第3話 –引きこもりの『ベルゼブブ』–

勇者と睨み合った翌日。

目が覚めると横には裸の…



––––––ルシファーがいた。



「え…ッ?え?なんでルシファーがいるの?待て、上下ともに裸体では無いか。淫らな格好をしよって。

いや、そんなこと言ってる場合じゃなくてなんでここにいるんだよ!」


動揺で一時的に喋り方が戻る。

ルシファーを見つめると少しニヤついて、「ん…ッ、あぁ…ッ」と唸り声にも喘ぎ声にも聞こえる声をあげて目をゆっくりと見開く。


菊次郎の声で目が覚めた?ルシファーは目をこすりながら菊次郎に抱きついて


「菊次郎様の男らしい声で目が覚めてしまいました」


「ルシファー。お前、覚めてただろ」


「いえいえ、今起きたのです!」


「俺が寝てる間にどうにかして潜り込んだんだろ」


「いえいえ、起きたらここにいたのです!」


「鍵閉めてたのにどうやって入って来た?」


「いえ、少しピッキングを………


あ…ッ、わたくしとしたことが菊次郎様の言葉攻めで口という口を開いてしまいました…ッ」


菊次郎は深いため息をついて後ろを向いて


「ほら、後ろ向いとくからそのうちに着替えてよ」


「いえ、わたくしは菊次郎様の子供を作りたいのです。どうか孕ませていただけませんか?

というか、後ろなぞ向かずにこちらにお向きになってください」


「なんで、こんなに直球なんだろう?

あのさ、一応俺、向こうの世界では老人やってた身だから嫁も子供も孫もいるわけで、あまりこういうことで関係とか持ちたく無いんだよ。わかってくれるかな?」


と言うと、菊次郎はベッドから降りて部屋を出る。

ドアを閉めるときに隙間から見えたルシファーの顔を見てまた「はぁー」とため息をついた。


朝はどでかい鏡に洗面所で顔を洗う。タオルを取ろうとすると、横から誰かがタオルを渡してくれる。

振り向くとそこにはアスタロトが立っていた。


「んっ、ありがとう?あ、アスタロトか!おはよー」


「べ、別に菊次郎のために渡して上げたんじゃないんだから!」


「朝からテンションが高いね。って呼び捨てなんだ!そういや、ルシファーも菊次郎様とか呼んでたな」


アスタロトはバツが悪そうな顔をして洗面所を出て行く。


「ん?不機嫌なのか?まぁ、飯食って準備するとしますか!」


そこへダンタリオンがやってくる。


「魔王様、食事の準備ができましたので、ワープで小広間へ向かいますが、身支度は終わりましたか?」


「あぁ、身支度は済ました。小広間へ頼むよ」









––––小広間––––


一直線に長い長机に豪華な食事が並べられている。

席にはもうアザゼルとバアルが着席している。

すると唐突にアザゼルが口を開いた。


「サタン様、お待ちしておりました。ぜひ食卓を囲みたいと思って1時間前からスタンバイしてました」


菊次郎は少し唖然として


「そんなに早起きしなくていいんだけどなぁ。無理して身体壊されても困るし…」


「いえ、これは忠誠心あってこその行為だと私は思いますが…」


口を挟んだのはバアル。


「そんなものか?」


「えぇ、私はアザゼル君の2時間前からここにいたのですから」


菊次郎は呆れた顔をしてため息をついた。


そこへダンタリオンと共にルシファーとアスタロトがやって来て食事を促す。


「菊次郎様、いただきましょう!」


「あぁ、そうだな」





アザゼルが肉を咀嚼しながら話しを始める。


「そういえば、サタン様。私たち4人以外にもう1人幹部がいることはご存知ですか?」


菊次郎は首を横に振って「知らない」と答える。


「そうですか。実はもう1人『ベルゼブブ』という奴がいるのですが、先代魔王が殺された時、目の前で見てしまったようで、それっきり魔王城の一室で引きこもっているのです」


「へぇ、その話は初耳だ。もう少し詳しく聞かせてくれ」


「勿論ですとも。奴は当時は魔王軍の作戦参謀を務めていました。幹部ということで自分の軍隊は持っていたのですが、自ら戦場へ赴くことは一度もありませんでした。しかし作戦参謀としての能力はとても高く、先代魔王も高く評価されていました」


