第2話 –勇者襲撃–

––––大広間–––––


そこはとても広い部屋だった。


天井に巨大なシャンデリアに、床には赤いカーペットが部屋一杯に敷かれていて、カーペットの上にご馳走の並んだ円卓があった。


円卓を囲んで4人の悪魔が座って談笑しているのが見える。


菊次郎から見て、一番左にいる銀髪の女性。

この上なく美貌を持ってにもかかわらず、服の上からでもよくわかる素晴らしい豊満な胸。


左から二番目にいる赤髪の屈強な男性。

鍛えられた肉体と勇ましい顔の左目に縦に刻まれた傷の後が数多くの闘いの激しさを物語る。


一番右にいる黒髪の男性。

身体はほっそりとしていて、常に笑顔を浮かべているが、その瞳の奥には、確かに殺気が見てとれた。


右から2番目にいる薄紫色の髪を持つ少女。

微笑ましくなる可愛さを持つペチャパイのロリ。以上…


ダンタリオンが1人ずつ紹介を始めだした。


「では、左から順に紹介をさせていただきます。

一番左のお方がルシファー様

左から2番目のお方がアザゼル様

左から3番目のお方がバアル様

そして最後のお方がアスタロト様

でございます」


「あぁ、ありがとう!理解したよ」


紹介を聞いた菊次郎が4人の元へ歩いて行くと、座ってた4人が同時に振り向く。


ルシファーは菊次郎を確認すると、目をハートにしながら寄ってきた。


「あぁ、貴方が次の魔王様ですね?とても凛々しくて素敵ですわぁ!ぜひ今夜わたくしのお部屋に来ていただけませんこと?ベッドの上で淫らに踊ろうではありませんか!

あっ、申し遅れました。わたくし、ルシファーと申します。以後お見知り置きください。」


と言うと、方膝を床につけて菊次郎の手の甲にそっとキスをした。

菊次郎は訳がわからず、動揺しながら応える。


「え…ッ?あぁ、よろしく頼む…」


次はアザゼルが寄ってきて膝をついた。


「先ほどのルシファーのご無礼、申し訳ございません。

私の名はアザゼルです。どうぞよろしくお願いします」


と、言って片膝をつき忠誠を誓う。


アスタロトが寄ってくる。微笑ましい可愛いさについ顔がほころぶ。


「ふっ、貴方が次の魔王サタン様?って、あ…ッ!笑ったぁぁ!!!私の体格を見て嘲笑ったなぁァァ……ッ?ふんっ!私はこれでも貴方より年上なのよ!調子にのってたら首掻っ切るんだからね!


