第15話「その名も颯爽、ペンギンダー!」

 突然、更紗サラサれんふぁの視界に飛び込んできたもの。

 それは、健全極まりない少年の全裸だった。

 ちなみに、異性の裸を見るのはこれが初めてである。父も祖父も物心ついたころには死んでいたし、父と祖父を戦争の生贄いけにえにして今も戦い続けているのは……誰であろう、実の曽祖父そうそふである。

 そんな訳で、生まれたままの男子を見て、れんふぁの思考は停止した。

 だから、彼女は気付けなかった……目の前の裸体が、背に翼を持つ亜人のたぐいだということに。


「ああ、大変だ! 突然ばったり出会った美少女が過呼吸かこきゅうに! どうしてだ、何故なぜだ!」


 おめーのせいだと思ったが、れんふぁは声を絞り出すことすらできない。

 やけに芝居がかった所作しょさで、少年は自分を心配してくれている。目眩めまいがして崩れ落ちれば、駆け寄ってその肩を支えてくれる。

 勿論もちろん、全裸で。

 混乱極まりない状況で、れんふぁはどうにか自分を律しようとした。

 結論から言うと、無理だった。

 そして、無駄だった。

 パニックで呼吸困難になった彼女は、一糸纏いっしまとわぬ美少年に抱き上げられる。

 そう、神話の時代に神々が宝石から削り出したような、そんな形容がピッタリの美少年だった。

 ただし、全裸だ。


「心配することはないよ、ボクには頼れる仲間がいる……ふむ、人工呼吸が必要だね!」


 必死にジェスチャーで助力を拒むも、エレガントな笑顔が近付いてくる。

 因みにれんふぁは、今まで異性とキスしたことなどないのだ。憧れの五百雀千雪イオジャクチユキ教官とだって、したことがない。守るべき純潔の最初にして最強の鉄壁、それが乙女おとめくちびるなのだ。

