第12話「願いを叫び、想いに吼える」

 緋崎蓮介ヒザキレンスケは絶句した。

 今、体育館だった建物の天井を突き破り……巨大な鋼鉄の機神が宙へ舞う。

 荘厳そうごんな威容、その名はグランデルフィン。

 そのコクピットで、目にする全てに蓮介は震えた。


「う、嘘だ……日本、は……俺の日常は、やっぱり……そんな」


 独立都市エルヴィンの空へと、舞い上がる。

 見下ろす土地は見たこともない異国だ。そして、その外には荒涼こうりょうたる大地が広がっている。見渡す限りの荒野……そこには文明の息吹が感じられず、生きとし生ける全てを拒む風景が続いていた。

 やはり、自分の生きていた日常は虚構だったのだ。

 それを教えてくれた少女が、そっと耳元でささやく。


「理解した? 貴方あなたは今まで、連中が作った閉鎖空間の中に閉じ込められていたの。意図的に造られた虚構フィクションの中で、仮初かりそめの世界を再生させられていた……でも、それは生きているとは言わない」

「虚構……俺の、毎日が」


 狼狽うろたえる蓮介の全身に、震えが止まらない。

 周囲には一緒に脱出した赤と青のロボットもいるが、手近な場所へと着地するその轟音も空虚くうきょに聴こえた。そして、騒がしくなる町並みからあがる声。

 人々は皆、グランデルフィンを見ても特別驚いた様子は見せない。

 そればかりか、決闘審判デュエルジャッジという言葉を口にして騒ぎ出した。

 恭悦きょうえつ狂奔きょうほん、興奮……巨大人形兵器を目にしても、見知らぬ街の見知らぬ民はどこか嬉しそうだ。まるで、外の荒廃を忘れようとする姿に見える。


「フィーネ、これは……いや、どうして俺はこんなものの操縦を」

「そうね、情報の送信が半端はんぱだったみたい。待ってて、すぐに補完するから」


 そっとフィーネが、ひたいに額を押し付けてくる。

 彼女の甘やかな吐息といきが、蓮介のほおをくすぐった。

 そして、脳内に大量の情報が雪崩込なだれこんでくる。

 覚える前にすでに、一瞬で蓮介は熟知した。この巨大ロボットはグランデルフィン……その恐るべき戦闘力が、あっという間に掌握できた。


「嘘だろ……俺、わかり終えちまった。なんでだ、知ってたみたいになってる!」

「脳へと直接データを送り込んだわ。これで戦えるわね」

「戦う? なにと――」

「来るわよ、蓮介。……死にたくなければ、戦いなさい。本当の現実では、戦わなければ生き残れない」


 今まで日本の平凡な高校生だった。

 だが、それは今は過去……失われることさえない、元からなかった世界だったのだ。

 そして、敵の殺意を告げるアラートがコクピットに響く。

 同時に、一緒に脱出した仲間達からも通信が入った。

 絶望的な価値観の崩壊を前に、不思議と蓮介は彼等を仲間だと素直に思えてしまった。これもフィーネが脳に焼き付けたデータなのかと聞いたら、彼女は首を横に振る。


『蓮介さん! 大丈夫ですか? こっちは俊暁トシアキさんのおかげで無事です』


 どうやら、真下の低空に浮かんでいる小型ロボット――バイク型機動兵器ライズバスターが変形した形態、ライズブレイザーというらしい――から声が出ている。

 藍田春季アイダハルキとナルミを抱えたその機体は、角川俊暁カドカワトシアキが操縦しているようだ。

 そして、例の赤と青の謎の機体も無事である。


『クソォ、とんだジャジャ馬だぜ、ライズブレイザー! で、蓮介だったな。無事か?』

「は、はい。確か、角川さん」

『俊暁でいい! ……クソォ、そっちは優雅に美少女と二人乗りかよ。それより』

「それより?」

『なにかおいでなすったぜ? ……こっちでやるだけやってみる! お前はその機体と彼女を、フィーネを守れ』


 それだけ言うと、春季とナルミを下ろしたライズブレイザーが身をひるがえす。

 そして、ビルが乱立する空の向こうから、強烈な殺気が蓮介を貫いた。自然に身体が動いて、グランデルフィンがゆっくりと回避運動を取る。

 先程まで浮かんでいた空間を、強烈なビームが貫いた。


「撃ってきた! 街中で!」

「そういう相手よ。反撃して」

「反撃って、フィーネ! 動かせるだけじゃ、どうやって!」

「願い、想って」

「な……なにを」

「切なる願い、一途いちずな想い……それがグランデルフィンの強さになる」


 訳もわからぬまま、身体は勝手にコンソールを操作してくれる。操縦桿を握る手が、まるで戦うことを覚えているようだった。

 蓮介は自然と、一番この状況で最適な武器を選択、同時にグランデルフィンの椀部が変形する。右手を収納した前腕は、それ自体が巨大な砲身へと姿を変えた。


「グランバスターっての、使ってみる!」


 刹那せつな、衝撃……こちらへと飛んでくるブルーの機影が消し飛んだ。文字通り、強烈な光の中へと消え失せたのだ。

 だが、どこか軍用機を思わせる敵機は、どんどん増えて周囲を包囲してくる。

 その中でも、頭部にブレードアンテナのある機体から声が走った。


『グランデルフィンまで動き出したか……ハハハッ! いい……いいじゃないかあ!』


 女の声だ。

 声というよりは、咆哮ほうこう

 まるで野生のけだもののようであり、大自然にはない感情が入り交じる絶叫だった。

