春吉くんの結ばれない恋。

泉 真之介

第1話

 染谷そめや 春吉はるきちは恋慕した。



 相手は幼馴染兼同級生の綾小路あやのこうじ 麗美れいみ。名前を具現化したように高飛車でワガママなお嬢様だ。好きなものはマカロンタワー。嫌いなものはピーマンとゴーヤ。


 春吉は幼い頃より麗美に恋をしていた。



 春吉は染谷家の次男である。長男はカリスマ性の塊のような男だ。春吉は彼よりもリーダーが似合う男と会ったことがない。

 反して春吉は気弱で控えめである。好きなことはお人形遊びで、外で運動をするのは嫌いだった。唯一の自慢は自分の透き通るほどに白い肌だが、それさえも両親には不健康的と一蹴された。



 すっかり内向的になってしまった春吉の手を引いたのは、当時6歳の綾小路麗美。親同士の繋がりで屋敷に訪れた麗美は、部屋の端にうずくまった春吉を無理やり遊びに連れ出した。

 窮屈な生活を強いられていた麗美は、気兼ねなく話せる女の友達を欲していた。その点、女の子よりも女の子らしい春吉は麗美と気が合った。一日で、彼らは

旧知の友と言っても差し支えないほど親しくなったのだ。



 しかし麗美と春吉は小学校に入るとめっきり会わなくなった。

 それもそのはず、兄に続き都会の小学校に入学した春吉に対して、麗美は山上にある閉鎖的な小中一貫校へ行ってしまったのだ。勿論ながら富豪ばかりが集まる『おかねもち』学校だが、甘やかされたおぼっちゃまお嬢さまの自立のため、寮生活になっている。そうは言っても凡人からすれば破格の贅沢ができるのだが。


 当時、携帯が気軽に持てる時代ではなく、春吉は麗美との交友を絶たれてしまった。しかし春吉の友達は、そして恋い焦がれる者は麗美以外にいなかった。

 麗美を無理やり春吉の通う中学へ入学させようと試みたが、さすがに小学生には不可能だった。だが恐ろしい執念を持って、春吉は麗美と同じ高校に入ることに成功する。その方法は割愛するが、全く中学生が思いつくとは思えない巧妙なものであった。



 都心部に位置する金持ち学校、私立櫻ヶ丘さくらがおか高校。

 そこは春吉が本来入学するはずだった三城みしろ高校よりも、家柄財力主義的側面は薄い。入学金分の家柄は求められるが、それよりも重視されるのは学力だ。

 春吉は櫻ヶ丘に入学するだけのために必死で勉学に励み、結果として主席入学に成功した。二位は綾小路麗美だった。



 入学後まもなく再会した麗美は、春吉の記憶にある彼女とはかなり違っていた。

 プライドがエベレスト並みに高くなり、選民思想が激しい。しかし彼女の持つ芯の強さは、春吉が恋したものと変わりはなかった。春吉は再び恋に落ちた。



 春吉は麗美と付き合うべく奮闘するが、邪魔をするものがいる。


 斎藤さいとう りんだ。


 特待生枠の生徒で、なんと春吉が受けた入学試験よりも難度の高い試験で、全教科満点をとったという。そんな天才のクセに斎藤は天然でぼんやりとしている。男ウケは悪くないだろうが、春吉が好きなタイプではなかった。


 

斎藤凛は春吉の暇を見つけては話しかけてくる。出かけようと誘う。春吉の向かう先には高確率で斎藤がいて、しかも何かしらのトラブルを起こす。

 無視しても良いが、と言うか本心では無視したいのだが、無視できない。義務感に駆られてか何なのかわからないが、春吉は斎藤と親しくなった。


 春吉は思い描いた高校生活とは真逆の結果に悶々とした。


 斎藤と親しくなるほどに恋愛感情に似たものを抱くのだが、それは麗美に抱いた恋慕には遥かに届かないものだった。それでも好意的感情は春吉の意思に反して膨れ上がる。



 春吉は日を重ねるごとに、自分の人格が乖離していく感覚がした。

 斎藤を想う気持ちと、麗美を想う気持ちが交錯する。


 結果、春吉は斎藤と付き合うことになった。こんなはずじゃない。絵に描いたようなハッピーエンドのまにまに、春吉は声にならない叫びをあげた。





 染谷 春吉は恋慕した。


 相手は幼馴染兼同級生の綾小路あやのこうじ 麗美れいみ。名前を具現化したように高飛車でワガママなお嬢様だ。好きなものはマカロンタワー。嫌いなものはピーマンとゴーヤ。


 春吉は幼い頃より麗美に恋をしていた。



 春吉は染谷家の次男である。長男はカリスマ性の塊のような男だ。反して春吉は気弱で控えめな性格である。好きなことはお人形遊びで、外で運動をするのは嫌いだった。


 すっかり内向的になってしまった春吉の手を引いたのは、当時6歳の綾小路麗美。親同士の繋がりで屋敷に訪れた麗美は、部屋の端に蹲った春吉を無理やり遊びに連れ出した。一日で、彼らは旧知の友と言っても差し支えないほど親しくなった。



