第14話「訳ありトラベラーは荒野を逃げる」

 更紗サラサれんふぁは追われていた。

 空気は熱をはらんで、乾いたのどを出入りしては肺腑はいふを焼く。ここがどこかもわからないし、どうしてここにいるかもわからない。

 ただ、薄暗い石造りの中を、れんふぁは必死で逃げていた。


「ふええ、どうしてこんなことに……クルベさんともはぐれちゃうし、それに【シンデレラ】が。……でも、今はわたしが生き残ることを優先しなきゃ」


 あの時、メガフロートで謎の敵に襲われた。

 れんふぁは仲間達を救うため、【シンデレラ】だけが持つ単独での次元転移ディストーション・リープの力を使ったのだ。だが、転送対象の範囲を広く取ったために誤差が生じ、仲間達とは別の座標に飛び出してしまったのである。

 次元転移……それは、空間と共に時間をも超える技術。

 それを用いて、パラレイドは未来から地球を襲ってくるのだ。

 そう、


「そもそも、本当はわたしは日本に……青森に次元転移するはずだったのに。やっぱり、【シンデレラ】のシステムは完全じゃないんだ。どうしよう……」


 だが、れんふぁは知ってしまった。

 この時代、廃惑星はいわくせい地球に来て思い知った。

 れんふぁの時代には、すでにパンツァー・モータロイドは開発完了して陳腐化した旧型兵器となっている。だからこそ【シンデレラ】は、パラレイドの目を盗んで調達が可能で、パラレイドの技術であるグラビティ・ケイジ展開機能や次元転移の力を組み込むことができたのだ。

 その力は、兵器としてはあまりにも有用性がありすぎる。

 時間も空間も飛び越え、瞬時に大量の兵力を送り込むことが可能なのだ。


「さっきのあの、フォーティンさんって女の人が、言ってた。【シンデレラ】はこの廃惑星の世界を一変させる力がある。でも、あれは……わたししか動かせない」


 れんふぁは仲間達とは別の場所に放り出された。そこは、荒涼こうりょうたる不毛の地が広がる廃惑星の中で唯一、大自然の残る広い森……しかし、限られた人間しか入り込めぬ、が支配する領域だった。

 クロムと名乗る謎の少女の助言で、れんふぁはどうにか森を抜け出て、独立都市エルヴィンを目指した。そこで、謎の武装組織に拘束され、【シンデレラ】を抑えられてしまったのだ。

 移動中に隙を見て逃げ出したが、いまだ【シンデレラ】は敵の手中にある。

 れんふぁは先程まで一緒だった、酷く冷たい印象の女を思い出していた。






 ――独立都市エルヴィンに君の仲間がいる。

 謎の少女クロムは、そう言っていた。恐るべきむし跳梁跋扈ちょうりょうばっこする樹海から、なんとか這い出たれんふぁが見出した一筋の光……だが、その先に待っていたのは敵だった。

 ここがどんな時代で、どの世界線なのかはわからない。

 だが、調子の悪い【シンデレラ】は、時間軸と平行世界座標だけは仲間とズレがないことを教えてくれる。ただ、同じ世界線の同じ時代、わずかに空間座標が食い違ったのだ。

 そして、合流を目指すれんふぁを拘束した連中は、訓練されたプロフェッショナルだった。

 巨大なを張る砂上船の甲板で、れんふぁは陽の光に晒される中、れる。


「へえ、こいつかい……やだねえ、どことなくフランベルジュに似て見える」


 【シンデレラ】からひきずり下ろされたれんふぁは、実働部隊のリーダーらしき女の前に突き出された。

 今でも、思い出すだけで身震いする。

 とても美しく、冷たく、鋭い輝きは危うい程だ。

 そして、れんふぁ程度のパイロットでもわかるくらい、圧倒的な存在感を放っていた。彼女はフォーティンと名乗り、手短にだが世界のあらましと自分達の目的を話してくれた。


「ようこそ廃惑星へ、お嬢ちゃん。ふふ、ここは既に滅んでしまって、終わり終えた世界さ。なら……終わりの終わりを始めるしかないって、そう思えるだろう?」


 絶対零度の笑みを浮かべて、フォーティンは語った。

 この時代、人類は文明としての生産性を失っている。一部の土地を除いて、科学技術は大半が失われているのだ。僅かな生存圏がそれぞれテリトリーを主張し、発掘された武器で奪い合い、殺し合う。