 残虐なまでの闘争心、殺気に満ちた好戦的な敵愾心てきがいしん……手段ではなく、目的として戦いを求めるかのような冷たい炎を蓮介は感じた。

 同時に、敵の通信が交錯こうさくする中で戦いが始まってしまう。


『フォーティン殿! 命令は鹵獲です!』

『先にあちらの二機を……第四小隊、青いやつを確保しろ。こちらで赤いやつを抑える!』


 ――フォーティン。

 それが今、フィーネごと蓮介を飲み込もうとする殺意の名か。

 戦いの愉悦ゆえつに狂い咲くような笑みが、何度もグランデルフィンを襲った。

 俊暁は小さな機体でナルミ達を守るのに精一杯である。

 だが、そんな逆境の中……すぐそばでフィーネは笑っていた。

 余裕ともとれる微笑ほほえみで、戸惑とまどう蓮介に道を指し示す。


「戦って、蓮介。生き残らなければ、本当の現実には向き合えない」

「やってるよ! でも、どうして!」

「その答を知るためにも、戦って。現実を超えて、真実をつかんで」


 不思議な声には力があって、清水のように心へと染み渡ってゆく。

 フォーティンとは真逆で、フィーネの声は優しかった。


『アハハッ! 見ているか? 見てるよなあ、イレヴン! 早く来なよ……じゃないとぉ! かわいいかわいいナルミちゃんも、グランデルフィンも! アタシが全部、ぜぇんぶ! っちゃうからねえ!』


 咄嗟とっさに蓮介が応戦する。

 ビームを乱射しながら銃を構えて、フォーティンの指揮官機が突撃してきた。

 避ける? いや、それなら……声が走って、蓮介の意思がグランデルフィンを突き動かす。


「イレヴンってなんだよ、俺は……俺は緋崎蓮介っ、だあああっ!」


 砲身だったグランデルフィンの腕が、再び人の五本指に戻る。その広げた手は、避けるどころか突進で迎え撃った。蓮介の思うままに、伸びた手が指揮官機の頭部を鷲掴わしづかみにする。

 意表をついて、突進を突進で迎えた。

 殺人的なスピードの中、衝撃音に揺さぶられながら紅介は叫ぶ。


「うおおっ! グランスティンガーッ! ゼロ距離なら!」


 敵をとらえて掴んだまま、グランデルフィンの椀部から一対の銃口が現れる。装甲の奥に収納されていた内蔵武器が、ビームのつぶてを密着の距離で吐き出した。

 流石さすがのフィーネも驚いたように目を見張る。

 先程のグランバスターよりは小口径だが、連射力があるのがグランスティンガーだ。加えて、相手を逃さず掴んでの肉薄で、発射の威力がそのまま敵を爆発で包んでゆく。

 だが、蓮介は確かな手応えとは裏腹に、戦慄せんりつした。


『ハハハッ! いいぞ、いい! もっとだ……グランデルフィンってのは、そうじゃないとねえ! でないと……イレヴンの前菜にもなりゃしない!』

「くっ、やられてるんだぞ、あんた!」

『やらせてはいないねえ! 全っ、然っ、足りてないんだよ!』

「理屈ですらっ!」


 確かなダメージに爆発を咲かせながらも、青い指揮官機はビームライフルを向けてくる。

 互いにもみ合う中で、空中の死闘が危険な領域へと転がり落ちていった。

 予想外の気迫、そして狂気……恐怖に蓮介は震えが止まらない。

 フォーティンと呼ばれた女には、自分が感じている恐怖が全くない。存在しないのか、それとも完全に隠しているのか……ただ一つ言えることは、ただただ無邪気なまでに戦いをたのしんでいるということ。その快楽を享受きょうじゅして笑う様が、あまりに空虚な強さで恐ろしい。

 ここにも、虚構がある。

 これは嘘、まやかし……脱却するべき、偽りの存在。


「……俺は、もう……」

『なんだい? グランデルフィンのパイロット! 実験施設で旧世紀の日本を夢見てりゃあ、それでよかったんだよ! 馬鹿だねえ、お前はさあ! イレヴンもそうだった!』

「俺は、もう……俺を選んだ! ここに今いる、確かな俺を選んだんだ! イレヴンなんて知らないっ!」


 グランデルフィンの駆動音が一際甲高く鳴り響く。その背に広がる翼から、一振りの剣が射出された。同時に、先程にもまして強い力が蓮介とグランデルフィンとを繋ぐ。

 願いと想いを決意に乗せて、叫ぶ蓮介にグランデルフィンは力で応えた。


『なにっ!? アタシを引き剥がしたっ!? ……まあいい。例の【シンデレラ】とやらは運び出せたからねえ!』

「俺の現実はここだ……それしかないならっ、そこにあんたはいちゃいけないんだよ!」


 十字につばが開けば、飛び出した剣は収束する光の刃をともす。

 その名も、グランキャリバー……それを掴んで、蓮介は一閃を念じてグランデルフィンを駆る。フォーティンの指揮官機は、不意にパワーの上がったグランデルフィンを前に機体を翻した。

 敵の胴体が、輝く粒子の奔流ほんりゅうで切り裂かれる。

 必殺剣はそのまま、周囲の敵ごとフォーティンを退けた。


「はぁ、はぁ……逃げられた? でも、やった……やれてしまった」

「上出来ね、蓮介。さて……弁護士様御一行も来たようだわ。そろそろ話す時間が必要ね」


 ――真実への道を語る時間が。

 そう言ってフィーネは、コクピットにぐったりと沈む蓮介の頭をポンとでる。

 モニターには今、複数のロボットが救助のためにこちらへ近付いてくるのが見えていた。

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