 しかし麗美とは小学校に入るとめっきり会わなくなった。

 それもそのはず、兄に続き都会の小学校に入学した春吉に対して、麗美は山上にある閉鎖的な小中一貫校へ行ってしまったのだ。


 当時、携帯が気軽に持てる時代ではなく、春吉は麗美との交友を絶たれてしまった。しかし春吉の友達は、そして恋い焦がれる者は麗美以外にいなかった。



 麗美を無理やり春吉の通う中学へ入学させようと試みたが、さすがに小学生には不可能だった。だが恐ろしい執念を持って、春吉は麗美と同じ高校に入ることに成功する。



 都心部に位置する金持ち学校、私立櫻ヶ丘高校。春吉は櫻ヶ丘に入学するためだけに必死で勉学に励み、結果として主席入学に成功した。二位は綾小路麗美だった。



 入学後まもなく再会した麗美は、春吉の記憶にある彼女とはかなり違っていた。

 プライドがエベレスト並みに高くなり、選民思想が激しい。しかし彼女の持つ芯の強さは、春吉が恋したものと変わりはなかった。春吉は再び恋に落ちた。



 春吉は麗美と付き合うべく奮闘した。麗美は春吉のことを覚えていて、二人はすぐにまた昔のように仲良くなった。

 このままいけば麗美と付き合える。春吉は何故か抱くデジャヴの中で、そう思った。



 しかしそう思った矢先だ、麗美は頬を赤らめて、内緒話をする口吻で、「実はね、綺羅星先輩が好きなの」と言ったのは。



 綺羅星きらぼし ぎん。春吉はその名を知っていた。三年生で、パーフェクト超人と名高い男。しかし感情の起伏に乏しく、何を考えているのかわからない。そんなところがミステリアスで良いのだと麗美は言っていた。


 最近、綺羅星に近づく影があるのだと言う。


 斎藤 凛だ。


 特待生枠の生徒で、なんと春吉が受けた入学試験よりも難度の高い試験で、全教科満点をとったという。なぜか春吉はその名に同級生以上の覚えがあって、しかもひどくひどく苛ついた。

 斎藤凛が、理由もなくうざったく感じるのだ。



 麗美は斎藤に嫌がらせをして、彼女を綺羅星から遠ざけたいのだと言う。春吉は仄かな罪悪感と深い嫉妬を抱いたが……彼女の幸せこそ自分の幸せと考える。

 春吉は複雑な笑みを見せた。



 春吉の尽力もあり嫌がらせは成功し、斎藤は暗い顔をして学校に通うようになった。だが綺羅星が傷心した斎藤のために、その悪事を見破ってしまった。


 綺羅星は麗美に「二度と凛に近づくな」と冷たい目を向けた。こんなのあんまりじゃないか。春吉は綺羅星を睨みつける。

 斎藤はヒーローの頼もしい背中に安堵し、喜んでいるようだった。春吉の斎藤への嫌悪は更に濃くなった。



 結局、麗美が綺羅星と和解する間も無く、斎藤と綺羅星は付き合い始めた。

 綺羅星から斎藤を遠ざけようとした行動が、皮肉にも二人の関係を進展させる切っ掛けとなってしまったのだ。



 麗美は失恋からの傷心で、何日も学校を休んでいる。春吉は彼女が好きなマカロンを沢山買い込んで、麗美の元を訪れるつもりだ。失恋時が一番勘違いで恋に落ちやすい、と春吉は本で読んだのだ。


 勘違いでも何でもいい。

 春吉は麗美が欲しかった。


 欲しくて欲しくてたまらない。





 染谷 春吉は恋慕した。



 相手は幼馴染兼同級生の綾小路 麗美。名前を具現化したように高飛車でワガママなお嬢様だ。好きなものはマカロンタワー。



 春吉は幼い頃より麗美に恋をしていた。

 春吉は染谷家の次男である。長男はカリスマ性の塊のような男だ。反して春吉は気弱で控えめな性格である。人形遊びが好きで、外で運動をするのは嫌いだった。


 すっかり内向的になってしまった春吉の手を引いたのは、当時6歳の綾小路麗美。親同士の繋がりで屋敷に訪れた麗美は、部屋の端に蹲った春吉を無理やり遊びに連れ出した。一日でとても親しくなった。



