第19話「異世界でしかない、現実」

 少年は混乱の中で、立ち尽くしていた。

 先程までの、まるで自分がファンタジーノベルの主人公になったかのような興奮が、消える。あわい夢が霧散むさんして現れたのは、総身を震わせる恐怖、そして戦慄だった。

 少年の名は、高円寺勇斗コウエンジユウト

 どこにでもいる日本の男子高校生だ。

 取り立てて語るべきなにものもない、普通の少年なのである。

 つい先程まではの話だが。


「えっと……なにこれ? どういうことなの?」


 ようやく発した声が上ずる。

 目の前の状況を一言で説明すると、混沌カオスだ。

 先程、突然見知らぬ部屋で目を覚ました勇斗は、外へ出ようとして襲われたのだ……機械でできた、見るもおぞましい巨大なバグに。

 だが、すぐに救われた。

 これぞ危機一髪という状況で、奇跡的なタイミングで助かったのだ。

 その喜びも感受できぬ程に、まだ彼は混乱していたが。


「とりあえず、うん……誰か、話の通じる人がいれば」


 眼の前には、鋼の救世主メシアそびえ立っている。

 青いラインが刻まれた、白を基調とした巨大ロボットだ。

 さらに付け加えれば、姿

 長く伸びた腕はいかつくて、鋼鉄の重々しい質感を伝えてくる。一目でわかる重装甲だが、ともすれば機敏に動きそうな瞬発力も感じられた。

 そのゴリラ型ロボットの足元で、ゆらりと影が立つ。

 突然、そこに同年代と思しき少女の姿が浮かび上がった。


『お怪我はありませんか? あなたがコーエンジ・ユートでしょうか。確認を求めます』


 とても平坦で冷たい、透き通った声だ。

 まるで高価な硝子細工ガラスざいくが歌っている、そういうおもむきの声音である。

 その少女は、端正な無表情を白く凍らせ、美貌に感情を全く表していない。

 絶世の美少女といって差し支えないのに、とても無機質で空虚に見えた。


「あ、えっと……ここ、どこです? あ、それより助かりました、お礼を――」

『質問に質問を返さないように。撃ちますよ?』


 ゴウゥ、と唸るような重金属の音。

 鋼のゴリラは右腕を持ち上げた。そこには、誰が見ても大砲にしか見えない武器がこちらをにらんでいる。

 どうやらお嬢さんは、事務的なやり取りや形式にこだわたちらしい。

 慌てて勇斗は、身を正して声を張り上げた。


「高円寺勇斗です! 本日は助けていただき、本当にありがとうございました!」


 そして、深々と頭を下げる。

 感謝の気持ちは本物だったが、それ以前に殺されてはたまらない。

 それでは、目の前の女の子がしたことを台無しにしてしまう。そう、確かに彼女は勇斗を助けてくれたのだから。


『結構です、ユート』

「ど、ども……それで、あの――って、ええっ!? ま、まあ、ゴリラ型がアリなら」


 おもてを上げた勇斗は、見た。

 ゴリラだけではない。カメとペンギンまでいる。

 ああ、そうかと勇斗は納得した。やはりこれは、ちまたで噂の異世界転生というやつだ。そして、小さい頃にゼンマイやモーターで動く動物型金属生命体の玩具おもちゃを買ってもらったことがあった。カメ型、あった。ゴリラ型、あった。ペンギン型は……聞いたことはないが、ヤドカリ型やエイ型、クマ型があるのだ。ペンギン型だってあるだろう。


「あれ? でも、関節部にポリキャップがないな……とりあえず、共和国側だろうか、それとも帝国側? 暗黒大陸ってことはないと思うけど」

『ユート、意味がわかりません。撃ちます』

「ちょ、ちょっと待って! 撃たないで!」

『冗談です』

「冗談に聴こえないんだよなあ」


 とりあえず、改めて勇斗は周囲を見渡す。

 ここはどこか、工場の内部を思わせる構造物だ。薄暗いが、等間隔で光が灯っている。そしてその輝きは、自然の世界にあるものとは思えない。一定レベルの文明が建造した、建物の中だと確信できた。

 そうこうしていると、カメ型やペンギン型からもパイロットが降りてきた。

 さらにその背後からは、少年少女たちが近付いてくる。

 不思議と勇斗がリーダーと感じた男は、そっと手を伸べ仲間を制した。


「えっと、とりあえず……メル、ショーンを遠ざけて。れんふぁの時みたいに、過呼吸を起こされると話が進まないからね」


 なんだか、ちらりと見えた。

 見えてしまった……何故なぜか、。背中に羽根が生えている。天使には見えないが、整った顔立ちの全裸男は機体の影に引っ込んだ。

 そして、先程の少年が目の前に立つ。


「はじめまして、俺はヨハン。トレジャーハンターさ。君は?」

「あ、ども。高円寺勇斗です」

「よろしく、ユート。ようこそ、廃惑星はいわくせいへ……君、違う場所から来た異邦人エトランゼだね? もしくは、違う時間から来たか……なんとなく、彼女と似た匂いがするからね」


