第13話「腹が減っては戦はできぬ」

 リョウ・クルベは混乱の中にいた。

 今日は久々に、完璧に環境の整った格納庫ハンガーで愛機を整備していたのだ。突然の休日にやることが思い当たらなかったし、やっておきたいこと、やるべきことが山積みだった。

 それでも、オイルで手を汚しての作業の中、独立都市どくりつとしエルヴィンの平和を享受きょうじゅしてた。

 件の事件は、そんな彼の午前中を台無しにし、これからの午後も消し飛ばしてしまったから。


「さて……春季ハルキ、説明ありがとう。助かった、とは言いがたいが……だいたいの事情はわかった」


 ここは、クルベ達がお世話になっているカナの孤児院だ。食堂に集まった面々は、誰もが神妙な面持おももちで黙っている。

 入り口には子供達が集まって、なにごとかと食堂の中を覗いていた。

 クルベがちらりと振り返ると、慌てて隠れながらも様子を伺ってくる。

 先程から溜息ためいきが止まらないクルベだった。

 そんな彼に、少しおどおどしながら言葉を選ぶのは藍田春季アイダハルキだ。


「あの、クルベさん……彼は、敵じゃないと思います。むしろ、何者かが意図的に、彼を偽りの現実に閉じ込めていたんです。彼を含む、多数の人間を」


 先程までの説明で、クルベもだいたいのあらましは聞いている。

 午前中、ぶらりと街に出た春季が巻き込まれた事件。それは、しくも広瀬涼ヒロセリョウが保護している謎の少女、神崎カンザキナルミの指し示した先で起こった。そして、その中心人物である緋崎蓮介ヒザキレンスケは今、聴取を終えてうつむいていた。

 彼の背後には、壁に寄りかかって腕を組む少女が立っている。

 まるで創作物フィクションみたいに綺麗な、とても美しい彼女はフィーネと名乗った。


「つまり、このエルヴィンに違法な……少なくとも、非人道的な実験施設があった。そこでは、隔離された人間が平和だった頃の暮らしへ強制的に閉じ込められていた」

「そういう感じだと思います。蓮介さんはその中から、抜け出せた……フィーネさんが手を引いて、そしてあの機体に乗って脱出したんです」

「グランデルフィン……データは見せてもらった。これはまた、頭の痛い話だな」


 つくづく、ここが遠未来えんみらいでよかったとクルベは思う。

 廃惑星はいわくせいでは、所属する人類同盟じんるいどうめいや敵対組織、その軍事バランスなどは考えなくても良さそうだから。エルンダーグという、埒外らちがいに強力な絶対兵器でさえ、持て余している。そこにきて、今度はグランデルフィンという謎のスーパーロボットまで現れたのだ。

 しかも、涼のフランベルジュと同系統と思しき、赤と青のロボットも一緒である。


「で、蓮介……だったな。俺達は敵じゃない。だが、味方になれるかどうかもわからないんだ。なにせ、ここではときの異邦人でね。よるべなき人間の弱さだと思ってくれ」

「あ、いえ……俺こそ、迷惑をかけてすみません」


 蓮介は協力的で、反抗する素振りも見せない。

 典型的な、巻き込まれた人間にクルベには見えた。

 だが、繰り返す日常という牢獄に、彼はずっと囚われていた。果たして、そこを抜け出しての覚醒は福音ふくいんとなるのか? 安らかな平穏を失った蓮介には、砂漠と荒野しかない廃惑星の地球が待ち受けていたのだから。

 だが、彼はクルベの目を真っ直ぐ見て、自分なりに話してくれる。


「あの、フィーネが言ってくれたんです……ゆがんでる、って」

「ま、確かにいびつな話だ。何故なぜ、君を閉じ込めていた組織はそんなことを?」

「わかりません……それは彼女に聞いてみないと。ただ」

「ただ?」

「俺はさっきまで、西暦時代の地球……二十一世紀の日本にいました。何不自由なく、なんの疑問も感じずに。それを捨ててでも真実を求めた、それは本当の気持ちなんです。フィーネに言われたからもあるけど、選んで決定したのは俺だから」


 素直にクルベは感心した。

 同時に、ありがたいとも思った。

 パニクってヒステリーを起こしてもおかしくない状況であり、彼こそが一番混乱しているはずだから。だが、蓮介は被害者という役割を選ばなかった。

 事件の当事者、そして意思を持って行動する一人の人間として話してくれている。

 戸惑とまどいがちで声に力はないが、それを隠そうともしない姿は強さを感じた。

 そんなことを思っていると、ようやく壁際のフィーネが口を開く。


「連中は、……月の統合政府とうごうせいふが従える直属組織ちょくぞくそしきよ。そして、廃惑星となった地球での唯一の文明圏、この独立都市アルヴィンの支援母体の一つでもあるわ」


 フィーネは多くを語らない。

 だが、クルベは少ない情報から敵がいると判断した。自分達に居場所はなく、自分達の生きている時代でもないが……ここには、そんなクルベ達に手を差し伸べてくれた人達がいる。

 敵の名は、リクリエイト。

 その名の通り、なにかを作り直すべく行動しているのだろうか?

