最終回 そしてそれから……


 「いいぞー! 樫野高校!」

 「おめでとうー!」

 「最後まで盛り上げてくれたなー!」

 「見せ付けてくれるやないか! 島の支配者アイランドルーラー!」


 篠を抱えたまま水面まで浮かび上がると、観客達から拍手と大歓声が沸き起こっていた。

 俺がスタジアムで大歓声を浴びるのはこれで最後だし、十分に賛辞を浴びておこうと思う。


 「大丈夫か? 溺れてねぇか?」

 「……うん。だ、大丈夫、だよ」


 琵琶湖に飛び込んだ衝撃で、風寅のお面がオデコの辺りまでズレ上がってしまっていたので、慌てて位置を直している。

 お面の下の素顔は真っ赤に染まっていたので、初めての樫高名物は余程恥ずかしかったのだろう。 



 ……俺達二人は服を着たまま飛び込んだので、篠を抱えたまま泳ぐのは無理だった。

 そういや服を着て泳いだ事も、人を抱えたまま泳いだ事もねぇのに無茶し過ぎだったな。


 先に飛び込んだ霧姉達が助けに来てくれて、それでも船の縁まで戻るのに手間取っていると――


 『おうえんしてくれたみなサン、ざんねんですがわたしたちは、まけてしまいまシタ……』 


 ジュディーさんのマイクパフォーマンスがスタジアムに響き始めた。

 俺の位置からは見えないのだが、進行役のオッサンからマイクを奪ったみたいだけど、少し様子がおかしい。


 『それにきょう、わたしはかまれてしまいまシタ。ほんとうならゾンビになっている……しんでいるところでシタ』


 マイクパフォーマンスというよりも、静かに胸の内を語っているという口調だ。

 普段と違う雰囲気を感じ取ったからなのか、大いに盛り上がっていた観客達も一転してシンと静まり返り、ジュディーさんの言葉に耳を傾けている。


 『ゾンビハントもどんどんむずかしくなってきていマス。いままでのスタイルでたたかっていては、しあいにかてないだけではなく、すぐにいのちをおとしてしまうでショウ……』


 シュネルスキーさんとエマさんが俺達を一人ずつ順番に引き上げてくれている最中も、ジュディーさんは淡々と語り続けているのだが……なんだかスポーツ選手が引退発表をする時みたいだと感じているのは俺だけだろうか。


 「……ジュディー、まさかハンターを辞めるなんて言わないよな?」


 霧姉も俺と同じ事を感じていたみたいだ。

 俺達を全員引き上げた後、ジュディーさんのもとへと歩み寄った。


 『そうではないデスよ、しょうばいじょうずサン。スタイルのもんだいデス。これからは、おうえんにきてくれたおきゃくサンに、たのしんでもらうためのゾンビハントはむずかしい、ということデス』


 なるほど、そういう事か。

 激化の一途を辿る今のゾンビハントだと、今までのジュディーさんみたいに『魅せるゾンビハント』を披露するのはとても厳しい。

 これからはより勝負に拘りたいと観客達に宣言したかったのだろう。


 『おとうさんがおしえてくれたゾンビハントは、きょうかぎりでふういんしマス。デュアルパイソンのなまえもすてて、いちからでなおそうとおもいマス』

 「ジュディー……。じゃあ、辞めないのだな? これからもゾンビハントを続けるのだな?」

 『とうぜんデス。うふふ、わたしがゾンビハントをやめるはずないでショ?』


 ジュディーさんは柔らかい笑みを浮かべている。

 そりゃそうか。死を覚悟したその瞬間でもゾンビハントの事を考えていたんだ。

 辞めるなんて言い出すわけねぇか。


 『きょうからは、うまれかわったつもりで頑張りマス! みなサン、これからもおうえん、よろしくおねがいしマス!』

 

 ジュディーさんが観客達に向けて手を振ると、スタジアムが大きな拍手で包まれた。


 いやー、めでたしめでたしだなー。

 なんて思いながら、観客達と一緒になって拍手を送っていると、ジュディーさんがこちらに歩み寄って来た。


 『……ユウマも、あたらしくうまれかわったわたしのこと、おうえんしてくれマスか?』

 「ああ、勿論だ。応援くらいはするぞ。これからも頑張って――」

 『きゃぁー! よかったデス! みなサン、ききまシタかー!』


 怪我していない右腕を俺の肘に絡ませてロックすると、再び観客達に向けて語り始めた。

 な、なんだ? そりゃー、応援くらいはするけど……?


