第二十八話 『化物』

 

 二階の扉を開けた直後、僕の視界にレイピアの先端が飛び込んだ。小太刀で払い除けると、脇腹に回し蹴りが繰り出される。


 足首を掴んで捻ると、双火姉さんはすかさず力に逆らわずに身を流して相殺した。


「遅いよ? 姉さん」

「流石ね。まさか嵐道の私兵どころか、私の兵まで倒して無傷とは思いませんでした」

「アハッ! とっくに気付いてるんだろ? 僕に天音と嵐兄の力が上乗せされてるって事にさ」

「……化け物め!」

 忌々しげに唇を噛んでる姿を見ると、どうやら演技ではないらしい。珍しい光景だと不意に笑みが溢れてしまう。


「あのね。僕は姉さんが嫌いみたいなんだ」

「奇遇ですね。私も貴方の存在が憎らしくて仕方がないの」

「じゃあ、殺し合おう?」

「えぇ……呪われた血族同士、血で血を洗いましょうね」

 言い回しが気持ち悪くて一歩後ずさってしまった。双火姉さんは本当に思い込みが強い。だから嵐兄に利用されるんだって事すら分かってないんだろうなぁ。


 ーーそして、父さんにもね。


 今回の事件の黒幕はおそらく父さんしか有り得ない。元々、天音に僕を封じ込める様に命じたのが父さんなら、この直感に確証が持てる。


 僕が考え事をしている最中、双火姉さんはレイピアをしならせると刺突を繰り出した。避けたつもりだったんだけど、頬に一筋の血が伝う。


「ーー??」

「なんで攻撃が当たったのか不思議そうね。雨竜家の人間として育てられた以上、武の研鑽を積んでいるのは当然でしょう?」

「姉さんがそんな努力家だったとは知らなかったな。金で人を操る事しか考えてないと思ってた」

「強ち間違いじゃないわ。それでも、立会いの最中に上の空な愚弟の目を覚ますくらいの力量はあります」

「弟……ねぇ。さっき化け物って言われた気がする」

 若干挑発を含めた言い回しをしたつもりだけれど、姉さんの目は至って真剣そのものだった。可哀想になってしまう程に。


 僕は脱力して両腕の小太刀を垂らすと、片方を取りこぼした様に見せかけて手放した。


「ーー今!!」

「……だよ」

「そ、そんな⁉︎」

 一瞬で間合いを詰めて来た双火姉さんの脇腹を目掛けて、床に落ちる寸前の『白夜』の柄を蹴り上げる。曲芸に近い技だけど、僕の能力なら容易かった。ーーフェイントを織り交ぜた罠だ。


 結果として、姉さんはカウンター気味に自ら刺さりにいってしまう形となり、刃が深々と突き刺さってしまう。

 ーーガフッ!

 吐血したまま床に崩れ落ちる姿を見下ろしても、全然嬉しくなかった。天音の仇であり、幼い頃から散々嫌な思いを味わされた存在。


(こんなに小さかったんだな)

 弱々しくなる呼吸音を聞きながら、僕は溜息を吐き出した。あと一人で終わりにしよう。全てが虚しいだけだから。


「さよなら、姉さん」

 運が良ければ助かるかもなんていう残酷な希望はいらない。だって僕が天音を失った世界で、そんな奇跡がある事を僕自身が許さない。


 ーートスンッ。


 そっと倒れる双火姉さんの心臓に向けて、小太刀の切っ尖を下ろした。もっと醜悪な表情を浮かべるかと予想していたんだけれど、死に顔は穏やかだ。


(この人も、きっと鎖で縛られてたのかなぁ)

 天理の人格の影響なのか、少しだけ胸が締め付けられる気がした。


 最後の標的は『雨竜政宗』。実の父親だ。僕の推理があっているか答え合わせに行こう。


 ーーそれで全てを終わりにするから。

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