 しかし麗美とは小学校に入るとめっきり会わなくなった。

 それもそのはず、兄に続き都会の小学校に入学した春吉に対して、麗美は山上にある閉鎖的な小中一貫校へ行ってしまったのだ。


 しかし春吉は恐ろしい執念で、麗美と同じ高校に入ることに成功する。



 都心部に位置する金持ち学校、私立櫻ヶ丘高校。春吉は櫻ヶ丘に入学するためだけに必死で勉学に励み、結果として主席入学に成功した。二位は綾小路麗美だった。



 麗美は昔とはかなり違っていた。しかし彼女の持つ芯の強さは、春吉が恋したものと変わりはなかった。春吉は再び恋に落ちた。



 春吉は麗美と付き合うべく奮闘した。麗美は春吉のことを覚えていて、二人はとても親しくなった。

 このままいけば麗美と付き合える。春吉は何度目かのデジャヴの中で、そう思った。しかし、彼の行く手を彼女が阻んだ。


 特待生の、斎藤 凛。

 なんと春吉が受けた入学試験よりも難度の高い試験で、全教科満点をとったバケモノだという。春吉はその名に覚えがあって、しかも彼女をひどく憎たらしく思ったのだが、理由はわからない。



 彼女は春吉に何度も何度も話しかけてきて、その度に変なイベントが起きる。春吉としては斎藤のことなど無視して、麗美との仲を深めたいのだが、どうしても斎藤の言葉を無視できない。

 彼の心には、不気味に積み重なっていく愛情と、抑えきれない憎しみが混じり合っている。


 春吉は斎藤と話すだけで、吐きそうになった。


 しかし斎藤に話しかけられて良いことがひとつある。麗美がどうやら春吉と親しげに話す斎藤に、嫉妬しているようなのだ。

 麗美が直接そう言ったわけではないが、春吉は自分に向けられた感情を感知するのが得意だった。

 麗美のドロリとした目に同族を感じ、春吉は益々麗美が好きになった。



 ある日、事件が起こった。放課後、涙を流した麗美が、春吉の胸に飛び込んできたのだ。周りは訝しげに春吉たちを見つめる。


 春吉は麗美の手を引いて、空き教室へと向かった。そこは鍵はないが、それ故生徒でも自由に入ることのできる教室で、度々淫行が行われている、とか。

 とにかく泣く麗美から話を聞くには絶好の場所だった。



「どうしたんだ、麗美」

「実はね、斎藤さんが私に春吉から離れろって言うのよ」

「えっ」

「あ、あたし……春吉のことが好き、だから……春吉から離れたくないわ。ねえ、助けて春吉……!」



 麗美は真珠の粒の涙を流す。春吉は悦びに打ち震えた。麗美が、俺を好きだって? 麗美の言葉が信じられなかった。

 それほどに意外で、しかしとてもとても嬉しいのだ。


 『ああ、今すぐ斎藤に言いに行こう。』


 春吉がそう言おうとした時、唐突に扉が開き、斎藤が「違う!」と叫んで入って来た。斎藤の目も涙で濡れていた。

 ちょうど良いところにと、春吉は笑みを浮かべる。



「なあ斎藤、もう俺に」

「聞いて春吉くん! 綾小路さんの言っていることは全部嘘なの! 春吉くんに近寄るなって言ったのは、むしろ綾小路さんの方で……!」

「そん、」



 そんなのどうでも良い、と春吉は言おうとしたつもりだった。しかし語頭で喉がつかえ、何故か言葉を紡げない。春吉は痰を吐きだすように、言葉を捻り出して、出てきたのは、



「麗美、お前、嘘をついていたのか」

「ち、違う! 違うわ! 嘘つきはあいつよ!」



 麗美はヒステリックに叫び、斎藤を指差す。それに斎藤は首を振って返答する。

 その様に酷く焦ったのは、春吉だ。なぜ、こんな麗美を傷つけるようなことを口にする。罪悪感で今すぐ謝りたいのに、意思に反して口が動く。



「……俺は斎藤を信じる」



 違う! 春吉は心の中で叫ぶが、その声は届かない。



「なんで!」

「斎藤は、こんな無愛想な俺に対しても優しく接してくれた。俺は、斎藤が好きなんだ」

「えっ……! は、春吉クン、ほんと?」

「ッ! 何言ってるのよ春吉! 目を覚ましなさいよ!」

「麗美……ごめん、俺はお前を友達以上には見れない」



 麗美はフラフラと春吉から離れた。春吉は今すぐその手をひっ捕まえて、強烈なキスでもかましたかったが、叶わない。身体は全く意思に従わない。


 嬉しそうに斎藤が笑う。

 その綺麗な笑みがぶん殴りたいほどに不快だ、と春吉は思った。



 結局、泣き喚いた麗美は通りがかった生徒に押さえつけられ、一件落着した。


 春吉と斎藤はもちろん付き合うことになった。



 絵に描いたようなハッピーエンドだ。

 無愛想でナルシスト気質の男が、平凡だが心優しい女と夕暮れの教室で優しいキスをする。



 しかしこんなもの、春吉の思い描いた未来ではなかった。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい麗美麗美麗美!

