第20話「呼ばう意思と意思とが集う時」

 高円寺勇斗コウエンジユウトこと、ユートは困っていた。

 理解不能な現状にも、そのことにあまり驚いていない自分にも。

 ティーンズ向けの娯楽小説ラノベみたいな異世界転生じゃなかったし、開幕直後に死にかけた。金属でできたマシーンのバグたちは、本当に冷たい殺意でユートを亡き者にしようとしたのだ。

 そんなな状態から助けてくれたのが、謎の一団だ。

 そう、謎としか思えない。


「ゴリラにペンギン、そしてカメ……全く統一感がない。こういうのって、四聖獣とか龍虎とかじゃないの? 三すくみなら、ヘビとカエルとナメクジとか」


 だが、どう見てもゴリラだ。

 見れば見るほどペンギンなのだ。

 そして、見間違いようもなくカメである。

 今は状況に流されるしかないユートだったが、謎の構造物を出口へ向かう中で知ったことがある。まず、彼ら彼女らに敵意はない。そして、目的は共有されているらしい。

 また、皆が大なり小なり問題を抱えていて、その解決のために集っているのだ。

 とすれば、同調して協力し合うことはやぶさかではない。

 もっとも、ただの高校生であるユートに、できることがあるとは思えないが。

 そうこうしていると、戦闘を歩くペンギンダーの中から、ハッチを開いてペンギンが身を乗り出してくる。もう、悪い冗談としか思えない。だが、このスコッチという名のペンギン紳士ジェントルバードは、妙に落ち着いた口ぶりでユートを気遣きづかってくれる。


「さて、ユート君。私は依頼人から君の保護を頼まれ、紆余曲折うよきょくせつを経てヨハン君たちと行動を共にしていた訳だが」

「はあ」

「そっちの更紗サラサれんふぁ君は、完全に異世界からの異邦人エトランゼ……まあ、君と似たようなものだろう。自分の世界に戻るためのマシーンを奪われ、難儀しているそうだ」

「なるほど」

「そして、甲王牙コウガ稜江奈々カドエナナもまた境遇は同じ……そのため、現地人のエミィ君と一時的に組んでいる。そしてその背後にいるのは意外にも」

「意外にも……? って、もう外か。ようやく太陽の下に出られそうだ」


 向こうに陽の光が見えてきた。

 恐らく、長い長い回廊の出口だろう。

 だが、ふとユートの胸中を悪い予感が過る。

 強力な機動兵器で武装した個人同士が、目的を共有して行動を共にしているのだ。つまり、その武力が必要な事態が想定されていて、つまるところの……

 なんでこういう時だけ妙に冷静なのか、ユートは不思議な気持ちになった。

 すると、頭上から声が降ってくる。


『ユート、疲れていますか? バイタルが正常値をやや下回っています』

「えっと、エミィさん、だっけ? はは、ちょっと流石さすがに疲れたかな」

『知ってます』

「あ、そ……なら、なんで疲れたかなんて聞くかなあ」

『……訂正します、ユート。あなたは疲れていますね?』

「そう、疲れてるよ……転生疲てんせいづかれって感じ」


 会話が微妙に噛み合わないのに、不思議とユートは気が楽になった。エミィなりに自分を案じてくれてるのだろう。それなのに、彼女はずっとゴリラ型のアンダイナスから出てこない。先程立体映像で見たエミィは、目も覚めるような美少女だったにも関わらず、だ。

 ただ、どこか無機質で冷たいイメージが、硝子細工ガラスざいくのビスクドールを連想させた。

 そうこうしている間に、一同はようやく外に出る。

 まぶしい日差しの中へと歩み出て、ユートは大きく伸びを一つ。

 そして、開放された筈の緊張感が旋律へと変わるのを感じた。

 そこには、とりあえずの達成感などなかったのだ。


「……ねえ、みんな。ちょっとこれ、ハードモード過ぎない?」


 待っていたのは、無数の銃口だった。

 ちょっとカタギには見えない一団が、ずらりと並んでいる。揃いのボディアーマーに、表情の見えないフルフェイスのヘルメット。ようするに戦闘員っぽい男たちがお出迎えだった。

 その中から、明らかに異質な雰囲気の女性が現れた。

 背後でれんふぁが、ヨハンの影に隠れる気配を感じ取る。

 つまり、どうにも歓迎できないタイプの人物らしい。


「ハハッ! 追いかけっこは終わりだ……手こずらせてくれたじゃないの」


 どこか神経質そうな、酷くかんさわる声だった。

 ユートに気付いた女は、ピクリと片眉かたまゆを跳ね上げる。


「あら……そう。順調にピースが揃ってゆくのね。アンダイナスもいて、そっちは……コード・クールマKと、コード・フェニックスP。なるほど」


 訳知り顔で思わせぶりで、どうにも気に食わない。

 ただ、女の視線は甲王牙KO-GAペンギンダーPENGINDERを見ていた。

 訳がわからない。

 そんな気持ちが顔に出ていたのだろうか? 女はナイフ片手にようやく名乗る。


「名乗るとするなら、フォーティン……キヒヒッ! さあ、気は済んだかい? 全員まとめて、拘束させてもらう。月のリクリエイト連中がお待ちかねさ!」


 軽く、控え目に言って絶体絶命だった。

 強くてニューゲームどころか、理不尽が無理強むりじいなニューゲームだった。

 だが、一同の中からペンギンダーが歩み出る。

 居並ぶ銃口を前にしても、頼もしい声が響き渡った。


「ふむ、厄介やっかいな……だが、こちらにも都合と予定がある。加えて言うなら、私の依頼人は気の利く男でね。そら、迎えの方舟はこぶねが丁度到着するところだが、どうするね?」


