第二十九話 『手紙』

 

 僕は一人で屋敷を出ると、庭に寝かせた天音の遺体を抱き寄せて歩き出す。一瞬、何を持っていかなければならないのか思い出すのに時間が掛かってしまい、身が硬直した。


「好きなら、しっかり覚えとけよ……」

 漏れ出た本音は自分へ向けているのか、失ってしまった天理の人格へ向けているのか最早分からない。

 全てをやりきれば何か答えは見つかるのだと。兄弟達が僕を目覚めさせたのは、何かしら意味ある事なのだと、信じたかった。


 ーーだから、殺したのに。


 僕はトボトボと力なく山道を歩きながら、最初に決めた目的地へ向かう。目が見えていない間に何度も歩いた道の感触を、足裏で覚えているから迷うことはない。


 ーー結果として、僕は父である雨竜政宗を殺せなかった。


 正確に言うならば、死人は殺せない。僕が一緒に閉じ込められていた屋敷の地下牢に向かった時には既に、父さんは事切れていたのだから。

 想像していた中で一番忌避していた現実がのし掛かると同時に、悔しさから何度も鉄格子を叩いた。


「なんで! なんで! なんで! なんでだあああああああああっ⁉︎」

 屋敷中に響き渡る位の咆哮を上げた後、熱くなった感情は霧散して冷静さを取り戻した。武士でもあるまいし、現代で自ら腹を裂くなんて馬鹿げてる。


 僕へ伝言があるのは予想するに容易く、右手に握り込まれた二枚の手紙の内、封の無い方から先に読んだ。

 書かれていた文章は二つ。『すまない』と、『生きろ』だけだ。こっちが父さんの文だろう。


 何を謝っているのかなんて、浅はかな事は考えない。僕の記憶と能力の一部を封じた事、わざわざ実の息子を養子扱いした事、隠されていた兄弟の秘密から答えは絞られているからだ。


(僕は自分で思っていたより、父さんに愛されてたんだな)


 多分、牢屋で交わした最後の言葉と微笑みが答えだと感じた。きっと、あの人は僕に全てを譲りたかったんだろう。そして、感情を教えたかったんだと思う。


 お爺ちゃんを殺してしまった時の記憶は、昨日の様に思い出せる。あの時、僕は己の本能に従って技を繰り出してしまった。


 人としての本能が正常であったならば、普通は致命傷を避ける。手を止める。子供らしく泣いて謝る。平穏に生きる為には、数多の方法があったのだろうと客観視出来た。


 ーーでも、僕はお爺ちゃんを殺したんだ。


 殺さなければ殺されるなんていう感情は皆無だった。ただ単に遅すぎる攻撃を避け、隙だらけの喉元に必殺の一撃を繰り出した。

 終わった後に思い浮かんだのは、『この人は自分の武の何処に誇りを抱いて生きてきたのだろう?』という、幼き子供らしからぬ冷酷な弱者への軽蔑。


 同時に自分が強者である事を自覚してしまった日に、歯車は狂い始めた。僕は笑えなくなり、何故か殺人衝動を抑えきれなくて暴れた。何人殺したのか思い出せない程に。


 静寂の中を進みながら、ゆっくりと過去の自分を思い出して深い溜息を吐く。薄れゆく天理の人格の影響だろうが、我ながら気持ち悪い化け物だ。


 みんなが寄ってたかって殺そうとする気持ちは分からなくもないけれど、それなら最初から僕を起こさなければ良い。天音を殺しさえしなければ、少なくとも僕等の未来は全く別の道を歩いていた筈だ。


「本当に……余計な真似をしてくれたよなぁ」

 所詮は独り言。だけど、何も成す事が出来なかった弱者達は永遠に眠り、答えなんてくれない。嵐兄はある意味生きているけれど、彼は内実プライドの高い人間だ。きっと直ぐに自らの現状に絶望して死ぬだろ。


 僕が生きていると知れば死なない可能性はあるけれど、最早あの人に希望はない。寧ろ残す事をしなかった。


 __________


「ここか……」

 座るまで確証はなかったけれど、ゴツゴツとした木の座りごごちがいつもの場所だと認識させる。


『本当に、君はここが好きなんだね』

『……いつか天理にも分かるよ。私の見ている世界を、貴方にも感じて欲しいから』

 天音が口癖の様に漏らしていた台詞の意味が、この時ようやく分かった気がした。


「天音が見せたかった景色は、本当に綺麗だね……」

 動かぬ彼女の身を僕にもたれ掛けさせて、黒髪を撫でながら天理なら言いそうな台詞を吐いた。でも、何でだろう。高台から街並みが見渡せる景色を、本当に美しく感じている自分がいる。


 時刻的にはまだ夜中。所々に灯る明かりが人の生活を感じさせ、同時に静寂の中から届く虫の音に耳を傾けると酷く落ち着いた。


(習慣ってやつかな……それならいつも天音が見ていた夕暮れを見るまで、死なないでいるのも良いかもね)

 天理が最後まで強く抱いていた思いは叶えてやりたい。それが、化け物であろうが『雨竜家最後の一人』の責任だと考えてる。


 僕は胸元に仕舞っていた手紙の封を解くと、中身を読んで笑みを零した。やっぱり天音からの遺言だったからだ。

 そこには自分の出生から僕に仕えるまでの過程、父さんと契約した内容が赤裸々に書かれていた。


 最後の方は僕への愛情に満ちた情緒ある文章が、恥ずかし気もなく、寧ろ誇る様に綴られている。そこは普通逆だろうと呆れた視線を空に向けた。


「でも、天音って本当にお姉さんだったんだなぁ」

 天音の異能は『強奪』だけだと思っていたから、『時半』なんて能力を持っていたのは本当に予想していなかった。

 皆が歳をとる中で自分だけ成長が遅いというか、半分なんてどんな気分なんだろうと凄く気になったけど、全てが遅い。


「やっぱりもう良いや。無価値になった世界なんて興味もない」

 僕は天音を再び抱き寄せると、白夜と極夜の二刀の小太刀を抜いて立ち上がった。


 ーーさぁ、全てを終わらせよう。

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