 春吉は心の中で謝り続ける。


 もしも、もしも次があれば、絶対に麗美を疑わない。

 何があっても麗美を信じる、と春吉は強く強く誓った。





 染谷 春吉は恋慕した。



 相手は同級生の綾小路麗美。麗美は高飛車なお嬢様で、春吉の幼馴染だ。



 春吉は幼い頃より麗美に恋をしていた。

 春吉は染谷家の次男である。長男はカリスマ性の塊のような男だ。反して春吉は気弱で控えめな性格である。

 内向的な春吉の手を引いたのは、当時6歳の綾小路麗美。親同士の繋がりで屋敷に訪れた麗美は、春吉を無理やり遊びに連れ出した。一日でとても親しくなった。



 麗美とは小学校に入るとめっきり会わなくなった。

 それもそのはず、兄に続き都会の小学校に入学した春吉に対して、麗美は山上にある閉鎖的な小中一貫校へ行ってしまったのだ。


 しかし春吉は恐ろしい執念で、麗美と同じ高校に入ることに成功する。




 都心部に位置する金持ち学校、私立櫻ヶ丘高校。。春吉は主席入学に成功した。二位は綾小路麗美だった。



 麗美は昔とはかなり違っていたが、彼女の持つ芯の強さは春吉が恋したものと変わりはなかった。春吉は再び恋に落ちた。



 春吉は麗美と付き合うべく奮闘した。

 麗美は春吉のことを覚えていて、二人はすぐにまた昔のように仲良くなった。


 このままいけば麗美と付き合える。春吉はなぜ、なぜか抱くデジャヴの中でそう思った。夏休みまでに告白するつもりだった。



 しかし事件が起こる。

 ある日、麗美が顔を真っ青にして、「実は嫌がらせに遭っているの」と言ったのだ。



 斎藤凛という生徒がいる。


 特待生で、春吉が受けたものよりも難度の高い試験で全教科満点をとったバケモノだとか。

 何故か春吉はその名に同級生以上の覚えがあり、名前を聞くだけでも腹が立った。



 彼女曰くその斎藤凛が麗美に暴言を吐いたり、麗美の持ち物を盗んだりするらしい。麗美としては今すぐに斎藤を告発したいのだが、いかんせん証拠が揃わない。だから春吉に斎藤を揺すってほしいと。


 春吉は麗美に頼られたことを心底喜び、快諾した。

 麗美の言ったことの裏を取ろうとは、春吉は全くしなかった。


 麗美が嘘をつくはずがないと、春吉は信じていた。

 そして疑ってはいけないという強迫観念じみた思いが胸をしめつけた。



 放課後、春吉は斎藤に空き教室に来るようにと手紙を書いた。斎藤はあっけらかんとした態度で現れて、春吉にはそれが不快で不快で仕方がなかった。


 春吉は斎藤を酷く攻め立てた。しかし斎藤は嫌がらせに全く身に覚えがないと言う。しらばっくれるな、春吉が怒りに任せて斎藤に手を出そうとすると、それを誰かが止めた。



「レディに手を出すのは感心しない、な」



 気障に笑うのは三年生の霧堂むどう ほまれだ。

 学園のプレイボーイと名高い霧堂は、長い金髪を煌めかせて、春吉の手をぎりりと掴み上げた。春吉は苦痛の声をあげる。



「む、霧堂先輩、やめてください! 春吉くんは悪くないんです!」

「……凛ちゃんがそう言うなら」



 霧堂が手を離すと、春吉はすぐさま腹に一発入れようとした。しかしその手も阻まれる。

 場数が違う。春吉は本能的に悟った。



「しつこい男は嫌われるよ。それに、きみ、何か勘違いしていないかい?」

「は?」

「入るタイミングを計っていてね。少し君たちの話を聞かせてもらったよ。凛ちゃんが綾小路嬢に嫌がらせしている、とか」

「先輩、私、そんなことっ!」

「わかっているよ、凛ちゃん」



 霧堂は微笑み、春吉の手を振り払う。

 拳を押さえて春吉が霧堂を睨むと、彼も真剣な顔で春吉を見つめた。



「春吉くん、だよね。きみ、『自分が綾小路嬢に騙されている』とは思わなかったのかい?」



 は? 春吉は目を見開いた。



「綾小路嬢はどうやらボクに惚れているらしくてね。最近よく付きまとわれているんだよ。でもボクはこの子が好きだから、さ」



 霧堂が斎藤の肩を引き寄せる。斎藤の顔はポッと赤くなり、彼女はえ、え!? と困惑した。



「多分綾小路嬢は凛ちゃんにヤキモチ妬いちゃって、春吉くんに嘘をついたんじゃないかな?」

「麗美がそんなこと……っ」



 春吉は顔を伏せる。

 それを哀れんで「春吉くん」と斎藤が駆け寄り、「わ、わたし、」と言葉を紡ごうとした、が。



「うるさいっ!」



 斎藤が差し出した手を、春吉は振り払う。

 ギロリと憎悪に塗れた目で、斎藤を睨みつけた。



「うるさいうるさいうるさいうるさい黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ麗美が俺に嘘をつくはずがない麗美は絶対に正しいんだ麗美は、麗美は……!」