 この世の地獄、まさに終末の最果てポストアポカリプスが広がっていた。


「……わたしと【シンデレラ】をどうするつもりですか」

「いい質問だ、お嬢ちゃん。こんな世界でもまだ、主義や理想、夢や野心で動いてる馬鹿は多い。例えば、こいつら。リクリエイトって知ってるかい? 月にはまだ文明圏があって、なにかやらかそうってんだ」

「【シンデレラ】なら、わたしが乗らないと動きませんからっ」

「知ってるよ。さっき試した……じゃあさ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんのどこが、どの部分が生体認証システムに反応するのかねえ? 指紋かい? 声帯? どこをくりぬいて使えば、あの機体が動くか……じっくり調べさせてもらうよ」


 フォーティンの目は本気だった。

 あまり実戦経験がないれんふぁでも、嫌というほどにわかってしまう。

 フォーティンが隠しもしない狂気、そして狂奔きょうほん……その本質は、なのだ。一見矛盾むじゅんして見えるが、あまりにまぶしい程に、はっきりと歪んでいる。

 彼女なら、生体認証システムを確認しながら、【シンデレラ】のコクピットでれんふぁを切り刻むだろう。じわじわと切り落とし、反応する部分だけを保存するのだ。


「それとねえ、お嬢ちゃん。アタシはまだまだ力が欲しいんだ。わかるだろう? 絶対に潰さないといけない奴がいる。その息の根を止めることが、アタシの存在理由レゾンデートル

「……そんなことのために、【シンデレラ】を使うんですか?」

勿論もちろんさ。この機体だけじゃない、エルヴィンの力、月の連中の力……あらいざらい全部、頂こうってんだ。それにほら、あの遺跡の力とかねえ」


 そして、砂上船が進む先へと、なにかが見えてきた。

 それは、砂漠の中央に鎮座ちんざする巨大な遺跡だ。まるで太鼓の聖典がうた方舟はこぶねで、遠目に見ても高い技術で建造された石造りの神殿である。そう、神殿……今は失われた文明が、厳かな儀式を行っていた場所だろうか?

 だが、近付くにしたがってれんふぁは驚き言葉を失う。


「こ、これが遺跡?」

「そうさ、太古の遺跡だ。かつてこの星に奇跡の御業みわざが満ちていた頃の、遺跡。こんなものを作っちまう人間が、あっさり自分で自分を滅ぼしちまうのさ」


 そう、この時代の人間が見れば遺跡かもしれない。

 フォーティンがいたという、独立都市エルヴィンの科学力だけが答を知っているだろう。なにかをあがまつる神殿でもないし、滅びた王族の古城でもない。

 特殊合金で覆われた、それは巨大な飛行戦艦。

 れんふぁの時代、れんふぁがいた世界にはなかった、アラリア連合帝国の建造した空飛ぶ要塞である。風化が酷く、着底してから何百年もの経年劣化が見られる。

 それでも飛行戦艦は、眠れるオーバーテクノロジーの塊だ。


「さて、お嬢ちゃん。お宝探しの始まりさ……こういう遺跡はみんな、探検家や冒険家の獲物だからね。早い者勝ち、そして先取りする奴には」

「や、奴には」

「横からかっさらうのさ。強い者勝ち……弱肉強食、わかりやすいだろう?」

「うう、やっぱり……あのぉ、そういうのって」

「おや、聞きたいかい?」

「いっ、いいです! 聞きたく、ないです」


 すさんだ時代だ。

 だが、れんふぁも人のことは言えない。

 ギラつくフォーティンの目を見れば、この廃惑星に人間の情熱と興奮が残っていることがわかる。まだこの世界は、生きた人間の営みが残っているのだ。例え文明が滅びても、人間が生きている限り世界は存続する。

