第12話「願いを叫び、想いに吼える」
今、体育館だった建物の天井を突き破り……巨大な鋼鉄の機神が宙へ舞う。
そのコクピットで、目にする全てに蓮介は震えた。
「う、嘘だ……日本、は……俺の日常は、やっぱり……そんな」
独立都市エルヴィンの空へと、舞い上がる。
見下ろす土地は見たこともない異国だ。そして、その外には
やはり、自分の生きていた日常は虚構だったのだ。
それを教えてくれた少女が、そっと耳元で
「理解した?
「虚構……俺の、毎日が」
周囲には一緒に脱出した赤と青のロボットもいるが、手近な場所へと着地するその轟音も
人々は皆、グランデルフィンを見ても特別驚いた様子は見せない。
そればかりか、
「フィーネ、これは……いや、どうして俺はこんなものの操縦を」
「そうね、情報の送信が
そっとフィーネが、
彼女の甘やかな
そして、脳内に大量の情報が
覚える前に
「嘘だろ……俺、わかり終えちまった。なんでだ、知ってたみたいになってる!」
「脳へと直接データを送り込んだわ。これで戦えるわね」
「戦う? なにと――」
「来るわよ、蓮介。……死にたくなければ、戦いなさい。本当の現実では、戦わなければ生き残れない」
今まで日本の平凡な高校生だった。
だが、それは今は過去……失われることさえない、元からなかった世界だったのだ。
そして、敵の殺意を告げるアラートがコクピットに響く。
同時に、一緒に脱出した仲間達からも通信が入った。
絶望的な価値観の崩壊を前に、不思議と蓮介は彼等を仲間だと素直に思えてしまった。これもフィーネが脳に焼き付けたデータなのかと聞いたら、彼女は首を横に振る。
『蓮介さん! 大丈夫ですか? こっちは
どうやら、真下の低空に浮かんでいる小型ロボット――バイク型機動兵器ライズバスターが変形した形態、ライズブレイザーというらしい――から声が出ている。
そして、例の赤と青の謎の機体も無事である。
『クソォ、とんだジャジャ馬だぜ、ライズブレイザー! で、蓮介だったな。無事か?』
「は、はい。確か、角川さん」
『俊暁でいい! ……クソォ、そっちは優雅に美少女と二人乗りかよ。それより』
「それより?」
『なにかおいでなすったぜ? ……こっちでやるだけやってみる! お前はその機体と彼女を、フィーネを守れ』
それだけ言うと、春季とナルミを下ろしたライズブレイザーが身を
そして、ビルが乱立する空の向こうから、強烈な殺気が蓮介を貫いた。自然に身体が動いて、グランデルフィンがゆっくりと回避運動を取る。
先程まで浮かんでいた空間を、強烈なビームが貫いた。
「撃ってきた! 街中で!」
「そういう相手よ。反撃して」
「反撃って、フィーネ! 動かせるだけじゃ、どうやって!」
「願い、想って」
「な……なにを」
「切なる願い、
訳もわからぬまま、身体は勝手にコンソールを操作してくれる。操縦桿を握る手が、まるで戦うことを覚えているようだった。
蓮介は自然と、一番この状況で最適な武器を選択、同時にグランデルフィンの椀部が変形する。右手を収納した前腕は、それ自体が巨大な砲身へと姿を変えた。
「グランバスターっての、使ってみる!」
だが、どこか軍用機を思わせる敵機は、どんどん増えて周囲を包囲してくる。
その中でも、頭部にブレードアンテナのある機体から声が走った。
『グランデルフィンまで動き出したか……ハハハッ! いい……いいじゃないかあ!』
女の声だ。
声というよりは、
まるで野生の
残虐なまでの闘争心、殺気に満ちた好戦的な
同時に、敵の通信が
『フォーティン殿! 命令は鹵獲です!』
『先にあちらの二機を……第四小隊、青いやつを確保しろ。こちらで赤いやつを抑える!』
――フォーティン。
それが今、フィーネごと蓮介を飲み込もうとする殺意の名か。
戦いの
俊暁は小さな機体でナルミ達を守るのに精一杯である。
だが、そんな逆境の中……すぐそばでフィーネは笑っていた。
余裕ともとれる
「戦って、蓮介。生き残らなければ、本当の現実には向き合えない」
「やってるよ! でも、どうして!」
「その答を知るためにも、戦って。現実を超えて、真実を
不思議な声には力があって、清水のように心へと染み渡ってゆく。
フォーティンとは真逆で、フィーネの声は優しかった。
『アハハッ! 見ているか? 見てるよなあ、イレヴン! 早く来なよ……じゃないとぉ! かわいいかわいいナルミちゃんも、グランデルフィンも! アタシが全部、ぜぇんぶ!
