いつか

たこ

第1話 初仕事

 はぁ……はぁ……

 町外れの路地に響く喘ぎ声。そこには、一組の男女が激しく組み合っていた。しかし、30秒もすると片方は静かになった。

 見ると、男の足許には女の死体。まだ温かいが、頸には細い索縄痕がある。が、凶器は近くには見当たらない。

 男は遺体に合掌し、近くを念入りに見回すと、風のように消えた。



 俺は、暗殺家の鷹爪匿たかのつめかくすだ。今まで何件の依頼をこなしてきたかは最早数えきれないし、数える気にもなれない。最近では、路地裏で女を殺して200万儲けた。

 俺の収入は、依頼遂行による報酬と、クライアントからの口止め料だ。目標ターゲットを殺せば金がもらえる。つまり殺し屋なんてのは、実に簡単だ。

 しかし、俺にも慣れない時期はあったもので、今となってこそ言えるものもたくさんある。



 中学2年生のころ、俺はある男に声を掛けられた。その男はひどく大柄で、高級そうな真っ黒のスーツを、だらしなく着崩していた。

「キミ、2年E組の子かい?」

 急に声を掛けられたので、とっさに「ええ、そうですが」と答えてしまった。

「キミ、1000万円あげるって言ったら、人、殺せる?」

 俺は逡巡して、

「ええ、僕は他人の命なんかに関心はありません。」

 と、答えた。それが全ての始まりだった。

「じゃあ、これ。1000万円。早速なんだけど...この人、判るよね?」

 手渡されたのは、分厚い茶封筒と1枚の写真。

 誰だろうと写真を覗く。花宮翼、花宮グループの御曹司。学校に莫大な寄付をしているため、少々幅を利かせていて、行内では煙たがられている。

「この人を、証拠を残さずに殺してくれればいいんだよ。簡単だろ?」

「嫌だと言ったら?」

「この場で消すよん♡」

 笑顔で言う大男。正直、すごく怖い。しかし、聞いてしまった以上、断れるわけはない。

「……分かりました。引き受けましょう」

「よろしくねん♡」

「方法は? 何か制約は?」

「何でもいいよん♡」

「報告とかいるんですか?」

「必要ない。こっちで確認するよん♡」

「わかりました。ではまた……会わないでいいですけど。」

「ふっ……健闘を祈るよ。」



 大男と別れてから目標ターゲットを捕捉するまで、10分とかからなかった。

 感付かれないように様子を窺う。

 方法はどうしようか、とりあえず書き出してみる。だがここで、証拠を残さないために一工夫。修正液で、透明なクリアファイルに書く。プリントの1枚くらい入れておけば他の人には見えない。ばれずに持って帰れれば、あとは燃やすだけ。我ながら上出来だとほくそ笑みそうになって、ぐっと我慢する。計画はまだできていない。

 本格的に計画が決まったのは、2限目が終わった頃だった。方法は、絞殺。凶器は、筆箱の中のビニールテープを、半分に折ってからねじってひも状にしたもの。半分に折るのは、粘着部分が皮膚に残らないようにするためだ。この方法は、俺の十八番になるのだが、それはまだ先の話だ。

 決行は、奴が一人になる終礼後。部室棟の裏は、ほぼ確実に誰も来ない。それを利用して、奴が何かを隠しに行っているのを俺は知っている。


 昼休みになったので偵察に行く。一か所、草が生えていない真新しい地面があったので掘り返してみたら、出てきたのは札束の入ったビニール袋。大の大人でもよろけてしまいそうな重量感だ。最悪、仕留め損ねたときに持って帰るお土産は確保できた。最も、仕留め損ねて生きていられるかどうかは分からないが。


 放課後になった。計画を実行すべく、奴より先に現地入りする。胸糞悪いが、今回は一芝居打つことにした。


 奴が来た。すぐにこっちに気付く。

「誰だ! そこで何をしている!」

 かなり焦っている様子だ。

「その……花宮くんはどこにいるかと聞いたら、ここにいると……」

「誰から聞いた?」

「F組の先生……七宮先生でしたか? その先生に聞きました」

 もちろんウソだ。

「……それで? 何の用?」

「実はその、ボク、ずっと花宮くんのこと……」

「ちょっと待った! この袋の中身を見たのか⁈」

「その、見ちゃいました。けど、ボクは誰にも言いませんよ。なぜなら……」

 そう言って、花宮の首に手を回す。

「ずっと、ずっとあなたのことが好きでした。付き合ってくれとは言いませんけど、せめて友達になってくださいませんか……?」

 全部ウソだ。言葉で気を逸らしている間に、袖口からヒモを取り出し、ギュッと握りしめる。

「あ、え、その……ゴメン、急いでるから」

「そうですか、残念です」

 そう言って、全力でヒモを引っ張る。すでにヒモは首に食い込み、声をだすことはおろか、呼吸もできない。

 体感時間こそ長いものの、実際には30 秒ほどで息の根が止まった。心配なので、すでに動かなくなった花宮の首を蹴り砕いておいた。

 合掌して、現場を立ち去る。足跡の処理のため、行きにつけた足跡の上を通り、足で掻き消しながら進む。誰かが気付いて通報した頃には、痕跡は完全に消え去っていた。

 

 

 77、78、79、80……

 カネを数える。大男からもらった分ではなく、埋めてあった分だ。

 177、178、179、180……

「結構多いな……298、299、300万か」

 一人殺しただけで1300万。結構良い報酬だ。


 後で知った話だが、殺した花宮は校則違反にも関わらずアルバイトをし、学校や両親からも疎まれていたそうだ。まぁクライアントはそのうちのどっかの筋だろう。

 


 そんな感じで暮らし続け、ついには手にかけた人数は3桁を超えた。そんなある日、とんだクライアントが現れた。

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いつか たこ @TAKO-Chan

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