 『すごいデス! ミッケルのキーホルダーは、ほんとうにすごいデス! まいにちおいのりしてよかったデス!』


 ジュディーさんは興奮が抑えられない様子で、俺の左肘をキリキリと締め上げている。

 スゲー痛いのだが、今までの話とミッケルのキーホルダーが、一体どう関係しているんだ?


 『だって、ずっとさがしていたパートナーを、ほんとうにみつけてくれたのデスよ! きゃぁー!』

 「はぇ? ちょっと待て。パートナー? 何言ってんだよ、俺はもう試合には出ねぇって――」

 『ユウマはいってくれたじゃないデスか! わたしがうまれかわったら、ゾンビハンターのちょうてんを、いっしょにめざしてくれるって!』

 「おい、それはジュディーさんが生まれ変わった時の話だろ?」


 ……って、ああ。そういう事か。それで急にこんな話を始めたのか。

 ゾンビハントのスタイルを変えた新生ジュディーさんだから、生まれ変わったも同然、と。なるほど納得納得……って――


 「納得出来るか、こんな話! 詐欺師みたいな手口使ってんじゃねぇよ!」

 「コラー! 島の支配者アイランドルーラー! 今自分の口で応援するって言ったじゃないか!」

 「そうよそうよ! 生まれ変わったデュアルパイソン……ジュディーの事を応援するって!」

 「男が一度口にした事を簡単に曲げるなー!」


 何故か観客達から一斉に非難されている。

 そういや決勝戦での会話は観客達も聞いているのだった。

 くそ、さっきまで俺の事を褒め称えてくれていたのに。

 さては理由をこじつけて、何が何でも俺にゾンビハントを続けさせるつもりだな?


 『ちょっと待って下さい!』


 ジュディーさんからマイクを奪ったのは、全身ずぶ濡れの篠だ。

 ロックされた俺の腕も、強引に引き離してくれた。

 おぉ……篠ちゃん、なんて頼りになるんだ。 

 そうだそうだ! 俺はもう試合には出ないって、ズバンと言ってやってくれ! 

 

 『私との勝負はどうするんですか! この試合で勝った方が、水亀君とパートナーを組むって約束でしたよね! 勝ったのは私達です。だからパートナーを組むのは私ですよ!』


 ……ズバン! と話をややこしくされてしまった。

 店先で揉めていた時にも思ったのだが、何故篠はジュディーさんと話す時だけ、こんなにも堂々と話せるんだ?

 マイクを握って話しているって、自分で理解出来ているのか?


 「コラー色男! 二股を掛けるんじゃない!」

 「そうだそうだ! 今すぐこの場で、どちらとパートナーを組むのか自分で宣言しろ!」

 「くそー! この二人から迫られるなんて羨ましいぞ! 地獄に落ちろー!」


 浴びせられる罵声には男の嫉妬のようなものも混ざっているみたいだ。

 殺気立っているのは男の方が多い気がする。

 しかし迫られているのはあくまでゾンビハントのパートナーだから、ちっとも嬉しくねぇぞ?

 それと何故か俺が二股を掛けたみたいに言われるのは納得出来ねぇな……。


 「ユウマはわたしとのやくそく、まもってくれマスよね?」

 『水亀君は最初に決めた約束を優先するんです。そうですよね?』


 二人は俺との距離をじりじりと詰めて来る。

 そして篠はとりあえずマイクを置いてくれ。


 落ち着け。落ち着け俺。

 どう答えるのが正解なのか考えろ。

 なんか本当に二股を掛けている男の気分だが、こういう修羅場の時って二股を掛けている男はどうやって対処しているんだ?