 気になることは他にも多数ある。


「月……つまり、月面には人類の生存圏が残っているのか? アラリア共和国……今はアラリア連合帝国か。その支配体制が続いているのか、それとも」


 クルベの時代では、月はアラリア共和国が政府を樹立し、地球侵攻作戦を繰り返してきた。無数のアーマードモービルを満載した、空中戦艦が大気圏内を支配していたのだ。

 だが、今いる時代はクルベ達より数百年単位の未来だ。

 果たして月がどうなっているか、想像もつかない。

 そんなことを考えていると、今までずっと黙っていた西村巧ニシムラタクミが初めて発言する。


「月のアラリアは、連合帝国を名乗ってました。それは、インデペンデンス・ステイトと組んだ影で……恐らく、古い月の血筋とも繋がっている筈です」

「ふむ……地球より数倍も進んだ慣性機動兵器イナーシャルアームドを使う連中か」

「はい。思えば、アラリアの急激な拡大政策と技術的発展は……その裏に、連中がいると考えると合点がいきます。地球との和平を探りつつ、戦争継続という選択肢も手放さない。悔しいですけど、大人な対応ですね」


 巧の声は静かで、そして強い。

 彼自身は断言や断定を交えず、ただ事実と認識できる情報のみを要約して話した。それに、アラリア連合帝国に黒幕がいることはもう、公然の秘密と化している。

 地球とは別種のテクノロジーを発展させ、戦争を何年も継続できるだけの国力が月にはあった。そう考えれば、地球が滅んで滅び終えた今でも、その文明圏を維持している可能性は高い。

 だが、フィーネは話は終わったとばかりに口を閉ざしてしまった。

 ただ、最後に彼女は、自分達がレジスタンスだと語った。

 そして、再度春季が発言する。


「ただ、僕も聞きました……その、リクリエイトのパイロット達が、【シンデレラ】を確保してるって。さっき話した、って人も――」


 その時だった。

 背後で突然、音がした。

 振り返ると、無数のドリンクのかんが床に転がっている。そして、その場に立ち尽くしているのは……珍しく玲瓏れいろうなる美貌を凍らせた涼だった。

 彼女は不思議な沈黙を挟んだ後、慌てた様子で笑顔を取り繕う。


「ああ、ごめん。飲み物、買ってきたんだ。はは、落としちゃった」


 だが、それをナルミと一緒に拾うのは、あとからやってきたカナである。彼女達二人は缶を全て拾うと、それをテーブルへと持ってくる。

 カナの笑顔だけが、謎ばかりで困惑するクルベには眩しかった。

 誰もが感じる母性、誰でも迎える母親像がそこにはあった。


「難しい話は終わったかしら? なら、お昼にしましょう。ね、クルベさん」

「あ、いえ……すみません、カナさん」

「いいのよ、いいの。この孤児院にいてくれるなら、それは私の家族なんだから」


 同時に、ガンガンとけたたましい金属音が響く。

 見れば、カナの手伝いで話し合いに参加できなかった御剣那奈華ミツルギナナカが、むくれっ面でなべをおたまで叩いている。もう、やけくそ気味に叩きまくっている。

 そして、その音を合図に子供達が食堂へ雪崩込なだれこんできた。

 皆、昼食を前に笑顔である。


「ま、なんだな……食いながら話そう。蓮介、フィーネもいいかな?」


 クルベの言葉に二人は頷いた。

 同時に、メモを取りつつ巧が彼の言葉尻を拾う。


「涼さんも、いいですよね? その……フォーティンという敵のエースについて、もう少し聞きたいと思います。彼女は、という人間を探しているらしいです。名前ですらない、番号で呼ばれる人間を」


 涼が珍しく、表情をくもらせた。

 クルベも、この独立都市エルヴィンに来て初めて見る表情だ。

 その名の通り、常に涼やかで、颯爽さっそうとした印象がある涼。おくゆかしさもしとやかさもあるのに、どこか溌剌はつらつとして小気味よい。スマートな印象があるのに、今はどこか弱って見えた。

 もしやイレブンとは……だが、そこまでで詮索せんさくをクルベは放棄する。

 仲間の秘密をほじくり回す奴は、嫌われる。

 勿論、クルベも好きか嫌いかで言えば、大嫌いな人種だ。


「巧、その件は後回しにしよう。まずはメシ、そして今後のことだ。なにせ、俺達は多分【シンデレラ】がなければ元の時代には戻れん」

「そう、ですね……僕も無粋ぶすい真似まねをしてしまいました。すみません、涼さん。それと……ごめんね、ナルミちゃん」


 巧の言葉でクルベも初めて気付いた。

 固まってしまった涼の手を握って、不安そうにナルミが見詰めていたのだ。

 その無言の瞳には、許しを請うような切実さがあった。

 だが、小さな手を握り返して涼は笑顔を取り戻す。


「いえ、私こそごめん……今はまだ、話せない。けど、いつか」

「いつか、か……それってまるで」

「そうですよ、クルベさん。何故か、長い付き合いになる気がするから……だから、嘘はつけない。仲間には嘘をつきたくない。今は話せないこと、これは本当に申し訳ないけど」

「いいさ。嘘は女のアクセサリー、それを飾る秘密は全て宝石ってな。やれやれ、もっとロマンチックな場所で使いたい決め台詞ゼリフなんだがな」


 子供達がキャイキャイと騒ぐ中で、昼食の準備が進む。

 そしてクルベは、改めて多くの情報を得た。どうやらリクリエイトと呼ばれる組織は、この街を離れて遠くの古代遺跡にもいるらしい。だとすれば、そこに【シンデレラ】が運び込まれたかもしれない。

 そして、そこでは今……テリトリー同士の戦いが散発している。

 カナの息子ヴォルテが兵隊として参加してると知って、クルベはまだ見ぬ少年に胸が騒ぐ。不思議な感覚で、何故か彼に近い内に会うような気がしていたのだった。

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