 すっかり春吉は錯乱している。目の前の二人など見えないようで、狂ったように金切り声をあげる。


 それを見て、斎藤は一言「またバグ? なにこれこんなルートないよね」と呟いた。春吉は驚き、斎藤の顔を窺った。

 彼女は無表情で、光のない目で春吉を見ている。


 春吉は息を呑む。





 染谷 春吉は恋慕した。



 相手は同級生の綾小路麗美。麗美は高飛車なお嬢様で、春吉の幼馴染だ。



 春吉は幼い頃より麗美に恋をしていた。


 春吉は染谷家の次男で、気弱、控えめな性格であったが、親同士の繋がりで屋敷に訪れた当時6歳の綾小路麗美は、内向的な春吉を無理やり遊びに連れ出した。彼らは一日でとても親しくなった。


 しかし麗美とは小学校に入るとめっきり会わなくなった。春吉は麗美との交友を絶たれたが、彼女と同じ高校に入ることに成功する。



 都心部に位置する金持ち学校、私立櫻ヶ丘高校。春吉はそこの主席入学に成功した。二位は綾小路麗美だった。



 麗美は昔とはかなり違っていたが、彼女の持つ芯の強さは春吉が恋したものと変わりはなかった。春吉は再び恋に落ちた。



 春吉は麗美と付き合うべく奮闘した。麗美は春吉のことを覚えていて、二人はすぐにまた昔のように仲良くなった。仲良くなれると春吉はなぜか知っていた。


 このままいけば麗美と付き合える。春吉はもう慣れたデジャヴの中でそう思った。夏休みまでに告白するつもりだった。



 しかし事件が起こる。

 ある日、麗美が顔を真っ青にして、「実は嫌がらせに遭っているの」と言ったのだ。



「ああわかっている。斎藤を責め立てればいいんだろう?」



 春吉は困惑する麗美をよそに、すぐさま準備を始めた。



 春吉は、自分が何をすべきかよくわかっていた。

 特待生の斎藤凛を責め立てて、学校に来なくさせればいい。そのためだったら暴力でもレイプでも何でもしよう。そして『今度』は失敗してはいけないから、鍵のかかる人気のない空き教室で、人目につかないように……


 ………あれ、今度? 今度って何だ?


