第1話 –魔王は自分?–

「んっ、うぅ…ッ」


 菊次郎は光を感じてゆっくりと目を開ける。光の正体は月であった。


 あったのだが、その月は……………ドス黒い血の色をしていた。


「なぜだ?なぜ月があんなに赤いのだ?それより先ほどの痛みは…ないっ。どうなっている…」


ゆっくり立ち上がり、自分と一緒に来てしまった木刀を拾い上げる。

そこで、自分の羽織っていた着物がゆるくなっていることに気づく。


「なんだ?ゆるゆるではないか。

帯が取れてしまったか?

–––––––––––––––––––––––––––⁉︎

ん……ッ?なんだっ?身体が縮んでおるのか?」


 昔から冷静沈着で有名であった菊次郎も自分が若返ったことには少しばかり驚きを隠せずにいた。

 菊次郎は、横にある机に立て掛けてあった、丸鏡を覗き込み唖然とした。



 外見は17、8歳ほどに見え、がっしりとした体格は完全に細い身体に。

 後ろにながしていた長い白髪は少し茶色を帯びた黒に戻り、髪型もショートヘアとミディアムヘアの中間程度の長さに戻っていた。

 もちろん髭なんてものはなく、凛々しくも勇ましくも見える昔の自分がそこにはいた。


「なんとっ!身体が縮んだのではなく、若返ってしまったというわけか……………ッ」


 すると背後から「カツン、コツン」とブーツを履いて歩いたときのような音が聞こえてきた。


 背後を振り返ると、そこには気持ち悪い笑みを浮かべる、







 –––––『悪魔』がいた。







 1つの角、背中には黒い翼、丸ぶち眼鏡、そして白衣。…白衣? いかにも研究者である。それ以外は人間の容姿と変わりなかった。


 菊次郎は通じるわけがないと思いながらも、悪魔に日本語で対話を持ちかけた。


「私は真柴菊次郎という名を持つ人間である。欲しいのは私の命か?貴様は何者だ?」


 すると、悪魔は嗜虐的な笑みを絶やさずに、低い声で話し出した。

 –––––––それも日本語で。


「ご名答。貴方様は身体が縮んだのではなく、若返ったのでございます。

 人間の中でどれだけ年長であろうと悪魔から見れば、それはもう子供でございます。

 それはご自身が今体験しております通りです。

 あぁ、もしかしたら角も翼もないので何を言ってるのだっ、とでも思われてしまったかもしれませんね!

 良い機会です!背中に力を込めてください」


 菊次郎は背中にありったけの力を込める。すると……




 ––––––バサァァッッ……!




 菊次郎の背中から立派な漆黒の翼が姿を現した。


「……………⁉︎」


菊次郎は自分の置かれた状況がわからないうえに、自分の背中の翼の出現に動揺した。

力を抜くとスッと翼が光の粒になって消えて行く。


菊次郎は日本語が通じたこともあり、状況を確認すべく、もう一度話しかけた。


「いったい、どういうことだっ!日本語が通じるのであろう?まず、此処は何処であるか?私は悪魔になったか?そして貴様は何者だっ?全て答えろっ!」


 悪魔はメガネをくいっと上げると、全ての質問に対して簡潔に答えた。


「まず、ここは魔王城でございます!そして貴方様は、百年ほど前に亡くなられた先代魔王サタン様の後継者でございます!最後に私の名はダンタリオンと申します。学術と魔術に精通しておりますゆえ、どうぞよろしくお願い致します。

 あぁ、それと角や翼は魔力を使った時、その部位に力を込めたときにしか現れないので、普段は人間の容姿と特に変わりはありませんよ」


 菊次郎は自分の身の安全を確認してホッとしたが、やはり疑問に残ることがたくさんあったので、ダンタリオンに問いかける。


「私は魔王となった。という認識で良いのだな? それともう1つ、私はなぜ魔王となったのだ?」


 ダンタリオンは笑みを止めて、真剣な表情で答え始めた。


「そうです、貴方様が魔王サタン様という認識であっております。それと、魔王に選ばせてもらったのには少し込み入った事情がございます」


「事情とはなんだ?話してくれ」


 ダンタリオンは一つ咳払いをしてみせると、昔話を話し始めた。


「今から何百万年ほど前であったでしょうか。

 水、空気、光、植物もましてや生物もいない高次元空間に突如として闇の世界と光の世界が同時に誕生したのです。

 闇の世界と光の世界はそれぞれ北と南に存在し、独自の発展を遂げていきました。

 いつしか、闇の世界は魔王サタン一族が。光の世界は7つの国に別れ、7人の王が収めていくようになったのです。

 闇の世界と光の世界の境界線は最北の魔王城から南に一直線に下った場所にございますが、そこには東の端から西の端まで全て巨大な山脈が連なっております。

 よって、約1万年ほど前までは均衡が保たれていたのですが………

 ある日突然、光の世界の『大賢者』と呼ばれるものが山脈を越えずして闇の世界へと侵入してきたのでございます。

 大賢者は違う世界同士の共存を求めて、王国の使いとして派遣されたのですが、そうとは知らず敵襲だと思い込んだ当時の魔王サタン様がなかなか取り合わず、殺すに至ったのです。

