第18話「異邦人たち」

 それは、とてもカオスな光景だった。

 更紗サラサれんふぁは、それでも内心で安堵あんどしていた。

 囚われの危機を脱し、善意の協力者と言っても差し支えない人たちに出会えた。

 だが、轟音を響かせ歩いているのは、

 あらゆる世界で人型機動兵器が実用化され、れんふぁの世界でもパンツァー・モータロイドと呼ばれるロボットが活躍している。……正確には、元いた世界では、活躍していた。

 ただ、PMRパメラは過去のものになったが、それは野生の動物ロボに淘汰とうたされた訳ではない。

 改めてここが、自分達の預かり知らぬ遠未来だと思い知った。


「ん、りんなさん。大丈夫? 疲れた、かな?」


 気遣う言葉をかけてくれたのは、ヨハンだった。

 自称トレジャーハンターの彼は、全裸の鳥人ショーンゼンラ・オブ・ゼンラ、頼れるお姉さん肌のメルを連れて発掘作業中だったのだ。

 れんふぁは危うくくちびるを奪わそうになり、あまつさえ網膜に消去不能な全裸を刻みつけられた。

 正直、大丈夫ではない。

 疲れることにすら、疲れを感じ始めている。


「あ、いえ……大丈夫です」

「無理、しないでね。と、いうのも……この遺跡、なんだか普段から出入りしてるものとは違う雰囲気があるから」

「あ、ああ、トレジャーハンターですもんね、ヨハンさん」


 今、謎の遺跡を一行は移動中だ。

 それというのも、森を抜けた安全圏へと向かう途中、アンダイナス――ゴリラ型の砲打撃戦用ロボット――がここへの立ち寄りを希望したのだ。

 そう、先程から姿を見せない、エミィという少女の要望だったのだ。

 そして、どこか平坦で冷たい声には、同意しか許さぬ強さも感じられたのだった。

 その声は今も、まるで機械のように響いてくる。


『この先です。なお、敵と思しき熱源反応……バグです』


 とても冷静で、その上に無機質な声。

 形ばかりは可憐な乙女の響きだが、まるで感情を感じない。

 このゲームはバグってます、みたいな気軽さで、先程襲ってきた機械のむしがいることを伝えてくる。自然とれんふぁは、周囲のヨハンたちと一緒に身構えた。

 すぐに鋼鉄の獣神たちが前に出る。

 その中央で、カメ型の甲王牙コウガが肩越しに振り返った。


『片付けるから、下がってて。巻き込まれたくなきゃね』


 自分と同じ年頃の少女なのに、その声は鋭く尖って冷たい。どこか、れんふぁには自分がいた鈍色にびいろの時代を思い出させる。

 まるで、戦いにとりつかれたかのような声だ。

 闘争が手段ではなく、それ自体が目的のような……だが、れんふぁは確信している。

 甲王牙を駆る謎の少女、稜江奈々カドエナナは決して悪い人間ではない。

 彼女の秘められた乙女心を思えば、自然と記憶は小一時間前へと遡った。




 れんふぁはなんとか、一命をとりとめた。

 追手を振り払う中で、ヨハンたちトレジャーハンター一行に助けられた。のみならず、謎の用心棒、ペンギンのスコッチにも窮地きゅうちを救われたのだ。

 さらには、突如とつじょ空から現れた謎の二人組にも加勢してもらえた。

 人智を超えた……否、鳥智ちょうちを超えたスコッチの力でも、彼女たちの助けが無くば危なかっただろう。そう、舞い降りた助っ人は、二人共可憐な美少女だった。


「とりあえず、更紗れんふぁってのはあなたね? ……無事でよかった」


 まず、甲王牙という名のカメ型機動兵器から降りてきた少女はれんふぁをにらんできた。普通に見やっただけかも知れないが、黒い前髪の半分が隠している美貌は、なんとも近寄りがたく独特の迫力を発散していた。

 ぶっきらぼうで、どこか投げやりな言葉もそうだ。

 だが、彼女はれんふぁの無事を知ると、安堵からか苦笑を浮かべた。

 悪い人ではない、それだけは信じられるし、行動で示してもらった気がする。


「あ、はい……わたしが更紗れんふぁ、です、けど」

「で? スコッチってのはどいつ? そっちのあなた? 随分若いわね」


 奈々はすぐに、鋭い眼光をヨハンへと注ぐ。

 どうやら、スコッチの名はこの廃惑星はいわくせい地球では知れ渡っているらしい。それでいて、実像は認知されていない。その鮮やかな痕跡の消し方すら、プロの手練手管しゅれんてくだを感じさせる。

 ペンギンだけに『立つ鳥跡を濁さず』を貫いてきたのかも知れない。

 漠然ばくぜんとだがつい、れんふぁはそんなくだらないことに納得を得てしまう。


「あ、いや、俺の名はヨハン。トレジャーハンターだ。偶然だけど、れんふぁさんを助けることになって……そう自分で決めて、こうしてご一緒してるのさ」

「そう。まあ、それは信用するわ。他に説明がつかない程度には、やばい状況だったしね。それに……」

「それに?」

「あなたは絶体絶命の中に、このれんふぁってのを助けるために飛び込んだ。それを見たら、信用してもいいと思える」

「そりゃどうも」


 どうやら敵ではないし、相手に敵意もなさそうだ。

 れんふぁがそう思っていると、背後で停止したペンギンダーからスコッチが降りてくる。テンガロンハットを気取って被り直す彼を、れんふぁは「よいしょぉ!」と抱きかかえた。

