休日出勤の話
タウタ
休日出勤の話
「ごめんね」
急な休日出勤が決まって、私は同棲している彼に謝った。買い物に行く約束をしていたのに、ダメになってしまった。彼はやさしい。嫌な顔もしないで忙しいなら仕方ないと言ってくれた。
「朝、送っていこうか?」
自分は休みだから、とそんなことまで言ってくれる。うれしかったけど、それは遠慮した。オフィスまでのルートはちょっとフクザツだし、場所を知られたくない。
三連休の最終日、私は彼を起こさないようにそっと起きてそっと出勤した。青い目の上司のやさしさは彼の〇.三パーセントくらいしかない。仕事ができないことはみんなが知っている。「年」では表せないくらい長くこちらにいるのに、まだほとんど日本語が話せない。細い腕でびたんびたんとデスクを叩き、突き出た口をさらに突き出して、早くしろ、納期が迫ってるんだとまくしたてる。
口八丁手八丁という言葉があるけど、上司が八丁なのは手だけだ。それも役に立っているところを見たことがない。要するに、ただのタコオヤジ。
「中東支部に先越されてるからって俺たちの尻叩いてもしょうがないのになあ。大体日本支部で成果上げるとかムリっしょ。仕事できないから日本支部に派遣されたってわかってないんですかね?」
「そんなこと言ったら、同じく日本支部にいる私たちも仕事できないってことになるじゃない」
「そういう意味じゃないですよ。まあ、俺は出世欲もないし、これくらいのんびりしてる方が好きですけどね」
後輩はふわふわとデスクに戻り、とりあえず仕事をしている振りを始めた。頭はいいし最低限のことはやるけど、それ以上のことはしたくないという感じ。今時って言うと馬鹿にされるから言わないでいる。
オフィスにいるメンバーはみんな覇気がなく、私もご多分に漏れない。重力に負けそう。気を抜くとすぐ頭が落ちてくる。メイクをきちんとしておけば、皮膚が引っぱられるから少しは耐えられるんだけど、それはそれで疲れる。肌にもよくないし。だからオフィスの中はすっぴんと化粧が半々ぐらい。
オフィスがもう少し高いところにあれば楽なのに。低層なのは光熱費削減のためだって。バカみたい。今度匿名で本社にリークしてやる。
定時になると、みんな一斉に退勤した。私も急いでメイクを直して家に帰る。彼はソファで眠っていた。
「んあ? お帰り」
「ただいま。シャワー浴びたらご飯作るね」
「疲れてるならいいよ。食べに行く?」
まだ時間も早いし、たまには外で食べるのも悪くない。本当だったら買い物のついでに食べていたはずだ。
「ちょっとだけ待ってて。お化粧直したいの」
「いいよ。でも、別に崩れてないよ」
「崩れてるの。男の人にはわからないだけ」
首の当たりがちょっと歪んでるみたいで、皺が寄ってる。さっき慌ててやったからだ。洗面所で化粧を引きはがしていたら、急にノックがあって彼が入ってきた。私は蛇口をひねって顔を伏せ、洗顔の最中を装う。
「さっき昼寝してるときに、すごい夢見たんだ」
「へえ、どんな?」
「君が実は地球を侵略しに来たタコ型の宇宙人で、人間同士に戦争させて疲れさせて、最後に仲間といっしょにすごいミサイルを持ち出してきて降伏を迫る夢」
「ふふっ、SFみたい」
「だろ? 帰ってきたら真っ先に言わなきゃと思って。邪魔してごめん。あ、タコ型だったけど、なかなか美人だったよ」
洗面所のドアが閉まった。私はメイク落としをたっぷりコットンにつけて顔を拭いた。シアバターの石鹸で顔を洗い、丁寧に泡を落とす。柔軟剤を使ったタオルで水気を取って、ようやくすっきりした。
鏡の中にはタコ型の金星人が一人。なかなか美人だって。人間って宇宙的に見るとものすごく醜悪な見た目なんだけど、彼みたいに美醜がわかる個体もいるから憎めない。
私は化粧水で肌を整えて、合成皮膚用の接着剤を塗った。この接着剤、べたべたするから嫌い。その辺で売ってる人間用のメイク落としで落ちるからまだいいけど、そうじゃなかったら実家からワープ輸送してもらわなきゃならない。皮膚を貼ったら化粧直しは完了。首の皮を引っぱって、皺が寄ってないか再確認。よし、これで出かけられる。
それにしても、彼の夢。あれが予知夢ってやつかしら? ミサイルじゃなくてレーザー砲の予定なんだけど。
Fin.
休日出勤の話 タウタ @tauta_y
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