第16話「忘れられた森にて」

 ジェットの轟音を響かせ、ペンギンダーは飛んだ。

 飛べるなら飛べると、先に言ってほしかった……ヨハンは、謎の助っ人もとい『すけとり』のスコッチに心の中でぼやいた。それが、数時間前。

 だが、ヨハンは生涯忘れないだろう。

 大空から見た廃惑星はいわくせいは、彼の地方では砂星ディザスターと呼ばれている。その意味を、空の下ではっきりと目にした。荒涼たる砂漠は、さながら砂の海だ。そして、そこにはかつて水があって、この惑星は青かった。そう祖母は教えてくれたのだ。

 そして今、見たこともない未開の森に囲まれている。

 極めて墜落に近い形で不時着した一同は、ジャングルの中で迷っていた。


「あ、あのぉ……えっと、ヨハンさん? ここは」


 先程から更紗サラサれんふぁは、とても不安そうだ。

 そして、最後尾を警戒してくれてるショーンを、極力見ないようにしている。

 当然だ。

 うら若き乙女は、好きでもない男子の全裸など見たくはないだろう。ショーンは有翼人で、うまい具合に翼が大事なところを隠したり隠さなかったり。ヨハンが見ても、だいたい六割くらいは隠れてることが多い気がした。

 メルのフォローもあって、れんふぁはどうにか今はヨハン達を信用してくれたようだ。


「ゴメンね、れんふぁ」

「い、いえっ! 助けられたの、わたしの方ですから」

「ま、今は同じ境遇……助けを求める側になっちゃったけどね」

「そうですね、エヘヘ。でもぉ、びっくりしました。こんな原生林があるなんて」


 そう、ヨハンも驚いた。

 同時に、以前から存在だけは耳にしていたし、どちらかといえば話自体に懐疑的だった。まさか、この星に緑が生い茂る場所があるなんて。

 ヨハンが祖母から教わった世界は、すでに終わり終えているのだ。

 文明華やかりし頃、人類が万物の霊長として繁栄していたのは何千年も前だ。

 人は想像力と創造する力を奪われ、ただ拾って掘り出すことしかできなくなった。使えなければ鉄屑ジャンクで、使えたとしても直せない。使いこなすことなど夢のまた夢である。

 なにより、大自然は失われた……ヨハンもなかば、そう思っていた。


「ねえ、スコッチ」

「なにかね? ヨハン」


 先頭を歩くのは、巨大なペンギンだ。

 名前もそのまま、ペンギンダーである。

 頼もしいことに、ペンギンダーは道なき道をかき分けながら進んでくれる。先程の戦闘力といい、緊急離脱用のブースターといい、かなりのオーバースペックだ。時々用心棒や遺跡荒しは、こうした旧世紀の遺産を使っていることがある。

 ロボット兵器と呼ぶには、いささか抵抗があるが……この時代は力もまた正義の一つだ。

 知識という名の力を欲するヨハンもまた、冒険に胸を焦がす無頼ぶらいである。


「とりあえず、一度方針を話し合いたい。顔を見せてくれないかな」

「そういうことなら了解だ、ヨハン。フッ、そういえば……私としたことが、レディにまだ挨拶していなかったようだ」


 ペンギンダーは振り返って停止した。そのハッチが開いて、パイロットのスコッチが現れる。その姿を見て、予想通りのリアクションでれんふぁが仰天してくれた。


「ペッ、ペンギンダーの中に……ペンギンだー!? ……ペンギン、だよね? 喋ってるけど」

「はじめまして、美しいお嬢さん。私のことはスコッチと呼んでくれたまえ」

「え、あ、はいぃ……よろしくです、スコッチさん。あと、助けてくれてありがとうございましたっ! ……美しく凛々りりしい、素敵なお嬢さんかあ、照れるなあ」


 おいおい、いい根性してるなと思ったが、えて突っ込まないヨハンだった。

 とりあえず、危機を脱したことをお互い確認して、それかられんふぁに事情の説明を求めた。しかし、彼女の話すことは突飛である上に、彼女自身の正気を疑うものだった。


「えっと……じゃあ、れんふぁさんは未来から……あ、いや、俺達の何千年も過去、いわゆる旧世紀から来たと」

「その表現は正確ではないですねぇ……端的に言うと『もう一つの未来』から、パラレイドって敵を追って来たんです。でもぉ、ちょっとこんなことになっちゃって」


 更紗れんふぁは、ようするに平行世界、別の世界線から転移を試みた。次元転移ディストーションリープと呼ばれる技術で、座標の確定した『別次元の地球の過去』に飛んだ。そう、この廃惑星はかつて地球と呼ばれていたのだ。

 やはり、祖母の言葉は正しかった。

 だが、れんふぁを迎えたのは永久戦争の地獄だった。

 既に、パラレイドと呼ばれる謎の敵は地球全土を襲っていた。そして、そんな中でさえ人間同士の争いが続いていたという。


「ふむ、なるほど……それで、戦いの中で次元転移を試みたら、この廃惑星に来てしまったと」

「そゆ感じですぅ。あ、でも、独立都市エルヴィンで凄く親切な方がいて」

「……あそこは外界から隔絶された文明圏だ。そこで保護されるということは、なにかしらの技術や力を持ってたんだね。エルヴィンは学術的な価値があればなんでも受け入れるっていうし」