 もちろん当時の王国の王は激怒して、大賢者と同じ手でこちらに兵を送り、戦争に発展しました。

 そして、戦争を始めて何千年ばかりか経った頃、王国側で新たな動きがありました………

 そうです、異世界人の登場です。

 王国の者共は魔法による召喚陣で幾人もの異世界人をこちらに呼ぶこと成功し、異世界人達でパーティーを組ませて攻めてきたのです。

 異世界人はただの人間の姿であるのにもかかわらず、高いポテンシャルを保持しておりました。

 私達、悪魔は苦戦を強いられるようになり、完全に防戦一方でした。

 とうとう、この魔王城にも異世界人が侵入するようになり、度々魔王サタン様は命を落とされ、ご子息へと継がれていきました」


「ここまでは私が文献で読んだ内容にございます。今から話すのは私の実体験です」


と、言うとさらに話を進めた。


「しかし、数百年ほど前に『勇者』と呼ばれ、光の世界では英雄として祭り上げられている異世界人がご子息を残す前の先代魔王サタン様を殺したのです。

 完全に血筋を断たれた魔王サタン一族の後継者を誰にするか議論が始まりましたが、その間にも異世界人が攻めてきてそれどころではなくなってしまいました。

 その頃にはこちらも境界線を超えるすべを持っていたので、

 私達幹部の1人であったサタナキアという悪魔が、戦争を止めてこれからは協力していこうと光の世界へ赴いたのですが、大賢者の報いだと言わんばかりに斬り殺されたのです。

 それからも王国は悪魔の駆除と言って、異世界人に頼んでは、我々悪魔をおびやかすようになったのでございます

ちなみに光の世界と闇の世界では流れる時間が違います。光の世界の1日は闇の世界の1年に相当するのです。

ですので、まだ『勇者』は存在しております。くれぐれも戦うときはお気をつけ願います」


 話し終えたダンタリオンは「長々と失礼いたしました」と言って椅子にゆっくりと腰を下ろした。


 ダンタリオンの話を聞いてあらかた理解が深まった菊次郎は、


「つまり、この世界でいちばんの強さを誇る異世界人に対抗するには異世界人というわけであるな?」


 ダンタリオンは静かに首を縦に振った。


と、ここでダンタリオンは顔を強張らせながら、


「これは文献にもありませんし、私自身の体験した事柄でもないのですが、魔王様には是非とも知っていただきたいことがございます」


ダンタリオンは声を少しづつ震えさせながら言う。





–––––––––––天使の存在です。





「光の世界にいたということも闇の世界にもいたということもありません。ただ両世界が誕生したと同時に、空にも世界ができたと言われております。ですが、未だ天使が現れたという情報が流れたことはありません。

ですが、ここはあえて言いましょう。天使は必ず存在している。と」


菊次郎は咄嗟に、これであれば天使を見つけることができるのではないかと思いその方法を口に出した。


「空を飛んで確認してはどうなのだ?」


「いえ、悪魔の飛行できる高さはせいぜい500mですので。

それと、これは文献で事故として処理されていた内容なのですが……


昔、ある飛行に長けていた悪魔がどこまで飛べるのだろうと行けるところまで飛んでいったのですが、なかなか帰ってこないので、周辺を探すことにしたのです。

すると、5カルメルトル《km》先の丘で、光の槍で身体を貫かれて死んでいた悪魔が見つかったのです。


これは当時の魔王サタン様がひた隠しにしていたそうですが、私はこれを天使の存在であると考えております。いずれ現れる可能性が高いので、こちらに関しましてもお気をつけ願います」


菊次郎は固唾を呑みながらその話を聞き入っていた。


「確認なのだが、5カルメルトルっての具体的にどのくらいかわかるだろうか?」


ダンタリオンは少しだけ考え込むとハッと気づいて即座に答える。


「簡単に言うとこの部屋が5メルトルです。5カルメルトルはこの1000倍ほどですね」


「なるほど、5メートル×1000倍と考えて5キロメートルと考えるのが妥当であるか」


菊次郎は腕を組んで考え込む。


暗い話をしてしまい、空気を悪くさせてしまった。と思ったダンタリオンはまた嗜虐的な笑みを浮かべて明るく話し出した。


「それではそろそろ新生魔王サタン様の誕生記念の祝賀パーティーでも開きましょう!

このゲートは向こうは大広間に繋がっておりますので、そこをお通りください。

それと、そのゆるい服装では歩けませんね」


と言うと、魔力で服のサイズを今の菊次郎の身体に合わせた。


「あぁ、助かる」


「あと、できればその容姿に似合わない口調も戻していただきたいかなと思っているのですが…

少しこちらの調子が狂います…」


菊次郎は少し顔を赤らめると、


「ぉ…ッ、おう。わかった」


と、青年っぽく答えるのであった。














































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る