「具体的な能力としては周りの地形や敵の数、強さ、能力を一瞬で読み取って、敵に有利な部隊や幹部をぶつけるというものです。

一見、大雑把なように見えますが、彼が作戦参謀をしていたときに魔王城が危うくなったことはありません。

先代魔王が殺されたときは奴は能力を無効化する能力を持つ敵の異世界人にやられた直後でした」


菊次郎は食い入るようにその話を聞いていた。


「だいたい理解したよ。つまり、進軍する前にその『ベルゼブブ』って悪魔を引きずり出す方が良いんじゃないの、ってことだよね?」


「えぇ、その通りです。ベルゼブブがいれば進軍するの不安材料はほぼ無くなると言っていいでしょう」


「じゃあ、朝の食事が終わったら、そのベルゼブブって悪魔の前まで連れて行ってくれ、少し話しかけてみるよ」


その後は何ということなく食事が進み終わった。ルシファーに胸を押し付けられたことを除けば。


食後、ダンタリオンとアザゼルについて来たある一室のドアには張り紙が貼られていた。


どれだけ目を凝らしても読むことの出来ないの文字。


「へぇ、文字は日本語じゃなくてこっちの文字なんだ」


ダンタリオンが目を輝かせて菊次郎に問う


「日本語とは何ですか?異界の地の言語とお見受けしましたが」


「正解。俺がこっちに来る前にいた場所の言語だよ」


「とても興味をそそりますね!是非ご教授願います」


「分かったよ。だけど俺にもこっちの文字の書き方を教えてくれ。後は、魔王城にいる時限定って条件を飲んでくれるなら大歓迎だよ」


「勿論ですとも。ではそのようにいたしましょう」


と、言い残すとダンタリオンはドアをノックした。


「ベルゼブブ様、ダンタリオンでございます。新しい魔王様がご面会したいとのことですが。お部屋を出て来ていただけませんか?」


1分程度の沈黙が流れた後


「僕はここから出ないと決めているんだ」


さすがに菊次郎もびっくりなショタ声。


「ちょっと待って。ベルゼブブって子供なのか?聞いてないよ!」


「まぁ、私も詳しく知っているわけではないですが子供っぽいとしか言えないですね。まぁ推定年齢はざっと200歳ぐらいでしょうか」


「200歳って子供じゃないだろ…ッ。あっ、ここでは年齢の観念がぶっ飛んでるんだった。

でも、あれ?俺は18歳ぐらいじゃなかったのか?こっちだったらおしゃぶり吸っててもおかしくないぞ」


「おしゃぶりと言うのはよくわかりませんが、魔王様は人間の体で召喚された身なので人間の年齢に合わせられております。まぁ、元から悪魔として生きていたのであれば400歳程度はある気がしますが…」