 俺はデジャヴに首を傾げた。



 放課後、春吉は斎藤に空き教室に来るようにと手紙を書いた。斎藤はあっけらかんとした態度で現れて、春吉にはそれが不快で不快で仕方がなかった。


 春吉は麗美に嫌がらせをしているだろうと、斎藤を酷く攻め立てた。

 しかし斎藤は嫌がらせに全く身に覚えがないと言う。



「しらばっくれるな」



 春吉は叫んで斎藤を蹴り飛ばす。床に倒れた斎藤は「は?」と素っ頓狂な声をあげた。

 服を脱がせて不純異性交遊の現場を撮って、SNSの捨てアカウントであげよう。

 そうすれば斎藤は女子からイジメられて、転校まではいかずとも不登校にはなるだろう。画像を使って脅迫してもいい。



 全ては麗美のため。



「また変なイベント?」

「……?」



 また、だ。俺は無表情の斎藤を見下ろす。斎藤は、ぞわりと背筋が凍りつくような目をしている。


 この感覚、前にもあった。

 斎藤がなぜか急にメタレベルの視点で話を始める、そんな出来事が、前に。



「きみ、何なの? 主人公をレイプでもしようって? 頭おかしいんじゃないの?」

「主人公って何だよ。頭おかしいのはそっちだろ?」

「……ばーか」



 斎藤は笑う。そこで俺の意識はプツンと切れた。





 染谷 春吉は恋慕した。



 相手は同級生の綾小路麗美。麗美は高飛車なお嬢様で、春吉の幼馴染だ。春吉は幼い頃より彼女に恋をしていた。

 春吉は染谷家の次男で、気弱、控えめな性格である。ある日屋敷に訪れた当時6歳の綾小路麗美は、内向的な春吉を遊びに連れ出した。彼らは親しくなった。



 その後春吉は麗美との交友を絶たれてしまったが、彼女と同じ高校に入ることに成功した。



 都心部に位置する金持ち学校、私立櫻ヶ丘高校。春吉はそこで主席入学に成功した。二位は綾小路麗美だった。


 麗美は昔とはかなり違っていたが、彼女の持つ芯の強さは春吉が恋したものと変わりはなかった。春吉は再び恋に落ちた。



 春吉は麗美と付き合うべく奮闘した。麗美は春吉のことを覚えていて、二人はすぐにまた昔のように仲良くなった。


 『仲良くならなければ麗美は不幸になってしまう』と俺はなぜか知っていた。



 このままいけば麗美と付き合える。春吉はもう慣れたデジャヴの中でそう思った。夏休みまでに告白するつもりだった。


 しかし、夏休みまで待てば『また』麗美を不幸にする出来事が起きてしまうと知っていた。

 だから春吉は麗美にアピールを続けて、ついに今日、告白のために麗美を呼び出すことに成功した。



 告白が成功せずとも、麗美が俺を男として見るようになれば他の男に目移りなどしないだろう。

 そうすれば麗美と斎藤が関わることはなくなり、麗美が傷つくことはない。


 これがきっと最適解だ。



 春吉は緊張した面持ちと共に、夕日の差し込む空き教室で麗美を待った。

 この時間帯、宵と夕が混じる今は、まるで教室全体がメープルシロップで浸したような色を帯びる。


 机のひとつに尻を乗せて「あー」だの「うー」だの、意味のない呟きを零しながら待っていると……やっと、扉が開けられた。



「……麗美!」

「春吉、待ったかしら? ……なんてね」



 そこに立っていたのは、斎藤 凛。


 艶やかなボブヘアーからセーラー服まで全てをオレンジに濡らして、ニコリと清楚に笑う。


 俺は目を見開いた。



「なんで」

「綾小路に告白しようとしてるね。あはは、ダメだな、そういうのダメなんだよね」

「は?」



 普段からは想像もつかない声でケタケタと笑いながら、斎藤は言葉を続ける。



「なんかリセットていうか、この世界の仕組みに気づいちゃってるみたいだなって思ったけど、まさか本当とはね。何のバグが知らないけど、正直すごいと思う」

「なに、言って、」

「はー、それにしても健気だよね。君を救うため僕は何回でもやり直す! って。まどマギみたいじゃん。それに好きな人は自分に性格が似てるってほんとなんだね!」



 あははと笑い声が響く。何だよこいつ、気味が悪い!


 それよりも麗美は……麗美は、どこだ?


 俺は麗美にここへ来るよう約束をした。

 麗美が約束をすっぽかすとは思えないし、まさか。



「斎藤、麗美はどうした」

「……全部、君のせいだよ」

「どういう意味だ!」

「んー……綾小路は、今はここには来れない身体になっている、かな」

「てめぇ!」



 斎藤を殴り飛ばすと、抵抗もせず机を巻き込んで倒れた。

 ガラガラと机をうるさく鳴らして、斎藤は立ち上がる。


 斎藤は殴られた頬を押さえて、しかし不気味に笑っている。



「春吉くん、良いことを教えてあげる」



 この世界の秩序に刃向かうべきではない。君は知らないフリをして過ごさなければいけないんだよ。


 意識が飛ぶ。





 染谷 春吉は恋慕した。



 相手は幼馴染兼同級生の綾小路あやのこうじ 麗美れいみ。名前を具現化したように高飛車でワガママなお嬢様だ。好きなものはマカロンタワー。嫌いなものはピーマンとゴーヤ。


 春吉は幼い頃より麗美に恋をしていた。



 春吉は染谷家の次男である。長男はカリスマ性の塊のような男だ。春吉は彼よりもリーダーが似合う男と会ったことがない。

 反して春吉は気弱で控えめである。好きなことはお人形遊びで、外で運動をするのは嫌いだった。唯一の自慢は自分の透き通ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!



 はやく、はやくあの頭のおかしい女から麗美を救い出さなければ。

 全てあいつのせいだ。あいつ、斎藤 凛の所為で麗美は不幸になっている。


 なにが『秩序に刃向かうな』だ。『知らないフリをしろ』だ!