 ヨハンの振り返る先に、黒いショートカットの少女が立っている。

 勇斗自身も、不思議と彼女が自分に近い生活圏の人間に思えた。何故なら、この特異な状況に馴染なじんでいない、浮いてしまっているからだ。

 対して、ヨハンは慣れているのか驚きもしない。

 先程まで蠢いていた蟲の残骸はまだ、そこかしこで火花を散らしていた。

 ひょっとしたら、ここはかなりの世紀末か、さらにその先の世界か。


「あの、廃惑星って……」

「昔は海とかもあったらしいんだけどね。まあ、その名の通り捨てられし星さ。それでも生きていけるし、生き方だって選べる。下手するとすぐ死んじゃうけど」

「それは、また……なんてハードモードな世界に来ちゃったんだ」


 だが、ヨハンは信用のおける人物のような気がする。

 この世界のあらましを、隠そうとしなかったからだ。その事自体にメリットを感じていないのもあるだろうが、混乱する勇斗に対して真実を語ってくれた気がする。

 真実をもって接してくる人間は、信用に値する気がした。

 そのヨハンだが、先程から立ち尽くしている少女に振り返った。


「さて、ええとエミィさん? でしたよね。目的は彼の救出では? だったら、もうここからトンズラしてもいいんじゃないかな」

肯定ポジティブです。コーエンジ・ユートを無事確保できました。長居は無用です』

「だってさ。じゃ、とりあえずここで立ち話もなんだし、行こうか」


 右も左もわからぬ世界で、保護してくれるというのはありがたい。

 だが、に落ちない部分もある。

 先程エミィと呼ばれた少女は、まるで勇斗がこの場所に来ることを知ってたかのような口ぶりだった。ここで勇斗を保護することが目的で、しかも確保という単語はなんだか物騒な響きを感じた。

 それで勇斗は、エミィに歩み寄る。

 しかし、近付いて驚きに目を丸くした。


「あ、あれっ? えっと、エミィさん……微妙に、透けてる、ような」

『これは立体映像ホログラフィです。なにか問題でも?』

「えー、そうなんだあ……めっちゃ凄い科学力だけど。このゴリラやカメ、あと、ペンギン? もそうだ。いったい、ここはどういう世界なんだ?」


 カメ型のロボットも、要所要所の刺々しさがとても攻撃的だ。そして、綺麗な女の子が降りてきたのにも驚きである。しかも、割りと勇斗の好みのタイプだ。彼女は奈々と名乗って、周囲に警戒心を尖らせている。どうやらまだ、ここは敵地らしい。

 エミィを除く皆は、生身の人間である。

 勇斗が洞察力を総動員した結果、どうやら同じ時代でも複数の文明圏があるらしい。もしくは、自分以外にもこの場所に突然飛ばされてきてしまった者たちか。


「服装はみんなバラバラだし、この土地の人らしいヨハンさんたちは……あ、裸の人はともかく、結構簡素なものを着てるな。どういう状況なんだ?」


 勇斗は内心で、徐々にだが落ち着かない気持ちをつのらせてしまった。先程までは、機械の蟲から必死に逃げようとしていた。そして、助けられて生命の安全が確保されたことで、今後のことが不安になってしまったのだ。

 だが、それを見透かすような声が響いた。

 とても渋いバリトンボイスだった。


「まあまあ、少年。落ち着きたまえよ。ふむ……それにしても、驚いたね」


 そんなことを言う、言葉のぬしを見た勇斗の方が驚いた。

 そこには、巨大なペンギンから降りてくる、小柄な人ほどのペンギンが見えた。彼は器用にハッチから飛び降りると、ふう、と溜息ためいきと共にシガレットケースを取り出す。翼でそれを握って、もう片方の翼でライターに火を灯した。

 ゆったりと一服して、そのペンギンは紫煙をくゆらしながら言葉を続ける。


「エミィ、といったね? 君は……もしかして、電脳人バイナルなのかな?」


 ――電脳人。

 聴き慣れない単語だ。

 勇斗は皆がそうするように、エミィを見詰める。

 見目麗しい立体映像は、わずかにノイズが走ったが表情を変えなかった。


『そのことに関しては、今は返答を保留します』

「それでは、はいそうですよと言ってるようなものだがね? まあいい。今は全員の安全が最優先だ。そして、君とアンダイナスは頼りにしている」

『目的は完全にとは言えませんが、一致しているかと』

「そう願いたいね。さ、外へ出よう。取り急ぎ、森を抜けて人間の生活圏へ向かわなければならない。ペンギンダーが動けても、私は酒と煙草が切れると動けなくなるからね」


 どうやら、ペンギン型のロボットはペンギンダーというらしい。

 そのまんまだ、ド直球なネーミングである。

 だが、妙にシニカルだがダンディを気取るこのペンギンが、この場では不思議と一番頼れるような気がする勇斗なのだった。

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