 ……全然分からねぇ。

 よし、逃げよう。


 「ああ! 逃げたぞあの野郎!」

 「逃がすかボケー! みんな撃て、アイツを逃がすなー!」

 「「「「おぉー!」」」」


 更衣室に向かってダッシュすると、観客達から一斉射撃が降り注いだ。 

 ぐをぉぉ、一人で浴びる水量じゃねぇぞ! 誰か助けてくれー!



 笑い声や怒号が響く中、なんとか更衣室まで辿り着けた。

 優勝したはずなのに、何故俺がこんな目に遭わなきゃならねぇんだよ……。


 この後俺抜きで表彰式が行われて、今年の全国高校ゾンビハンター選手権は幕を閉じた。

 







 月日は流れて、俺は二年生になった。

 霧姉、瑠城さん、泉さんが卒業した樫高は物凄く静かだ。

 ただし選手権で優勝を成し遂げた樫高ゾンビハンター部は、俺達の活躍に憧れて全国から集まって来た、将来有望な選手達で盛り上がりを見せているそうだ。 

 というのも、俺は選手権が終わってから一度も部活に顔を出していない。

 そしてこれは俺だけではなく、選手権で目標を達成した残りの四人も、それぞれが新たな一歩を歩み始めたので、部活動は練習も試合も行われず、樫高ゾンビハンター部はこの四月まで事実上の休部状態だったのだ。

 まぁアレだ。霧姉が部長になってゾンビハンター部を復活させた時と一緒だな。

 後輩達からは是非戻って来てくれと懇願されているのだが、諦めろと断り続けている。

 悪いけど俺は平穏な生活が送りたいんだよ。


 それなのに……それなのに今、俺が立っているこの場所は堀切スタジアム前だ。


 「おい、アレ!」

 「ああ、そうだ間違いない! 島の支配者アイランドルーラーだ!」

 「半年間の沈黙を打ち破って、復帰戦に臨むんだよな?」

 「俺、実は奴のゾンビハントを見た事がないんだよ。くぅー、ドキドキするなぁ!」


 スタジアムに到着しただけでこの騒ぎだ。

 チケット売り場には長蛇の列が出来ている。

 そしてジュディーさんの巨大なパネル写真の隣には……俺の写真が追加されている。

 SSSトリプルに昇格したとは聞いてたけど……はぁ、ホント勘弁してくれよ。

 あんな変なポーズ取った記憶ねぇぞ? 勝手に捏造して作らねぇでくれよ!