 だが、上手く呼吸できないままじたばたとれんふぁは藻掻もがくしかできない。

 ようやく助け舟の声が差し込まれたのは、そんな時だった。


「っと、そこまでぇ! 馬鹿野郎、ただの過呼吸だろっ!」

「むぐぐ、痛いじゃないかヨハン君」

「殴って痛くなけりゃ、そりゃ夢を見てるってことだよ。貸してっ!」

「あ、ちょっと! えっ、それ大丈夫? そういうのでOKなの?」


 すぐにもう一人の少年が、水を入れていた革袋を口に当ててくれる。

 れんふぁは吐いた息を再度吸って、徐々に過呼吸から解放されてゆく。

 どうにか落ち着けた時には、全裸の有翼少年から救ってくれた男の子がニコリと笑った。


「ごめんね、彼に悪気はないんだ。それがまた、タチが悪くて。彼はショーン。そして」

「はいはい、バトンタッチ! 私はメル、もう安心よ。この三人の中では、私が一番の常識人だから」

「自称ね、自称」


 ヨハンと呼ばれていた少年には、不思議な雰囲気があった。

 それは、メルやショーンといった同世代が持つ好奇心、血気盛んな探究心とは違う。そうした力を束ねてつむぐ、集めてまとめる力をれんふぁは感じたのだった。

 こうして遺跡と化した太古の飛行戦艦で、異質に思える程に輝いている。

 無責任に、なんの保証も担保もなく、不可思議な信頼と信用を勝手に結んでくるのだ。


「あ、えと……わたし、更紗れんふぁ、です。ちょっと今、逃げてて」

「へえ、ひょっとしてあれかな? 外が騒がしいのは」

「あ、はいっ! ご、ごめんなさい……ちょっと、追われてて」

「ふむ……それは一大事だね。じゃあ、このお客さんは全部、君を追ってる訳だ」


 すぐに周囲に、あちこちの扉から敵が殺到した。

 皆、手にライフルを構えている。

 間違いない、先程れんふぁが振り切ってきた、フォーティンの手のものだ。そして、なによりそれを物語る証拠が堂々と現れる。

 ギラつくナイフを手にもてあそんで、フォーティン自身が現れた。

 ヨハン達と違って、その姿は文明の産物である独特なサバイバルスーツに身を固めている。防弾防熱ぼうだんぼうねつ耐火耐圧たいかたいあつ装備だ。

 対して、ヨハン達は全裸の約一名を覗いて、酷く軽装だ。

 軽装ですらない、防具と呼べるものを着込んでいない身着みきのままである。この熱帯の砂漠で活動するため、ただ身軽で発汗性や発熱性を考慮しただけの粗末な着衣だ。


「ちょいとゴメンよ、手を上げな」


 フォーティンの冷たい声が響く。

 いつも以上にとがってするどい、まるで感情を感じさせない声だ。

 だが、れんふぁにはわかる……感じさせまいと隠した感情、激情に震える怒りといきどおりが伝わってきた。リクリエイトと呼ばれる組織の一員で、今のれんふぁでは全くかなわない力を持った謎の女……その姿は、恐怖を感じる度に美しさを増してゆく。

 絶対絶命、周囲を敵に囲まれてしまった。

 闇雲に逃げた挙げ句、たまたまこの遺跡にいた三人の少年少女を巻き込んでしまった。

 先程のぶらぶら揺れる美少年の股間を忘れて、極力忘れようとしてれんふぁは身構えた。

 だが、そんな彼女に代わって声をあげたのはヨハンだ。


「俺達はしがないトレジャーハンターだけど……お姉さん、どう見てもカタギじゃないよね」


 不思議とフォーティンが、意外そうな顔をしてみせた。

 狡猾で残忍、冷酷な彼女が珍しい。

 だが、れんふぁはすぐに悟る……そういうふうに見せておいて、この状況を楽しんでるとも考えられるのだ。フォーティンは今、その気になればまばたきする間にれんふぁを殺せる。殺してしまうと【シンデレラ】を動かすことができないから、生かしているに過ぎない。そして、ヨハン達に対しても絶対的なアドバンテージを確信しているのだ。

 そんな彼女の見下すような視線に、ヨハンは温和な笑顔を浮かべる。


「お姉さん、あの独立都市どくりつとしエルヴィンの人間? なら、もっと先にする話があると思うな」

「仮にそうだとしたら?」

「まず、挨拶。次に、自己紹介。そこから先は、商談さ。俺はヨハン、品行方正で善良極まりない遺跡荒しだね。それも、駆け出しの」


 れんふぁは驚いた。

 ヨハンと名乗った少年に、特別な力は感じない。

 どこか頼りないとさえ思える、それなのに……言葉だけで彼は、フォーティンとその手下達を黙らせてしまった。

 ようやく口を開いたフォーティンが、先程にも増して強烈な殺気を発散する。

 それはあたかも、ヨハンを一番警戒すべき敵として認めたかのような雰囲気だった。


「商談? お前達に交渉の余地があると思うのか?」

「おおいに、ね。昔の偉い人は言ったさ……話せばわかる、って」

「ならば、その娘をこっちに渡して失せろ。この場で瞬殺できる、お前の命、お前達の生命をくれてやろう。どうだ? 商談と言うならこれほどの好条件はあるまい」


 れんふぁは、ヨハンが首を縦に振るのを期待した。

 痩せても枯れても、れんふぁは教官と信じた女性の元で訓練し、一人前の戦士として【シンデレラ】で旅立ったのだ。その目的は、パラレイドと呼ばれる謎の敵の、その謎の真実を地球にもたらすこと。そして、理不尽な永久戦争にあえぐ世界を救うこと。

 だが、今は遥か未来の時間軸に飛ばされた挙げ句、【シンデレラ】と離れ離れになってしまった。そんな彼女が見詰めるヨハンは、不思議と笑みを浮かべていた。


「お姉さん、悪いけど答はノーかな。まず第一に、そっちが俺達の生殺与奪を握っているという、その認識が間違ってる。くれてやろうもなにも、俺達はまだ、誰にも自分の命を奪われていない。いつも、いつでも、いかなる時でも……俺達の命はそれぞれ俺達のものさ」