菊次郎は年齢の観念を再理解して「なるほど」と頷いた後、ドアの向こう側にいるはずのベルゼブブに問いかける。


「俺が一応ここで魔王をしている真柴菊次郎だ。できれば会って話がしたんだがここから出てくれないか?」


「僕は絶対に出ないよ。もう目の前で仲間が死ぬのはゴメンなんだ」


「俺は仲間を殺すような戦い方をして無駄に死なせない、信じて出て来てくれ」


「そんなの言うだけなら誰だって言えるじゃん。根拠がないよ」


菊次郎は押し黙ってしまう。


その後も何度か声掛けるが目立って良い返事は返ってこなかった。


菊次郎、ダンタリオン、アザゼルの3人はとりあえず昼ご飯を食べてからまたやろうとことにした。


–––––食後


菊次郎が2人に相談する。


「悪いんだけどベルゼブブは俺に任せてくれないか?」


「えぇ、サタン様が言うのであれば私は構いませんが…」


と言ってダンタリオンはアザゼルの方を見る。するとアザゼルも頷く。


「んじゃ、また晩にベルゼブブを入れたみんなでご飯食べような」


ダンタリオンとアザゼルは「えぇ」「はい」と応えた後、姿を消した。


誰もいない廊下で1人呟く


「さて…、ベルゼブブを引きずり出すには何を言うべきか…」








––––ベルゼブブの部屋––––


菊次郎はゆっくりとドアをノックする。


「ベルゼブブ、俺だ。新しい魔王だよ…

…やっぱり、出て来てくれる気はないよな…」


少し間を置いて


「うん」それだけだった。


そのあとも、いくつか質問などをするがあの一言以降、返事は返ってこなかった。


しかし菊次郎は朝の件で思い当たることが一つだけあった。

そのことを率直に問いてみた。


「ベルゼブブ…本当は自分が死ぬのが怖くて閉じこもっているんじゃないか?」


部屋からは何も聞こえてこない。


菊次郎はひと息つくと日本にいる自分の息子の話を始めた。


「実はな、俺が前いた世界には息子がいたんだよ。息子はな子供の頃から気が強かったんだが、ある日を境にしてベルゼブブ、君と同じように閉じこもったんだよ。息子になんで引きこもってるんだ?って問うと必ずこう返ってくるんだ。


『自分がイジメられるのはなんとも思わないけど、自分のせいで周りの人までもがイジメられるのは耐えられない』って。


でも、俺はそうは思わなかった。


単純に息子がイジメられてるって。


だから息子と真剣に話をした。


学校に言いつけて主犯を退学させた。


そんなことがあったからさ、ベルゼブブも似た境遇にあるんじゃないかなって思ったんだけど…違ったらゴメンな」


ベルゼブブは相変わらず返事をしない。


すると部屋の奥からすすり泣く声と共に懺悔にも聞こえる声が聞こえてきた。


「そうだよ…、本当は…ッ、目の前で…魔王様が殺された瞬間…ッ、自分も…殺されるって思ったんだ…ッ」


菊次郎は少し押し黙ると


「じゃあ、お前は魔王城から出なくていい。もし、魔王城が襲われたならテレポートで俺が必ず帰ってきて助けてやる。だからどうか力だけでも貸してくれないか?無理にとは言わない。少し考えて欲しい」


ベルゼブブはドア越しで「…ぅん」と言うと、それ以上声を出すことはなかった。


それから菊次郎は何時間もドアの前に座っていたが、大鐘が鳴ったことで時間的には夜に近づいていることを知る。


「もう夜か、って言っても元々暗いから時間が把握できないんだよなぁ」


そんなことをボソッと口に出したあと長いため息をつき、「いつになったら出てきてくれるんだろう」などと考えていたその時、目の前の扉がギィーと音を立ててゆっくりと開きだした。

何年も開いていなかった扉なだけに隙間にあったホコリが舞いながら菊次郎を襲う。


「ゴホッ、ゴホ…ッ。すごいホコリの量だな。これじゃあ、部屋の中にも溜まってそうだ…」


ホコリで見えなくなった扉の中が徐々に視界に入る。


菊次郎が視界に捉えたものは菊次郎の想像を超えていた。


そこにあったのは紫を惜しみなく使ったとてもメルヘンな部屋だった。

部屋は綺麗に片付いており、ホコリが溜まるなんて言葉を発したのが恥ずかしくなるほど隅々まで掃除がされていた。


ベルゼブブは女の子だった。


ベルゼブブは薄緑の髪をツインテールに結んでいて、紫色の子供用ドレスを着ている。手にはクマの人形が握られていた。


菊次郎は呆気にとられる。


「え…ッ?ちょっと待って、女の子?…あれ?一人称『僕』だったよな?」


そこへ折り合い良くダンタリオンがワープで現れる。


「えぇ、ベルゼブブ様は女の子ですよ。アザゼル様もわたくしも子供としか言っていませんので、勘違いも無理はないでしょう」


「あぁ、そうだよな。うん、そうだ。俺はおかしくないよな」


ここでやっとベルゼブブが口を開く。


「ちょっと頭を冷やしたら、なんだか色々と吹っ切れたよ。魔王さん、ありがとうね!子供みたいな容姿だけどお手伝いできるように頑張るから!」


「あ…ッ、あぁ。よろしく頼むぞ」


ダンタリオンは2人のやりとりを見て微笑むと


「では、魔王様。夕飯にいたしましょう!幹部全員が待っております!」


「わかった!行こう、ベルゼブブ!」


「はいっ!」


こうして、菊次郎はベルゼブブを幹部として復活させることに成功した。
























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平和主義者の魔王軍 文月 洋 @taiyou0726

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