え…ッ、えっと、わたしはアスタロトです。」


菊次郎は「ぉ、おう…」と言うと最後に歩いてくるバアルを視界に捉える。

笑顔を浮かべているがやはり目の奥にある殺気が拭いきれない。

菊次郎は左手に持っている木刀を少し強く握りしめる。


「アスタロトの態度に驚かれたでしょうか?驚かれたのであれば申し訳ありません。

私めはバアルと申します。一応、魔王軍の幹部ということですのでお見知り置きください」


と、手を差し伸べてきたのを見て菊次郎は確信を持ち、木刀を右手に持ち替えた。こいつは俺を殺しにきていると。


次の瞬間、バアルの右手から複数の小さな針が飛んできた。

針の数は4つ。首と頭と右手と左足。

同時には飛んでこなかったが、的確に狙いにきている。順番は右手→左足→頭→首。


菊次郎は即座に木刀を逆さに持つと右手と左足に飛んできた針を順に叩き落とす。

が、首と頭に飛んできた針は逃れられないと悟る。

その時、ダンタリオンの言葉がよぎった。


「あぁ、それと角や翼は魔力を使った時、その部位に力を込めたときにしか現れないので、普段は人間の容姿と特に変わりはありませんよ」


菊次郎は、これならいけると確信を持って背中と頭に力を込める。


途端に、立派な二本の角と漆黒の翼が現れる。

まず、角で頭に飛んできた針を叩き落とし、すぐに一回転。

首に飛んできた針は翼によってはたき落とされた。



菊次郎はバアルを真剣な眼差しで睨む。


すると、バアルは笑顔で両手を上げて「参りました、降参です!」と言ってもう一度片膝をつき、


「ご無礼を働き申し訳ございません。新しい王との事でしたので、この程度では困ると思い、無礼を承知の上で攻撃した次第です。

罰はいかほどでも受けます。なんなりとお申し付け下さい」


菊次郎は少し考え込むと、


「このことは水に流す。俺も同じ立場だったら品定めくらいしてただろうし。それに俺は、ほらっ!ピンピンしてるだろ?正直に言ってくれてありがとう」


やはり、この口調はやりづらいなと思いながらも最後まではっきり若者口調で話し通す。


バアルは少し目を潤しながら感謝の意を示す。


「勿体なきお言葉。新生魔王サタン様、貴方に心より忠誠を誓います」


と言うと、ルシファー・アザゼル・アスタロト・バアル・ダンタリオンの5人が一斉に片膝をついた。


30秒ほど片膝をついた後、そっと立ち上がったルシファーが口を開いた。


「ダンタリオンさん?貴方、すでにこの世界についてはご説明していただけたのでしょうね?」


ダンタリオンは深く頷き、


「えぇ、一通りの説明と天使の存在についてはお話しさせていただきました」


ルシファーは「そうですか、ありがとう」と言うと、


「では、サタン様っ!今後のご予定をお願いします。皆、貴方様について行く所存です!」


と深々と頭を下げた。他の4人も頷き合う。


菊次郎は小さく咳払いをして高らかに宣言する。


「俺は異世界人に攻め込まれている闇の世界を確実に征服し、この状況を立て直す。そして世界の平定を目指す。よって、我々魔王軍は邪魔になる異世界人を追い払うことを目標に南へと進撃を開始する!

地図並びに武器、防具、食料の準備を始めよっ!」


5人は膝をつき「仰せのままに!」と、答えるのであった。








––––作戦会議室––––


机に上に広げられた地図を凝視する菊次郎は驚きで満ちていた。


「え…ッ?ちょっと待ってくれ、闇の世界ってこんなにも何もないのか?

いくつか砦とか洞窟があるだけで休めそうなところがないなんて…ッ」


そこでハッと閃き、ダンタリオンに声を問いかける。


「ダンタリオン、お前のワープで往き来は可能か?」


「いえ、私のワープは魔王城限定でございます。力になれず申し訳ございません」


そこで、アスタロトがもじもじしていることに気がつく。


「アスタロト、大丈夫か?さっきからもじもじしてるけど…

何かあるんだったら言ってくれ」


「い…ッ、いえ、ただ私、テレポートが使えるのですが、なんか言いづらい雰囲気だったので…

まぁ、一度行ったところににしか行けませんが」


恥ずかしくなるとテンションがおかしくなるアスタロト。


「べ…ッ、べつに魔王様のために言ったんじゃないからね?ただ、私が野宿するのが嫌なだけなんだからっ!」


菊次郎は「慣れてきたなぁ、この反応」と思いお礼をする。


「そうだとしても、助かったよ!

ありがとう、アスタロト」


顔を真っ赤にして照れるアスタロトは「ふんっ」と言って、後ろを振り向いた。


「では、アスタロトのテレポートを採用して毎日進みながら異世界人を追い返す、夕刻前にこちらへ帰還。異論はないな?」


4人と顔がまだ赤いアスタロトを入れた5人全員が頷く。


ここでアザゼルから意見があった。


「それについては異論はないのですが、私の部下によると、王国のスパイが魔王城に侵入して魔王を復活させるという話をテレパシーを使い情報を流したということが判明しました。スパイは殺したのですが、すでに遅かったようで、『勇者』のパーティーが行動を開始しているそうです。

よって、勇者の対抗手段を今のうちに考えている方がよろしいのではと思い、意見させていただきました」


「わかった、では今から少しその『勇者』について知っていることを話して……ッ、んッ?…なんだ?地響きが……」


地図を置く机がガタガタを揺れ始めた。


次の瞬間、地響きは爆発音へと変わる。



「ドカァン………ッ」



すると、爆発音と共に作戦会議室に1人の兵士が青ざめた顔で入ってくるなり話し始めた。


「伝令…ッ、簡潔に答えます。



–––––––––––『勇者』が魔王城に攻め込んでまいりました。



ただいま、全兵力をもって応戦中ですが、勝率はないと思われます」


アザゼルが鬼の形相で吠える


「どういうことだぁ?私が勇者の件を聞いたのは3日前だぞ…ッ!どうしてそんなに早く攻め込めるだろうか!