「わたしの乗ってた【シンデレラ】の他にも、仲間の機動兵器が色々……それこそ、エルンダーグみたいなでーっかいのから、バンガードみたいな小さいのまで」


 ふむ、とヨハンが腕組み唸っていると、メルが横から口を出した。


「それってさ、色んな遺跡で時々見た残骸と一致するよね。大昔の人はなんか、ロボット? 人間に似せて作った巨大なマシーンを使ってたって言われてるし。ねっ、ヨハン?」

「ああ。とりあえずれんふぁは、俺達から見て過去から来た。そして、その過去もまた、彼女が旅してきた目的地に過ぎない。彼女は、違う世界線の人間ということになる」


 うんうんとれんふぁが大きくうなずいた。

 途方もない話だが、同時に否定する要素が見当たらない。遺跡荒しとして色々な場所を発掘してきたが、時折説明不能なオーパーツが出土することがある。

 かつて可動していたであろう、巨大な人型機動兵器もそうだ。

 それら埒外らちがいな発掘品の延長線上に、目の前のペンギンダーがあるとみていいだろう。

 そして、ヨハンは話を整理する過程で、スコッチにも情報の提供を求めた。


「ふむ、妥当なとこだな。酒場で一悶着ひともんちゃくあったとはいえ、君達に協力すると了承したことは事実だ。なにより、この危険な森では仲間同士の情報共有、これは欠かせない」

「危険な森?」

「おいおい話そう。さて、まずは私のことだが」


 そう、思えばスコッチも謎の人物だ。

 冒険を夢見て故郷を飛び出したヨハンが、メルやショーンといった同世代の者達と組んだのはわかる。この世界では、一人でできることなどなにもないのだ。一人でいられるとしたら、それはただの鈍感である。

 誰もが人と協力し、人を利用しなければ生きていけない。

 今という時代はそういうすさんだ野蛮な世界なのだ。


「私はクライアントのサダトキ……便宜上、名を明かすのはまずいのでミスターSとしておこう。ミスターSからとある依頼を請け負った」

「もう遅いって、で? そのサダトキさんとやらからはなにを」

「それが、実は私もよくわからないのだよ。ただ、トキハマを始めとする都市が点在する、この危険な森での仕事だ。護衛任務なのだが、護衛対象に関する情報が少ない。おまけに、クロスワードパズルみたいに断片的なデータで、護衛対象を自分で探せときている」


 ――危険な森。

 スコッチは既に二度、この場所をそう呼んだ。

 ヨハンにはそれが気になったが、ミスターSことサダトキという名前にも警戒心がささくれだつ。

 ヨハン達の生活圏は砂漠で、その中に点在するオアシス等の集落や村、ちょっと大きい港町なんかだ。砂上船での行き来が主だし、歩いて渡るには砂の海は広過ぎる。

 一方で、大自然が残る秘境の話はまことしやかにささやかれ続けていた。

 サダトキというのは確か、その森の中にあるトキハマという都市の重要人物だ。

 何故なぜ知ってるかというと、ヨハンは当面は遺跡荒しで生活するつもりだが……発掘品の買い取り先に関しては、慎重にくまなく調べてあるのだ。そして、上客と思しき名前をリストアップしてある。トキハマというのはアクセス不能だが、未来永劫そうとは限らない。


「なるほど、合点がいったよスコッチ。別件があって、そっちが本命。俺達に付き合ってくれたのは、ちょっとした小遣い稼ぎ……と、ペンギンダーの慣らし運転みたいなもの、かな」

「いい推理だ、ヨハン。だが、忘れないで欲しい……私が君達に興味を、それも好意的なものをもったのは事実だ。私はビジネスに対する鉄則で動いているが、このペンギンダーと違ってマシーンではない。ただの一人の男、人間だよ」

「ペンギンだけどね」

「そう、ペンギン。ペンギンの人なのだよ」


 悪意や敵意、何らかの害ある企みを含んでいないことはわかった。

 人生経験にはとぼしいヨハンだが、だからこそ信じてみる気になるし、そのことでの失態には備えもある。なにより、スコッチに助けられたのは事実だ。

 とりあえず情報を整理しようと、ヨハンは腕組み脳裏に言葉を並べる。

 だが、ショーンの悲鳴が響いたのはそんな時だった。


「あっ、あれ! なんだ……おいっ、あれって……おいいいいいっっっっっっ!」


 絶叫と羽撃はばたきに振り向くと、そこには……見たこともない怪物がいた。

 金属特有の光沢を艶めかせた、虫だ。そう、巨大な虫がこちらへと迫ってくる。咄嗟とっさにヨハンは相手が機械だとわかったが、それにしては妙だ。

 向けられた殺意が、あまりにも綺麗に透き通っている。

 まるで、無菌状態のまま凍った清水しみずのようだ。

 その冷たさだけが、やけに正確に伝わってくる。

 すぐにスコッチがペンギンダーの中に消えた。

 意味深な言葉を残して。


「ふむ、もうバグに出くわしたか。どれ、もう一暴れといこう」


 スコッチを身に招いて、ペンギンダーのつぶらな瞳に光が走る。

 応戦しようと武器へ手を伸ばすメルを、気付けばヨハンは引き寄せていた。

 れんふぁの悲鳴が響く中、耳障りな金属音が鼓膜を擦過さっかする。

 生理的な嫌悪と同時に、得も言われぬ恐怖に背筋が凍った。


「メルッ、スコッチに任せよう! 生身じゃ無理だ。れんふぁも、ショーンも、こっちに!」


 その判断が賢明だったと、後に知ることになる。

 ヨハンはかつてない驚異を前に、不思議と冷静な自分に驚いていた。そして、そのうえで興奮に胸を弾ませていることをも、思い知らされるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る