れる景色と、行き交う人を見てた。

 自分とは違うものを、相容れぬものを。


 小学校には行った。

 ほんとうは出来るんだ。

 みんなと同じこと。話すこと。先生の言うことを聞くこと。

 勉強だってできる方だった。きっと先生は、素直でいい子だと思ってたはず。

 母は集団登校の待ち合わせ場所まで、一緒に来てた。

 行ってらっしゃいと手を振る姿は、いつもその風景と重なる。

 母に見送られて行った小学校は、小さな学校。まだ再開発前、マンションもビルもなく、空と校庭だけが大きく見えた。30人もいないクラスで、浮くこともなく、みんなに溶け込んでいられた。

 それでも、ほんとうは大っ嫌いだったんだ。

 大好きだった公園も、行かなくなった。

 友達がいるから。一緒に遊びたくないから。何をして遊ぼう、なんて言われるのが大っ嫌いだった。

 一人で部屋に閉じこもって、宿題して、本の世界に隠れてた。

 もう外の世界を見たくないから。

 学校でいっぱい見てきたから、もういいんだ。

 それよりも、自分の知らないこと、見たことのないものが書いてある本の世界のほうが面白いもん。

 自分では、うまくやれてるつもりだったけど、母は心配だったのかな。

 一緒に買い物いこうか、〇〇ちゃんと会ったよ、〇〇ちゃんは水泳やってるんだって。

 よく話しかけられた。

 それに、うわの空で応えてたっけ。

 毎日、毎日、本の世界に閉じこもって。


 小説を書くようになったのは、高校生の頃。

 これを書きたい、あれを書きたい、なんてなかった。

 ただ、それを仕事にできれば、誰にも会わずにいれるかなって。

 毎日、毎日、パソコンに向かって、駄文を重ねてた。

 薄々は、わかってたんだ。

 自分には才能なんてないって。

 だって、他の人が面白いと思うものが、まったくわからなかった。

 自分の世界は他の人と違うって、ぼんやりと気が付いてた。

 こんなの他の人には面白くない。

 わかってた。わかってたけど、書き続けてた。

 2000年、この世界なんて終わればいいなって思いながら。


 いつの間にか、大人になってた。

 母はもういない。

 安心して、会社には行ってるから。

 これでも人付き合いできるんだ、うまくはないけど。

 仕事だって、まぁまぁ出来るほうだと思われてる。

 会議だって、ちゃんと出てるよ。自分が作った数字を説明して、今後の展望と目標なんてものを無難に話してるから。

 それでも、会社なんて大っ嫌いだけどね。

 飲み会なんて、特に嫌い。

 飲みたい人だけで、勝手に行ってくれればいいのになって。

 いつも隅のほうに座って、勝手に飲んで、勝手に食べてる。話しの中心なんて行かないもん。話掛けられれば話すけど、ただ時間が過ぎるのだけを待ってる。頃合いをみて抜け出して、一人になれたときには、ほっとして気が抜ける。

 やっぱり他の人といるのが、好きじゃないんだ。

 自分が傷付きたくないから、自分の深いところには触れさせないし、他の人の深いところにも入っていかない。

 上っ面だけの付き合い。

 通勤の電車で、会社の人と会ったときは、もう憂鬱。

 本に夢中で気が付かないふりしているのだから、挨拶なんてしてくれなくてもいいのに。

 何を話していいのか、わからないから。

 そっとしといて、放っといて、コミュニケーションなんていらない。

 あなたとは違うから、異質だから、普通じゃないから。

 あなたの世界とは、別の世界の生きものだから。


 最近、通勤電車で人身事故と聞くと、つい思ってしまう。

 また自殺か、いいなぁって。

 家族も、周りの人も気にせずに死ねるって、いいなぁって。

 まじめに、やばいのかも。

 そうわかっていても、そう思う気持ちは止められない。

 死ぬのなんて、怖くないから。

 あんなもの、テレビと同じ。パチッと電気が切れて、真っ暗になるだけ。

 霊魂なんてない。幽霊なんて、いないよ。

 だって、母の幽霊に会ったことないから。

 幽霊がほんとうにいるのなら、あの優しかった母が会いに来ずにはいられないでしょ。

 今なら素直に言えるのに、大好きだったよって。

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