 あいつの言う通りになんてなるものか。麗美を救う救う救う救う救う救う救う救う救う救う救う救う救う救う。


 ああ、斎藤凛が、もしもこの世からいなくなれば。きっと俺も麗美も本当に幸せになれる。


 何もかもあいつの所為、なのだから。



「……あ、そっか」



 斎藤 凛を殺せばいい。



 斎藤の言葉で確信した。

 まるで第三者目線で語られるこの世界は、ループしている。これは斎藤凛が幸せになるための世界である。

 そしてそのために麗美は何回も何回も傷つけられてきた。


 最初を思い出せない。しかし気づいたときには、麗美は斎藤の恋の当て馬、踏み台となっていた。


 許せない。憎悪が渦巻き目が眩む。



 入学式後、斎藤を裏庭の公園へ呼び出した。

 そこは夕になれば人気はなく、辺りは薄暗くなる。人に見られないために作られたような場所だ。



「染谷くん、どうしたの?」

「……俺はお前を許さない」

「え?」



 困惑する斎藤の腹部に、用意した包丁を突き刺す。



 最初は、破裂させる感覚だ。スライムが詰まったような、やわい袋に切れ込みを入れる。次にブチブチと、筋肉質の繊維を断ち切る生々しい感触。最後は骨にゴリっと当たる。

 その辺りで、俺は包丁を手放した。


 斎藤は悲鳴も上げず蹲った。なん、で、とか細い声を零して、斎藤の身体は地面に倒れ伏した。



「……やった」



 空虚な達成感と、襲い来る恐怖。震える手でスマホを取り出し、何度か迷ってコールをかける。


 発信先は、綾小路麗美。




『……もしもし?』

『あ、……もしもし、麗美。いきなり、ごめん』

『春吉が電話するなんて珍しいじゃないの。何かあった?』

『あの、さ。俺、麗美と一緒の高校入りたくて、親の勧める高校拒否って、櫻ヶ丘に来たんだよ。だから、ちょっと親に頼みごとしにくくて、それでさ』

『ははあ、私に頼みごとってわけ。いいわよ。遠慮しないで言ってみなさいな』

『ああ、えっと……その、』



『死体をひとつ、処理して欲しいんだ』



『……』

『いきなりこんなこと言われて迷惑だってわかってるけどさ、頼めるの麗美しかいないしそれに俺、麗美に言いたいことがあって、』

『わかったわ』

『え』

『わかったって言っているの。場所は?』

『えっと、校舎の裏にある公園。あの人気ないとこ』

『今すぐ手配するわ。ちょっとそこで待っていて。私も行くから』

『ごめん……ありがとう』

『うん』




 宵の色が深い。

 藍色に覆い被さるようにして、黒々と渦巻く雲は雨天を匂わせていた。蚯蚓の這う土のにおい。雨が降る前兆のそれに、俺はフッと顔を伏せた。


 足元に転がる死体はピクリとも動かない。

 生の事切れを見たのは初めてだし、人間はかくもあっけないものだとは思っていなかった。先まで話していた女が、こうして今は喋らぬ屍になっているのは、とても奇妙な感覚がする。気持ちの良いものではない。



 雨が降れば地面に残った僅かな血も流れてしまうだろう。

 それに麗美に頼んだのだから、一級の清掃屋を連れて来るに違いない。


 俺が捕まることはきっとない。



 それよりも、だ。



 俺は何度も手を握ったり、離したりして、自分の手が動く感覚を噛みしめるように味わった。


 俺の手は動く。息もしているし、思考だって。


 斎藤凛を殺せば、もしかしてこの世界はリセットされるか、永遠に消滅するかどちらかになるだろうと思っていた。

 予想は外れた。俺は生きている。



 斎藤凛とは、結局何者なのだろう。

 そしてこの世界はいったい。



 尽きない疑問に頭を悩ませていると、入り口に一台の車が止まった。弁当屋のトラックだ。

 中から如何にもそれらしいエプロン姿の男女が数人と、麗美が現れる。


 麗美は制服の上に軽いカーディガンを羽織っていた。しっとりとした赤色が麗美によく似合う。



「麗美!」

「……春吉、あなた……」

「業者、ありがとう。理由は後でゆっくり話す」

「どういたしまして。それよりも……」



 業者の者は声を発することなく、淡々と死体を処理していく。さすが手際が良く、もう一見しただけでは其処に死体があった、なんてわからないまでになっていた。

 麗美はその働きぶりを見て満足気に頷き、「車で話しましょう」とトラックの後ろに停めている車へと俺を案内した。



 革の香りに包まれた車内で、深く息をつく。やっと安堵して、座席に飲み込まれるように座った。

 麗美は俺の隣へお上品に腰掛ける。その仕草から、育ちの良さが滲んでいる。



「なあ、麗美。今から俺は突拍子もないことを言う。気が狂ったのかと思うだろうけど、事実なんだ。……聞いてくれるか?」

「今更何言っているの。私は、私を信じてくれた春吉を疑ったりしないわ」

「……麗美、お前もしかして」



 今まで見たことのない表情だった。


 眉を少し下げて、口端をゆるく上げた控えめな笑み。麗美の顔全体がふうわりと桃色を帯びたような優しいそれは、普段麗美が見せる自信と矜持に満ちた顔とはまるで違う。

 俺はそこに、本当の麗美がいると悟った。



「はじめまして、かしら」

「っ……」

「まさかあなたもとはね。運命を感じてしまうわ」



 喉に言葉がつかえる。それは困惑や絶望など、マイナスな感情が引き起こしたものではない。

 ただ単純に、嬉しくて嬉しくてたまらなくて……言葉が出ない。



「春吉?」

「っ、麗美!」



 強く麗美を抱きしめる。「あらあら」と困ったように笑いながらも、麗美は俺の背中を優しく撫でてくれた。

 俺はいつの間にか泣いていた。



「お、俺、怖くて不安で! 頭、おかしくなったんじゃないのかって!」

「んもう、お馬鹿さんね。少し考えればわかるでしょう。さすがの私でも、電話をかけられてすぐ死体処理業者を呼べやしないわよ。……そういう経験がなければね」

「じゃ、じゃあ麗美も斎藤を?」



 麗美の顔を窺えば、麗美はそっと目を伏せた。あまり思い出したくないらしい。


 そうだ。俺は憎悪の末にあまりにもアッサリと殺してしまったが……麗美は、本当はとても心優しいから。斎藤のことを思って、沈んだ顔ができるのだろう。



「……なあ、麗美。この世界はどうなっているんだ?」

「私も正確に理解できているわけではないわ。でもそうね……名前をつけるなら、恋愛ゲームの世界、かしら」

「恋愛ゲーム……」

「主人公は、『斎藤 凛』。彼女が『綺羅星 銀』、『霧堂 誉』、そして『染谷 春吉』と関係を築き、時には恋仲になる。それを永遠と繰り返すための世界なのよ。私は二人の関係を邪魔する、いわゆる悪役令嬢、というところね」

