第17話「超獣ギガンティック」

 ――バグ。

 この廃惑星はいわくせい地球で、この言葉がコンピューター業界のスラングだった時代を知る者は、いない。もういない……かつて隆盛りゅうせいを極めた人類は、その大半が去ってしまったのだ。

 それでも、スコッチはペンギンダーの中で言い放った。

 鋼鉄のむし達を、バグと呼んだのだ。

 ヨハンは直感で、それが目の前の驚異の名だと知った。


「噂には聞いたことがある! この世界から海が消え、廃惑星と呼ばれるようになってから……貴重な自然の残る森は、連中のテリトリーになったんだ」

「ちょ、ちょっとヨハン?」

「ショーン! れんふぁを頼む! さ、メル。こっちに!」


 戸惑とまどう少女の手を引き、なかば強引に身を寄せる。

 今のヨハンには、スコッチの操るペンギンダーだけが確かな戦力だ。その不格好とさえ言える鳥型機動兵器は、かつて実在した飛べない鳥を象っている。そして、ユーモラスなその姿が嘘のように、瞳に光を走らせるや躍動した。

 飛べない鳥、ペンギンを模した鋼鉄の猛禽もうきんぶ、そしてぶ。

 ヨハン達を取り巻く異形の蟲達もまた、あっという間にペンギンダーへ殺到した。


「ほう? 面白い……ふむ、ヨハン! レディ達は任せた。見せるさ、野生を……眠れる猛獣の、はちの一刺しを解き放とう!」


 内心、全力で突っ込みつつヨハンは走る。

 獣でも虫でもなく、スコッチはペンギン、鳥だから。

 だが、今はこの上なく頼もしい。

 あっという間に、苛烈な戦闘が開始された。


「行こう! 今の俺達じゃ、スコッチの邪魔にしかならない!」


 くやしいが、トレジャーハンターとして振る舞える領分を超えている。超越している。この鉄火場てっかばでは、ペンギンダーと蟲達以外は無力に等しい。

 スコッチの配慮で、包囲の一角が破られた。

 その分、負担を強いられているがペンギンダーは機敏に動く。

 寸胴ずんどうの機体が、見た目を裏切る機敏さで次々と爆発の花を咲かせた。

 冷静に逃げつつ、ヨハンは察する……このバグと呼ばれる蟲達は、個々の戦闘力はそこまで高くない。ただ、その数が尋常じゃない。そして、その全てが一個の群体ぐんたいとして統制の取れた攻撃をしかけてくる。

 ペンギンダーは今、荒れ狂う高波へと挑むように戦っていた。


「みんな、先に行って! 俺は、スコッチと一緒に脱出する」


 考えがないわけではないが、心もとないのも事実だ。

 手足は震えるし、声だって上ずっていた。

 だが、ヨハンは驚く全員を退路へと押し出す。今、窮地きゅうちおちいっている自覚はある。そして、自分が戦力外なことも痛感している。

 それでも、今の今になって自分に正直になれた。

 逃げるなら、全員で……全力で逃げるなら、一緒にだ。


「おばあちゃんが言ってたっ! 蛮勇ばんゆう愚行ぐこうか、それは誰にでも言わせとけって! それでも俺が……自分がいいと思えることをなせ、って!」


 迷わずヨハンは、ペンギンダーが死闘を繰り広げる戦場へと飛び込んだ。

 こんな世の中で、これだけの機械を見るのはヨハンも初めてだ。文明が失われたこの廃惑星では、掘り出せる機械はどれも壊れている。その中で直せるもの、価値あるものをサルベージするのがトレジャーハンターの仕事なのだ。

 だが、どうだろう……蟲達はどれも、造りたてのような光沢に覆われている。

 ヨハンに反応した迂闊うかつな個体だけが、正確にペンギンダーの格闘の餌食えじきとなった。短い翼は、それ自体が鋭利な刃物として武器になる。


「ほう? ヨハン、何故なぜもどってきたのかな?」

「策はない! 理由だって、意味だってない。ただ、一人だって……一羽だって、犠牲にしていい命なんかないさ! 死ぬ気でやれば、俺だってなにかが――」


 だが、状況は絶望的だった。

 そうと知ってて、えて飛び込んだのだ。

 それでも、身体の震えは止まらない。

 そして、スコッチの助けになれるかどうかも自信がない。ただの自己満足ではと、自分の中のネガティブな気持ちが込み上げてくる。だが、それもまた己の一部として、ヨハンは怯えと共に飲み込んだ。

 爆音が鳴り響いたのは、そんな時だった。


『いい気迫ね……でも、間違ってる。なんて、言わないで』


 空気を震わす声は、空から降ってきた。

 同時に、轟音と風圧、そして衝撃波。

 咄嗟とっさにスコッチのペンギンダーが守ってくれなければ、ヨハンは吹き飛ばされていただろう。目を手でかばいながら、指と指の隙間に異変を見る。

 空から、何者かが降りてきた。

 まるで、太陽が落ちてきたかのような、爆炎のまぶしさが揺らいでいる。その熱気が、周囲の蟲達をたじろがせた。


「な、なんだ……あれは? 星が、落ちてきた……ような。その背に、なにかが」


 金切り声を張り上げ、絶叫するように高音を歌う光があった。ヨハンはようやく、それが高速回転するマシーンだと気付いた。円盤状のそれは、炎をほとばしらせながら浮いている。

 その背から、いかつい巨躯きょくが舞い降りた。

 逆三角形の肉体は、鋼鉄の筋肉に覆われている。

 そのシルエットもまた、この世界では姿を消してしまった霊長だ。かつては森の人、賢人けんじんたたえられた動物……人間の科学文明が自然とともに、食い潰してしまった存在である。