 「……おい、その後ろを見てみろよ!」

 「おおー、凄い光景だ! 選手権の優勝メンバーじゃないか!」


 そう、今日は久しぶりに五人が一堂に会したのだ。


 「じゃあ雄ちゃん、今日の試合もこの水亀商店Tシャツユニホームで出るのだぞ」

 「……もう腹は括ったよ。でも本当の本当にこれで最後だぞ? 今後は何があっても俺はゾンビハントには出ねぇからな!」

 「ああ、分かってるって。頼んだぞ雄ちゃん」


 実は今日試合に出る事になったのも工場絡みだ。


 選手権での優勝賞金で店の借金は全て返済出来た。

 そりゃそうだ。最初に賞金額を聞いた時は目ん玉が飛び出るかと思ったけど、優勝した俺達樫高の賞金額は五十億だったのだ。

 それを五等分して俺と霧姉の分を合わせた二十億もあれば、流石に全額返済も出来るだろうよ。

 引退した地蔵だか仏像だかの還暦ハンターが、百五十億稼いでたって話もすぐに納得出来たよ。


 霧姉は高校卒業後すぐに工場で働き始め、今まで以上に忙しそうにしている。

 というのも、水亀商店では新たな事業に取り組む事になったのだ。


 「ユウマ、頑張って。もしかしたら神の手ゴッドハンドブランドのウォーターウェポンが設置されているかもしれないから、真っ先に探し出すのよ?」

 「あの運営が俺の出場する試合に、そんなの設置してくれるわけねぇだろ」


 泉さんは高校在学中に自身のウォーターウェポンブランドを立ち上げ、世界中のセレブを相手に荒稼ぎしている。

 ところがオーダーメイド制を取っているのでなかなか予約が取れず、客達は数十年待ちなんて状態になっているそうだ。

 そこで泉さんはオーダーメイドブランドとは別で、廉価版の既製品を作るブランドも立ち上げる事にしたのだ。

 そしてなんと、その既製品のウォーターウェポンや部品を、ウチの工場で作る事になったのだ。

 ただし今のままでは工場が狭過ぎてスペースが足りない。

 そして建物も古くなって来ているので、いっそのこと工場を新たに建て替えようという事になったのだ。


 何故その金を俺がゾンビハントに出場して稼がなきゃならないのかは説明して貰っていない。

 選手権同様、霧姉に強制参加させられたのだ。


 「選手権の王者なのですから、無様な試合をすれば……うふふ、分かりますよね?」

 「全然分からねぇよ。一体何を言うつもりなんだ?」


 そして瑠城さんは、なんとゾンビハンター社にスカウトされてしまったのだ。

 と言っても施設での研究分野や経営に携わる仕事ではなく、持ち前の知識量を活かして試合中の副音声を担当する事になったのだ。

 誰も知らないマニアックな情報が聞けるとあって、瑠城さんの解説を楽しみにしているファンは多いそうだ。

 当然俺の試合も解説するそうなのだが……何を言われるのだろうか。


 「水亀君、今日は頑張ろうね」

 「ああ。前衛は任せたぞ」


 篠は今まで通り我が家に下宿していて樫高に通っている。

 お爺さんは病状が回復したので滋賀県の病院を退院出来たそうだ。

 篠の活躍で居ても立っても居られなくなったのか、地元に戻って道場の再建を図っているらしい。

 篠も地元に戻る選択もあったそうだが、通い慣れた樫高を卒業する事に決めたそうだ。

 

 今日の試合には俺と一緒に篠も参加する。

 勿論チームとしてだ。俺一人で試合に参加するなんて自殺行為だし。

 この試合に強制参加させられたのには、それなりの理由がある。

 流石の霧姉でもいくら工場の為とはいえ、勝てない試合には俺を参加させたりはしねぇ……と思う。 


 「ハァーイ、ユウマ! おまたせしまシタ!」

 「やっと来たか。ったく、遅ぇよ」


 そして遅れてやって来たジュディーさんも、同じチームで参加する。

 肩の怪我で休養を余儀なくされたジュディーさんは、通院しながらトレーニング施設に通い、そして今日が復帰戦となる。

 運営はジュディーさんの復帰戦の為に、そして俺をゾンビハントのランキング戦に出場させる為にと、三人一組で戦う全く新しいランキング戦を作ったのだ。

 

 「ジュディーと鏡ちゃんと雄ちゃんがチームを組めば、どんなチームが出場しても確実に優勝出来るだろ! ぐははー!」

 「ぐははー! じゃねぇよ。この試合には現役の大人のプロハンター達も出場するんだろ?」

 「だいじょうぶデスよ。ルールもせんしゅけんと、あまりかわりまセンし。わたしたちいじょうにバランスのとれたチームは、どこにもいないでショウ。うふふ、しょだいおうじゃのざは、わたしたちがいただきマスよ!」


 ジュディーさんは既に優勝を確信しているみたいだ。


 「水亀君の事は私が絶対に守るから大丈夫ですよ」

 「頼りにしてるぞ篠。俺はサポートくらいしか出来そうにねぇから」

 「ちょっとユウマ、にとうらんぶサンばっかりじゃなくて、わたしのこともたよりにしてくだサイ!」

 「してる、してるって! ジュディーさんもホントに頼んだぞ!」


 ……この三人で試合するの、色々不安なんですけど。


 「私と泉は最前列で応援しているからな。気を付けて頑張るのだぞ」

 「ああ。じゃあな。よし行くぞ、篠、ジュディーさん」

 「「おー!」」


 三人でお揃いのTシャツを手にして、俺達はスタジアムの更衣室を目指した。


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ゾンビハンター部が全国制覇を目指すそうですよ! 山田の中の人 @gejigeji

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