第三十話 『終幕』

 

 僕は二刀の小太刀のうち、一刀を右手に、もう一刀を天音の右手に添える様にして左手で握り締めた。


「死ぬギリギリってどれくらいかな……」

 ーートスッ!

 そのまま躊躇する事なく、なるべく長く苦しめる様に致命傷ギリギリを狙って、首筋と腹を刺し切った。


 直ぐに死にたくなかったのは、以前天音と話していた『走馬灯』とやらを見てみたかったから。


 そっと腰を下ろして、次は天音を膝枕するように自分の太腿に寝そべらせた。

 美しい黒髪を撫でながら、徐々に冷えていく頬を撫でる。ずっと見たかった彼女の横顔を眺めているのは、天理の想いと重なって胸が温かくなる気がする。


 頭の中から記憶の欠片がハラハラと零れ落ちるのと同時に、僕の命の時間も限りあるものになった。


「僕の命なんて、こんなにちっぽけなのにな」

 高台から街並みを見下ろしながら、思わず漏れ出た本音。目が見えなくても、耳が聞こえづらくても、記憶を奪われていたとしても、僕は確かな幸せを感じていたんだから。


 化け物として生きて、化け物としてどこかの戦場で死んでいたら、きっと知らないままだったと思う。


 ーー父さんはきっと、この感情を僕に教えたかったんだ。


「もういいか。少しだけ眠ろう」

 天音を見つめながらゆっくりと瞼を閉じる。最後なんだから、一緒に眠ろうか。


 __________


「もう、天理ってば少しは手伝ってくれてもいいじゃない!」

「ーーえっ?」

「えっ? じゃないのよ。天理が食べたいっていうから、肉じゃが作ってるんじゃないの。ぼ〜っとしてないで芋くらい剥く!」

「でも、僕、目が、ーー見えてる⁉︎」

「何寝ぼけてるのよ。昔から風邪もひかない超健康優良児でしょうが」

 居間と繋がったキッチンから、天音が呆れた視線を向けている。僕はまだ混乱しているけど、大人しく渡された包丁を握り、じゃがいもの皮を剥き始めた。


「うんうん。相変わらず包丁捌きは上手いわね」

(相変わらずどころか、握ったことも無いんだけど……)

 芋を鍋に入れ終わった後は、用意された茶碗にご飯と味噌汁をよそり、食卓の準備をする。その間も僕の視線はずっと、学校の制服にエプロンをつけた天音の背中を見ていた。


「あの〜? さっきから何をジッと見てるのよ。私、何か変な事した?」

「……ううん。ただ、幸せを感じてただけ」

「〜〜〜〜ッ⁉︎」

 いきなり天音の顔が真っ赤になった。彼女の肌はとても白いから分かり易い。両手を頬に添えて照れる姿はとても可愛らしく、自然と笑みが溢れてしまう。


「うぅ〜! 天理の癖にぃ〜!!」

「あははっ! たまにはこんな僕もいいでしょ?」

「まぁ、たまには…………あっ!」

 突然、天音が何か悪戯イタズラを閃いた子供の様にニヤリと口元を上げると、ゆっくりと僕の方へ向かって歩いて来る。

 一体どうしたんだろうと首を傾げていると、彼女は制服のボタンゆっくりと外し始めた。


「ーーど、どうしたの⁉︎」

「え〜? 今日の天理が格好良かったからご褒美をあげようと思って」

「ブラ、見えてる……」

「見、せ、て、る、の!」

 はい、段階がぶっ飛んでますね天音さん。どうにか鎮めなければ僕の理性がやられる。


「なんてね! ご飯が冷めちゃうでしょ。それとも続きがしたいのかな?」

「……黙秘します」

「あら、残念」

「もう! いいからご飯食べようよ!!」

 その後、僕達は夕飯に舌鼓を打ち、居間で寄り添いながら自然と手を繋ぎ、静かな時間を過ごした。


「あのね、天音に聞いてみたかった事があるんだけどさ。どうしていつも僕の側に居てくれるの?」

「ーー好きだからだよ」

 僕の質問から一秒も経たずに即答する彼女は、とても美しい微笑みを浮かべていた。先程の様に照れる事も無く、真っ直ぐに僕の瞳を見つめている。


「僕は天音のいない世界なんて無価値だと思ってる。だから……いなくならないで欲しい」

「…………うん」

「最後に『ごめんね』なんて、言わないで欲しかったんだ」

 僕が手を離して膝を抱えて蹲ると、天音は背中に寄り添ってくれた。少し目頭が熱い。


「あのね、私は天理が死んだらきっと後を追うよ。そして、私が死んだ時に『貴方は生きて』なんて台詞を吐かない。私が死んだら天理にも一緒に死んで欲しいの。だから、『ごめんね』であってるんだよ」

「……そっか。僕は正解を選べたんだね」

 どうしてなのか不思議だけれど、僕は安堵から胸を撫で下ろした。天音の求める僕でいられた事を、心底嬉しく感じている。


「こんな最低な私を愛してくれて、ありがとう」

「僕こそ、こんな化け物を愛してくれてありがとう」

 僕達は静寂の中で、涙を滴らせながら口付けを交わした。何度も、何度もこの時間を愛おしむように。


 ーーとても、とても幸せな『夢』だった。

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世界が無価値になった日、化け物は産声を上げる。 武士カイト @punimaru

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