 驚きに固まるヨハンと違って、ペンギンダーを身構えさせるスコッチは冷静だった。


「ほう? ゴリラ……有象無象うぞうむぞうの蟲に襲われて、次は森の人が登場とはね」


 シニカルに決めてるとこ悪いが、スコッチだってペンギンじゃないか……そうヨハンは心の中でまた突っ込んだ。

 だが、先程の声は再び響く。

 りんとして鋭い緊張感を満たした、少女の声だ。

 それは、まだ回転しながら浮かぶ円盤から聴こえていた。


『死ぬ気でやってちゃ、いつか死ぬわよ? だから……。そうでしょ? エミィ!』


 少女の声に、巨大なゴリラ……ゴリラ型の機動兵器が咆哮ハウリングする。

 実際に声を張り上げた訳ではないが、甲高い駆動音が感応するように高まってゆく。

 同時に、再び戦闘が再開された。

 バグ達はどうやら、新手のゴリラと円盤を脅威とみなしたらしい。群れなす百匹近くの一部が、そちらへと雪崩なだれのように襲いかかった。

 だが、賢人に恥じぬ理知的な動作には無駄がない。

 ヨハンには、故郷の長老が持っている、古い古い時計という機械を思い出させた。無数の歯車が時を刻むように、ゴリラ型のマシーンには無駄な動きが一切ない。迷いも感じられず、躊躇ちゅうちょも存在しない。あるのは、冷製で冷徹な思考……合理だけを追求する冷たい動きが、武器の内臓を感じさせる巨腕を身構えた。


「なんだ……あのゴリラってのに似てるやつ。まるで、機械みたいだ」

「ヨハン、まるでもなにも、あれはゴリラ型のマシーンだな。やれやれ、サダトキの奴も人が悪い」

「いや、そういう意味じゃなくて! 乗ってる人が機械みたいというか、人が乗ってると感じられないような……でも、中に人のようなものを感じるんだ」

「……ほうほう、そうかね。少なくとも、敵ではないようだ」


 その時、静かに声が響いた。

 文字通り、絶対零度アブソリュートに凍ったような声だった。


『アンダイナス、戦闘を開始します』


 ――アンダイナス、それが巨大なゴリラ型の名前か。

 同時に、腕に構えた巨砲が吼えた。

 ヨハンには、渦巻く空気の中を突き抜ける光が見えた。一拍の間をおいて、衝撃波が周囲を薙ぎ払う。筋骨隆々きんこつりゅうりゅうたるアンダイナスすらも、僅かな反動に揺れていた。

 一発でバグの大半が、文字通り消滅したかのようにかき消えた。

 ばらばらと部品が宙を舞っている間に、第二射が放たれた。

 ただそれだけで、既に敵意の半分が消え去っていた。


「喜ぶのは早いな、ヨハン。……どうやら連中、自分より強い敵は避けたいようだ」

「えっ? スコッチ、それって」

「うむ。この場では私は二番目に弱い。一番はぶっちぎりで君だ、ヨハン」

「そんな気してた! けどっ!」


 統制の取れた蟲達が、挙動を乱した。

 明らかに動揺を見せて、その全てがこちらへと向かってくる。

 自分よりも強い敵を避ける、それは自然の生物が持つ野生の本能に近い。そして、大自然の大半が失われたこの廃惑星で、野生を引き継ぐ存在は無機質な機械の蟲……だが、暴走寸前で狼狽うろたえた敵意の前に、流星が落ちてきた。

 先程のゴリラ型、アンダイナスを運んできた火車ホイールうなりをあげる。


『殺す気でって言ったでしょ? エミィ。……ま、撃ち漏らしはこっちで片付ける!』

『よろしくお願いします、奈々ナナ。それと、バグは生物ではありません。生命活動のない存在を殺すのは、無理ではないでしょうか』

『あー、はいはい! 哲学、哲学! ……いいから、ブッ殺せっての!』


 巨大な円盤は、文字通りたてとなってバグの攻撃を弾き返した。

 そして、周囲をかたどる炎が収束し、回転がゆるやかになる。

 同時に、手足と首、尾が生えて大地をズシリと踏み締めた。

 そこには、甲羅を背負った鋼鉄の守護獣が立っていた。


「こ、これは……」

「待て、ヨハン。みなまで言うな、というやつだ」

「でもスコッチ、これって……昔、古い書物で見たことあるよ。今は絶滅した――かm《カメ》」

「そう、その生物に告示している。なに、ペンギン型やゴリラ型がいるんだ、問題あるまい」


 謎の円盤は、古代の生物をした雄々しき姿となって立ちはだかった。その手足は太く、鋭い爪が光っている。頭部にも巨大な牙が突き出た口があり、双眸そうぼうには怒りを感じさせる光が燃えていた。

 そして、ヨハンは脳裏に対話する鋼鉄獣の主達を想像する。

 エミィと奈々、互いにそう呼び合っていた。

 どちらも、美少女な気がした。


『エミィには世話になったから、ま……恩返し程度には、やってみる! 行くよ、甲王牙こうが!』


 甲王牙と呼ばれた戦獣ダイソナーは、絶叫と同時に腰を落とす。

 その口から、紅蓮ぐれんに燃え盛る炎が迸った。煌々こうこうたぎ火焔かえんが、バグの群れを包み込んだ。そして、ヨハンは瞬時に察する……周囲の森を燃やさぬ配慮、手加減が感じられたのだ。

 それでも、失われた海から来たような古代の獣竜は、あっさりとバグを殲滅せんめつしてしまったのだった。

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