 フォーティンが僅かに顔を歪めた。

 明らかに過激な人格をしているのに、その表情は嫌悪も顕ながら美しさをまとっている。だが、狂気に身をやつした者の危うい美しさだ。

 そして、空気の震えが徐々に届いてくる。

 腹に響くような轟音が、少しずつ空から近付いてきた。

 フォーティンが舌打ちをして、なにかを周囲の兵士たちに叫ぶ。

 すぐに周囲の森から、人型の戦闘マシーンが現れた。


「チィ、やっくれるじゃないの……! けどねえ、このフォーティン様を出し抜いていいのは、りょーちゃんだぁけ! そのりょーちゃんを殺すまで……つまんない仕事でも、ゴミムシを潰すようにやっつけてやるんだよ! プチッとね、プチプチ……プチプチプチプチィ!」


 空には今、はっきりと遠くに巨大な方舟が見える。

 そう、空飛ぶ巨大な戦艦が迫っていた。

 あれがスコッチの言う迎えらしいが、間に合わない。

 今にも全員、この場で蜂の巣だ。スコッチや奈々、エミィのような機体に乗ってる人間しか助からない。そして、スコッチたちには多勢に無勢の中で戦いを選ぶしかない未来が待っている。

 もう駄目かと思った、その時だった。

 不意になにかが、空を通過した。

 一瞬ユートを覆った影が、空中でひるがえってなにかを構える。

 それは、酷く長い砲身だ。

 そして、スピーカーから外へと叫ばれた声が、はっきりと耳朶を打つ。


『こちら、リョウ・クルベ……保護対象を発見した。硝子の靴はまだ片方見つからないが、俺たちのシンデレラは無事なようだな。硝子の靴のもう片方としては……悪いが、今だね』


 空中で砲を構えた、それは人を象る巨大な騎兵だった。

 硝子の靴になぞらえた、大型のブースターを背に装備している。

 ユートにはその姿が、文字通り救いの騎兵隊に見えた。

 そして、発砲が砲声を歌わせた。

 あっという間に、周囲の敵機が胸を穿たれ火花を吹き上げる。正確無比な狙撃は、上空の不安定なポジションから容赦なく敵を貫いた。

 フォーティンが髪をかきむしって激昂する。


「チィ! アズールアーク、すでに他の異世界人を回収していた!? それも、懐柔して……けど、数ならこっちがさあ!」


 たちまち周囲は鉄火場になった。

 敵兵がライフルを構えて、こちらへ向けて銃爪を引く。

 情けないくらいビビってしまって、思わずユートはのけぞり倒れ込みそうになる。

 だが、なまりつぶては襲ってはこなかった。

 目の前に厳つい腕が降りてきて、金属音でユートを守ってくれたのだ。

 それは、アンダイナスの右腕だった。

 こんな時でも嫌に冷静な声が響く。


『ユート、提案があります』

「なっ、なに!? あ……いや、まずは助けてくれてありがとうだな」

『いえ、こちらこそありがとうございます。では、私の指示に従って――』

「ちょっと待って! 提案ってなに! 俺、いいともオッケーとも言ってないんだけど!」

『コクピット、ハッチ解放』

「話を聞いてくれない!?」


 有無を言わさぬ勢いで、アンダイナスはユートを鷲掴わしづかみにしてきた。

 そのまま、開かれた胸のコクピットに放り込むつもりである。

 勿論もちろん、ユートの都合などお構いなしだった。

 その間も戦闘は激化し、今度はアンダイナスごと甲王牙に守られる。

 場馴れしてるのか、奈々の声も猛る中で落ち着いていた。


『ユート、とりあえずエミィに従って! アンダイナスの中なら安全だし……私と甲王牙が盾になる! ……なによ、コード・クーマルって。訳わからない!』


 どうやら、混乱の中で不条理が続いて、奈々も内心は怒り心頭らしい。ユートは激しく共感を覚えたが、同意を叫ぶ前に暗闇へと放り込まれた。

 硬いシートに真っ逆さまに落ちて、どうにか体を入れ替える。

 そこは、モニターとデジタル表示の光に囲まれた、森の賢人の玉座だった。


「イチチ……とりあえず、乗った。乗ったよ、エミィ……これでいいかい?」

『はい、結構です』

「……君はどこ? 後ろ?」


 声はすれども、姿は見えない。

 そう思っていると、背後にぼんやりと光りが集い始める。

 そこには、電子の妖精にも似た美貌が浮かび上がるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スーパー◇ボット外伝「」- 並行神話断章 - ながやん @nagamono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