ビームを乱射しながら銃を構えて、フォーティンの指揮官機が突撃してきた。
避ける? いや、それなら……声が走って、蓮介の意思がグランデルフィンを突き動かす。
「イレヴンってなんだよ、俺は……俺は緋崎蓮介っ、だあああっ!」
砲身だったグランデルフィンの腕が、再び人の五本指に戻る。その広げた手は、避けるどころか突進で迎え撃った。蓮介の思うままに、伸びた手が指揮官機の頭部を
意表をついて、突進を突進で迎えた。
殺人的なスピードの中、衝撃音に揺さぶられながら紅介は叫ぶ。
「うおおっ! グランスティンガーッ! ゼロ距離なら!」
敵を
先程のグランバスターよりは小口径だが、連射力があるのがグランスティンガーだ。加えて、相手を逃さず掴んでの肉薄で、発射の威力がそのまま敵を爆発で包んでゆく。
だが、蓮介は確かな手応えとは裏腹に、
『ハハハッ! いいぞ、いい! もっとだ……グランデルフィンってのは、そうじゃないとねえ! でないと……イレヴンの前菜にもなりゃしない!』
「くっ、やられてるんだぞ、あんた!」
『やらせてはいないねえ! 全っ、然っ、足りてないんだよ!』
「理屈ですらっ!」
確かなダメージに爆発を咲かせながらも、青い指揮官機はビームライフルを向けてくる。
互いにもみ合う中で、空中の死闘が危険な領域へと転がり落ちていった。
予想外の気迫、そして狂気……恐怖に蓮介は震えが止まらない。
フォーティンと呼ばれた女には、自分が感じている恐怖が全くない。存在しないのか、それとも完全に隠しているのか……ただ一つ言えることは、ただただ無邪気なまでに戦いを
ここにも、虚構がある。
これは嘘、まやかし……脱却するべき、偽りの存在。
「……俺は、もう……」
『なんだい? グランデルフィンのパイロット! 実験施設で旧世紀の日本を夢見てりゃあ、それでよかったんだよ! 馬鹿だねえ、お前はさあ! イレヴンもそうだった!』
「俺は、もう……俺を選んだ! ここに今いる、確かな俺を選んだんだ! イレヴンなんて知らないっ!」
グランデルフィンの駆動音が一際甲高く鳴り響く。その背に広がる翼から、一振りの剣が射出された。同時に、先程にもまして強い力が蓮介とグランデルフィンとを繋ぐ。
願いと想いを決意に乗せて、叫ぶ蓮介にグランデルフィンは力で応えた。
『なにっ!? アタシを引き剥がしたっ!? ……まあいい。例の【シンデレラ】とやらは運び出せたからねえ!』
「俺の現実はここだ……それしかないならっ、そこにあんたはいちゃいけないんだよ!」
十字に
その名も、グランキャリバー……それを掴んで、蓮介は一閃を念じてグランデルフィンを駆る。フォーティンの指揮官機は、不意にパワーの上がったグランデルフィンを前に機体を翻した。
敵の胴体が、輝く粒子の
必殺剣はそのまま、周囲の敵ごとフォーティンを退けた。
「はぁ、はぁ……逃げられた? でも、やった……やれてしまった」
「上出来ね、蓮介。さて……弁護士様御一行も来たようだわ。そろそろ話す時間が必要ね」
――真実への道を語る時間が。
そう言ってフィーネは、コクピットにぐったりと沈む蓮介の頭をポンと
モニターには今、複数のロボットが救助のためにこちらへ近付いてくるのが見えていた。
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