 その不敵な笑みが銃声を呼んだ。

 フォーティンが即座に手をあげ、それを振り下ろしたのだ。

 射撃を命じられた彼女の部下達が、手にしたライフルの銃爪トリガーを引く。

 だが、思わず目を閉じたれんふぁに弾丸は飛んでこなかった。

 れんふぁ達四人の前に、突然巨大な物体が浮上したからだ。

 乱れ飛ぶ弾丸のつぶてを、その表面で歌わせる巨躯……床を断ち割り、地下から飛び出したその姿は全身でれんふぁ達を守ってくれた。

 その姿に、思わず仰天の言葉が口をついて出る。


「えっ……ペッ、ペペ、ペンギン!? !」


 そう、ペンギンだった。

 金属音を奏でながら、乱れ飛ぶ弾丸かられんふぁ達を守ったのは……突如地中から飛び出したペンギン。そう、飛べない鳥の代名詞であるペンギン。その姿が瞳に光を走らせるや、風を呼んだ。

 あっという間にペンギンは、狭い室内を縦横無尽に駆け巡る。

 飛べない筈の翼をピンと伸ばして、猛ダッシュで鋼鉄のペンギンがせた。


「なっ……なにをしている! お前達っ、撃て! 撃てば当たる! 撃ち殺せ!」


 流石さすがのフォーティンも動揺を隠せず、手にしたナイフを逆手に握る。

 部下へと激を飛ばしつつ、彼女は自ら床を蹴った。

 巨大ペンギンを前に、手にした刃だけで戦いを挑んだのだ。

 高速移動するペンギンもまた、彼女を敵と認めてターンする。

 飛行船艦の手狭てぜまなワンフロアの中で、凍れる美貌のエージェントは刃を振るう。その斬撃が全て、突然現れたペンギン型ロボットに吸い込まれた。

 そう、れんふぁは目を凝らして自分を落ち着かせ、再認識する。

 圧倒的な力で勇猛果敢に戦うのは、ペンギン型のロボットだった。


「ちぃ、この一撃を避けるか! ふざけた格好をして!」

「フッ、よしたまえ。こちらも真面目にふざけているのだからね」


 巨大ペンギンの声は、酷く冷静なバリトンボイスだった。

 そして、怒りもあらわなフォーティンと苛烈な空中戦を演じる。


「君達がリクリエイトか……話は全て、トキハマでサダトキから聞いている。やれやれ、困ったものだ」

「ペンギン風情がっ!」

「おっと、レディ……その怜悧れいりな美貌をもっと大切にしたまえ。今、女性がしてはいけない顔をしていたぞ」


 やたらと流暢りゅうちょうに喋る巨大ペンギンは、フォーティンの鋭い刺突を完璧に見切って避けた。そのままれんふぁの近くに舞い降りるや、向けた視線の瞬きでなにかを訴えてくる。

 ヨハン達三人がもふもふっぽい巨大ペンギンに抱き着き、しがみついた。

 ああそうかと、れんふぁも理解不能な状況のなかでヨハン達にならう。


「リクリエイト……旧文明の残滓ざんしが、この廃惑星はいわくせいでなにを目論もくろむ? まあいい……これも仕事でね。失礼するよ、お嬢さん」


 やたらとダンディな声で、巨大ペンギンは背のブースターから火を吹いた。そのままジェットの轟音を響かせ、頭上の朽ち果てた天井を突き破る。

 れんふぁは、小さい頃にこういうアニメを教官に見せてもらった気がする。

 だが、巨大ペンギンは回る独楽こまの上に乗って飛ぶわけでもないし、木の実をくれたりもしないしネコ型バスも呼ばない。ただ、その愛らしい姿に不釣合いな推力で、れんふぁ達を死地から空の下へと連れ去るのだった。

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