第131話 最後のスタジアムにて


 『今年の全国高校ゾンビハンター選手権の王者達が戻って来たぞー! みんな、準備はいいかー!』

 「「「「ぅをぉぉー!」」」」

 『激闘の決勝戦を生き抜いた英雄達だ! みんなで栄誉を讃えるぞー!』

 「「「「ぬをぉぉーー!」」」」


 会場の熱気が凄まじい事になっている。

 進行役のオッサン、観客達を煽り過ぎだぞ。

 狙撃される俺達の事も考えてくれよ。

 そして観客達が手にしているウォーターウェポンは……強力そうだなチクショー。

 絶対に痛いヤツだよ、アレ。


 「わたし、けがしているのデスけど……」


 ジュディーさんは命に係わる怪我じゃないと判断されたのか、救急艇に乗せて貰えなかったのだ。

 普段はランキング戦に出場しているジュディーさんでさえも、観客達が放つ異常な雰囲気に狼狽えている。


 「よし。雄ちゃんはジュディーの護衛だな」

 「は? 何でだよ?」

 「ジュディーは怪我人だぞ? 狙撃されて怪我が悪化したらどうするのだ」

 「いや、ジュディーさんはドリームチームなんだから、チームメイトが守ればいいだろ?」


 シュネルスキーさんが――と思ったけどこの人、ジュディーさんより小柄なんだよな。

 しかも狙撃して落水させれば、幸せが訪れるとかいう変なジンクスがあるみたいだし、余計に狙撃が集中してしまうかも……。

 エマさん――はボーっとしていて、ジュディーさんを守れるとはとても思えない。


 うーむ……どうしたものか。


 「霧姉が守ってあげればいいじゃねぇか」

 「私は最後の追い込みをかけるから忙しいのだ。しっかり守るのだぞ?」


 霧姉は店の電話番号が確認し易いように、Tシャツの裾を引っ張っている。

 どうやら最後にもう一度店の宣伝を行うみたいだ。

 瑠城さんと泉さんに護衛をお願いしようとしたら、プイっと視線を逸らされる始末。

 クソ、薄情者め。

 いいよ、守るよ、俺が守ればいいんだろ! 


 「ジュディーさん、ここで屈んでいてくれ。俺が盾になるから」

 「ユウマ……」


 もう自棄だ。これで最後だと思えば痛みにも耐えられるだろう。


 みんながゴーグルを装着し終えた頃、帰還船がゆっくりと水上ステージに近付く。

 いよいよその時が来たみたいだ。


 『全国高校ゾンビハンター選手権、優勝の栄冠に輝いたのは、我らが地元滋賀県代表の樫野高校だー!』

 「「「「ぅをぉー!」」」」

 『盛大にー祝ってやれー! おめでとー!』


 殺気立った観客達から、一斉に放水が開始された。

 みんなが祝福の言葉を口にしながら、ウォーターウェポンをぶっ放している。

 とても祝ってくれているようには見えないぞ。

 

 「み、みなさぁん! もうポーチのごゴボゴボ――」


 霧姉は溺れながらも、必死で水亀商店Tシャツユニホームに書かれた電話番号をアピールしている。凄い商売根性だ。


 「私、瑠城彩芽が世界一のゾンビマニアです! ゴホッゴホッ!」


 瑠城さんも宣言していた通り、自分が世界一のゾンビマニアだと声を枯らしている。


 「アタシが立ち上げた神の手ゴッドハンドブランドがゴボゴボ……ちょ、ちょっとアンタ、貸しなさい!」

 「な、何をするんじゃ! ワシは霧奈ちゃんを――」


 泉さんは最前列のオッサンからウォーターウェポンを奪い取って、観客達を狙撃し始めた。

 あのオッサンは確か霧姉のファンだとかいう変わったオッサンだ。


 「ふははー! 俺を落水させられるものなら――ってイダダダ! 背中がビリビリする! だ、誰だよおかしな銃で狙撃している奴は!」


 シュネルスキーさん……申し訳ない。

 そのおかしな銃で狙撃している人物に、心当たりがあります。


 そしてエマさんは気配を絶っているのか、ボーっと突っ立っているだけなのに、殆ど放水を受けていない。

 そんな特殊技能ズルいぞ!

 俺なんて狙撃され過ぎて、顔面の感覚がなくなり始めているってのによ!


 進行役のオッサンに向かって腕を交差させて『このままでは死んでしまうから、早くこの放水を終わらせてくれ!』と合図を送ると、漸く放水を終わらせる為の締めの言葉に移ってくれた。


 『――皆さん、今一度盛大な拍手をお願いします!』


 観客達の放水がひと段落し始めると、霧姉達が豪快にユニホームを脱ぎ始めた。

 最後の樫高名物を披露するみたいだな。


 「……うぅ、緊張してきたよ」


 篠は俺のユニホームの裾を摘まんで小刻みに震えている。

 今回は篠も樫高名物に参加するらしいけど、ちょっと緊張しているみたいだな。


 「別に無理して飛び込まなくてもいいと思うぞ?」

 「……ううん、やる。練習したもん」


 決意を固めたのか、漸くユニホームに手を掛け脱ぎ始めたのだが……もうちょっと急いだ方が良さそうだぞ?


 「……あ、あの、そんなに見られると――」

 「あ、ああスマン」

 

 あまりにもゆっくりとユニホームを脱ぐもんだから、まじまじと眺めてしまった。

 そうだよな。篠は選手権で水着になるのは初めてだし照れもあるよな。

 

 「行くぞー! ラストの樫高名物だ! 彩芽、泉、鏡ちゃん、準備はいいか?」

 「「おー!」」

 「え、ちょっと待って――」


 ノリノリで返事した瑠城さんと泉さんに対して、篠はまだ慌ててTシャツを脱いでいる最中だ。

 ――ったく、しょうがねぇなぁ。


 「あの、水亀君、どうした――って、はわゎ!」


 篠の背後に歩み寄り、全国大会準決勝で見せたように篠の体をお姫様抱っこで抱え上げた。


 「準備OKだ、霧姉!」

 「ぐはは、やるじゃないか雄ちゃん! 行くぞ、それー!」


 霧姉達の後に続いて、篠を抱えたまま帰還船の縁を踏み切った。

 毎回俺は船に引き上げる役だったから飛び込めなかったけど、今回は他に引き上げてくれる人が居るからな。


 実は俺も飛び込んでみたかったんだ。


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