「そんな……じゃあ俺と麗美は」

「付き合うことなんてできなかったわ」



 でも今は違う。麗美は窓の外に目をやった。業者の車はもう消えていた。

 斎藤 凛の痕跡も、もはやどこにも残っていない。



「あなたが『斎藤 凛』を殺したことで、一時的に主人公の権利があなたに託された。今だけここは『斎藤 凛』の世界ではなく、あなた、『染谷 春吉』の物語になったの」



 その言葉にまた涙を零す。もういつが始まりか思え出せないが。俺がずっと求めていたものが、今ようやっと手に入ったのだ。



「……な、なあ、俺、ずっと麗美のことが」

「だめよ」



 キッパリと言い切られて、え、と本気の困惑の声をあげる。あまりの衝撃に裏返って、素っ頓狂な声になってしまった。


 麗美は俺から離れて、居住まいを正した。

 そして、『綾小路麗美』の顔をして、言う。



「いけないわ……いけないのよ」

「どうして」

「今は、こうして何事もなく結ばれるかもしれない。けれどあなたが死ねば、次はまた『斎藤 凛』の物語へと戻るの。このループに終わりはないわ」

「じゃあ、次も斎藤を殺せばいい。その次もその次もその次だって! 麗美が怖いなら俺が殺す」

「無理よ。そう何度も主人公を殺し続ければ、ある日絶対的な力によって阻まれることになるわ。この世界の有る意味が変わってしまうから……それが、運命なのよ」



 その口振りはまるで、自分がそれを経験したかのようだった。


 いや、麗美は経験したことがあるのだろう。この世界を司る力によって、決死の努力を阻まれたことが。

 その事実は俺の胸を痛めつける。



「こうして長く過ごせば過ごすほど、別れが辛くなるものよ。だから私たちは元の悪役とヒーローに戻りましょう。それが正しい形なのよ」



 麗美は笑う。どうして笑えるのか、俺にはわからない。そんなのってあんまりじゃないか。

 全く笑えない。



 でも、麗美がそう言うなら、俺は。



「わかったよ」

「ありがとう春吉。それじゃあ、」

「でも悪役とヒーローなんて、そんな関係では終わらせない」

「何を言って」



 今、この世界は『染谷 春吉』のものだ。リセットの権限は俺にある。

 そして、予備にと隠し持っていたナイフも。


 俺はにこりと笑った。






 染谷 春吉は恋慕した。



 相手は同級生の斎藤 凛。



 凛はお金持ち学校、櫻ヶ丘高校の特待生だ。つまり庶民。

 しかし春吉が受けた入学試験よりも難度の高い試験で、全教科満点をとったバケモノらしい。そんな天才のクセに斎藤は天然でぼんやりとしていた。



 春吉が凛を好きな理由は特になかった。

 ただ前世からの運命だと、初めて出会った時に悟ったのだ。



 即ち、簡単に言えば、春吉は凛に一目惚れをした。



 春吉は幼い頃、初恋の人を交通事故で亡くしている。

 元々内向的だった春吉を、陽の当たる世界へ連れ出してくれた人だ。


 幼く哀しい失恋に、彼は心に深い穴を開けていた。その隙間を、高校一年生になってやっと埋める者が現れた。それが『斎藤 凛』というわけだ。


 長く患っていた心の傷を癒した凛は、春吉にはまるで女神のように映った。



 春吉は凛に深く依存した。



 そして春吉は凛に近づくものには誰彼構わず敵意を向けるようになった。

 それが三年生でパーフェクト超人と名高い『綺羅星 銀』であろうと、プレイボーイで軽薄な『霧堂 誉』であろうと。

 彼はもはや、ヒーローでありながら悪役でもあった。





「春吉くん、これで良かったの?」

「何が?」

「『綾小路 麗美』の役をきみが奪ったこと」

「もちろん良いに決まっている。だってこうすれば、麗美はずっとずっと……苦しまずにいられから」

「こんなこと神様が許すかな?」

「許しているから、こうして物語は続いているんだろう。それにお前も言ったとおり、俺は麗美の役も苦しみも、全て背負って生きている。文句を言われる筋合いはない」

「あははは、きみ、少し……いや、かなり頭がおかしいね。恋のために最愛の人を殺し続けるなんて。しかもその為だったら、憎くて憎くて仕方のない女に愛を囁くのだって厭わないんだから」

「……」

「しょうもない話はさておき。そろそろまたやり直そうか」




 世界は繰り返される。また産声が上がり、悲鳴が上がり、無残な少女の死体が増える。

 それでも俺は幸せを感じ始めていた。


 だって、誰よりも深い愛情で俺たちは結ばれている。

 単なる色恋では終わらない。悲劇性を孕んだ、とても美しくそして永遠の恋。






 染谷 春吉は恋慕した。

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春吉くんの結ばれない恋。 泉 真之介 @izumi_shinnosuke

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