勘違いではないのだな?」


「いえ、本人が勇者であると言っています。それにあの身なりは勇者と一致してますので、多分本人であると思われます」


そこで話の一端を聞いていたルシファーが口を開く。


「サタン様、ここはわたくしが抑えておきますので、どうかお逃げください」


菊次郎は考えた。

〜ここはルシファーに任せるべきか?いや、だめだ。そんなに簡単に、仲間を失ってたまるか。ならどうする?〜


菊次郎はルシファーに向き合って断言する。


「ここは俺が行く。仲間を失いたくはない」


「ですが、サタン様…」


「その気持ちだけ受け取るよ。ありがとうルシファー。でもここは魔王城の城主であり魔王である俺の本領発揮だ!」


と、言い残すとダンタリオンにワープを繋いでもらい、魔王城玄関へと赴くのであった。








––––魔王城玄関––––


玄関に菊次郎が着いたときにもう何もかもが終わっていた。もともと赤いカーペットは赤黒く血で塗りたくられている。魔王軍の兵士は1人として残っていない、そんな状況。


––––––––全滅。


ぶっ壊した玄関のドアでできた破片の山を越え、4人の男女が話していた。


槍使いの男、見た目は20歳くらい。デコが見えるように整えた金髪にイケメンな顔立ち。そしていかにもチャラチャラとした軽装。


魔術師か治癒士の女、見た目は15歳くらい。アスタロトよりも薄い紫の髪を眉あたりで切り揃えている。気弱そうな印象をもつ。魔女帽子とローブを身につけている。


剣士の女、見た目は25歳くらい。紅のような赤い髪をポニーテールにしている。一応、胸や腰などにちゃんとした防具を身につけている。腰には銃も装備されている。


そして、先頭に立つ二刀流の男、見た目は17、8歳。菊次郎と変わらなさそうな年相応の青年に見える。

白髪のショートヘアで、凛々しい顔をしている。これまた軽装。


槍使いの男が口を開く


「魔王さん、早く来いよって……、おっとォォ?来ましたぁぁー!」


菊次郎は階段の下にできた血だまりを見た後ケラケラ笑っている槍使いの男を睨む。


「おいおぃ、あんた魔王さんだろ?怖い面しちゃってさぁー、どうしたんだよ?あれ?魔王なのに翼とかねーじゃん!いや、まじウケるわぁ!」


菊次郎は腹の底から怒りが湧くのを感じた。

足元を踏みしめ、一瞬で槍使いの元まで行くと即座に木刀を振りかざしす。


槍使いの男は攻撃されていること気付いたときには目の前に菊次郎がいると知る。これはもうかわせないと悟った槍使いの男は瞬時に槍で木刀を退けようとするが、木刀は右の横腹をえぐっていく。



「ガハァ…………ッ⁉︎」



湯水のように血液が溢れ出す。

勇者一行のパーティー並びに魔王軍が目を見張る。

勇者のパーティー全員と魔王軍のアザゼル、アスタロトが驚き、ルシファーとバアルがそれぞれ恍惚な表情とニヤニヤした表情を浮かべる。


「これはまずい」と勇者は直感して、顔を歪めた。


「スピードが桁違いだ。それにあの木刀は。こちらの世界の技術で作られた代物ではない。というか、こちらの世界には木刀なんて無いはず、あれは日本製と考えるべきか?

でも、今はそれどころじゃないね。一度退くべきだね。

ゆい晴人はるとに回復魔法を。

みやびテレポートの準備を始めておいて」


と魔王軍に聞こえない声で呟いて前に出る。


「今回は当然押しかけて悪かったね。

うちのバカはあんなチャラ男だからさ、口が悪くて。

あと、一応自己紹介だけさせてもらうね。僕は光の世界では勇者と呼ばれてる異世界人で、名前は”東雲和也しののめ かずや”って言うんだ。

また次殺し合う時は正々堂々よろしくね。

とりあえず、今回は僕達の負けだ、一旦退かせてもらうよ」


そこでアザゼルが吠える


「おい、そこの勇者何逃げようとしてる!

自分から突っ込んで来たくせにそそくさと帰る気か?」


剣を構えて、戦闘準備に入ったアザゼルを菊次郎は「手を出すな」とばかりに行く手を塞ぐ。


「何故お止めになるのですか魔王様!今が絶好の機会でございます。これを逃すわけには参りません」


しかし菊次郎は一向にどかない。


「俺はさっき、不意打ちで刀を振った。一応心臓を狙ったつもりだが、瞬時に判断して致命傷は避けたんだ。結果的に横腹をえぐったが、あれが不意打ちでなければ確実に傷を負わすどころか負わされていただろう。それに先ほどからあの勇者のプレッシャーはとてもじゃないが、今かかって来たら何が何でも殺すと言わんばかりだよ。

アザゼル、君が行ったらなおさらだ。ここは手を出さずに素直に引き下がらせるべきだ」


するとアザゼルはバツが悪そうに、「わかりました」と声のトーンを落として呟いた。


勇者の東雲和也は晴人と呼ばれた男を担いで魔法陣の上に立つと魔王をじっと見つめる。唯、雅と呼ばれた女が順に魔法陣に乗り込んでお辞儀をしたと同時に魔法陣と勇者一行は光の粒となって消えた。


菊次郎は深いため息をつきながら苦笑を浮かべる。


「はぁーッ、やっと帰ってくれた。あっ、扉どうしようっか?このままだとあれだし…」


するとずっと黙って事を見ていたルシファーが口を開く。


「サタン様、わたくしの下の者に直すように言っておきますので、本日はもう体をお休めになってください」


菊次郎は「あぁ、ありがとう」と言い残すとダンタリオンのワープで自分の部屋へと向かった。


取り残された魔王軍幹部4人は顔を見つめ合って確信する。






–––––––この人ならやってくれると。



–––––––信じてみようと。
















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