 世界は小説や映画のように、簡単に全て一度には終わってくれないのだ。

 終わり終えたこの惑星は今も、終わりの終わりへとゆっくり進んでいる。

 そして、フォーティンは自らの手で、真なる終わりの始まりを始める気だ。

 自分が生まれ育った時代、新地球帝國しんちきゅうていこくとどちらがましだろうか……そんなことを考えていた瞬間、突如とつじょとして遺跡を前に砂上船が揺れた。激震、飛び交う砲弾。


「チィ! そういや、この辺はテリトリー同士の抗争があったね。エルヴィンから軍だって出てる。ちょいと揺れるよ!」

「抗争!? そんなぁ……抗争ってレベルじゃ。これはもぉ、戦争ですよぉ」

「黙ってな! 舌を噛むよ!」

「うう、でも……チャッ、チャンスですっ」


 意を決して、れんふぁは砂上船から身を投げた。二つの勢力が戦っている、その砲火が交わる砂の海へとダイブしたのだ。

 九死に一生を得る思いで、彼女は遺跡とかした飛行戦艦の残骸にたどり着いたのだった。






 そして、現在の時間軸では……れんふぁは巨大な艦体の中で迷っていた。

 既に遺跡に侵入してから、小一時間は経つ。外ではひっきりなしに、砲声と銃声が響いていた。文明レベルが低いので、人間同士が物理的にぶつかり合う悲鳴と絶叫さえ聴こえる。


「はぁ……こんなことなら、教官の千雪チユキさんに真面目にサバイバルとか教わればよかった……ふぇぇ、このまま外に出られなかったら……でも、外はドンパチやってるしぃ」


 ふと、親身になってくれた故郷での保護者を思い出す。

 もうれんふぁには、血の繋がった家族は曽祖父そうそふしかいない。そして、曽祖父の執念にも似た戦いが、祖父母も両親も奪っていったと聞いている。

 そんなれんふぁを育てて守り、パイロットとして教育してくれた女性がいた。

 新地球帝國海軍戦技教導団せんぎきょうどうだんの隊長、五百雀千雪イオジャクチユキ少佐だ。

 彼女は、曽祖父に付き従う多くの人間が使う、に自分を登録しなかった。システムに頼らず、曽祖父の無謀な戦い、非道な行いを止めるため……死ぬことを自分に許さなかった女性。そのために、女性の幸せを捨てた人。強く気高く、厳しくて優しい人だった。


「……駄目だっ、くじけじゃ駄目! 絶対に……絶対にっ、西暦2098年に真実を伝えなきゃ。そのためにわたしと【シンデレラ】は」


 薄暗い中で、自分の心を奮い立たせる。

 傾いだ合金製のドアをなんとか開けて、迷宮ダンジョンと化した中を歩いていた、その時だった。

 不意に、向かう先で音がした。次いで、声。間違いない、人間の声だ。

 その声は絶叫、あられもない悲鳴の三重奏だった。


「ノオオオオオオオ! これやっばあああああイ!」

「私この状況知ってます! 昔の言葉で絶体絶命て言うんですよね!?」

「言ってる場合じゃねえ! とにかく逃げろおおおお」


 人が、人間がいる。恐らく現地の人間だ。廃惑星を生きるしたたかでたくましい人達。れんふぁは安渡と緊張をないまぜにしたまま、声のする方へと走る。

 しかし、彼女が真っ先に見たものは……背に鳥の翼を持った、だった。

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