 改めて奈々の前に歩み出て、ずずいとスコッチを目の前に突き出す。


「あの、えと、奈々さん。これが……ってか、この方が、スコッチさんです」


 奈々はれんふぁをじろりと睨んで、それから視線をスコッチへと落とす。

 そして、皆がそう思うように第一印象をそのままつぶやいた。


「……ペンギン? え、ちょっと待って、賞金稼ぎのスコッチって」

「彼です。彼が、スコッチです!」

「ちょ……嘘でしょ?」

「本当でっす!」

「……マジ?」

「マジです」


 真剣なれんふぁの表情に、奈々は頭を抱えてしまった。

 だが、彼女はチラチラとスコッチを見ては、手をわきわきとさせる。そして、躊躇とまどいながらも自分をいましめるように足踏みで引き下がった。

 声が降ってきたのは、そんな時だった。


『その人物は……いえ、その鳥類はスコッチ氏で間違いありません、奈々』


 声は、ゴリラ型の機動兵器から発せられた。

 そして、れんふぁたちの前にうっすらと半透明の人影が現れる。ゆらいでノイズを数度波立たせる、その姿は実在の人間そのものになった。

 極めて高度な科学力で投影された、立体映像だ。

 とても美しい少女が、静かに抑揚よくようのない声を響かせる。


「ちょっと、エミィ? 正気を疑うわ。こいつが……これが、スコッチ? あの、百戦錬磨ひゃくせんれんまの?」

『データベースに照合し、一万二千回ほど結果を洗い直しました。間違いありません』

「そ、そう……と、とにかく、まあ、当初の目的は達成されたって訳ね」


 奈々はチラチラと、れんふぁが抱えるスコッチを見ている。

 どこかほおが赤くて、そのことを自覚せずに手を開いたり閉じたりしている。

 ああ、これは……その時、れんふぁは奈々の心中を察した。そして、無言で首をかしげるスコッチは、黙っているだけにとても愛らしいペンギンそのものだった。

 れんふぁはえて口に出さなかった。

 だが、エミィと名乗った立体映像の少女は容赦がない。


『奈々、もしや……スコッチ氏に対しての過度な愛情表現、愛玩行動なでなでを望んでいますか?』

「ちっ、ちち、違うし! いや、それはない……ない、はず、だし!」

『では、何故心拍数と呼吸が乱れているのでしょうか。なにより――』

「タンマ! ちょっと待って、エミィ! 私は……そういう趣味は」

『この短い期間、貴女あなたを保護して行動を共にしている半月ほどのデータでも、稜江奈々という個人の趣味、趣向がおおむね――』

「いいから! 言わなくていいからっ!」

『……もふもふ、したいのでは?』

「したいけどっ! 今は! いいからっ!」


 奈々は顔が真っ赤だった。

 そんなこんなで、れんふぁたち一行は奈々とエミィ、二人の同行者を得て今も逃避行の真っ最中である。




 そして、今はエミィの希望で謎の遺跡に立ち寄っている。トレジャーハンターの仕事もあるので、ヨハンたちだって乗り気だ。

 そう、乗り気だったのだ……先程までは。

 今、通路の向こうには金属の身体を鈍く光らせる蟲が集まっている。

 この廃惑星で唯一の緑地帯にうごめく、バグと呼ばれる存在だ。

 真っ先に前へ出たのは、スコッチのペンギンダーだった。


「まずは私が一当てしてみよう。なに、荒事あらごとは私の領分でね。なにより、可憐な乙女、た、ちっ!? ……む、むう……重い」


 突然、無言でエミィが愛機の前腕を突き出す。

 砲身をそのまま、ペンギンダーをバイポットにして固定した。なるほど、アンダイナスのサイズから見れば、ペンギンダーの大きさと高さが丁度いいのだ。

 なんだか、嵐の中でも輝けそうな感じだ。

 そう思った瞬間、


『軸線固定、排除開始』


 狭い中でアンダイナスの右腕がえた。

 高速で打ち出された弾頭は、狙い違わずバグの群を木っ端微塵にする。

 観念したのか、ペンギンダーは二射目の時には短い羽根で砲身固定を手伝っていた。

 あっという間に、敵意がただの屑鉄スクラップの山になる。だが、れんふぁはメルから教えられた……バグの破壊は容易ではないが、方法を選んで上手く倒すと、大量の資源になるのだ。

 だが、手加減という言葉を知らないかのようなエミィの制圧射撃は、ヨハンたちトレジャーハンターのあわい夢も粉砕していたのだった。


『排除完了……保護対象を確認しました。接触してみましょう』


 透き通るエミィの声の向こうに、れんふぁは見た。

 昭和レベルまで文明が後退した日本皇国は勿論……自分がいた地球とも違う、それでも人目で部屋着だとわかるルーズな格好。そして、完全に目の前の光景に思考を凍らせた、一人の少年が立っているのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る